[DHM013]人文情報学月報【後編】
2011-08-27創刊
人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly
2012-8-28発行 No.013 第13号【後編】
_____________________________________
◇ 目次 ◇
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【前編】
◇「『人文情報学月報』の1年を振り返って」
(永崎宣研:人文情報学研究所)
◇人文情報学イベントカレンダー
◇イベントレポート(1)
「DIALEKT 2.0 & WBOE100」
(小野原彩香:同志社大学大学院文化情報学研究科博士後期課程)
◇イベントレポート(2)
「第95回人文科学とコンピュータ研究会発表会」
(山田太造:人間文化研究機構本部)
【後編】
◇イベントレポート(3)「Digital Humanities 2012 特集」
3-0「Digital Humanities 2012イベントレポートについて」
(『人文情報学月報』編集部)
3-1「Digital Humanities 2012 @ Universita"t Hamburg」
(中路武士:東京大学大学院情報学環)
3-2「アシスタント奨学生としてのDH2012参加報告」
(岩田好美:同志社大学大学院文化情報学研究科博士後期課程)
3-3「DH2012 雑感」
(日野慧運:東京大学大学院人文社会系研究科)
◇編集後記
◇奥付
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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇イベントレポート(3)「Digital Humanities 2012 特集」
3-0「Digital Humanities 2012イベントレポートについて」
(『人文情報学月報』編集部)
7月の16~22日、ドイツ・ハンブルク大学にて、デジタル・ヒューマニティーズ分
野で最大の年次国際学術大会、Digital Humanities 2012が開催された。デジタル・
ヒューマニティーズは人文学における多様な分野とデジタル技術のコラボレーショ
ンであり、参加者の視点によって様々な異なる姿を見せてくれる。世界中から500名
超が参加したこの学術大会はデジタル・ヒューマニティーズの現実を象徴にするに
ふさわしいものである。そこで、今回は、その多様さの一端を垣間見ていただけた
らと、3名の若手研究者にそれぞれの視点からのレポートをお願いした次第である。
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◇イベントレポート(3)「Digital Humanities 2012 特集」
3-1「Digital Humanities 2012 @ Universita"t Hamburg」
: http://www.dh2012.uni-hamburg.de/
(中路武士:東京大学大学院情報学環)
2012年7月16日から7月22日にかけて、ドイツ・ハンブルク大学にて、国際会議
「Digital Humanities 2012」(DH2012)が開催された。周知のとおり、本会議は、
デジタル・ヒューマニティーズ(人文情報学)に関する世界最大規模の会議であり、
国際的に第一線で活躍する学者をはじめ、欧米やアジア地域、そして日本など世界
各国の大学や教育研究機関から多数の研究者や学生が参加した。
この国際会議は、ADHO(The Alliance of Digital Humanities Organizations)
によって主催されている。ADHOを構成する地域学会は、ヨーロッパのALLC(The
Association for Literary and Linguistic Computing)、アメリカのACH(The
Association for Computers and the Humanities)、カナダのCSDH/SCHN
(Canadian Society for Digital Humanities/Socie'te' canadienne des
humanite's nume'riques)、そしてオーストラリアのaaDH(The Australasian
Association for Digital Humanities)である。
今回のDH2012において特筆すべきは、このADHOの構成メンバーに日本のデジタル
・ヒューマニティーズ学会「Japanese Association for Digital Humanities」(J
ADH)が正式に加入することが承認されたことである。日本、ひいてはアジア地域の
人文学、デジタル・ヒューマニティーズの国際的な発展へ向けて、JADHが非西洋語
圏・非英語圏ではじめて、率先してADHOに加入した学術的意義は極めて大きい。
今回のDH2012のテーマは「Digital Diversity: Cultures, languages and methods」
であった。文字通り、文化や言語をめぐって、デジタル・メディアを批判的に利用
した新たな人文学の方法を模索しながら、最先端の知見を活かそうとする研究発表
が目白押しで、デジタル・ヒューマニティーズの「多様性」を目の当たりにするこ
とができた。ここでは、10以上ものパネルセッションとワークショップのほか、優
に100を超える研究発表、40を超えるポスター発表があり、この学問領域の活発さと
広大さに驚かされた。また、それを運営するハンブルク大学の教員や学生のスタッ
フワークはじつに見事で、来場者からは大盛況であった。2012年9月15日から9月17
日にかけて東京大学本郷キャンパスで開催されるJADHの大会の開催へ向けて、実行
委員の一人としてたいへん刺激的であった。
ところで、注目すべきは、DH2012の開催成果の公開状況である。オープニング・
セレモニーにおけるClaudine Moulin氏(トリーア大学)の基調講演「Dynamics and
Diversity: Exploring European and Transnational Perspectives on Digital
Humanities and Research Infrastructures」、そしてクロージング・セレモニーに
おける下田正弘氏(東京大学)の基調講演「Embracing a Distant View of the
Digital Humanities」は、ハンブルク大学の講義公開サイト「Lecture2go」によっ
て生配信され、ウェブ上での視聴を可能とした。また、基調講演以外にも、開催期
間中に数多くの研究発表がヴィデオ記録され、公開された。読者のなかにはハンブ
ルクまで行くことができなかったけれども、これらの動画を見ることによってヴァ
ーチャルにDH2012に参加された方々も数多くいることと思う。
DH2012のウェブサイトからプログラムを確認し、それぞれの講演や研究発表のア
ブストラクトを読み、さらにそれらの動画がアーカイヴされ公開されている
Lecture2goへ行くことができるので、興味があれば、ぜひご覧になっていただきた
い。
また、下田正弘氏の基調講演は、すでに日本語に翻訳され、東京大学大学院人文
社会系研究科次世代人文学開発センター萌芽部門データベース拠点・大蔵経のウェ
ブサイトで公開されている(*1)。
下田正弘「人文情報学を遠望する」
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/CEH/index.php?DH2012%20keynote%20address
さて、この下田氏の講演にも触れられているように、デジタル・ヒューマニティ
ーズの研究者たちは、情報理工学系の研究者たちと恊働関係を築きながら、従来の
人文学の研究の方法を書き換え、その質を向上させ、またデジタル・メディアを利
用することで領域を多様化し拡大しつつある。DH2012は、それらの研究の動向とそ
れが孕む問題に触れることのできる貴重な機会であった。
とくに、著者は映画や映像メディアの研究に携わっていることもあり、メディア
・テクストや運動イメージを分析するためのアノテーション=メタデータの付与(
映像と位置情報のリンクも含む)や、そこから得られる知見をネットワークによっ
て共有し構造化するシステムの開発および使用に関して、興味深い発表を聞くこと
ができた。
たとえば、南カリフォルニア大学映画学部のANVC(The Allaiance for Networking
Visual Culture)によって推進されている「Scalar」(*2)をデジタル・ヒューマ
ニティーズの教育研究活動に活用した事例が報告された。あるいは、ニューメディ
ア研究の第一人者Lev Manovich氏(カリフォルニア大学サンディエゴ校)が名を連
ねた研究発表においても、イメージ分析の道具を用いたコンテンツ研究の方法が紹
介された。また、ハイデルブルク大学のデジタル・ヒューマニティーズの部門
「Heidelberg Research Architecture」(HRA)が、ヴィデオ・アノテーション・デ
ータベースやVRA coreを用いながら進めている日本映画研究のプロジェクト(*3)
を知ることができ、著者にとってたいへん有意義な時間を過ごすことができた(*4
)。
もちろん、デジタル・ヒューマニティーズ研究にとって、映像の分析はその一部
を成すにすぎない。DH2012では、哲学や言語学、歴史学や文学、教育学や文化資源
学など多領域に関する研究発表が多岐にわたって展開された。
そのなかでも、著者にとって関心深かったのは、大学教育のカリキュラムにおけ
るデジタル・ヒューマニティーズの展開と問題点に関する議論であった。現在、世
界各国の様々な大学において、デジタル・ヒューマニティーズに関連する学部や学
科が増設されており、著者がスタッフをしている東京大学大学院横断型教育プラグ
ラム「デジタル・ヒューマニティーズ」も今年からスタートしている。今回、DH2012
において、「Digital Humanities as a university degree」というパネルセッショ
ンに参加することで、アメリカやイギリス、カナダ、ドイツ、フランス、イタリア、
アイルランドといった欧米諸国の大学のデジタル・ヒューマニティーズ教育の歴史
を振り返りながら、その現状を知ることができた。それは、今後の日本の大学にお
けるデジタル・ヒューマニティーズ教育について考察するための手がかりとなりう
る議論であった。
DH2012において、著者は、デジタル・ヒューマニティーズの幅広い可能性を感じ
ることができた。来年のDH2013はアメリカのネブラスカ大学リンカーン校で開催さ
れるが、今年以上に人文学の研究をデジタル・メディアによって進展させうるよう
な活発な議論が展開されることを期待したい。
(*1)同ウェブサイトには、2011年11月29日に開催された国際シンポジウム「デジ
タル化時代における知識基盤の構築と人文学の役割--デジタル・ヒューマニティー
ズを手がかりとして」におけるJohn Unsworth氏(イリノイ大学)の基調講演の日本
語訳「デジタル化と人文学研究」も公開されている。あわせてご覧頂きたい。
(*2)http://scalar.usc.edu/scalar/
(*3)http://kjc-fs2.kjc.uni-heidelberg.de/omeka/
(*4)映画研究へのデジタル技術の利用は近年注目されている方法である。たとえ
ば、フランスを代表する技術哲学者のBernard Stiegler氏が所長をつとめるポンピ
ドゥー・センターのリサーチ&イノヴェーション研究所(IRI、
http://www.iri.centrepompidou.fr/ )では「タイムライン」(Lignes de temps)
という映像分析ソフトを開発し、それを用いた研究や教育を実施している。なお、
今年度のIRIの活動テーマは「デジタル・スタディーズ」で、2012年12月17日・18日
に国際シンポジウムをパリで開催する予定である。そこには、スイス・ローザンヌ
で開催予定のDH2014の主催者のひとりで、欧州を代表するロボット工学者の
Fre'de'ric Kaplan氏も登壇することになっている。
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◇イベントレポート(3)「Digital Humanities 2012 特集」
3-2「アシスタント奨学生としてのDH2012参加報告」
: http://www.dh2012.uni-hamburg.de/
(岩田好美:同志社大学大学院文化情報学研究科博士後期課程)
2012年の7月16日から20日にかけて、ドイツのハンブルクでDigital Humanities2012
(DH2012)が開催された。私は、この国際学会にアシスタント奨学生(Student
Assistant Bursaries)一員として参加した。この奨学生制度は、学会に参加する全
世界の学生が対象であり、学会運営のサポートを条件に、渡航費等の一部支給およ
び大会参加費が免除になるという制度である。本レポートでは、私がアシスタント
奨学生として参加し、実際に経験したことについて報告したい。
DH2012での初めての発表の採択通知があった後、今回はアシスタント奨学生とい
う制度が設けられることを知った。(似たような制度は2年前のロンドン大会でもあ
ったようである)。私にとって、DH2012は、初の国際学会であり、発表だけでも緊
張していたが、世界各地域から集まって来る学生との情報交換、そして海外で開催
される国際学会の運営をサポート出来るという経験はとても魅力的だったので、応
募することを決心した。
私はすぐに応募書類の準備に取り掛かった。
用意したのは、「Letter of Motivation」と「CV(Curriculum Vitae)」の2種類。
一つ目は、志望動機について自己PR文。二つ目の書類は、いわゆる「履歴書」であ
る。志望動機には、私の研究の背景と、DH2012に対する興味と奨学生制度に応募し
た理由について書いた。CVについては、作成時にとても悩んだ。DH2012の事務局か
らは、いくつかの必要項目を指定されたのみで、テンプレートがなかった。色々と
CVの書き方を調べてみると、その構成は応募者が独自に組み立てる必要があって、
そのセンスさえも問われるという事らしかった。日本の履歴書とは大きく異なる所
である。自己PRのため、フォントの色や大きさ等にも気を遣い、見やすく仕上げる
ように心掛けた。できるだけの事は書き、とても緊張しながら結果を待った。今回
は運良く12人の奨学生の1人として採用された。他の採択者は、アメリカ、カナダ、
ポーランド、セルビア、インド、メキシコ、ブラジル、台湾といった国々の学生達
だった。アシスタント奨学生に求められた仕事内容は、主に受付業務と発表者の
Ustream配信を含めたビデオの撮影、そして発表者が発表を円滑に進めるために補佐
をする事が中心だった。
学会前日に説明会があり、そこで初めて、学会運営者やハンブルグ大学の学生達、
他のアシスタント奨学生達と顔を合わせた。
最初は、全員が緊張した面持ちであった。説明会は、学会運営者の代表者から自
己紹介から始まり、淡々とメンバーの自己紹介が進んでいき、中盤に入ったところ
で、冗談交じりで自己紹介を行う人が出てきて、緊張した空気から一転してとても
和やかなムードになっていった。
自己紹介の後、構内案内を和気藹々としながら歩いて回り、最後にたどり着いた
大教室で、ビデオ撮影の為の機材やUstreamを配信するためのWirecastの操作方法に
ついての説明があった。DH2012では、Wirecastを使って発表者の動画を保存してお
り、現在Web上で発表動画を閲覧することができる。
URL: http://lecture2go.uni-hamburg.de/konferenzen/-/k/14037
実際に奨学生として仕事をしたのは、7月16日~20日の4日間。私は、4日間とも、
受付や機材操作の仕事が入っていたので、多くの発表を見逃したが、ビデオ撮影の
作業をしていた時に印象に残った事を紹介したい。一つ目は、発表方法のバリエー
ション。日本の学会では、PowerPointが主流であるが、KeynoteやPreziという新し
いプレゼンテーションツールを使用している人もいた。特に、Preziによる発表は印
象的だった。このツールには、スライドの概念が無く、ダイナミックなポスター発
表を見ているようだった。一枚のポスターに様々なトピックを配置し、説明をしな
がら、画面上を移動させていくというプレゼンテーションの方法。Preziというツー
ルに対して興味が湧いた。二つ目は、発表者が使っているパソコンのOS。日本では、
未だにWindowsを使っている研究者が多いが、DH2012では違った。Macを使っている
研究者や、Linuxを使用している研究者もかなり多かった。実は、発表会場によって
は、発表者用に準備されていたパソコンがMacだった。実を言うと、私は、Windows
上で作ったPowerPointを使って発表スライドを作成していたので、発表者用のパソ
コンがMacだということに気づいた時、文字がずれたりしないかヒヤヒヤした。結局、
何の問題もなく、発表も無事にこなすことができた。後で、他の研究者らと話をし
てみると、どうやら、オープンソースに対する興味が全体として強いようで、そう
した海外の状況も反映されていたのかもしれない。
最後に、筆者はこの5日間の学会運営の活動を通してデジタル・ヒューマニティー
ズという共通の研究分野を持つ学生や研究者が同じ仲間として一つの仕事を完遂し
たことで、友情が芽生え、現在も彼らとFacebookを通してやり取りをしている。奨
学生としてDH2012に参加した事は、私にとって、非常に良い経験になった。
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◇イベントレポート(3)「Digital Humanities 2012 特集」
3-3「DH2012 雑感」
: http://www.dh2012.uni-hamburg.de/
(日野慧運:東京大学大学院人文社会系研究科特任研究員)
<DH2012 ワークショップ Digital Methods in Manuscript Studies>
ドイツ・ハンブルク大学において7月16日から22日、ADHO主催「デジタルヒューマ
ニティーズ2012」が開催された。本記事では、大会初日の半日ワークショップ、
「Digital Methods in Manuscript Studies(写本研究におけるデジタル・メソッド
)」を紹介する。
予めお断りしておくが、筆者は人文情報学(本記事では字数節約のため、この名
称を採用します)の、「情報学」の部分についてはほぼ全くの門外漢である。「人
文」の方で写本研究を少しく齧る身として、本ワークショップの末席を汚したにす
ぎない。従って本記事も報告ではなく雑感の如きものになるが、その点どうかご寛
恕いただきたい。
本ワークショップで目立ったのが、MSI(Multispectral Images)という技法につ
いての発表である。冒頭を飾ったJost Gippert(University of Frankfurt)をはじ
めとして、全発表の半数ほどがこれについて触れていた。MSIとは、(おそらく)写
本に赤外線や紫外線を照射し、また赤、緑などの色光と組み合わせて照射すること
で、色褪せた文字を鮮明にしたり、上から塗りつぶされた文字を可視化する技法で
ある(らしい、詳しい説明はなかったのだ)。照射する光は筆記されたインクの色
や種類に応じて用いるのだという。筆者にとっては全く未知の技術であり、ほとん
ど文字が判別できなくなった写本から、MSI処理によって文字が浮き上がるデモンス
トレーションは、感動的ですらあった。だがこの技法自体は既知のものだったよう
で、発表では個別事例への対処法、装置の紹介、インクの種類の特定法などが紹介
されていた。
写本研究では常に、写本そのものの汚損や劣化と格闘し、筆記されたテキストを
復元する作業が必要となる。この技術の導入でテキスト復元が容易になる、さらに
不可能から可能になるのであれば、研究者にとっては大いなる資具となるだろう。
ただし、この技術は写本原本の使用と、それ相応の設備を必要とするようだ。願わ
くば原本を保持する各研究所が、このMSI装置を標準装備されんことを。そして学生
に使用を解放してくれればなおよい。
さて、もう一つ印象的であったのが、写本テキストのデータ化と分析に関する報
告である。一例を挙げれば、Lior Wolf(Tel-Aviv University)は、カイロ・ゲニ
ーザー(ユダヤ教写本断片コレクション)を材として、ジョイン、すなわち元来ひ
とつの写本を構成していた断片のセットを見出す手法を発表した。同じ筆跡を持つ
断片を特定するため、断片のテキスト一文字を細分してデータバンク化した「部分
辞典」を作成、これを他断片の文字と照合して、ジョインを見出していくという。
顔認証システムのようなものだろうか?(本記事はあくまで雑感です、ご容赦を)
こうした読み取り、データ化、解析の技術が今後発達していくことは容易に想像
できる。そして検索システムと連動してゆくことも。研究者は、使える技術はもち
ろん使うだろうが、あくまで補助的な技術として使い続けるだろうか(現在のOCRが
最後は人によるチェックを必要とするように)、それとも解析結果を全面的に信頼
するようになるだろうか?現在は人力で行われているこの手の地道な研究が、将来
は大きく姿を変えているのかもしれない。
さてもうひとつ、Agnieszka Helman-Wazny(University of Hamburg)による発表
は少し毛色の違うもので、写本のテキストのみならず紙の素材まで、全的にデータ
バンク化しようというものであった。
昔、江戸時代に筆写された大蔵経(仏典の全集)の調査に携わったことがある。
その刊本では紙によく髪の毛が混じっていたのだが、調査を指揮した先生は、髪は
あえて漉き込まれたもので、当時の呪術的な信仰を物語っていると仰り、調査報告
書にも明記しておられた。意外な所にも論文のネタはあるものだと、この発表を聞
きながら、思い出したのであった。
<DH2012 7月19日>
(1)Aiding the Interpretation of Ancient Documents
- Roued-Cunliffe, Henriette, Centre for the Study of Ancient Documents,
University of Oxford, UK
(2)Reasoning about Genesis or The Mechanical Philologist
- Wissenbach, Moritz, University of Wu?rzburg, Germany
- Pravida, Dietmar, University of Frankfurt, Germany
(3)On the dual nature of written texts and its implications for the encoding
of genetic manuscripts
- Bru"ning, Gerrit, Freies Deutsches Hochstift, Germany
- Henzel, Katrin, Klassik Stiftung Weimar, Germany
- Pravida, Dietmar, Johann-Wolfgang-Goethe-Universitat Frankfurt am Main,
Germany
7月19日午前に行われたロングペーパー・セッションを紹介する。(1)は、研究
者が欠損のある古写本を解読する際に使用する、読みを決定するための支援システ
ム(DSS,Decision Support System)について、試作品をベースに構想した。コン
ピューティングは決定するのではない、決定を補佐するのだという理念を基底とし
ており、将来的には、文献の画像データから、文字だけを抽出したもの、データ化
したもの、そしてDSSによる読みの候補の提示までを重層化し、研究者が横断的に見
られるようにしたいとのこと。試作品のインターフェイスでも「一文字の読みを決
めても、他の字の読みによっては立ち戻って再検討することもありますよね」など
と説明し、現場に根付いた構想という感じがする。具体的にどういう形になるのか
楽しみである。しかし、この理念(決定を補佐するのだ云々)は筆者にはすんなり
納得できるのだが、情報学の世界ではどうなのだろうか?(2)は、ゲーテ『ファウ
スト』を例にとって、写本の執筆時期を特定するアルゴリズムを提案する。後半は
数式の詳細な説明だったのだが、まず前提が……よく分かりませんでした。後でペ
ーパーを参照したところでは、この研究は中世ヨーロッパの「コーデックス」とい
う本型の写本を調査対象にしており、これには執筆時期が記されてあるものとない
ものがあって、ないものに関してはあるものを元に手作業で推測していたところを
合理化しようというもの、のようだ。なるほど。私が専門にしているインド学では、
写本にオリジナルの執筆時期なんてまず書いてませんからね。筆写時期が書かれる
ことはありますけど。同じく(3)は、写本のテキストについて、実体をもつモノと
しての側面(documentary dimension)と、意味媒体としての側面(textual
dimension)があると指摘。これが実際にどういう意味を持つかというと、例えば「
Band」の「B」を消して「Land」と上書きしてある、というテキストがあった場合、
データ化する時に「L(B)and」と書くか「Land(Band)」と書くか(発表ではTEI
かなにかの書式でしたが便宜的に)、という判断に反映するという。こういう悩み
は写本を扱ってるとよくありますね。ケース・バイ・ケースで対応してましたが、
哲学をもってやらねばいかんということでしょうか。僕は迷ったら「Land(Band)
」で書きますかね。あとで検索して見つけやすいですから。
(4)Experiments in Digital Philosophy? Putting new paradigms to the test in
the Agora project
- Lou, Burnard, Oxford e-Research Centre, University of Oxford, UK, et. al.
(5)Retrieving Writing Patterns From Historical Manuscripts Using Local
Descriptors
- Neumann, Bernd, University of Hamburg, Germany, et. al.
「デジタルヒューマニティーズ2012」7月19日午後に行われたショートペーパー・
セッションから2本を紹介。(4)は、インターネット上に研究者が情報を共有する
ための空間「AGORA」( http://www.project-agora.eu/ )を構築するという、その
構想とそのための統一スキーマを発表。すでに7機関が参加しており、現在も発展構
築中という。発表者の人柄もあって、大変夢のある話に聞こえた。興味のある方は
ぜひのぞいてみてくださいとのことでした。(2)は、漢文の古写本を材として、漢
字の「とめ」や「はらい」の部分を抽出してデータ化し、指定した文字をピックア
ップする(Retrieving)システムを発表。しかし発表で使われたサンプルが非常に
鮮明な写本だった(刊本だったのかもしれない)ため、異字体を大量に含むテキス
トやテキスト自体が欠損している場合に対応できるかは疑問。また文字を抽出した
結果をどう活用するかという展望も聞きたいところであった。
<DH2012 7月20日>
(1)The VL3: A Project at the Crossroads between Linguistics and Computer
Science
- Nunez, Camelia Gianina; Mavillard, Antonio Jimenez
(2)Automatic Mining of Valence Compounds for German: A Corpus-Based
Approach
- Hinrichs, Erhard
(3)VariaLog: how to locate words in a French Renaissance Virtual Library
- Lay, Marie Helene
(4)Tracing the history of Noh texts by mathematical methods? Validitating
the application of phylogenetic methods to Noh texts
- Iwata, Yoshimi
(5)Intra-linking the Research Corpus: Using Semantic MediaWiki as a
lightweight Virtual Research Environment
- Schindler, Christoph
7月20日に行われた、ショートペーパー・セッションを紹介する。(1)は、外国
語教育のためのシステムVL3(Virtual Language Learning Lab)を提唱。構文、音
韻、語形からコミュニケーションの実際までを包括的にシステム化する。さらにこ
れを教育プログラム化(テストまである!)し、iPhone等のアプリなどの形で、教
育者や学生に提供したいという。単語クイズくらいなら今でもありますが、こんな
のが実用化されたら外国語教師の仕事がなくなっちゃいますね。
(2)は、ドイツ語のヴァレンス・コンパウンド(名詞複合語の一種)をテキスト
から抽出するシステムを構築、新聞記事で実験したという。解析結果はアブストラ
クトで閲覧できる。(3)は インターネット上でルネサンス期の文化財を公開する
プロジェクト(Virtual Humanistic Library Project and its evolution,
www.bvh.univ-tours.fr )のための検索エンジンとして開発された、VariaLogシス
テムを解説する。表記の統一されていないルネサンス期の古フランス語にあって、
同一単語を表記のゆれを克服して抽出できるシステム、ということだ。これは他の
多くの言語にも応用できそうである。
(4)は、能楽の各流派に伝承されるテキストをNCD(Normalized Compression
Distance)を使って解析、流派の別(金春/観世、宝生)に応じてテキストに相違
があることを裏付けた。本発表はテキスト内容に踏み込まない、いわば文字面の比
較に留まったが、NCDは能楽の音や動作も数値化すれば分析できるということで、能
楽の全体像について各流派の類似/相違を検討する研究に発展しうるもの、とのこ
とである。
(5)は、SMW-CorA(Semantic MediaWiki for Collaborative Corpora Analysis)
というプロジェクトを紹介。ウィキペディアに使用されているソフトMediawikiおよ
びそれを発達させたSemantic Mediawikiをプラットフォームとして用い、情報共有
空間VRE(virtual research environments)の整備を目指すとのことである。
<DH2012 7月20日>
7月20日に行われた、ロングペーパー・セッションから Thaller, Manfred‘What
is a text within the Digital Humanities, or some of them, at least?’およ
び Buzzetti, Dino‘Bringing together markup and semantic annotation’を紹介
する。
M. Thallerは、Shannon[1948]に提唱された情報伝達のモデル-「『伝達』こそが
課題であって『情報』内容は伝達技術と無関係である」との理念に基づき、今に至
るまで影響を与え続ける-に対し、こと歴史学において、情報を(分節分割し電子
化できるほど)固定的なものと見なすことへの危険性を指摘する。すなわち、歴史
学の調査は「データ(data)>情報(information)>知識(knowledge)>叡智(
wisdom,これは多分冗談)」の形をとる。ここにおける情報が固定的ではありえな
い、なぜなら情報は、常にその時点において参照しうるデータと先行情報の解釈と
してあるためである。だからといって、情報ではくデータを固定的な対象と見なせ
ばよいというのではない。データ(一次文献)もまた、ある時点で上記と同じ構造
を持った情報であったものからだ(Thaller[2009a])、というもの。したがって一
次文献をデジタル化する=情報を抽出する場合、(少なくとも)一次文献と(解釈
の入った)情報は峻別されねばならず、情報とともに一次文献も常に参照しうる環
境が望ましいと話した。
D. Buzzetti は The BECHAMEL project における試みを発表。コンピューティン
グはテキストの中身には踏み込まない、という前提を、構文を規定するマークアッ
プと意味内容を規定する外部註という、いずれも不完全なものを補完的に組み合わ
せることで超克しようとするもの、と理解した。「コンピューティングに批評はで
きない」という発言は示唆的。テキストを解読し再構築しようとする、しかし批評
ではない試みというものが、いかなる形をとることになるのか興味深い。
<DH2012 7月20日>
「デジタルヒューマニティーズ2012」アカデミック・プログラムの最終日に行わ
れたキーノート・スピーチ、下田正弘教授による‘Embracing a Distant View of
the Digital Humanities’(「人文情報学を遠望する」)を要約して紹介する。
下田教授は本学会が盛会のうちに終わりつつあることに対して祝辞を述べたあと、
自らのプロジェクトである大正新脩大蔵経テキストデータベース(SAT)を通じて得
た知見を元にスピーチを行った。
下田教授は、歴史学者ロミラ・ターパルの「文化は、どのようにして、そのうち
のきわめて重要と思われるものを、衰退期にあるその文化から勃興期にある他の文
化へと伝達すればよいのか」という言を引きつつ、人文学から人文情報学への連続
性を強調する。いわく、人文学はあらゆる言語=文化を対象に、あるいは歴史学、
あるいは哲学や文学、あるいは社会学という手法をもって形成されてきた。それら
歴史的な手法は、多様化し、遠心的に拡散する傾向にあった。人文情報学はその多
様性を保全しつつ、求心的な学問の場を形成し、技術革新によって伝統的な人文学
の知識が淘汰されるのを抑止するものであるという。
そもそも人文学は、西洋ルネサンス期におけるギリシャ・ローマ文化の再発見に
起源するが、教授は18-19世紀の西欧にはじまる東洋学について、自文化とは無縁の
他言語・他文化の考察という新しい性質を指摘、「近代人文学」として取り上げる。
そして近代人文学の考察を通して、いくつかの課題を指摘する。すなわち、一つは
東洋学がオリエンタリズムと結びつけられた反省を踏まえて、視座を「誰が/誰の
ために」という行為者志向(agent-oriented)の問いから「いつ/何が起こったか」
という行為志向(action-oriented)の問いに転換する必要があることであり、また
一つは過去の知的遺産を探求する人文学と全く新しい知を究明する自然科学との間
にある「真理観」の食い違いである。また教授は自身の専門である仏教学に焦点を
絞り、西欧による仏教学の開始によって、文化的地域的に拡散していた仏教が一つ
の知識の形態へと統合されたこと、またこれが聖典テキストの全集整備に負う所が
大きいことを述べた。
教授のプロジェクトであるSATは、漢語仏典全集の電子化が主事業である。仏教聖
典は本来的に、複数テキストがタイトルを共有したり、また同一テキストが時代を
経て内容が変化したり、あるいは著者が不在であったり(著者は釈迦一人に帰され
る!)といった特徴を持つ、著者性志向の既存概念には収まらないテキスト群であ
る。これに対して、人文情報学的手法(ハイパーリンキングなど)の導入によるテ
キスト間の境界線を超えた研究手法は、今日の仏教学研究においてすでに実績を挙
げ始めている。加えて、すでに高度に細分化した研究成果を俯瞰するために、知識
の求心的統合が求められている、という。
このように述べた後、下田教授は次のようにスピーチを結んだ。人文学から人文
情報学への推移は、求心的な研究基盤の形成のために不可避である。しかし伝統的
な人文学者たちにとっては、電子媒体の導入により、紙媒体だけを扱っていた時代
に比べて手間が増えるだけでなく、真理観の相違による混乱が生じるだろう。推移
は、人文学のそれぞれの学が自らの真理観を保ったまま行われるべきである。ただ
し推移に際して伝統的な学には、過去の媒体革命の時と同じく、伝達すべき知識の
確認と統合を通しての発展があるだろう。行為志向の観点を採って人文学-人文情
報学をひとつの連続体と見る場合、この発展は自己同一性の変容と見ることができ
る。また自然科学としての情報学には、人文情報学によって言語と意識という思考
の軸がもたらされることになる。人文学と自然科学が文化を次世代に伝達するとい
う共通の課題を持つとき、人文情報学はそのプラットフォームを提供しうるのであ
る。と、以上が下田教授のスピーチの要約である。
巨視的な内容だけに、会場ではSATのシステム構築にまつわる具体的・技術的な箇
所がハイライトとして受けとめられていたようだ。だが、スピーチの軸となった人
文情報学は人文学の進化形となりうるという見解は、伝統的な人文学が技術革新に
よって研究対象および研究成果を扱う媒体の移行を余儀なくされた当惑と逡巡とを
前提とし、そしてその移行を引き受ける決意から生み出されたものである。これは
多くの人文情報学者がすでに乗り越えた、そして伝統的な人文学者が未だ葛藤の最
中にある重大な堰堤である。新技術の恩恵に与りつつも、それを面倒な宿題として、
あるいは地道な修練の抜け道と見て、その技術習得に真摯に取り組むことを避けて
いる人文学者は、少なくないように思われる。端的に言えば、技術的な面は専門業
者に任せてしまえばいいというものだ。そうした風潮が根強くある中で、下田教授
の見解は先進的であるのみならず、古典的な人文学者の評価としては非常に好意的
なものであると言えるだろう。
今後、人文学の領域においてもコンピューティングが欠かせないツールとして浸
透してゆくことは疑いない。しかし媒体の変化は自ずと思考そのものの変容も引き
起こすはずだろう。下田教授はそれに無自覚のまま流されるのではなく、進展の好
機として捉え、新たな学野を創出しうる可能性を示唆したものと感じた。
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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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人文情報学月報第13号はいかがでしたか?1年を経過してまた新たな気持ちになる
巻頭言だと思います。イベントレポートを各所から5本も紹介することができ、人文
情報学の世界的な盛り上がりを感じつつ、編集作業を進めることができました。ご
寄稿ありがとうございました。
人文情報学月報では今後も、さまざまな立場からのご寄稿を掲載していきたいと
思います。
◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちして
います。
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人文情報学月報 [DHM013]【後編】 2012年8月28日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
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