ISSN 2189-1621

 

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DHM 051 【前編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2015-10-29発行 No.051 第51号【前編】 593部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「計量文献学の可能性」
 (土山 玄:同志社大学研究 開発推進機構特別任用助教)

◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
 -三大デジタルアーカイブのデータセット比較と近世全出版物調査プロジェクト」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第7回
 「資料を世界につなぐ:ウィキメディア・プロジェクトからの思いめぐらし」
  (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート
「第26回European Association of Japanese Resource Specialists(日本資料専門
家欧州協会)年次会」
 (田中あずさ:ワシントン大学図書館)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《巻頭言》「計量文献学の可能性」
 (土山 玄:同志社大学研究 開発推進機構特別任用助教)

 文章に文体というものが存在し、文体が読み手に一定の印象を与えるということ
は、経験的に否定しがたい事実であるように思われる。「文は人なり(Le style
c'est l'homme)」というフランスの箴言もこのことを指摘している。これは18世紀
フランスの自然学者G.L. Buffonの演説に由来するが[1]、文体論研究者のP.
Guiraudによれば「文体が人間の本性そのものを表現している」と解釈される[2]。
すなわち、読者は文体から著者に関する何かしらの情報、あるいは印象を感受して
いると言うのである。

 文体は言語あるいは文学に関わることから、人文学領域においてしばしば取り扱
われてきた題材である。しかし、P. Guiraudの論ずるところによれば「文体とは標
準からの逸脱」(p.123)であり、「統計学とはまさしく逸脱の科学[偏差の研究]」
(p.124)であることから、統計手法は文体研究との親和性が高いことが示唆されて
いる。

 計量的な文体研究の萌芽は19世紀の数学者であるDe Morganまで遡り、「2人の人
間が同じ主題について記述した2つの文章よりも、1人の人間が異なる主題について
記述した2つの文章の方がより類似度が高いということが、きっと明らかになるだ
ろう」といった見解を示している[3]。この見解に着想を得たT.C. Mendenhallが
1887年にディケンズ、サッカレー、ミルの文章を対象として、文字数別に単語の出
現頻度を集計し、その度数分布を示すことで著者による文体の習慣的特徴の相違を
明らかにした。これは計量的な手法によって著者の識別が可能であることを示した
最初の例である[4]。さらにMendenhallは、ウィリアム・シェイクスピアの詩劇に
分析を加えた[5]。シェイクスピアの作品は別人によって執筆されたとする説が古
くからあり、その1つに哲学者フランシス・ベーコンが当時の圧政抗議のために、シ
ェイクスピアという偽名を用いて詩劇を執筆したとする説があった。Mendenhallは
この説について計量的に検討を加え、シェイクスピアは4文字の単語を最も多く使
用するのに対して、ベーコンは3文字の単語を最も多く使用するという量的な特徴の
違いを明らかにし、これをもってシェイクスピアとベーコンの同一人物説を否定し
た。

 文章や文体について計量的にアプローチする学問分野は、一般に計量文献学と称
される。計量的なアプローチは、上に紹介したように1単語あたりの文字数あるいは
その分布に注目するというシンプルな方法に起源するが、現代ではコンピュータの
飛躍的な発展にともない、単語の出現率および出現傾向、語彙の豊富さの指標など
多様な角度からの研究が進められている。

 シェイクスピアの作品のように著者について議論される作品は古典に多く、日本
では『源氏物語』の宇治十帖他作者説などが有名であり、すでに計量的な研究もな
されている。安本(1957)において、『源氏物語』を宇治十帖とその他の諸巻に分
け、統計的な仮説検定が行われている。検定に用いた項目は名詞の使用度、用言の
使用度、助詞の使用度、助動詞の使用度など12項目あり、検定の結果、宇治十帖の
文体が他の諸巻の文体と相違することを指摘した[6]。

 村上・今西(1999)は多変量解析の手法を用いた『源氏物語』の本格的な計量分
析である。この研究では機能語である助動詞の出現率を用い、数量化III類を行うこ
とで『源氏物語』の成立巻序の推定を行っている[7]。『源氏物語』の第一部と称
される1巻から33巻までは、登場人物の出現状況から紫上系と玉鬘系という2つの系
統に分類され得ることが指摘されていたが[8]、この研究では玉鬘系の助動詞の出
現率が第二部よりもむしろ最終10巻である宇治十帖の出現率に類似していることを
明らかにした。これにより『源氏物語』は紫上系、第二部及び匂宮三帖、玉鬘系、
宇治十帖という順序で成立したと推定された。また、主成分分析などの多変量解析
を行った研究として土山・村上(2014)[9]があり、宇治十帖とその直前の3巻で
ある匂宮三帖において論じられる他作者説について、機能語の出現率や語の長さの
分布を用いて検討を加え、匂宮三帖および宇治十帖の作者が他の諸巻と異なる可能
性の低いことを指摘した。

 計量文献学の手法を用いた研究の多くは、著者の識別を目的としている。これに
比べて著作の執筆順序や執筆時期の推定に関する研究は十分に展開しているとは言
えない。これは、成立順序の基準となる外部資料が古典文学作品に乏しいことが主
な原因であると考えられる。しかし、『源氏物語』を始め作品内部の成立順序が議
論の対象となる古典文学作品は数多く存在する。文体の継時的な変化を計量的に明
示することによって、成立過程を解明するための資料、あるいは著者の執筆態度の
変化や推移に関する情報を新たに提供できるだろう。今後、この分野の研究が新た
な発想と分析方法の発展にもとづいて深められることは課題の一つである。

 近年、統計的な手法を用いてテキストデータを含む種々の大規模データから有益
な情報を抽出あるいは検出する事例が数多く報告されている。そのような分析事例
はテキストデータを統計解析する点で、計量文献学に近接する分野であると言える。
しかし計量文献学は、テキストデータの統計解析が人文学のテーマと密接に関わる
点で大きな特徴を有する。すなわち、上に紹介したように著者識別や作品の成立過
程の研究などの従来からあるテーマについて、計量的なアプローチという別の角度
から分析を加えてデータを提出し、さらに新たな論点を提起することも可能である。
たとえば、ある語がどのような語と密接に現れるかを扱う単語の共起頻度などは、
直接には文章・文体研究に貢献するが、作品における語彙の使用傾向や著者の言語
表象の研究にも新たな論点を提起できると思われる。このように、計量文献学は様
々な方向に展開する幅広い可能性を持っていると言える。

[1] 小林英夫.:小林英夫著作集第7巻 文体論の建設. みすず書房 (1975).
[2] Guiraud, P.(佐藤信夫 訳): 文体論-ことばのスタイル-. 白水社 (1954).
[3] De Morgan, S. E.: Memoir of Augustus de Morgan, Longmans, Green, and
Company (1882).
[4] Mendenhall, T. C.: The characteristic curves of composition,
Science, (214S), pp. 237-246 (1887).
[5] Mendenhall, T. C.: A mechanical solution of a literary problem.
Popular Science Monthly, Vol. 60, No. 2, pp. 97-105 (1901).
[6] 安本美典.: 宇治十帖の作者-文章心理学による作者推定-, 心理学評論,
Vol. 2,No. 1, pp. 147-156 (1957).
[7] 村上征勝, 今西祐一郎.: 源氏物語の助動詞の計量分析, 情報処理学会論文誌,
Vol. 40, No. 3, pp. 774-782 (1999).
[8] 武田宗俊.: 源氏物語の研究. 岩波書店 (1954).
[9] 土山玄, 村上征勝.: 『源氏物語』第三部の成立に関する計量的な考察, じん
もんこん2014論文集, Vol. 2014, No. 3, pp. 213-220 (2014).

執筆者プロフィール
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土山 玄(つちやま・げん)同志社大学大学院文化情報学研究科博士課程(後期)を
2015年3月に修了。博士(文化情報学)。2015年4月より同志社大学研究開発推進機
構特別任用助教。『源氏物語』の複数作者説を中心に、統計手法を用い、計量的な
観点より多角的に検討を加えている。

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◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
 -三大デジタルアーカイブのデータセット比較と近世全出版物調査プロジェクト」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

 デジタル化資料の公開が一般的となり、巨大なデジタルアーカイブが林立されて
思うのは、それらが提供するデータセットがそれぞれとして、あるいは全体として、
どのような特徴をもつのかという点であろう。この問題に関する興味深い記事が、
10月2日にGDELTプロジェクトのブログで公開された[1]。記事は、主要三大デジタ
ルアーカイブと言える、Internet Archive(IA)、HathiTrust(HT)、そして
Google Books Ngram(GB)の各コレクションの比較を紹介したものである。

 記事では1800年以降の資料を比較対象としており、以下のような結果が得られた。
なお、原文のブログ記事にはグラフが掲載されているので、あわせてご確認いただ
きたい。まず、1800年から、パブリックドメインの境界年にあたる1922年までの各
年の資料数をグラフ化すると、3つのコレクションともほぼ同じ波形を示しているも
のの、資料の多さはHT>IA>GBの順であった。しかし、1923年以降の資料数は、HT
とIAはそれまでの10~20%の水準にまで下がる一方で、GBは特に1943年以降爆発的
な増加を見せていた。1800年から1922年までの資料に関し、IAの約37%はGB由来で
ある一方、HTの8%はIAから、93%はGBからのものであった。つまり、HTで提供され
ている19世紀資料は、その大部分がGBの成果によっているということである。また、
各データセット内の重複率は、HTで34%、IAで約25%であった。HTとIAに収録され
ている1923年以降の資料における政府刊行物数の顕著な違いから、とりわけ1945年
以降の米国政府関係のトピックを検索する際には検索するアーカイブ由来のバイア
スがかかる可能性があることに注意を促している。また、3つのデータセットでキー
ワード検索を比較した結果、1922年以前ではほぼ同様の結果が得られる一方、その
年以降では収録されている資料データの違いから検索結果に大きな違いが出た。最
後に、IAの1800年から2013年までの資料内で言及されている地名を動的にマッピン
グした地図も公開されている。

 以上を踏まえてブログ記事は、結論として、単語の頻度検索のみを行うのであれ
ば、優れたユーザインターフェイスを提供しているGBの利用を勧めている。一方で、
研究上フルテキストへのアクセスが必要であるならば、1922年以前に関するものに
限定せねばならないことを前提に、利用契約上のハードルが低いIAの利用を勧めて
いる。なお、HTについては、著作権保護資料のテキストへも限定的ながらアクセス
が可能であることを述べるに留まっていた。

 ところで、筆者としてはこの結論に対して特に2つの疑問を感じた。1つは、比較
した3つのデジタルアーカイブで検索可能な範囲は19世紀資料の全体のどのくらいの
割合を占めているのか、つまりそもそも19世紀資料の総量はどの程度あるのかとい
うこと、もう1つはこの分析が英語以外の言語でも同じように当てはまるものなの
かということである[2]。しかし、例えばスペイン一国に限っても、19世紀出版物
の総量は未だ明らかにはなっていないのだから、これらの問いに直ちに答えること
は難しいだろう。だが、上で紹介した記事が対象とする時代とは異なるものの、こ
れらの問いへの解答につながりうるDHプロジェクトがあるので、最後にそれを紹介
したい。そのプロジェクトは、Iberian Books[3]という。

 Iberian Booksは、1472年から1600年までの間に、近世スペインおよびポルトガル
を中心に、ヨーロッパと新大陸で刊行されたスペイン語・ポルトガル語出版物の全
リストを作成したプロジェクトである。British Library等によるEnglish Short
Title Catalogue[4]のスペイン・ポルトガル語版といえばわかりやすいかもしれ
ない。アイルランドのユニヴァーシティ・カレッジ・ダブリンにあるメディア史研
究センター(Center for the History of the Media)を拠点に、2007年から3年間
続けられ、そのリストはShort-Title catalogue、いわゆる省略形タイトルで作成・
整理された。これを第1期とすると、第2期、すなわち2010年から2014年までは、
Andrew W. Mellon財団の助成を受け、プロジェクトの調査対象を1601年から1650年
までに拡大し行われた。第1期および第2期の結果、Iberian Booksのデータベースに
は、世界1,300以上の図書館が所蔵する約320,000冊、約65,000タイトルの書誌情報
を収録し、さらに既にデジタル化済み資料12,000点へのリンクも提供している。さ
らに今後2018年からは、その後の1651年から1700年までを対象に行われる予定とな
っており、これをもって15世紀後半から17世紀までの約250年間、スペインで文化・
芸術が興隆した、いわゆる「黄金世紀」(Siglo de Oro)の全出版物を一覧できる
ようになる。

 Iberian Booksは、スコットランドのセント・アンドルーズ大学を拠点に、近世に
おけるフランス語出版物を対象に始まった同様のプロジェクトUniversal Short
Title Catalogue(以下、USTC)にもデータ提供を行っており、これらを通じて近世
ヨーロッパの全出版物の調査と研究が進められている。今後、Iberian BooksやUSTC、
あるいはその他のプロジェクトが、19世紀を対象に全出版物を含めた調査を行うこ
とがあれば、上に挙げたデジタルアーカイブの検索可能範囲という問いに答えられ
る日がくるのかもしれない。

[1]“The World As Seen Through Books: Comparing the Internet Archive,
HathiTrust, and Google Books Ngrams Collections”. GDELT Official Blog.
2015-10-02.
http://blog.gdeltproject.org/the-world-as-seen-through-books-comparing-t...
, (accessed 2015-10-15.)
[2]ブログ記事では英語に限定して調査を行ったかどうか明確には書かれていない
が、10月13日に掲載されたLibrary of Congressのブログ記事では、当該調査に関す
るインタビューが掲載されており、そこでは「1800年から現在までの英語のデジタ
ル化図書」を対象にしたと書かれている。
Erin Engle. “The World As Seen Through Books: An Interview with Kalev
Hannes Leetaru”. 2015-10-13.
http://blogs.loc.gov/digitalpreservation/2015/10/the-world-as-seen-throu...
, (accessed 2015-10-15).
[3]Iberian Books. http://iberian.ucd.ie/index.php , (accessed
2015-10-15.)
Iberian Books. http://www.ucd.ie/ibp/ , (accessed 2015-10-15.)
[4]English Short Title Catalogue (ESTC). http://estc.bl.uk/ , (accessed
2015-10-15.)

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◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第7回
 「資料を世界につなぐ:ウィキメディア・プロジェクトからの思いめぐらし」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

 ウィキメディアというと読者諸賢には耳馴れないかもしれないが、ウィキペディ
アといえば、一度ならず参照なさったこともあるのではないだろうか。ボランティ
アによる統治のもとに展開されるオープンな百科事典プロジェクトであるウィキペ
ディアを運営するウィキメディア財団(Wikimedia Foundation; WMF)は、知識の全
世界的普及を推進する非営利団体であり、百科事典のウィキペディア以外にも、自
由な辞書であるウィクショナリー[1]、自由なメディアリポジトリであるウィキメ
ディア・コモンズ[2]など、さまざまなプロジェクトをも展開している[3]。こ
こでいう自由とは、費用がかからないということを超えて、利用形態の自由を保証
することも含んでいる。だから、ウィキメディアの多くのプロジェクトでは、発足
当初からたんに再利用が可能なだけではなく、それを再利用可能であらしめつづけ
る著作物利用規定への同意を最低限のルールとしている[4]。

 さて、10月11日および12日にWMFの事務長であるライラ・トレティコフ氏(Lila
Tretikov)の訪日をうけてOpenGLAM Japanシンポジウム、そして日本在住のウィキ
メディア・プロジェクト参加者(ウィキメディアンと自称する)を対象にしたミー
トアップが開催された[5][6]。以下、本稿ではそれぞれをシンポジウム、ミー
トアップと呼ぶこととする。筆者は、長年ウィキメディア・プロジェクトにかかわ
っていることもあり、両日ともに参加した。シンポジウム・ミートアップそれぞれ
Twitterで内容が中継されたものがTogetterに集約されているのでくわしい雰囲気な
どはそちらを参照されたい[7][8]。

 シンポジウムでは、トレティコフ氏およびWMFのコミュニティ・アドボカシー・チ
ーム(コミュニティ援助チームとでも訳し得ようか)のヤン・アイスフェルト氏
(Jan Eissfeldt)からウィキメディア財団の活動指針や、GLAMへの支援などを念頭
において具体的な活動内容についての説明がされたのち、オープン・データや、オ
ープン・ガバメントの観点から日本におけるさまざまな取り組みに関するパネルが
持たれた。ミートアップでは、前日同様にトレティコフ氏およびアイスフェルト氏
から、こんどはコミュニティに対する説明がなされたのち、ウィキペディア日本語
版の歴史や日本語版の各プロジェクトの現況、ウィキペディア・タウンのこころみ、
英日翻訳授業について日本の参加者から報告があった。イベント全体に関する内容
はそちらを参看いただくとして、ここではシンポジウムでトレティコフ氏からはな
しのあったことを中心に、ウィキメディアにコンテンツを載せ、活用することに関
して紹介したい。

 WMFは、すでに述べたごとく、知識を全世界に広めることを使命としている。その
ためには、ボランティア参加者の協力が不可欠であるばかりでなく、コンテンツ収
蔵機関との連携によって、利用可能な資源を増やしてゆくことも重要な選択肢であ
る。その協働のひとつとしてドイツ連邦文書館(Bundesarchiv)の事例が紹介され
た[9]。これは、ドイツにおけるウィキメディアンの組織であるウィキメディア・
ドイツ(Wikimedia Deutschland)とドイツ連邦文書館の連携のもと、ウィキメディ
ア・コモンズに対してドイツ連邦文書館の持つ未整理の近代写真をアップロードし、
ウィキメディア・コモンズでメタデータを必要に応じて附与、両者で共有するとい
うものである。ウィキメディア・コモンズでは、ウィキベースで情報を管理できる
だけではなく、メタデータのような形式的なデータも扱えることを強みとして、8万
点にも及ぶドイツ連邦文書館の写真を受け入れることができた。コミュニティによ
る関与が可能であるため、機械学習によって整理できることがあればそれも実行で
きるだろうし、人力のほうが有利な場面では共同作業が行われることとなる。

 また、もうひとつアメリカ国立公文書記録管理局との協働の例が紹介された[10]。
こちらは、たんに文書を公開するだけでなく、文書をデジタル翻刻することまでも
くろんでいる。公文書館の文書群は、名目上「大衆に開かれている」が、画像があ
るだけではインターネット上で利用可能とは云いがたい。そこで、このプロジェク
トでは、公文書館の収蔵する文書を電子化し、ウィキメディア・コモンズにアップ
ロードしたうえで、ウィキソースという文字資料のリポジトリ[11]で翻刻すると
いうことを目指している。ウィキソース上では、文書のメタデータ管理および翻刻
が行われている。翻刻用には、専用の補助ツールがあって、校正状況なども容易に
確認ができるし、そこから公開用のデータを整えることもあまり難しいことではな
い。これは現在進行中のプロジェクトであり、ウィキソースとしてはコンテンツや
コミュニティの強化に繋がり(同様のプロジェクトをホストすることが可能になる
だろう)、公文書館としては資料が名実ともに「使える」ようになるというメリッ
トがある。

 日本に関する資料のデジタル化も日々行われている。そんななか、資料が全世界
的に利用可能であるためには、プラットフォームの持つ力はひじょうに大きい。ド
イツ連邦文書館などは、おそらくは、へたにGoogleなどと組むよりもよほど資料を
利用可能にすることに成功できたのではないだろうか。もちろん、これにはドイツ
のウィキメディアンにそれを受け入れる土台がすでにあったことは言をまたない。
だから、最終的にはおわりつきせぬ人的資源の問題にたどり着くのだろうが、それ
を支えるコミュニティをはぐくむということでも、ウィキメディア・プロジェクト
から学ぶこと、あるいはウィキメディア・プロジェクトと手を組むことには、まだ
まだ可能性があるのではないだろうか。

[1] https://www.wiktionary.org/
[2] https://commons.wikimedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%...
[3] https://wikimediafoundation.org/wiki/Our_projects
[4] https://en.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:5P および
https://ja.wikipedia.org/wiki/WP:5P も参照。
[5] https://www.facebook.com/events/1707436689485141/
[6] https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%8...
[7] http://togetter.com/li/885704
[8] http://togetter.com/li/885899
[9] https://commons.wikimedia.org/wiki/Commons:Bundesarchiv
[10] https://en.wikisource.org/wiki/Wikisource:NARA
[11] https://wikisource.org/wiki/Main_Page

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 続きは【後編】をご覧ください。

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人文情報学月報 [DHM051]【前編】 2015年10月29日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【 ISSN 】2189-1621
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