ISSN 2189-1621

 

現在地

DHM 026 【後編】

2011-08-27創刊

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2013-09-22発行 No.026 第26号【後編】 384部発行

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 ◇ 目次 ◇
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【前編】
◇《巻頭言》「GIS研究とデジタル・ヒューマニティーズの交叉点」
 (瀬戸寿一:東京大学空間情報科学研究センター)

◇《連載》「Digital Humanities/Digital Historyの動向
      ~2013年8月中旬から9月中旬まで~」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)
白眉センター&CAPE共催セミナー「文化系統学・文化進化研究の現在」報告
 (川名雄一郎:京都大学白眉センター)

◇イベントレポート(2)
CIPA 2013:文化遺産のドキュメンテーションに関する第24回国際会議
 (近藤康久:東京工業大学大学院情報理工学研究科)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇人文情報学イベントカレンダー(□:新規掲載イベント)

【2013年9月】
■2013-09-24(Tue)~2013-09-26(Thu):
International Conference on Information and Social Science(ISS 2013)
(於・愛知県/ANAクラウンプラザホテルグランコート名古屋)
http://ibac-conference.org/iss2013/

□2013-09-26(Thu):
第45回 ディジタル図書館ワークショップ・情報処理学会 第112回情報基礎とアクセ
ス技術研究会 合同研究会「社会基盤のためのデータ処理技術および一般」
(於・東京都/筑波大学 東京キャンパス 文京校舎)
http://www.dl.slis.tsukuba.ac.jp/DLworkshop/DLW-program.html

■2013-09-28(Sat):
計量国語学会 第五十七回 大会
(於・東京都/首都大学東京 秋葉原サテライトキャンパス)
http://www.math-ling.org/

■2013-09-28(Sat)~2013-09-30(Mon):
日本地理学会 2013年 秋季学術大会
(於・福島県/福島大学)
http://www.ajg.or.jp/ajg/2013/05/20132-2.html

□2013-09-29(Sun):
レコードマネジメント/アーカイブズ全国大会「未来に繋ぐ記憶と記録」
(於・東京都/学習院創立百周年記念会館)
http://www.arma-tokyo.org/event/ev1308-01.htm

【2013年10月】
■2013-10-02(Wed)~2013-10-05(Sat):
2013 Annual Conference and Members’ Meeting of the TEI Consortium
(於・イタリア/Universita` La Sapienza)
http://digilab2.let.uniroma1.it/teiconf2013/

■2013-10-03(Thu)~2013-10-05(Sat):
Cultural Research in the context of Digital Humanities by The British
Society for the History of Science
(於・ロシア/Saint-Petersburg)
http://www.bshs.org.uk/cfp-cultural-research-in-the-context-of-digital-h...

■2013-10-05(Sat)~2013-10-06(Sun):
英語コーパス学会 第39回 大会
(於・宮城県/東北大学 川内北キャンパス)
http://english.chs.nihon-u.ac.jp/jaecs/Archive/CONF/CONF_Index.html

■2013-10-06(Sun)~2013-10-09(Wed):
IEEE BIGDATA 2013: WORKSHOP ON BIG HUMANITIES
(於・米国/Silicon Valley)
http://bighumanities.net/

■2013-10-12(Sat)
情報処理学会 第100回 人文科学とコンピュータ研究会発表会
(於・大阪府/国立民族学博物館)
http://www.jinmoncom.jp/

■2013-10-12(Sat)~2013-10-13(Sun):
第61回 日本図書館情報学会 研究大会(60周年記念大会)
(於・東京都/東京大学 本郷キャンパス)
http://www.jslis.jp/conference/2013Autumn.html

■2013-10-23(Wed)~2013-10-26(Sat):
第34回TeX Users Group年次大会
(於・東京都/東京大学 駒場Iキャンパス)
http://tug.org/tug2013/jp/

□2013-10-24(Thu)~2013-10-25(Fri):
DPLA fest 2013(Digital Public Library of America)
(於・米国/ボストン)
http://dp.la/info/get-involved/events/dplafest2013/

■2013-10-26(Sat)~2013-10-27(Sun):
地理情報システム学会 第22回研究発表大会
(於・東京都/慶應義塾大学 三田キャンパス)
http://www.gisa-japan.org/news/detail_1087.html

■2013-10-28(Mon)~2013-10-31(Thu):
2nd International Conference on the History and Philosophy of Computing
(HaPoC 2013)
(於・フランス/Ecole Normale Superieure)
http://hapoc2013.sciencesconf.org/

■2013-10-28(Mon)~2013-11-01(Fri):
digital heritage international congress 2013
(於・フランス/Marseille)
http://www.digitalheritage2013.org/

【2013年11月】
■2013-11-14(Thu)~2013-11-16(Sat):
G空間EXPO 2013「地理空間情報科学で未来をつくる」
(於・東京都/日本科学未来館)
http://www.g-expo.jp/

■2013-11-22(Fri)~2013-11-24(Sun):
The 10th Conference of the European Society for Textual Scholarship
(ESTS 2013)
(於・フランス/E'cole Normale supe'rieure)
http://www.textualscholarship.eu/conference-2013.html

■2013-11-21(Thu)~2013-11-24(Sun):
PACLIC 27: The 27th Pacific Asia Conference on Language, Information, and
Computation
(於・台湾/National Chengchi University)
http://paclic27.nccu.edu.tw/

■2013-11-22(Fri)~2013-11-23(Sat):
東京大学空間情報科学研究センター 2013年度 全国共同利用研究発表大会
「CSIS DAYS 2013」
(於・千葉県/東京大学 柏キャンパス)
http://www.csis.u-tokyo.ac.jp/csisdays2013/

□2013-11-30(Sat):
人文系データベース協議会 第19回 公開シンポジウム
「人文科学とデータベース」
(於・京都府/立命館大学 衣笠キャンパス)
http://www.osakac.ac.jp/jinbun-db/5.html

特殊文字については次のとおり表記しました。
アクサン・テギュ:e'

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人
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小林雄一郎(日本学術振興会特別研究員PD)
瀬戸寿一(立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員)
佐藤 翔(同志社大学教育文化学科 助教)
永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所)

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◇イベントレポート(1)
白眉センター&CAPE共催セミナー「文化系統学・文化進化研究の現在」
http://hisashinakao.com/cul_evo/
 (川名雄一郎:京都大学白眉センター)

 京都大学白眉センターと応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)では7月28日、
「文化系統学・文化進化研究の現在」と題するセミナーを共催した。セミナーは二
部構成で、前半は4つの個人報告、後半は中尾央・三中信宏編『文化系統学への招待
』(勁草書房、2012年)[1]の合評会であった。

 個人報告はSean Lee「言語系統進化の模様と仕組み」、志田泰盛「多書体・継続
型混交を許容する文献系統の推定に向けて」、有田隆也「言語進化の基本的問題を
考えるための2つの計算論的モデル」、田村光平「文化の『オミクス』研究へ向けて
」の4つであった(以下、敬称略)。

 Sean Lee(東京大学)の報告は、日本語とアイヌ語について具体的な事例を豊富
に挙げながら、現象の模様の記述する「パターン研究」と現象の仕組みの明らかに
する「プロセス研究」という二つの観点から言語系統進化という現象を検討するも
のであった。言語が生物と同じように、「変化を伴う継承」という過程を通じて進
化し、その進化の歴史を刻み込んだ「系統」を形成することに着目し、琉球列島に
おける言語の異所的種分化、日本列島における言語多様性、日本語族の系統進化、
アイヌ語族の系統地理などのトピックについて、さまざまな統計手法を用いて得ら
れた知見について興味深い報告がなされた。

 志田(京都大学)の報告は、地域・時代毎に多様な書体(Malayalam, Telugu等)
に筆写され、しかも継続型混交の可能性を伴って伝承されたインド古典文献の系統
分析に向けた方法論を検討するものであった。インド古典文献研究においては、
PAUPやSplitsTree等の系統解析ツールを用いた研究成果があり、それらの研究の意
義と課題について報告された。また、複数の書体に伝承された文献の翻刻と分析に
際しては、書体毎に特徴的な誤写のパターンを勘案することや、各書体の時代ごと
に異なる字体の習得が必要であり、これらの課題に対処するために報告者が共同翻
刻作業において使用しているSMART-GS[2]についても簡単な言及があった。

 有田(名古屋大学)の報告は、コミュニケーションには正の頻度依存選択(同等
な相手の必要性)が内在する一方でコミュニケーションが方向性選択によって進化
することが可能であるならば、それはいかに可能になるかという、言語進化の基本
的問題について、計算論的モデルを用いて検討するものであった。具体的には、学
習(表現型可塑性)の進化に対する影響を手がかりとした2つの計算論的モデル(1.
言語的形質の適応度貢献を類似性と適応性の二要因に分離して定量化した上で両選
択に基づく進化の可能性を考えるミニマルモデルと、2.遺伝子と言語の共進化を明
示的に扱うモデル)による実験から得られた言語進化シナリオが紹介された。

 田村(東京大学)の報告は、人類学周辺領域で蓄積されてきたデータを用いた「
オミクス」的研究について紹介し、その将来的な発展の方向性について議論するも
のであった。近年、文化研究においても大規模なデータを利用したオミクス的研究
が始まりつつあり、実証データの蓄積と数理モデルの構築を両輪として進んできた
これまでの文化研究における、理論とデータの乖離という問題や一般化が行なわれ
ないという問題を克服した上で、網羅的解析や重層的な比較による進展がなされる
ことが期待されている。報告では、文化庁編『日本民俗地図』を素材として日本の
文化多様性を調べる試みが紹介され、文化のオミクス的研究の最前線の取り組みが
紹介された。

 セミナーの後半は中尾・三中編『文化系統学への招待』への合評会であった。細
将貴(京都大学)、伊勢田哲治(京都大学)、佐倉統(東京大学)によるコメント
の後、編者の中尾央(名古屋大学)および三中信宏(農業環境技術研究所)のリプ
ライがあり、さらに参加者との質疑応答が続いた。

 細は進化生物学の立場から、系統推計は手段なのかゴールなのかという問いかけ
とともに、進化メカニズムの仮定は現象(文化的形質)ごとに違うはずなので、文
化の系統推定の際にはこの転点への注意が必要であること、また生物側の概念や理
論を文化の分析に導入する際には一層の注意が払われるべきことを指摘した。

 科学哲学者である伊勢田は、新しい学問を「堅実に」提示するものとして本書を
評価した上で、系統推定の適用結果の是非をどのように判定するべきなのか、また
系統樹が「存在しない」ときにむりやり系統樹を見てしまう誤りの可能性、本書に
おける個別研究から一歩進んだ文化系統推定の手法の適用の一般化の可能性などの
問題を提起した。

 文化進化研究とりわけミーム研究で知られる佐倉は科学社会学の観点から、既存
のディシプリンでは得られない新知見の有無、理論的根拠、体制化(専門家養成機
関、学会、教科書など)の可能性などを指摘しながら、(本人曰く「ミーム学の轍
を踏むことなく」)文化系統学が学問分野として確立するための条件について問題
提起をおこなった。

 編者からは本書出版の動機や目的などについて話があった後、コメンテーターが
提起した論点について丁寧な応答があった。その後の会場を交えた質疑応答では以
下のような論点について議論された。対象の特性によらずに系統関係のみに着目す
ることが有効なのか。系統推計という手法の限界。系統推計は既存の成果とどのよ
うに組み合わせることができるか(既存の学問分野が対象とした複雑な問題を捨象
してしまってはいないか)。文化的形質の多くは中立性を仮定できるものではなく、
計量的手法に疑問を呈する立場には一定の根拠があるのではないか。学際的な文化
系統学が根深い「文理の壁」を乗り越えることはできるのか。文化研究における計
量的な系統推計という新しい手法(さらには、あらゆる分野における新奇な方法)
の受容がどのようになされているか(世代による違いなど)。

 以上の不十分ながら簡単な紹介からも感じていただけると思うが、個別報告およ
び合評会のコメントやリプライはいずれも文化系統・文化進化の最先端の知見を含
む興深いものであり、さまざまな学問的バックグラウンドをもつ約50名の参加者そ
れぞれにとっても非常に刺激的で有意義であったと思う。

[1] http://www.keisoshobo.co.jp/book/b100532.html
[2] http://sourceforge.jp/projects/smart-gs/

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◇イベントレポート(2)
CIPA 2013:文化遺産のドキュメンテーションに関する第24回国際会議
http://www.cipa2013.org/
(近藤康久:東京工業大学大学院情報理工学研究科)

 2013年9月2日から6日にかけ、フランスに5つある工学系グランゼコールのひとつ
であるINSAストラスブール(Institut National des Sciences Applique'es de
Strasbourg)において、文化遺産のドキュメンテーションに関する第24回国際会議
CIPA 2013[1]が催された。

 開催母体であるCIPA[2]は、1968年に国際記念物遺跡委員会イコモス[3]
(ICOMOS; International Council on Monuments and Sites; 1965年創立)初の国
際学術委員会(International Scientific Committee)として創設された。当初は
国際建築写真測量委員会(Comite' International de Photogramme'trie
Architecturale)と称したが、1972年にユネスコ総会で世界遺産条約が採択される
などの経緯があり、次第に記念物(monument)よりも文化遺産(cultural heritage)
のほうがCIPAの活動対象を表現するのにふさわしい概念となってきた。これをふま
え、現在の正式名称はCIPA Cultural Heritageとなっている。また、国際写真測量
・リモートセンシング学会[4](ISPRS; International Society for
Photogrammetry and Remote Sensing; 1910年創立)で近接画像処理を扱う第五技術
委員会(Technical Commission V; TC V)の第二作業部会(文化遺産情報の取得と
処理)とも緊密に連携している。いうなれば、CIPAは文化遺産の記録・保存・活用
を扱うICOMOSと計測技術を扱うISPRSを橋渡しする役割を担っている。

 CIPAは隔年で国際シンポジウムを開催しており、今回が24回目にあたる。前々回
(2009年)のシンポジウムが京都で開かれたことは記憶に新しい。

 主催者発表によれば、今回のシンポジウムには40か国・地域から約300名の参加が
あった。開催国であるフランスからは最多の84名、次いでイタリアから46名、ドイ
ツから23名、英国から20名が参加した。アジアからは、中国の10名が最多で、次い
で台湾(5名)・日本(3名)・インドネシア(2名)・アラブ首長国連邦(2名)…
…という順であった。会場でいろいろな参加者と自己紹介を交わしてみたところ、
考古よりも建築や建築史の専門家のほうが多いように感じた。主要測量機器・ソフ
トウェアメーカーからのデモ展示参加者も合わせると、研究者と実務家・ビジネス
マンがバランスよく混ざっていた。

 会期中に、約120件の口頭発表と、32件のポスター発表が行われた。これらの発表
の予稿は、ISPRS Annals[5]に57本、ISPRS Archives[6]に124本が収録された。
実際の発表数と予稿の本数が合わないのは、発表にキャンセルが出たためである。
AnnalsとArchivesでは査読の方式が異なる。Annalsには発表申し込み時点で寄稿さ
れ2名の匿名のレビュワーによる査読を通過した論文が採録される。いっぽう
Archivesには、発表申し込み時の長めの要旨(extended abstract)が受理された後
に投稿された論文が収録される。いずれも電子版のみの出版であり、クリエイティ
ブ・コモンズ・ライセンスのもとインターネットで無償公開されている(文献[5]
・[6]参照)。

 シンポジウム初日は、デジタル文化遺産目録(digital heritage inventory; 以
下DHIと略す)のチュートリアル・セミナーが開かれた。米国ゲッティー保存修復科
学研究所[7](The Getty Conservation Institute)とワールド・モニュメンツ・
ファンド[8](World Monuments Fund)が共同で開発中のDHIアプリケーションで
あるArches[9]を題材に、DHIのコンセプトとテクノロジーについて、実演を数多
く交えながら講義形式で学んだ。従来も遺跡や文化財のデータベースあるいは
WebGISに相当するシステムは、たとえば日本の文化遺産オンライン[10]をはじめ
各国で構築・公開されてきたが、Archesはオープンソースのシステムであり、文化
遺産のデジタル目録作りにかかわるユーザーのコミュニティを形成していこうとし
ている点がユニークだと感じた。

 初日の夕刻には、旧市街のクレベール広場(Place Kle'ber)に面したホール
Grand Salle de l’Aubetteで開会式が執り行われ、会長挨拶に続いてFabio
Remondino氏が「文化遺産を記録するための三次元記録と計測:最近の展開」、
Stefano De Caro氏が「ドキュメンテーションの技術とトレーニング:ローマ国際文
化財保存修復研究センターICCROMの取り組みから」と題する基調講演を行った。

 基調講演はもう2本用意されており、2日目の朝にはDavid Myers氏とYiannis
Avramides氏による「Arches:国際文化遺産分野のためのオープンソースの目録・管
理システム」、4日目の朝にはRamtin Attar氏による「テクノロジーがもつ可能性を
見通してデザインされた世界に文化遺産を位置づけると(Positioning Heritage in
a World Designed around Technological Possibilities)」と題するプレゼンテー
ションが行われた。Attar氏はCADで知られるAutoDesk社の研究チームを率いて、歴
史的建造物でもある本社ビルの各フロア・各ブースに温度センサを取り付け、三次
元CADを用いて温度分布をリアルタイムでモニタリングする実験などを行った成
果をTED風の簡潔明快なスピーチで紹介し、文化遺産のデジタルドキュメンテーショ
ンの新しい方向性を示してくれた。どの講演も聴いて大いに刺激を受けた。

 2日目・4日目・5日目には、3つの会場に分かれて15のセッションが開かれた。1コ
マ90分の時間枠に、それぞれ4~6件の口頭発表が割り当てられた。発表本数の多い
セッションを研究・実践上のトレンドとなっているセッションととらえるならば、
最多は3コマを占めた「記録の実際(recording applications)」セッションと「陸
上レーザースキャニングと三次元計測」セッションであり、2コマを割り当てられた
「UAV・モバイル・航空イメージング」・「世界遺産遺跡のドキュメンテーション」
・「建設情報モデリング(BIM; building information modelling)、情景分析およ
び三次元復元」が次点であった。

 日本からの発表は2件で、近藤ほか「東日本大震災後のデジタル文化遺産目録構築
に向けたボランティア活動とオンライン教育」[11]と、プーンほか「ラオス人民
民主共和国ルアンパバーンにおける世界遺産遺跡保全の振興に向けてのモバイル学
習の可能性:予備研究」[12]であった。

 全体を通して感じたのは、CIPAでは建築のドキュメンテーションに関する発表が
多い、ということであった。これは、CIPAがこの分野から出発したことと関係があ
ろう。また、欧州や中東、アジア各国の専門家が文化遺産(cultural heritage)に
言及するとき、第一義的には有形・不動産の建築物を想定しているようであった。
この点、動産文化財および考古学・美術史学と結びつきの深い日本のコミュニティ
とは異なる風潮を感じた。

 ところで、「ドキュメンテーション」(documentation)の意味する範囲には、計
測・記録だけでなく、取得したデータの整理・可視化・公開・活用も含まれる。い
までは計測に三次元レーザースキャナやUAV(無人航空機; unmanned aerial
vehicle)、データの整理・可視化にCADとGIS(地理情報システム)、活用にインタ
ーネットが、当たり前のように使われている。数年前まではとても高価で、潤沢な
予算のある研究機関や企業しか使えなかった三次元レーザースキャナやUAVも、低価
格でありながら高精度で信頼のおけるモデルが市場に続々と投入され、一気に普及
が進みつつある。今回のシンポジウムでは、もはやあえてデジタルドキュメンテー
ションといわなくても、ドキュメンテーションというだけであらかじめデジタル技
術の利用が含意されるという雰囲気が、全体にわたって共有されていたように思う。

 もうひとつ、新しい動向として注目されるのは、「教育」と「職業訓練」にひと
つずつセッションが設けられたことである。文化遺産のドキュメンテーションは、
イタリア・フランス・英国・ドイツ・スペインなど西欧の先進国で専門家の層が厚
く、ここから東欧や中東・アフリカ・アジアの新興国に技術やノウハウを「輸出」
している構図となっている。いっぽう新興国では経済成長に伴い、自国で文化遺産
の実務および政策策定にたずさわる担当職員を養成したいというニーズが高まって
いる。今回のシンポジウムでは、これらの新興国における文化遺産のドキュメンテ
ーションに関するトレーニングコースの事例が複数紹介され、新興国におけるニー
ズの高まりを感じさせた。

 会期の中日(3日目)には視察(technical visit)が企画された。参加者は3つの
班に分かれ、1・2班は郊外のオーケニグスブール古城[13](Cha^teau du
Haut-Koenigsbourg)とワイン街道の景観、3班はストラスブール旧市街を視察した。
筆者は古城の視察に参加したが、そこは中世の山城を、アルザス地方がドイツ領だっ
た20世紀初頭に皇帝ヴィルヘルム2世の命で博物館として修築したものであり、彼の
紋章をあしらった室内装飾などを見るにつけ、アルザス地方の仏独領土係争の歴史
とプロパガンダを実感させられた。現在は地元のバ=ラン県(Bas Rhin)が管理し
ており、ちょうど塔の修復を進めているところであった。参加者には建築の専門家
が多かったこともあり、みな興味深そうに専門スタッフによる解説を聴いていた。
昼食後、ワイン街道の町リクヴィール(Riquewihr)とベルグハイム(Bergheim)を
訪れ、アルザス地方の伝統建築を保存した街並みを視察した。

 懇親行事としては、2日目にストラスブール市庁舎で市長主催のレセプション、4
日目にガラ・ディナーがそれぞれ催された。開会式・閉会式の後にもカクテルタイ
ムが設けられた。どの機会にも名産のアルザスワインがふるまわれた。ガラ・ディ
ナーではアルザス地方のフォークダンスが披露され、参加者一同大いに楽しんだ。

 閉会式の際、次回の国際シンポジウムが2015年8月31日から9月5日にかけて、台湾
・台北市の中国科技大学で開かれることがアナウンスされた。また、中間年にあた
る2014年には、ISPRS TC Vの国際シンポジウムが6月23日から25日にかけてイタリア
のリーヴァ・デル・ガルダ(Riva der Garda)で、CIPA-ICOMOS-ISPRS合同ワークシ
ョップが9月1日から4日にかけて中国・北京市の円明園でそれぞれ開催される。台北
・北京と、日本から距離的に近い場所での開催が予定されているので、興味をおも
ちの読者諸氏にはふるって参加してもらいたい。

[1] http://www.cipa2013.org/
[2] http://cipa.icomos.org/
[3] http://www.icomos.org/
[4] http://www.isprs.org/
[5] http://www.isprs-ann-photogramm-remote-sens-spatial-inf-sci.net/II-5-W1/
[6] http://www.int-arch-photogramm-remote-sens-spatial-inf-sci.net/XL-5-W2/
[7] http://www.getty.edu/conservation/
[8] http://www.wmf.org/
[9] http://archesproject.org/
[10] http://bunka.nii.ac.jp/
[11]Kondo, Y., Uozu, T., Seino, Y., Ako, T., Goda, Y., Fujimoto, Y., and
Yamaguchi, H. 2013. Voluntary activities and online education for digital
heritage inventory development after the Great East Japan Earthquake. Int.
Arch. Photogramm. Remote Sens. Spatial Inf. Sci. XL-5/W2: 391-396.
http://dx.doi.org/10.5194/isprsarchives-XL-5-W2-391-2013
[12]Poong, Y. S., Yamaguchi, S., and Takada, J. 2013. Possibility to use
mobile learning to promote world heritage site preservation awareness in
luang prabang, Lao PDR: a readiness study. ISPRS Ann. Photogramm. Remote
Sens. Spatial Inf. Sci. II-5/W1: 247-252.
http://dx.doi.org/10.5194/isprsannals-II-5-W1-247-2013
[13] http://www.haut-koenigsbourg.fr/

特殊文字は次のように表記しました。
アクサン・シルコンフレクス:a^

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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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 人文情報学月報第26号はいかがでしたか?今号は、GIS研究の話題を巻頭言に、イ
ベントレポート2本は文化に関連したものとなりました。ご寄稿いただいた皆さま、
ありがとうございました。

 特に後半のイベントレポートで触れられている「オミクス」という言葉は、耳慣
れない言葉でしたので少しだけ調べてみました。元々は生物学や医学の言葉のよう
で、「生体中に存在する分子全体を網羅的に研究する学問のこと」[1]だそうです。

 特定の分野における全体を網羅的に研究する、ということは、その分野がだいぶ
成熟してきたからこそとりかかるものではないか、材料となるデータが出揃って初
めてとりかかることができるのではないか、などと勝手に想像しています。研究者
ではない私でも今後の研究の行方が楽しみになってきました。

[1] https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/keyword/2393.html

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人文情報学月報 [DHM0026]【後編】 2013年09月22日(月刊)
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