ISSN 2189-1621

 

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◇《特集》「デジタル学術資料の現況から」第7回
「The digital Loeb Classical Libraryのご紹介(1)」

去る9月某日、西洋の古典文学叢書として著名なLoeb Classical Libraryが電子化されて公開されました。本記事では、電子版Loeb叢書について、簡単にご紹介していきます。

* * * * *

Loeb Classical Library(以下LCL)は、米国人James Loebによって1911年に創設された古典文学叢書です 。1912年に最初の12巻が刊行されて以降、現在ではシリーズは500巻を超えています。緑の装丁がギリシア文学作品、赤い装丁がローマ文学作品を示し、それぞれギリシア語-英語、ラテン語-英語の対訳本となっています。

James Loebは、古典語(ギリシア語・ラテン語)の知識の有無を問わず、できるだけ多くの人たちが簡単に古典作品に親しめるようにすることを大きな目的としました。そのため、英語対訳本であることが重要であると同時に、体裁についても、 “handy books of a size that would fit in a gentleman’s pocket”、つまり持ち運びやすさが意識されました(日本の文庫本よりも少し大きなサイズです)。

1989年以降、ハーバード大学出版局がLCLの刊行を一手に担うようになり、現在に至ります 。100年以上続く叢書であるため、早期刊行本のなかでは、既に著作権が切れ、Internet Archiveあたりで公開されているものも複数あります。以前ご紹介したPerseus Projectで利用されていたのもそうした作品です。(なお、早期のものについては、現代の研究や英語にあわせた、現代の研究者の手による改訂版への置き換えが順次進められてもいます。)

今回公開されたthe digital Loeb Classical Libraryは、5年を費やして準備されました。500冊を超えるすべての刊行本が電子化されており、ウェブベースのシステムであるため、ネット環境があれば、スマートフォンやタブレットでも閲覧可能です。創設から100年の歳月を経て、いつでもどこでも手元にLCLの環境が調う時代になったわけです。現在の編集主幹Jeffrey Hendersonは、電子化によって叢書全体がポケットに収まるようになったことを知れば、James Loebも喜んだだろうと述べています 。

なお、LCLは、現在も年に4、5巻ペースで刊行される、ハーバード大学出版局の商品でもあります。電子版も無料ではなく、有料購読することで全ての機能が利用可能となります。とはいえ、一定の範囲であれば無料で閲覧可能ですので、今回は、有料講読せずとも見られる部分を中心として、使用法を簡単に紹介していきます。

1.作品を探す

The digital Loeb Classical Library(以下DLCL)へは、http://www.loebclassics.com/からアクセスします。トップページは非常にシンプルです。購読済みの場合は、まず「ログイン」しますが、今回はログインせずに進めます。

(図1: DLCLトップページ)

DLCLでは、作家や作品毎に対象を選択できるようになっています。たとえば、ホメロス作品を読む場合は次のようにたどります。

(図2: メニュー表示をする)

トップページで赤枠内「BROWSE」の部分にマウスカーソルを合わせると、下記のメニューが展開します。(タッチパネル端末の場合は、当該箇所を長押しするとメニューが表示されます。ただし、タッチパネル端末でのメニュー展開の挙動は、ブラウザによって対応がまちまちですので、うまくいかないこともあります。)

(図3: 展開されたメニュー)

DLCLの「BROWSE」メニューでは、「AUTHORS」(作家別)、「GREEK WORKS」(ギリシア語作品)、「LATIN WORKS」(ラテン語作品)、「LOEB VOLUMES」(書籍版巻数)によって作品を探すことができます。書籍版の場合、ひとりの作家の作品が複数巻に分散したり、ひとつの作品が複数巻に分割されていたりすることも多いため、そうした枠組みを気にせず作品を選択できる点は、電子化の恩恵ともいえます。

ホメロス作品を読む場合、「AUTHORS」あるいは「GREEK WORKS」を選択します。

(図4: AUTHORSを選択した場合)

AUTHORSを選択すると、アルファベット順に作家名が表示されます。古代ギリシア・古代ローマの作家が区別なく並びます。ホメロスの場合は「H」の項目から「Homer」を選択すると、作者情報として「Homer」を含む作品の検索結果が表示されます。そこから更に作品を選択すれば、各作品を読むことができます。なお、リスト右側の緑色の線は、ギリシア語作品であることを示します。ラテン語作品の場合は赤色の線です。(個別作品の閲覧画面については後述します。)

(図5: 「Homer」選択後の画面)

実はこの画面は、DLCLにおける検索の共通インターフェースとなっています。メニューから「GREEK WORKS」「LATIN WORKS」を選択、あるいは上部の検索ボックスを利用した場合などは、いきなりこの画面に跳びます。さらに結果を絞り込んでいくことで、目的の作品に到達することになります。(なお、「LOEB VOLUMES」は各巻の作家名・作品名が番号順にリスト表示されます。)
「BROWSE」メニューから作品までたどると以上の手順をとることになりますが、http://www.loebclassics.com/browseに直接アクセスすることで、初期状態から絞り込み検索が可能です。(ざっと見た感じでは、何故かここへのリンクは見当たりません。)

(図6: 作品検索画面)

赤枠で示した左コラム部分から結果を絞り込めます。絞り込み条件は、「Language」(ギリシア語・ラテン語の別)・「Author」(作者)・「Form」(散文・韻文の別)・「Period」(作品年代)・「Genre/Subject」(作品のジャンル、主題)です。また、赤枠上の「Search within results」ボックスに条件を直接入力することも可能です。(ちなみに、たとえば前述「BROWSE」メニューの「GREEK WORKS」は、「Language」欄の「Greek Library」で絞り込んだ検索結果を表示するためのリンクとなっています。「LATIN WORKS」も同様です。)

こうした仕組みを整えるため、各作品を電子化するにあたって、作品検索を可能にする各種情報を紐つけてデータベース化したものと思われます。この種の作品データベース自体は、本文まで電子化せずとも構築可能ではありますが、電子化された本文との組み合わせによって、利便性が格段に向上します。

2.作品を読む

さて、それではホメロス『イリアス』を例に、実際に作品を見てみます。LCLでは170巻(1924年刊)に『イリアス』1~12巻、171巻(1925年刊)に『イリアス』13~24巻が収められています。図5の画面で、「HOMER Iliad」を選ぶと、以下の画面が表示されます(図7)。なお、ログインしていない場合、作品ページは10ページまでしか読めませんので注意が必要です。


(図7: ホメロス『イリアス』冒頭を表示した画面)

ギリシア文学作品ですので、緑色の枠線で囲まれています。左側にギリシア語原文、右側に英語訳が表示されます。左下・右下にはページ番号も付され、書籍版のページ構成を意識した画面構成となっています。また、本文や翻訳中に見られる註釈番号をクリックするとポップアップして註が表示されます。ページ送りは<と>の部分で行います。

電子版は書籍版の表示に近づけていますが、画像データを表示しているわけではなく、ギリシア語の本文テキストもすべてデータ化されています。したがってテキストの選択・コピーなども可能です。一方、Perseusプロジェクトの場合は本文テキストと辞書機能との連携がありましたが、DLCLにはもちろんありません。

また、画面右上の「LCL 170」の箇所から、原本の情報を確認できます。


(図8: 「LCL 170」の情報)

原本の情報ページでは、目次なども含まれます。目次の項目はそれぞれリンクになっており、該当する箇所に跳ぶことができます。

ここで注目すべきは、TITLE PAGEやINTRODUCTIONなど、本文テキスト以外の部分まで電子化されている点です(ただしTITLE PAGEについては、画像データをそのまま使用しています)。また、次巻のLCL171ではLCL170の分まで含めたINDEXページが巻末に附されていますが、そうした部分も電子化されています。つまり、原本を一冊まるごと電子化して閲覧できるようにしているわけです。

なお、このページ下部に載せられた情報では、原本が1924年刊行のものに見えるのですが、TITLE PAGEを確認すると1999年刊行の第二版(を2003年に再版したもの)を使用していることが分かります。第二版では現代向けに英語訳の語彙などが改められており、初版のものとはページ番号も異なります。したがって、「LCL 170」についていえば、情報ページに第二版に関する情報も掲載するべきものと思われます。

3.本文を検索する

ところで、DLCLでは本文テキストのデータまで電子化されていますので、作品検索だけではなく、テキストの検索も可能です。図7の下部に「Search within work」と書かれたボックスがありますが、その個所に検索したい語彙を入力することで、閲覧中の作品内での当該語彙の使用箇所を確認できます。(結果を見る限り、大文字小文字の別は無視されます。)


(図9: 『イリアス』内の「Μῆνιν」検索結果)

ここではギリシア語語彙を検索していますが、翻訳本文も検索対象ですので、英語語彙も検索できます。また、作品内だけでなく、全文検索も可能です。各ページ右上の「Search」ボックスに検索したい語彙を入力します。


(図10: Searchボックスでの「Μῆνιν」検索結果)

DLCL内の全作品から該当箇所を検索できます。結果表示のインターフェースは作品検索のときと同じです。作品検索同様に、左コラムで条件を指定して結果を絞り込んでいくことも可能です。また、結果一覧の「Show results within」の部分をクリックすると、該当行を確認できます(グレーの部分)。なお、語彙検索の際、ワイルドカードも利用できます(*や?)。ただし、筆者が確認した限りでは、「Show results within」の部分で該当箇所がうまく表示されないこともあるようです。このあたりは、これから改善されるのではないかと思います。

こうした本文検索機能は、DLCLに限らず、テキストの電子化プロジェクトにはつきものです。実際に使用してみると、DLCLの用意する検索機能もそれなりに充実したものとなってはいますが、DLCLならではの問題も見え隠れしています。

たとえば図8の結果をみると、それぞれの該当する箇所が、『イリアス』の巻数・行数ではなくLCLの巻数・ページ数で示されています(LCL 170, Pages 12-13など)。これはあくまでLCLの枠組みに基づくものであり、DLCL内部でのみ通用する仕組みといえます。いわばDLCLの独自仕様です。

通常、古典作品を引用する場合にLCLの巻数・ページ数を使用することはまずありません。ホメロス『イリアス』1巻1行(Hom. Il. 1.1)などと表記することが一般的です。もちろん、DLCLも検索結果から本文を参照すれば、該当箇所の作品内での位置を目視できますが、初めからデータとして抽出できません。その点で、DLCLでの検索結果は、外部との連携において汎用性に欠けているように見えます。

あるいは、DLCL内部においても、たとえば『イリアス』9巻を読みたいと思ったとき、9巻を直接指定する方法が用意されていません。『イリアス』9巻はLCL 170に含まれますが、直接9巻に跳ぶためには、今のところ、図8で示したページからリンクをたどる必要があります。

DLCLにおける画面構成(図7)などにも触れましたが、LCLの電子化における基本的発想がこうした部分に現われているようにも思われます。すなわち、DLCLはあくまでLCLの「刊行本」を電子化するものであり、そこに含まれる「古典作品」は内容のひとつでしかありません。つまり、結果として「古典作品」が電子化された状態です。(もちろん、LCL自体は「古典作品」を主題とするものではあります。)

テキストがデータ化され、本来は刊本という物理的な枠組みから解放されうる状態でありながら、既に見た通り、DLCLでは「本」の体裁が重視され、もとの古典作品そのものではなく、書籍版のページ構成によってデータ区分が決定されています。実のところ、それ自体は形式の問題に過ぎず、そこまで重要ではないのかもしれませんが、原本の枠組みを超えた本文表示ができない点は、電子化の利点を活かしきれていないようにも思われます。

また、Perseusプロジェクトはデータの可搬性を企図してTEI/XMLによるテキスト記述を行っていますが、はたしてDLCLはどのような形式でテキストを電子化しているのか。商用ですから一概に批判はできませんが、あるいは非常にClosedな環境が構築されている可能性もゼロではなさそうです(さすがにそんなことはないと思いたいですが...)。もし可搬性の高い形式がとられているならば、いずれは「古典作品」本位のデータ表示や検索も可能になってほしいところです。

DLCLもまだまだ開始したばかりですので、ユーザーの声などを受けて、これからさらなる展開があるはずです。長大な歴史ある叢書を電子化するプロジェクトとして、善きにつけ悪しきにつけ、DLCLは様々な気付きを生んでくれるのではないかと思います。

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(図11: 「ログインしてください」)

前述したとおり、ログインしていない状態では、作品閲覧ページは10ページまでしか読めません。10ページを超えると図10のような表示に変わります。(なお、ページ数カウントはブラウザのCookieに記録されていますので...)

実は、筆者は既に個人で講読手続きを行いましたので、上記のような制限はなくなり、全ての機能が利用可能になっています。ということで、次回はログインした場合についてもご紹介する予定です。

また、この記事の執筆中、Perseusプロジェクトの主幹Gregory Crane教授によるDLCLについての批判的な論評を見つけました。次回以降、そのあたりの議論もご紹介していきたいと考えています。

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