ISSN 2189-1621

 

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DHM 055 【後編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2016-02-27発行 No.055 第55号【後編】 618部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「関西で学会・研究会を開催してきて」
 (村川猛彦:和歌山大学システム工学部)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第11回
「スマートフォン向け日本の古文献手書き文字学習アプリが2種リリース」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)
第11回 人間文化研究情報資源共有化研究会
「人間文化研究機構のもつ画像データ共有化の前進に向けて」
 (江上敏哲:国際日本文化研究センター図書館)

【後編】
◇イベントレポート(2)
「貴重資料・デジタル化・キュレータの役割
(英題Rare materials, digitalization, and the role of curators)」
 (鈴木親彦:東京大学大学院人文社会系研究科)

◇イベントレポート(3)
「DNP学術電子コンテンツ研究寄附講座開設記念シンポジウム
 ~これからの学術デジタル・アーカイブ~」参加報告
 (小風尚樹:東京大学大学院人文社会系研究科西洋史学専門分野 修士2年)

◇イベントレポート(4)
ワークショップ「ウェブ・アーカイブの世界
-人文学・社会科学から見た研究資源としての可能性-」
 (古賀 崇:天理大学人間学部総合教育研究センター)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇イベントレポート(2)
「貴重資料・デジタル化・キュレータの役割
 (英題Rare materials, digitalization, and the role of curators)」
http://www.lib.hit-u.ac.jp/blog/20160203/
 (鈴木親彦:東京大学大学院人文社会系研究科)

 2016年2月12日、一橋大学において国際ワークショップ「貴重資料・デジタル化・
キュレータの役割(英題Rare materials, digitalization, and the role of
curators)」が開催された。主催は横浜国立大学附属図書館の深見保則館長を代表
とする国立情報学研究所共同研究プロジェクト、共催は一橋大学社会科学古典資料
センター・附属図書館による文部科学省共通政策課題プロジェクトである。

 ワークショップ前半では、オックスフォード大学ボドリアン図書館デジタル・ス
カラシップ・センターのコーディネータPip Willcoxが“The element they lived
in : special collections, scholarship, and scale”と題して、コレクションの
デジタル化事業を軸にデジタル化資料を扱う上での課題とキュレータの役割を提示
した。後半の「一橋大学社会科学古典資料センターにおける西洋古典資料の保存と
修復:これまでと今後の展望」では、一橋大学社会科学古典資料センター専門助手
の床井啓太郎から、古典資料センターで行われてきた保存修復の取り組みを中心に、
コレクションの保存修復における司書の役割についての問題提起を含む講演が行わ
れた。また閉会の挨拶として前述の深見館長から、人文情報学の位置づけなどにつ
いても触れつつ、資料の保存とデジタル化における司書・研究者・技術者などの役
割分担と、過渡期的な状況におかれた資料保存・公開・活用のありかたの整理が行
われた。

 前半の講演者であるPip Willcoxが紹介したボドリアン図書館の試みについては、
東京大学大学院人文社会系研究科人文情報学拠点で開催された講演(講演内容は
http://www.dhii.jp/DHM/dhm50-2 を参照)や、このワークショップの数日前にNII
で行われた講演等で繰り返し紹介されているので、ここでは詳細に触れない(ボド
リアン図書館のWebサイトも参照のこと、 http://www.bodleian.ox.ac.uk/bodley
)。執筆者が今回の講演で注目すべきと考える点は、所蔵図書とデジタル化された
データの総体として図書館のコレクションが考えられていた点である。もちろんこ
こで想定されている「デジタル化されたデータ」は単に所蔵図書をデジタル画像に
しただけではなく、メタデータやTEIなどの標準的なルールに則ってマークアップさ
れたテキストデータが付されたものである。この点を踏また上で講演内では、“
Digital is more than digitization”としてのLODなどの拡張可能性、その一方で
“Beware digitization”としてデジタル化によってもたらされた課題や現状の問題
点が示された。そして、こうした状況を踏まえた上で、利用者と情報とツールをつ
なぐことに、デジタル・キュレータとしての司書の役割の一つがあるとされていた。

 後半の講演では、デジタル化ではなく一橋大学での西洋古典資料マイクロフィル
ム化の事業を中心に説明された。この事業での経験をもとに大学の図書館員が資料
保存に関わる際の姿勢として示された内容が、デジタル資料についても当てはまる
ことであった。床井によれば、現状日本の大学図書館における資料保存では、図書
館員がイニシアチブを取ることは少なく、研究者や保存修復家に諸々の判断を任せ
ることが多い。とはいえ、事業に関係する資料の専門家はたくさんいるものの、
「そこ(各図書館)にある(所蔵されている)資料」の専門家は、各図書館の図書
館員しかいないというのが今回示された意見である。当初古典資料センターは、特
定の資料群の内で破損した書籍のみを事業の対象と考えていたが、センターの社会
的意味や大学内での位置を鑑みて資料群全体の保存処理を行うこととしたというこ
とである。この「そこにある資料」についての問題は、対象を図書以外に広げても、
またマイクロ化ではなくデジタル化を想定したとしても当てはまるものであろう。

 二つの講演どちらにおいても、事例は図書館と図書館員を軸にしてはいたものの、
そこから得られる知見は図書館の活動にとどまらず、キュレータの活動全体に応用
できるものであった。今回の説明によると、古典資料センターがすぐにボドリアン
図書館のようなデジタル化のプロジェクトを始めるわけではないようだったが、資
料保存におけるキュレータの役割を考える上でも、今後の活動に注目すべきであろ
う。さらに古典資料センターでは、本年度から西洋古典資料保存のための長期訓練
を含む実務研修をはじめるとのことである。こちらも成果が期待される。

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◇イベントレポート(3)
「DNP学術電子コンテンツ研究寄附講座開設記念シンポジウム
 ~これからの学術デジタル・アーカイブ~」参加報告
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/news/4166
 (小風尚樹:東京大学大学院人文社会系研究科西洋史学専門分野 修士2年)

 2016年2月9日、東京大学本郷キャンパス福武ホールにて、表題のシンポジウムが
開催された。

 定員184名の同ホールが所狭しと言わんばかりに、出版業や研究機関関係者、研究
者など非常に多くの来場者が詰めかけ、「デジタル・アーカイブ」に対する関心の
高さが如実に示される形となった。実際、2016年2月16日付けの日本経済新聞朝刊に
も、本シンポジウムが取り上げられている。
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO87039090Q5A520C1BC8000/

 本シンポジウムでは、行政・法律・博物館・図書館・大学学習資源コンソーシア
ム・研究者など、「デジタル・アーカイブ」に様々な立場から携わる10人の登壇者
による講演が行われ、主には日本国内のプロジェクトに関する情報が一堂に会する
場となった。

 中でも、本誌『人文情報学月報』との関連で言えば、巻頭言執筆者である、後藤
真氏・生貝直人氏・永崎研宣氏の3名がそれぞれ講演を行った。巻頭言として掲載さ
れた下記URLの記事も、ぜひ併せてご覧いただきたい。これまでの蓄積を把握する上
で有益な示唆が得られる。

後藤真「人文情報学の現状と今後」 http://www.dhii.jp/DHM/dhm01
後藤真「人間文化研究のデジタル文化資源の広範な利用とは」 http://www.dhii.jp/DHM/dhm40-1
生貝直人「なぜ、日本版ヨーロピアナが必要なのか?」 http://www.dhii.jp/DHM/dhm38-1
永崎研宣「デジタルアーカイブの利活用に向けて:有機的な相互連携の可能性」
http://www.dhii.jp/DHM/dhm48-1

 さて、そもそも、 http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/news/4166 にあるように、本
シンポジウム開催の趣旨自体が、「日本の学術系デジタル・アーカイブの現状把握
と今後の取り組みの方向性を見定め、本講座とデジタル・アーカイブ関係者・関係
諸機関との協力関係構築の足掛かりとなること」であり、個別具体的なプロジェク
トの詳細に立ち入るというよりは、業界関係者の顔合わせ、および情報共有に主眼
が置かれていた印象を受けた。

 登壇者や発表タイトルについては、上記URLをご参照いただき、本レポートでは、
各論に深く入り込むというよりは、同講座設立の趣旨や今後の方向性として示され
たビジョンを中心に取り上げ、関連する論点として特記すべき登壇者コメントを織
り合わせていきたい。

(1)本寄附講座設置の目的

 東京大学大学院情報学環の吉見俊哉教授より、以下の論点が示された。

 現状、特にアメリカや中国による出版資料のデジタル化が急速に進む一方で、日
本は、知的文化資源を多く蓄積しているにも関わらず、このデジタル化の潮流に立
ち遅れてしまっているという問題点がある。

 こうした現状に鑑み、日本のデジタル・アーカイブ構築を促進する一翼を担うべ
く、教育・学術資料のデジタル化に関する権利処理、出版業界への利益配分、教育
機関における活用を念頭に置いた学習フォーマットのモデルを提示することを掲げ
た。

 すなわち、従来日本国内で進められてきたデジタル・アーカイブ実践に関する知
見を活用しながら、特に学術電子コンテンツの拡充と、それらの活用に際しての障
壁を低くするための権利処理を担う中で、出版業界との資金的コネクションを構築
することを企図していると言えよう。

 より具体的には、本寄附講座の主な研究開発内容として、以下の3点が挙げられた。

1.学内所蔵資料を対象としたデジタル・アーカイブの構築
2.上記の電子コンテンツ、ならびに商業出版社の手になる学術出版物などの教材活
 用に関する実践的研究
3.これらを推進するにあたって必要となる権利処理システムのひな型を作成するた
 めの、関連諸機関との連携

 こうした活動についてのビジョンが示されることで、本寄附講座の位置づけも自
ずと明らかになる。すなわち、産官学の連携におけるハブ的存在として、各々を有
機的にリンクさせることである。教育事業に関しては学術資源の利活用促進、出版
業界に対しては利益配分を目的に、デジタル化にまつわる権利処理についてのモデ
ルを提示することが目指されるということである。

(2)講演の構成

 以上を踏まえて、講演の構成を改めて確認してみると、連携が目指される産官学
のうち、特に官学のアクターが集中していたように思われる。その意味では、本シ
ンポジウムは、参加した多くの出版業界関係者に対する、日本国内のデジタル・ア
ーカイブの俯瞰的な動向紹介としての側面が強かったとも言えよう。

 とはいえ、1人10分という少ない持ち時間の中で、著作権に関わる日本の法整備の
課題や、行政の観点からみたオープンデータ推進の政策方針、図書館のデジタル化
プロジェクトや機関リポジトリ、学術電子コンテンツの利活用促進を図るコンソー
シアムの実践、人文情報学的観点から整理されたデジタル・アーカイブの研究史や、
すでに実績のあるデジタル・アーカイブ実践者からの具体的アドバイスなど、豊富
なコンテンツが網羅されたプログラムは圧巻であった(なお、人文情報学の観点か
ら整理された研究史や、デジタル・アーカイブの実践例に見る具体的アドバイスに
ついては、以下のURLを参照のこと。
http://www.slideshare.net/NagasakiKiyonori/satdb )。

 シンポジウムを締めくくる柳与志夫特任教授は、デジタル・アーカイブに関する
原理的研究の不足を指摘し、様々な既知なる知を相互にリンクさせ、未知なる知を
創造する営みという観点からすれば、デジタル・アーカイブの祖はライプニッツに
見出せるとの印象的な論を展開した。

(3)まとめに代えて

 本シンポジウムのように、非常に多くの参加者が見られたことは、今後産官学の
連携が進むことを十分に期待させるものであった。

 もちろん、デジタル・アーカイブの実際の運用に関しては、実務面での負担配分・
データモデルの設計や構築・効果的な成果発信と資金獲得といった現実的な課題に
直面することが今後予想されよう。これからのデジタル・アーカイブの構築には、
これまでのデジタル・アーカイブの実践から学ぶべき点が多くあると思われる。

 今回のシンポジウムで多くは語られなかったものの、例えば博物館との連携も考
えられはしまいか。加えて、デジタル・アーカイブを利用する側の視点も今後取り
入れられるべきであろう。テクノロジーが、人間の意識が外在化されたものだとす
れば、研究者の問題関心などは、デジタル・アーカイブのかじ取りの指針になり得
ると考えられるからである。

 以上を踏まえると、先駆的な実践者や実務担当者、活用者としての研究者などと
の連携もあってこそ、デジタル・アーカイブはその形を成していくと思われる。

 既知なる知をリンクさせ、未知なる知を創造する営みの旗手としての本寄附講座
が手を携えるべき主体を、我々は把握しきれているだろうか。

 まずは、積極的な情報共有に基づき、連携の可能性を模索する場が次々と生み出
されていくことを期待してやまない。

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◇イベントレポート(4)
ワークショップ「ウェブ・アーカイブの世界
-人文学・社会科学から見た研究資源としての可能性-」
http://www.hs.ura.osaka-u.ac.jp/goyamarintaro/archives/412
 (古賀 崇:天理大学人間学部総合教育研究センター)

 2016年2月18日(木)、大阪大学豊中キャンパスにて、大阪大学コミュニケーショ
ンデザイン・センター(大学院文学研究科兼任)・合山林太郎研究室の企画のもと、
標記のワークショップが開催された。このワークショップの目的は、ウェブ・アー
カイブとして国立国会図書館の「インターネット資料収集保存事業」(WARP
http://warp.ndl.go.jp/)に焦点を当て、その「研究資源」としての可能性を、利
用者としての研究者の立場から探る、というものであった。

 最初に、WARPを運営する立場から、国立国会図書館電子図書館課課長補佐の前田
直俊氏が、「国立国会図書館のインターネット資料収集保存事業(WARP)とその利
活用」と題する講演を行った。ここでのポイントは以下のような点である。

 ・海外のウェブ・アーカイブとの比較から見た、WARPの位置づけ:WARPは公的機
  関サイトについて、国立国会図書館法・著作権法に基づき「バルク収集(ドメ
  イン単位ですべて集める)」を行うのと並行して、公益法人サイトや震災関連
  サイトなどの民間サイトについては「選択収集」を行っている。諸外国の取り
  組みでは、この両方を行っているところ、「選択収集」に限定しているところ
  に分かれる。Internet Archiveは米国著作権法のフェアユース規程に基づき、
  法律条文上の直接の根拠(ウェブ・アーカイブに特化した規程)のないまま、
  オプトアプト方式によりバルク収集及び収集したデータのウェブ公開を行って
  いる。
 ・海外のウェブ・アーカイブに関する学術研究上の利活用の事例:主な事例とし
  て前田氏が取り上げたのは英国のものである。英国図書館の“UK Web Archive”
  ( http://www.webarchive.org.uk/ukwa/ )では二次的なデータセットやAPIを
  提供し( http://data.webarchive.org.uk/opendata/ )、研究利用を促してい
  る。また、これに基づく共同研究プロジェクトとして、Big UK Domain Data
  for the Arts and Humanities( http://buddah.projects.history.ac.uk/
  が進行しており、解析用ツールのプロトタイプである“SHINE”(
   https://www.webarchive.org.uk/shine )などの成果につながっている。
 ・WARPの利活用と可能性:現状で見られる利活用の事例としては、埼玉県サイト
  のように過去のコンテンツについて積極的にWARPへのリンクを貼ってアクセス
  を保障している事例、論文などの参考文献においてWARPのURLを記述している事
  例、震災時などのトラブル時にWARP上のデータを用いて元のサイトを復旧する
  事例などがある。また、前田氏は今後の可能性や課題として、コーパスやデー
  タマイニングなど「ビッグ・データ」としての活用、特許審査[1]や訴訟にお
  けるウェブ・アーカイブの「証拠性」の担保、歴史資料として活用する上での
  「史料批判」の必要性、などを挙げた。

 続いて、大阪大学における3名の研究者が、WARPの「研究資源」としての可能性・
課題についてコメントした。まず、岡島昭浩氏(文学研究科教授)は国語学・語彙
史研究の立場から、消滅した自治体議会や合併協議会の議事録(速記録)がWARPで
保存されていることの意義や、方言に対する意識が自治体などのウェブサイトに反
映されていて、それが検索できる点(例:「どんな工事があっていますか」といっ
た「あっている」の表現は、九州地区では方言としては意識されず、公的な文章に
含まれることがある)を取り上げた。その上で、検索結果の表示などWARPが改善す
べき点を要望した。続いて田野村忠温氏(文学研究科教授)は、言語学・コーパス
研究の立場からWARPの研究利用の可能性を検討し、言語研究者は一般に「役所こと
ば」には関心が薄い、データ収集範囲が言語研究上明確な意味を成さない、データ
量が不明でデータ収集頻度も不均一であるため定量的研究には使いづらい、などの
限界があることを述べた。最後に辻田俊哉氏(コミュニケーションデザイン・セン
ター講師)は政治学・国際関係論研究の立場からコメントし、WARPの英語サイト構
築への要望、国際開発分野などに取り入れられているオープンな参加型コンテンツ
(wikiの機能などを用い、多くの人々が頻繁に更新)への対応の必要性、IoT
(Internet of Things)時代におけるアーカイブの重要性に言及した。

 最後の質疑応答においては、公的機関サイトにおいてアーカイブから抜け落ちる
要素が論点のひとつとなった。まず、この種のサイトでは文化財の写真など「第三
者の著作権」が関わるものが含まれ、WARPでアーカイブをウェブ公開することをた
めらう(国立国会図書館内での館内閲覧にとどめるよう要望する)自治体が存在す
る、と前田氏は指摘した。また、robot.txtの機能によりアーカイブを技術的に阻む
事例や、収集における技術的・環境的な限界(国の省庁のウェブサイトの中には、
全体を網羅的にクロールするには1か月ほどかかるものもある)なども、アーカイブ
の欠落につながってしまうという。ほかに、WARPでの収集対象に対する審査(民間
サイトについて)や、アーカイブ容量と収集方法との関係なども議論された。

 最後に簡単に感想を記すと、ウェブ・アーカイブに限らず、さまざまなアーカイ
ブ活動については、今回のワークショップのように、アーカイブを作り運営する側
だけでなく、アーカイブを使う側の意見もきちんと発信していくことが重要である
と、改めて実感した。つまり、実際の活用法や活用上の課題を意識することが、ア
ーカイブ活動の持続的な取り組みにもつながる(「作りっぱなし」にしない)、と
いうことである[2]。筆者にとっては、今回のワークショップで初めてWARPの実情
を知ることができた点も多く、今後もこうした取り組みがさまざまな角度から展開
されていくことを期待したい。

[1]下記を参照。ウェブアーカイブに記録された先端技術情報の公知性等に関する
調査研究報告書(平成21年度 特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書)、財団法
人知的財産研究所、平成22年3月
https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/2009_02.pdf
[2]筆者の「アーカイブ」への考えの一端は下記などを参照。古賀崇「「アーカイ
ブ」と「アーカイブ立国宣言」の射程をめぐって」第5回LRGフォーラム「これから
のアーカイブを考える-アーカイブサミット2015を受けて」2015年4月5日、横浜市・
さくらWORKS<関内>
http://www.slideshare.net/takashikoga5439/ss-46705493

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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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第55号はいかがでしたか?今回は特にイベントレポートを4本もお寄せいただき、し
かも、巻頭言も研究会開催にあたってのノウハウをまとめていただいたところで、
充実の内容となりました。ご寄稿いただいた皆さまありがとうございました!

連載で取り上げられたアプリをiPhoneのAppStoreで検索してみるといずれも高評価
でした。「変体仮名」で検索するとどちらのアプリもヒットしてきます。研究者で
はないユーザーのレビューもついており、今後の発展が期待されます。

個人的な感想になりますが、いずれの取り組みやイベントは、アーカイブを現代で
どう紐解いて、研究者にあるいは一般市民がこれを活用できる場面をいかにつくる
か、という視点が重要なのではないかと思いました。

次号もお楽しみに。

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人文情報学月報 [DHM055]【後編】 2016年02月27日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
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