ISSN 2189-1621

 

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DHM 130 【前編】

人文情報学月報/Digital Humanities Monthly


人文情報学月報第130号【前編】

Digital Humanities Monthly No. 130-1

ISSN 2189-1621 / 2011年08月27日創刊

2022年05月31日発行 発行数817部

目次

【前編】

  • 《巻頭言》「デジタル・ヒューマニティーズ界隈でデザイン(研究)している事例
    宮北剛己慶應義塾ミュージアム・コモンズ、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究センター
  • 《連載》「Digital Japanese Studies 寸見」第86回
    国立国会図書館デジタルコレクションが個人送信サービスを開始
    岡田一祐北海学園大学人文学部
  • 《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第47回
    消滅危機言語のデジタル・アーカイブの諸動向:PARADISEC と DELAMAN
    宮川創人間文化研究機構国立国語研究所研究系

【後編】

  • 《連載》「デジタル・ヒストリーの小部屋」第5回
    フィジカル・ヒストリー、検索利便性、検索行為の落とし穴:デジタル・ヒストリーと新聞史料(1)
    小風尚樹千葉大学人文社会科学系教育研究機構
  • 《書評》「Diana E. Henderson and Kyle Sabastian Vitale, ed., Shakespeare and Digital Pedagogy: Case Studies and Strategies (The Arden Shakespeare, 2022)
    北村紗衣武蔵大学人文学部英語英米文化学科
  • 人文情報学イベント関連カレンダー
  • 編集後記

《巻頭言》「デジタル・ヒューマニティーズ界隈でデザイン(研究)している事例

宮北剛己慶應義塾ミュージアム・コモンズ特任助教、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究センター研究員

元来出不精で人見知りであるうえにコロナ禍が重なり、初めましての方がほとんどだと思いますが、筆者は “デザイン” をキーワードに、文化資源のデジタル活用に係る研究・教育活動に取り組んでいます。デザインと聞くと、まずは意匠的なもの、視覚に訴えるデザインを思い浮かべることが多いと思いますが、ここでいうデザインにはより広義の意味合いがあり、広く人々に「どのような体験をデザインできるのか」という考え方に立脚し、対象とする人たちがどういう人で、何を知りたいのか/求めているのかを考察しながら研究を実践しています。一言で「ユーザーエクスペリエンス(UX)デザイン」[1]と表したりしますが、ユーザー(人間)に主眼を置いた研究アプローチの有用性を日々模索・探求しています。

ここでは、筆者が取り組んでいる研究活動を3つご紹介します。活動自体は数年前に遡るものもありますが、いずれも今なおオンラインあるいはオンサイトでご覧いただけるアウトプット先(URL 等)を併記しています。拙文ではありますが、注釈やリンクも合わせてお読みいただければ幸いです。

MOOCs のデザイン

日本語では「大規模公開オンライン講座」と訳される MOOCs(ムークス)[2]。その名が示すように、オンライン上で公開され、誰もが受講できる講義群のことを指します。筆者は2015年から所属先で MOOCs のデザイン・開発に従事しており、数あるコースの中でも、個人的に力を入れているのが、日本の書物文化・歴史的典籍を紹介していくコース「Japanese Culture Through Rare Books(古書から読み解く日本の文化)」シリーズとなります。本シリーズはこれまでに3コースが制作・公開されており[3]、どのコースも歴史的典籍はおろか日本語に関する知識がなくとも、書物を通じて日本の芸術・文化について学ぶことができるようデザインされました。3コース合わせて、これまでに39,000を超える受講生が世界190カ国から登録・受講しており、現在は英語に加えて、日本語での受講も可能になっています。

なお、MOOCs には様々な配信事業体(プラットフォーム)が存在しますが、慶應義塾は FutureLearn という英国ベースの事業体と提携し、コースを公開しています[4]。FutureLearn において、各コースはビデオ、アーティクル(文章)、ディスカッションやクイズが組み合わさって構成され、その混成具合によって受講生の学習体験も変容するため、コース開発にはいつも頭を悩ませているのですが、試行錯誤を繰り返すなかで改善を重ねていくのもデザイン研究の特徴かもしれません[5]。また、パンデミックの影響を受けて制作が遅延していましたが、大英図書館と協働開発したシリーズ第4弾「Travel Books: History in Europe and Japan」が今年初夏に開講予定です。大英図書館ならびに慶應義塾が所蔵する貴重な書物群(和書・洋書)を多数取り上げていますので、ぜひご期待ください。

オープンデータのデザイン

筆者は以前、フィンランド・アールト大学の Semantic Computing Research Group(通称:SeCo)[6]に半年間在籍し、Linked Open Data(LOD)をはじめとするセマンティック(ウェブ)技術を活用したウェブアプリケーション・サービスの開発に従事しました。SeCo は、Helsinki Centre for Digital Humanities(HELDIG)[7]のディレクターも務める Eero Hyvönen 氏が率いる研究チームで、筆者は人物の伝記やそれにまつわる人・物・事との関係性について、セマンティック技術を用いて研究する Semantic Biographies Project に携わりました。同プロジェクトは、LOD 形式に変換された biography および prosopography 関連のデータ群を定量的かつ定性的に分析・可視化することで、人物に連なる歴史的資料の新しい価値・見方(解釈方法)を創出することを目的としており、筆者は在籍中、現地の研究者と協働して「U.S. Congress Prosopographer」[8]というウェブアプリケーションの開発・公開に携わりました。

アプリケーション本体は試験版となりますが、米国史研究に役立つようにデザインされ、米連邦議会が開会した第1回議会(1789年)から第115回議会(2018年)まで、約12,000の下院・上院議員のデータ群を LOD 化したのち、各種ビジュアライゼーションを通じて、議員の在任期間や所属政党、出生/死亡地、二大政党(民主党員・共和党員)の類似/相違性について比較検証ができるインターフェースとなっています。

SeCo では他にも、一般ユーザーが前提知識なしに利用でき、また、簡易に操作可能なアプリケーションを多数実装・公開しているので、ぜひお試しいただきたいと思います[9]。

大学ミュージアムのデザイン

筆者は現在、大学ミュージアム Keio Museum Commons(通称:KeMCo [ケムコ])で、ファブリケーション&ラーニングデザインを担当しています。展示室や収蔵庫の上層、8F に「KeMCo StudI/O(ケムコ・スタジオ)」と呼ばれるクリエイション・スタジオがあり、ここを拠点に様々なかたちのファブリケーション(ものづくり)とラーニング(学習)プログラムのデザインを行なっています。以前、本誌に KeMCo 発のデジタル・アーカイブ「Keio Object Hub(オブハブ)」[10]に関する文章を本間友氏が寄せましたが[11]、オブハブがデジタル拠点だとすれば、スタジオはフィジカル拠点として稼働しており、それぞれ相互に、慶應義塾が集積してきた有形・無形の文化資源(データ)をデジタル・フィジカルに Input/Output(入出力)しています。

2022年5–6月現在、KeMCo で開催中の展覧会「書を極める:鑑定文化と古筆家の人々」[12](〜6/24)と連動した企画を展開しておりますので、お近くにいらした際にはぜひ足をお運びください。また、字数もあり詳細は割愛しますが、スタジオでの活動内容は多岐にわたり、学部生・大学院生を交えた取り組み[13]や一貫校をもつ慶應義塾の環境を生かして、中等部の生徒を対象としたワークショップも継続的に展開しているので、文化資源を用いたものづくりや学習デザインに興味のある方も、どうぞお気軽にお立ち寄りください。

おわりに

筆者はメディアデザインという分野を専攻し、人文学あるいは情報学を専門としてきたわけではありません。しかし、だからこそ、それらの分野を専門とする方々と協働しながら、デザイン(研究)の視座から、デジタル・ヒューマニティーズの実践・発展に寄与できるものと考えています。つきましては、上記活動に少しでも興味をもっていただけた方は、ご連絡をいただけると嬉しいです。活動内容の詳細について知りたい方やケムコ・スタジオを覗いてみたいという方から協働研究のお申し出まで、総じて(大)歓迎致します。

[1] 先駆的な著書として、D. A. ノーマン『誰のためのデザイン?─認知科学者のデザイン原論』(野島久雄訳、新曜社、1990)があります。また、近年ではビジネスの場で活用されることも増え、富士通が発刊したテキストブック「Transformation by Design デジタルトランスフォーメーションに挑戦するデザイン戦略とサービスプランニング」には、デザインに関する理論や実践手法が体系的にまとめられています。https://www.fujitsu.com/downloads/JP/about/businesspolicy/tech/design/article/document/transformationbydesign-jp.pdf.
[2] MOOCs は「Massive Open Online Courses」の頭文字をとった呼称となります。元来、Massive(大規模)は受講生の規模が巨大であること、Open(オープン)は誰でも自由に受講可能であること、Online(オンライン)はどこからでも受講可能であること、そして、Course(講座)は大学レベルの開講科目であることを指しています。
[3] 各コースに関する詳細は、特設サイト(日本語)をご覧ください。https://www.fl-keio.info/intro/.
[4] 慶應義塾が FutureLearn 上で公開しているコース一覧は、FutureLearn パートナーページ(英語)でご覧いただけます。https://www.futurelearn.com/partners/keio-university.
[5] 改善の成果として、「古書から読み解く日本の文化」シリーズのひとつ「和本の世界」では、コース本体と連動して展開するデジタル展示インターフェースが生まれており、コース受講と並行してお楽しみいただけます。https://www.futurelearn.com/courses/japanese-rare-books-culture-j.
[6] SeCo 公式サイト(英語)。https://seco.cs.aalto.fi.
[8] U.S. Congress Prosopographer(英語)。https://semanticcomputing.github.io/congress-legislators.
[9] SeCo で開発したアプリケーション一覧は、公式ページ(英語)でご覧いただけます。https://seco.cs.aalto.fi/applications/sampo/.
[10] Keio Object Hub(日本語・英語)。https://objecthub.keio.ac.jp/.
[11] 巻頭言「デジタル・アーカイヴの手触り」(DHM120、2021/7/31)。
[12] 「書を極める:鑑定文化と古筆家の人々」展 公式ページ(日本語・英語)。https://kemco.keio.ac.jp/all-post/20220220/.
[13] ケムコ・スタジオを拠点に活動している学生(学部生・大学院生)の活動を総称してケムコム(KeMCo の Members)プロジェクトと呼んでいます。詳細については特設サイト(日本語)をご覧ください。https://studio.kemco.keio.ac.jp/kemcom/.

執筆者プロフィール

宮北剛己(みやきた・ごうき)。2018年博士号(メディアデザイン)取得。UX デザインおよびデジタル・ヒューマニティーズの分野で、文化資源のデジタルアーカイブ/インターフェースに関わるデザイン理論、手法や実装に関して研究している。
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《連載》「Digital Japanese Studies 寸見」第86回

国立国会図書館デジタルコレクションが個人送信サービスを開始

岡田一祐北海学園大学人文学部講師

国立国会図書館(以下国会図書館)は、2022年5月19日、国立国会図書館デジタルコレクションにおける著作権満了未確認・保護中資料の一部を、日本在住の個人の所有する端末において受信可能とする、「個人向けデジタル化資料送信サービス」(略して個人送信サービス)を開始した[1]。これは、2021年の著作権法改正を受け、国会図書館が「特定絶版等資料」[2]を一定の条件のもとウェブ送信が可能となり、さらに、同年末に関係団体の協議が成立したことを受けている。経緯などは[3]に分かりやすいものがあり、詳細なものとしては[4]がある。

国会図書館では、近代以降の資料を中心に所蔵資料の電子化を進めていたが、近年は、著作権法の改正を受けて、著作権者の許諾を要せずに保存のためのデジタル複製の作成が可能となった。大型予算を受けるなどして、複製絶版になるなどして流通が阻碍されている資料についても大規模にデジタル複製を進めている現状である。

国会図書館デジタルコレクションでは、さまざまな議論を経て、すでに図書館向けにデジタル化資料送信サービスを実施している。これは、当初は日本国内の図書館に限定されていたが、法改正によって海外図書館も対象となった。ただし、海外での利用は、後述のような問題を抱えている。

この個人送信サービスは、図書館向け送信と対象は同一で、「国立国会図書館のデジタル化資料の図書館等への限定送信に関する合意事項」([5]を参照)にあるものが送信対象となっている。著作権者にとっては、自身の権利を制限されることとなるので、それが著作権者の利益を損なわないようにするための措置として、入手可能性が乏しいもの(絶版である、発行部数が少ない、オンデマンド出版もされていないなど)のみに限定することなどが講じられている。

これによって、デジタル日本学という観点で得られる利益が少なくないことは容易に想像される。たとえば、今般のコロナ禍によって、国会図書館まで出向くということは、もともとだれにでもできたわけではないところが、さらにそうとう限られた特権になってしまった。もちろん、それじたいは図書館送信サービスによって相当程度補われているが、普段から国会図書館デジタルコレクションを活用し、所属先図書館が図書館サービス導入をしている稿者にとってすら、狙いをさだめてはじめて利用するものとなってしまっていた(所属先図書館において印刷サービスを利用するには、リファレンス受付時間に限られたという事情も手伝う)。画像ダウンロードもできなければ、印刷もまだ待たねばならぬとはいえ、利便性の改善という点では、これ以上は望めないものとなっている。

数字に頼って見てみよう。いささか雑多な計算ではあるが、デジタルコレクションで公開された、NDC81*(日本語)にあたる図書資料は、2022年5月21日時点で12,728点あり、そのうち6,804点がインターネット公開資料で、図書館・個人送信可能資料は5,491点、国会図書館限定のものは433点のみである[6]。同じことを NDC91*(日本文学)に試して見ると、全体で110,379点のうちインターネット公開資料は34,083点、図書館・個人送信可能資料は63,560点、国会図書館限定のものは12,736点である[7]。過去の大研究者が雑誌に発表した論攷などに容易に触れられる点もすばらしいことで、たとえば最後の国学者ともいわれる山田孝雄にかんする資料は、インターネット公開資料は267点しかないが、図書館・個人送信可能資料は580点にも及ぶ(国会図書館限定資料は174点ある)[8]。すべてがすべて山田の著ではなく、同時代・後世の論及を多分に含むが(雑誌記事の著者だけ検索するという術はないようである)、アクセスの改善というものを見るにはかなり分かりやすい数字であろう。

これらの公開範囲の設定は、公開される理由は明らかにされているものの、されない理由はかならずしも明らかではない。浜田久美子氏が国会図書館への問い合わせを経て明らかにしたところでは、著作権者となりうる人物をひろく解釈して、制限範囲を決めたものがあるということである[9]。国会図書館が公に認めたということではないし、内部資料を公開したというわけでもないので、論及が難しいところが多いが、公開できなくなるという事態を極端に避けたものと解すほかなかろうか。たとえば、『老子道徳經2篇』[10]は、老子・清代刊本といういずれをとっても著作権の消尽(そもそも発生すらしていない)資料であるが、インターネット公開はされていない。中を見ると、過去の書き入れが散見され、これにたいしての著作権の有無の判定を避けた可能性が考えられそうに思う。詳細は明かしにくいにしても、著作権が確実に切れていないもの、判断しかねたもの、それ以外などの類例は分かるようにしてもらいたいものである。

このほか、外国での利用は、法律上不可能ではないが、国会図書館と権利者団体と折り合いがまだついていないようである。これは、日本国民の情報へアクセスする権利を保障するという点で権利者団体と折り合いを付けたというところが大きいと思われ、海外の日本研究者からの強い要望を受けてようやく海外図書館に広げられたという経緯がある。しかしながら、図書館送信サービスもそもそも制約が多いなかで、海外図書館が利用を始めるにはさらに条件が追加されているという指摘がある[11]。図書館送信でこれでは、個人送信など目処が立ちようもない。国内並の条件でどういう不足があるのかなど、関係各所の納得を得られるコミュニケーションを取ってほしいと思う。

さて、個人送信を受けて、図書館が所蔵資料の廃棄に乗り出すという危惧が見られ、それは個人送信前から起こっているというのはとにかくにしても、地球は有限の空間であるからにはどこかに限界はある。しかし、京都大学においてスーパーコンピューターシステムのファイルが大規模に損傷し、復元もできないという事件があったのは記憶に新しいところで[12]、言うまでもなく、国会図書館はだれかの「代わり」に資料を所蔵する場所ではないのである。管理できる範囲において、事業に必要な資料は持ち続けねばならないことは今後ともなにも変わらないのである。

[1] 「個人向けデジタル化資料送信サービス」の開始について(付・プレスリリース)| 国立国会図書館―National Diet Library https://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2022/220519_01.html.
[2] 絶版等資料の規程は、2012年著作権法改正において導入されたもので、「絶版その他これに準ずる理由により一般に入手することが困難な図書館資料」と定義されている(著作権法第三十一条第三項第三号)。「特定絶版等資料」は、このうち、著作権者等から申し出があって入手可能性が回復するものを除いたものとなる(同法第三十一条第六項)。
[3] 国立国会図書館 絶版の書籍もパソコンで閲覧可能に なぜ? NHK 解説委員室 https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/300/468524.html.
[4] 令和3年通常国会 著作権法改正について | 文化庁 https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r03_hokaisei/.
福林靖博「国立国会図書館のデジタルアーカイブ事業:所蔵資料デジタル化を中心に」『中国21』51、2019年 http://id.nii.ac.jp/1082/00010302/.
福林靖博「令和3年著作権法改正と国立国会図書館による絶版等資料の個人への送信について」『情報の科学と技術』72.3、2022年 https://doi.org/10.18919/jkg.72.3_82.
[5] 資料デジタル化に関する協議 | 国立国会図書館―National Diet Library https://www.ndl.go.jp/jp/preservation/digitization/consult.html#soshin.
[9] 浜田久美子「デジタルコレクションの著作権処理について」『図書館雑誌』116.3、2022年。著者によるリポジトリ登録版は http://opac.daito.ac.jp/repo/repository/daito/53912/ で閲覧可能。なお、これに対して、全ページ確認は税金の無駄であるといった指摘も見られるが、著作権が個別に発生しうるものが分かりやすく記載されているとはかぎらず、着実に公開を行ううえでは、必要不可欠な経費であることは触れておきたい。ただし、それならばそれで、公開制限を設ける事由を公開しないのが篤実な態度かという疑問は正当であろう。
[10] 老子道徳經2篇 - 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539548.
[11] 国会図書館の海外デジタル送信が絵に描いた餅になってしまう | YamadaShoji.net https://yamadashoji.net/?p=836.
[12] スーパーコンピュータシステムのファイル消失のお詫び | お知らせ | 京都大学情報環境機構 https://www.iimc.kyoto-u.ac.jp/ja/whatsnew/information/detail/211228056999.html.
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《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第47回

消滅危機言語のデジタル・アーカイブの諸動向:PARADISEC と DELAMAN

宮川創人間文化研究機構国立国語研究所研究系

1. PARADISEC[1]

PARADISEC は、the Pacific And Regional Archive for Digital Sources in Endangered Cultures の略で、日本語では、「消滅危機文化のデジタル資源の太平洋・地域アーカイブ」の略であり、太平洋地域の少数民族などの消滅危機文化を、特に言語の面からアーカイビングし、データを保存・公開することを主眼にしたプロジェクトである。このプロジェクトでアーカイブ化されているデータは、オーディオ、テキスト、ビジュアル資料など様々なものがあり、全てメタデータが付与され、カタログ化されている。

このアーカイブは2003年に設立され、オーストラリアのシドニー大学、メルボルン大学、オーストラリア国立大学からなるコンソーシアムが基盤になっている。オーストラリアでは数多くの言語学者が、オーストラリア先住民や太平洋地域の少数言語、消滅危機言語のフィールド調査を行い、多数の録音やフィールドノートを残してきた。しかしながら、それまでは、そのフィールド研究の記録のほとんどが、世に出ることなく、個人で所蔵されたり、それぞれの研究機関で内々に所蔵されたりしていた。PARADISEC は、これらの貴重な言語資料を、話者や研究者を含む世界中の人々と共有することを目的に創設された。

対象とする地域は、オーストラリアの先住民や、パプアニューギニアやヴァヌアツなどのメラネシアの先住民を中心に、ポリネシア、ミクロネシア、東南アジアと、アジア太平洋地域を中心に広がっている。この地域は面積的には地球の表面の一部分にすぎないが、世界に存在する約7000と言われる言語のうち、約2000が、オーストラリアを含む南太平洋地域で話され、ニューギニア島だけで約900言語が話されているという。それだけ、この地域は、言語多様性に富む地域である。

2022年5月19日現在、PARADISEC には1,315言語のデータが所蔵されている。そして、その内訳は、合計約14,500時間の音声、合計2,000時間に及ぶ動画などであり、全部で150テラバイトのデータ量となっている[2]。データの多くが、オセアニア地域の言語のものであるが、それ以外の地域の言語データも少数ある。

例えば、図1は東京外国語大学准教授・倉部慶太氏が PARADISEC に提供したジンポー語(ミャンマー)の民話データのページである。ここでは、音声データはラテン文字による書き起こしとともに CC BY-SA 4.0 International のライセンスで公開され、英訳と注釈が付されているものもある。書き起こしや英訳、注釈などは、XML を基盤とした ELAN のデータ形式である EAF 形式のデータで、音声は MP3と WAV 形式でダウンロードできる。

図1:東京外国語大学准教授・倉部慶太氏が PARADISEC に提供したジンポー語の音声データ KK1-2852(民話「ライオンと象」)のページ[3]

PARADISEC のデータには、クリエイティブコモンズライセンスを中心とした国際的に認知されているライセンスが付与されており、クレジットを示せば二次利用可能なものがほとんどである。PARADISEC のアーカイブの基本原則に FAIR 原則と TRUST 原則がある[4]。この2つは、昨今デジタル化プロジェクトで基本原則として言及されることが多い。

FAIR 原則は、日本でもよく知られているが、Findable(検索可能)、Accessible(アクセス可能)、Interoperable(相互運用可能)、Reusable(再利用可能)の頭文字を冠している。これは、全ての人が検索可能で、アクセス可能で、別のアーカイブプロジェクトと相互運用ができ、アーカイブ化されたものを再利用することが可能な、すなわち、FAIR(公正)な、何人にも開かれたデジタルアーカイブを目指すものである。これに対し、TRUST 原則は、管見では、FAIR 原則よりかは認知度は劣るが、Transparency(透明性)、Responsibility(責任)、User Focus(使用者中心)、Sustainability(持続可能性)、Technology(技術)の頭文字語である。これは、一般にデータをアクセス可能にすることによって、透明性を保ち、保有するデータが本物であることによって責任を果たし、ユーザコミュニティの期待に答え、持続可能にサービスを維持し、永続的にデータを保存できるインフラを整えることを指す。FAIR 原則がアーカイブのオープン性にフォーカスしているのに対し、TRUST 原則は、そのアーカイブへの社会的信頼や役割を軸に据えている。危機言語話者コミュニティの文化継承と話者の人権擁護にとって重要な音声・動画データを保有する PARADISEC のような文化遺産アーカイブは、FAIR 原則とともに、社会的な信頼性に焦点を当てた TRUST 原則を遵守することが求められる。

2. DELAMAN

この PARADISEC に加え、前回解説した消滅危機言語アーカイブである Endangered Language Archive[5]、および Pangloss[6]など世界的に著名な消滅危機言語アーカイブが所属しているのが DELAMAN という国際的なネットワーク団体である。DELAMAN は、消滅危機言語・消滅危機音楽アーカイブ・ネットワーク(Digital Endangered Languages and Musics Archives Network)を意味する。2003年に設立されたこの団体には、これらの消滅危機言語アーカイブプロジェクト以外にも、インターリニアーグロス付き言語資料と辞書を作成する Fieldworks Language Explorer (FLEx)[7]など、言語記述のための様々なツールを提供している国際 SIL[8]や、音声データの書き起こしと注釈のために多くの言語学者に使用されている ELAN を開発・提供している The Language Archive[9]も属している。そのほか、欧米ベースのアーカイブを中心に、欧米を中心とする消滅危機言語・消滅危機音楽のアーカイブが会員となっている。メンバーにはフルメンバーとアソシエイトメンバーの区別がある。2022年5月19日現在、12のフルメンバーと7つのアソシエイトメンバーが加盟している[10]。DELAMAN 規約によれば、フルメンバーとなったアーカイブは4年ごとに評価を受ける[11]。

DELAMAN は、毎年一度会議を開いているほか、消滅危機言語・消滅危機音楽の保存に貢献があったものに賞を授与している。FLEx や ELAN など言語のアーカイブ化に役立つツールのリストを提供しているほか[12]、言語資料のアーカイブ化に関する決議案を、アメリカ言語学会(LSA)に提案するなど、アメリカを中心とする諸学会に働きかけを行っている。この決議案では、「消滅の危機に瀕した言語に関するいかなるリソースも代替不可能である可能性が高いという事実と、デジタルリソースは非デジタルリソースと同様に劣化しやすいという認識のもと、消滅の危機に瀕した言語と文化に関するリソースが適切な保存アーカイブ、つまり永続性を約束する機関に寄託することを DELAMAN は推奨する。」などの提言が記されている[13]。

図2:DELAMAN に加入している団体を国別に地図上で表した図[14]

現在、DELAMAN には、図2が示すように、1つのアフリカのアーカイブを除いて、オーストラリアを含む西洋諸国を基盤とするアーカイブ団体しか加盟していないが、消滅危機言語・音楽のアーカイブに積極的に取り組んでいる団体なら誰でも、新規入会を希望できるとある[15]。日本やアジア地域を基盤とする、消滅危機言語または消滅危機音楽のアーカイブも積極的に入会すれば DELAMAN の西洋中心の団体の運営からの脱却、より多様なアライアンスの形成という点で、大きな貢献ができるであろう。

[1] PARADISEC, accessed May 5, 2022, https://www.paradisec.org.au/.
[2] 注1の PARADISEC ウェブサイトのメインページの記載による。
[3] “KK1-2852,” PARADISEC Catalog, PARADISEC, accessed May 19, 2022, https://catalog.paradisec.org.au/collections/KK1/items/2852.
[4] “Principles for data management,” PARADISEC, accessed May 19, 2022, https://www.paradisec.org.au/about-us/principles-for-data-management/. Linda Barwick and Nick Thieberger, “Unlocking the Archives,” in Communities in Control: Learning Tools and Strategies for Multilingual Endangered Language Communities; Proceedings of the 2017 XXI FEL Conference, edited by Vera Ferreira and Nick Ostler (Hungerford: Foundation for Endangered Languages, 2018), pp. 135–139も参照。
[5] Endangered Language Archive (ELAR), accessed May 19, 2022, https://www.elararchive.org/.
[6] Pangloss Collection, accessed May 19, 2022, https://pangloss.cnrs.fr/corpus?lang=en.
[7] “Fieldworks Language Explorer (FLEx),” SIL International, accessed May 19, 2022, https://software.sil.org/fieldworks/. 本連載での解説は、「テクスト・コーパスのための言語学的なインターリニア・グロス付け」『人文情報学月報』103(2020年2月号)。
[8] SIL International, accessed May 19, 2022, https://www.sil.org/.
[9] The Language Archive, accessed May 19, 2022, https://archive.mpi.nl/tla/.
[10] “Members,” DELAMAN, accessed May 19, 2022, https://www.delaman.org/members/.
[11] “Constitution,” DELAMAN, accessed May 19, 2022, https://www.delaman.org/constitution/.
[12] “Resources,” DELAMAN, accessed May 19, 2022, https://www.delaman.org/resources/.
[13] “LSA resolution,” DELAMAN, accessed May 19, 2022, https://www.delaman.org/lsa-resolution/.
[14] DELAMAN, accessed May 19, 2022, https://www.delaman.org/.
[15] “Joining DELAMAN,” DELAMAN, accessed May 19, 2022, https://www.delaman.org/members/joining/.
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