ISSN 2189-1621

 

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DHM 052 【前編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2015-11-28発行 No.052 第52号【前編】 604部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「デジタル技術が言語研究をどう変えるか?」
 (西尾美由紀:近畿大学工学部)

◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
 -巨大な史資料群を視覚化して検索できるウェブツールBigDIVA」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第8回
 「変体仮名のユニコード登録作業はじまる」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー

◇《特集》フランスのDH-スタンダール大学を中心として 第1回
 (長野壮一:フランス社会科学高等研究院・博士課程)

◇イベントレポート(1)
「第15回 Text Encoding Initiative 年次カンファレンス」
 (橋本雄太:京都大学大学院文学研究科 博士後期課程)

◇イベントレポート(2)
「アート・ドキュメンテーション学会(JADS)第8回秋季研究発表会&第64回見学会
参加報告」
 (小風尚樹:東京大学大学院人文社会系研究科西洋史学専門分野 修士2年)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《巻頭言》「デジタル技術が言語研究をどう変えるか?」
 (西尾美由紀:近畿大学工学部)

 私は19世紀のイギリス小説家であるチャールズ・ディケンズの文体を研究してい
ます。話法(特に伝達部)やイディオムが主な研究対象です。デジタル技術には疎
い私がこうした技術をどのように活用しているのか、またデジタル技術を人文学に
応用することの面白さについて述べてみたいと思います。

 大学院生の頃、主要なテクストは電子化されていたものの、間違いも多く、使用
するには注意が必要でした。そのため、その頃はインターネット上で公開されてい
る電子テクストを自分で間違いがないかチェックしながら使用するか、あるいは文
献を読みながら気になる表現などをノートやカードにメモをしながら読むかのどち
らかでした。私はといえば、ペンを片手に、本を読みながら、ポストイットにコメ
ントを書いて貼り付け、地道にデータ収集をしていました。コメントを付け加えな
がらの作業ですから、読み終えるまでにかかる時間も相当でしたが、読み終わる頃
には、本の厚みもかなり増していました。読み進めていくうちに、すでに読んだ箇
所に気になるところがある場合は、あの辺りで読んだはず…、とページをめくって
探すという、今思えばあまり効率的とは言い難い地道な作業を続けていました。

 コンピュータの普及に伴い、私のような機械オンチでもパソコンを使えるように
なってきました。この頃になると、KWICコンコーダンスという電子テクストファイ
ルから単語リストやKWICコンコーダンスなどを作成する検索ソフトを使って、読ん
でいて気になった語が作品中何回用いられているかを数えるくらいはできるように
なっていましたが、まだポストイットを張りながら読んでいたので、あくまでもど
こで用いられているか見落とさないようにするために利用していました。人文学研
究者の中には、パソコンを利用することに苦言を呈する先生が多かったこともあり、
これ以上のパソコンの利用は当時考えていなかったように思います。

 この数年は、現在共同研究をしている先生から便利なコンコーダンサーやソフト
の使い方など、いろいろと教えていただきました。また、英語コーパス学会や、最
近ではDigital Humanitiesのワークショップなどで、TEIについて基礎から教えてい
ただいたおかげで、少しずつデジタル技術を活用できるようになってきました。
(活用していると言い切って良いレベルなのかは不明ですが。)

 「この表現は面白いかもしれない」とか「これは気になる表現だ」と思っても、
これまでは、自分で集めたカードを見直したり、自分の記憶に頼るしかありません
でしたが、最近では、様々なコーパスが利用しやすくなったおかげで、気になった
表現を実際にコンコーダンサーで検索すれば、キーワードだけでなく、幅広いコロ
ケーションまで検索することできます。例えば、ディケンズの作品で特徴的なイデ
ィオムの一つに、名詞“line”を使ったものがあります[1]。ディケンズの作品を
集めたディケンズ・コーパスで、“line”という語の頻度だけではなく、ワイルド
カードを使った検索を利用することで、“in…line”に見られるような前置詞句の
バリエーションが短時間で概観できるようになりました。そうすると、今度は他の
作家ではどのように使われているのだろうか、19世紀全体ではどのようなバリエー
ションがあるのだろうか、18世紀はどうだろうか、さらには通時的観点から、一体
いつ頃使われ始めたのだろうか、現代英語まで残っている表現なのだろうか、など
次々と疑問が湧いてきます。こうした疑問を様々な大規模コーパスを利用すること
で、解決していくことができるようになりました。コーパスが構築されておらず、
コンコーダンサーもなければ、これらの作業にはとてつもない時間がかかり、途中
で挫折していたに違いありません。

 このように電子コーパスやコンコーダンサーなどを利用して、作家や時代を超え
て検索できるようになったおかげで、文献を読み進めながら、気になった表現など
を即座に調べ、作家ごと、時代ごとに比較することも容易になりました。これによ
り、コロケーションやイディオムをはじめ、様々な表現や文体の面白さに気づきや
すくなりました。もちろん、こうしたデジタル技術はあくまでもヒントを得るため
の手段であり、「キーワードを検索して終わり」ではありません。コーパスやコン
コーダンサーを活用することによって得たデータをいかに分析していくかは人文学
研究者が、そのデータをいかに深く掘り下げて精緻な読みをしていくかにかかって
いると言えるかもしれません。デジタル技術を活用することで得た知見が、これか
らの言語研究を大いに発展させると期待しています。

[1]Yamaoto, Tadao. Growth and System of the Language of Dickens.
Hiroshima: Keisuisha. 1950,2003 3rd, 446-449.

執筆者プロフィール
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西尾美由紀(にしお・みゆき)広島大学大学院文学研究科博士課程後期修了[博士
(文学)]島根大学外国語教育センター特別嘱託講師を経て、2009年より近畿大学
工学部講師。専門は19世紀小説家チャールズ・ディケンズの言語・文体研究。特に
話法やイディオムについてコーパス言語学的観点から研究を行っている。

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◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
 -巨大な史資料群を視覚化して検索できるウェブツールBigDIVA」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

 10月16日に、ノースカロライナ州立大学図書館におけるイベントで、BigDIVA
(Big Data Infrastructure Visualization Application)[1]の正式リリースが
発表された[2]。BigDIVAは、歴史学関係の巨大な史資料群を可視化して検索でき
るウェブツールとして、開発元のARC(Advanced Research Consortium)が今年5月
にベータ版を公開していたものである。

 BigDIVAの特徴は3つある。一つ目は可視化された検索によるセレンディピティ、
いわゆる偶然の発見である[3]。BigDIVAでの検索は、「図書館の書庫を探索する
ように」、円形のノードで表現された史資料のデータセットをたどりながら求める
情報にたどり着くように設計されている。これは「調べていることに関連した予期
せぬ史資料に出会えるように」という設計思想に基づくものという。もちろんキー
ワード検索も可能である。二つ目の特徴は広範性。すなわち、古代(前450年)から
現代(20世紀)までの幅広い期間の一次史料と、さらには、文学から宗教、美術関
連等多様な分野にまたがった二次文献の情報もあわせて調べることができる。とは
いえ、BigDIVAの検索範囲は、次に述べるメタデータに主に依拠しているので、今の
ところ中世と18世紀資料に強いという特徴があり、今後ルネサンス期等にも範囲を
広げる必要性がある[4]。そして、最後の三つ目は信頼性である。BigDIVAは、デ
ジタル化史資料群のピアレビューをして研究者コミュニティへと提供を行っている
18thConnetct[5]やMESA[6]等のメタデータを利用している。したがって、検索
対象のなかには、Twitterなどの研究に必要な情報以外の「ノイズ」が予め除外され
ており、研究者らの眼を通した信頼できる情報源のみを扱うことができるというわ
けである。時間的にも分野的にも幅広く、かつ、信頼された情報のみを直感的に調
べることができる--BigDIVAが謳うこれらの特徴は、歴史研究者の理想と表現でき
るかもしれない。

 では、実際の使用感はどうか。BigDIVAにアクセスすると、まずウェブリソース群
がグレーと青色のノードで多数表示される。グレーは現在のアクセス元からは利用
できない資料群(契約データベース)を意味し、反対に青は利用可能なウェブリソ
ースである。このようにBigDIVAは、大学図書館などの契約ベースのウェブリソース
と連携したものとなっており、開発したARCもBigDIVAを大学図書館や研究機関に売
り込みたい考えがあるようだ[7]。筆者が自宅で、つまり何もウェブリソースを契
約していない海外からアクセスしてみたところ、全体の半分以上がグレーで表示さ
れたので、BigDIVAを最大限活用するにはアメリカ国内の大学からが望ましいことに
なる。

 次に、画面左上でジャンル(緑色)を選択してみることにした。緑色のノードで
多数のジャンルが登場するので、“Historiography”をクリックすると、先ほどの
ウェブリソースのほかに、専門分野(discipline)や資料形態(format)、個別ア
イテム(Individual Results)といった選択ボックスが登場して、絞り込みできる
ようになる。基本的には、この後も同じ手順を行うことで、求める史資料へたどり
着くことになる。また、あまりに候補となる資料が多いようならば、画面右上でキ
ーワードを設定して絞り込んだり、画面下にあるタイムラインで刊行年代を限定し
たりすることも可能である。そして、各ノードをクリックすると、画面右に個別ア
イテムのタイトル・著者名・刊行年が表示され、それぞれのアイテムへリンクして
いる。

一通り触ってみたうえで感じたのは以下のようなことである。

●ビジュアル化されたウェブスケールディスカバリ(のようなもの)
 有償・無償問わず学術コンテンツや大学図書館の所蔵資料等を検索するという意
味では、大学図書館で普及の進むウェブスケールディスカバリのようなものと感じ
た[8]。だが、大きく異なるのが、ビジュアライゼーションを基盤とした検索であ
ろう。Summonのようなウェブスケールディスカバリではキーワード検索が一般的で
あろうが、BigDIVAではキーワードだけでなく専門分野や資料形態等から絞り込むも
ので、なおかつ、その検索結果にどのような検索ルートをたどってきたのかも分か
るようになっている。逆をいえば、どのような史資料を情報探索の視野から外して
きたのかも把握しやすい。

●英語以外の史資料の決定的な不足
 検索対象が英語のものばかりという印象を強く受けた。事実、絞り込み検索の選
択ボックスには、調査対象の国・地域や言語の設定がなく、英語の資料を検索する
のが前提となっているようである。様々な研究者の利用を想定するのであれば、多
様なリソース群の中から求めるものと細かく設定して検索できるようにする必要が
あるだろう。

●様々なDHプロジェクト成果との連携への期待
 大小様々なDHプロジェクトがアメリカでは盛んに行われているが、そこで生み出
された多種多様なリソース群を一覧することは今のところ困難である。すでに
BigDIVAは一部のDHプロジェクトの成果を検索できるようにしているが、今後それを
積極的に拡大していくことで、DHの成果を次の研究に利用する機会が飛躍的に高ま
る可能性がある。

 ないものねだりの感想になってしまったが、我々が日常的に利用しているキーワ
ード検索とは別の方法を採用している点で興味深いものであり、今後の可能性に期
待したい。

[1]BigDIVA. http://www.bigdiva.org/ , (accessed 2015-11-10).
[2]ARCによる公開イベントのFACEBOOK広報ページ
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1724329314467108&id=14...
, (accessed 2015-11-13).
“Online Tool Aims to Help Researchers Sift Through 15 Centuries of Data”.
NC State News. https://news.ncsu.edu/2015/10/big-diva-2015/ , (accessed
2015-11-10).
[3]Alexander Monea. “A Primer on BigDIVA and the Future of Search?”.
HASTAC. 2015-10-23. https://www.hastac.org/blogs/alexandermonea/2015/10/23/primer-bigdiva-an...
, (accessed 2015-11-13).
[4]Eleanor Shevlin. “BigDIVA- A New Digital Tool by the Scholars of
18thConnect and MESA”. Early Modern Online Bibliography.
https://earlymodernonlinebib.wordpress.com/2015/10/15/bigdiva-a-new-digi...
, (accessed 2015-11-13).
[5]18thConnect. http://www.18thconnect.org/ , (accessed 2015-11-13).
[6]MESA. http://www.mesa-medieval.org/ , (accessed 2015-11-13).
[7]“Online Tool Aims to Help Researchers Sift Through 15 Centuries of
Data”. NC State News. https://news.ncsu.edu/2015/10/big-diva-2015/ ,
(accessed 2015-11-10).
[8]飯野勝則. ウェブスケールディスカバリと日本語コンテンツをめぐる諸課題-
海外における日本研究の支援を踏まえて. カレントアウェアネス. No.321.
2014-09-20. http://current.ndl.go.jp/CA1827 , (accessed 2015-11-13).

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◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第8回
 「変体仮名のユニコード登録作業はじまる」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

 いまのコンピュータでは、日本語を扱うに際して、変体仮名を扱うことができな
い。ここでコンピュータで扱うことができないというのは、変体仮名であるという
情報をコンピュータが扱うことができないということである。ただたんに画面に表
示するだけであれば、たとえば専用のフォントを作り、ほかの文字に割り当てて変
体仮名を表示させるようにすればどうにかなる(このようなフォントはすでに存在
している)。しかしながら、人間はともかく、このようなデータを受け取っても、
コンピュータはたんにもともとの文字が送られてきたと思うだけで、変体仮名のな
にがしかが送られてきたとは思わない。データは、その文字の番号として送られて
くるからである。いわば、漢字辞典の何番の文字とだけ送られてくるということで、
フォントがちがっていてもコンピュータには判断できないのである。そうではなく
て、コンピュータが変体仮名が送られてきたと分かるようにするには、この文字の
番号を変体仮名に割り当てる整理をする必要がある。そのような文字の番号を文字
コードといい、そのひとつであるユニコードへの登録作業[1]がいま進行中なので
ある。

 そもそもの発端はユニコードにオランダの一個人が変体仮名の登録をリクエスト
したことにあるという[2]。その後、しばらく動きはなかったが、一昨年度より日
本側で需要の調整をはかって、変体仮名の文字集合の選定から再出発し[2]、10月
に、あらためて日本から変体仮名のユニコードへの登録申請を行い、登録に向けて
審議が開始されたとのことである[3]。

 変体仮名とは、基本的には、現代の平仮名と同列に用いられていたが、明治以降、
現代の平仮名に統一されて常用されなくなったものをいう。しかしながら、現在で
も看板・暖簾(よく言われるのに「生(漢字=き)楚(変体仮名=そ)者(変体仮
名=ば)」と書いてある蕎麦屋の暖簾がある)やのぼりに見かけるところであるし、
昭和期まで名付けに使われていたために戸籍システムには変体仮名が現在も用いら
れていることから、コンピュータ上で扱えることに意義がなかったわけではないの
であるが、これまで日本語の文字コードを管理してきたJISでは、収録すべき仮名が
確定できないとしてこれまでは収録が見送られてきていた[4]。具体的には、どの
仮名を収録すべきか決定打がないことにくわえ、「図形文字として十分に同定可能
な安定した字形を示すこと」、「変体仮名とそのもととなった漢字の草書体とを明
確に区別すること」などが困難であるとされた[4]。

 今回の提案では、JISの留保をふまえ、「現在流通している変体仮名」というもの
を設定して採取することで安定性を確保しようとしたことに特色がある[5]。現在
流通している変体仮名は、戸籍システムで使用されている変体仮名(「行政用変体
仮名」)と、あらたに選定した学術用変体仮名からなる。学術用変体仮名は、印刷
会社の使用しているもの、明治時代の本文サイズ活字および教科書、現代の代表的
な変体仮名フォントの変体仮名一覧、また、古文書等の活字化に用いられたもの、
変体仮名の研究論文に現れたものを採取範囲として、既存の変体仮名字典と照合す
ることで実用的な変体仮名を割り出したという[2]。さらに、ひとつの変体仮名が
複数の音をあらわすのに用いられていることがあるときは、べつのコードを割り振
ることとしたという。

 その後、修正がくわえられて複数の音をあらわす変体仮名についてもひとつのコ
ードにすることとなったようであるが[6]、今回の選定は、JISの収録留保をある
ていど乗り越えられたいっぽうで、現在の変体仮名の研究の問題点を浮き彫りにし
ている点も見られる。紙幅から詳細には及ばないが、ひとつには、漢字であれば提
供されていた包摂基準というものが提供できなかったことである。変体仮名は、そ
の起源となった漢字(字母)からいくつかの崩し方が並行して用いられることがあ
る。その有り得べきバリエーションは、基本的にすべてひとつのコードでやりくり
するとのことだが、とくに行政用変体仮名のばあい、すでにおなじ字母から複数の
変体仮名が登録されているケースがあり、また、学術用変体仮名としても、かたち
によって使い分けが認められている例などがあってそういうものはべつべつに採録
している[3]。この処置の妥当性を考える基盤は現在ないように思われる。また、
最大の問題としては、このような学術用変体仮名のリストがこれまでなかったこと
なのではなかろうか。選定にあたったグループのかたがたのご労苦を思うものだが、
これまでにそのような検討が十分になされてきていれば、なにも「現代の」変体仮
名に限定することなく、歴史的な使用にも十分耐える(と確信できる)変体仮名の
ユニコード登録もできたのではないだろうか。

 このまま順調に登録されて、変体仮名が情報処理に用いることができるようにな
ったとき、どのように利用されていくのか、遠い先のはなしではあるが、興味の尽
きないことである。

[1]正確にはISO/IEC 10646への登録であるが、便宜に従う。ISO/IEC 10646とユニ
コードとの関係は、ウィキペディアの該当項目(「ISO/IEC 10646」や「Unicode」)
などに詳しい。
[2]高田智和、矢田勉、斎藤達哉「変体仮名のこれまでとこれから: 情報交換のた
めの標準化」『情報管理』58、DOI: 10.1241/johokanri.58.438
[3] UTCの文書L2/15-239 http://www.unicode.org/L2/L2015/15239-hentaigana.pdf
[4] JIS X 0213:2000解説、p. 512
[5] 基本的には、JISも現代流通している文字を収録するはずであるが(「“[…]
現代日本語を符号化するために十分な文字集合を提供すること”を第一として作業
を行っている」、JIS X 0213:2000解説、p. 509)、変体仮名にたいしては、歴史上
の変体仮名をどのように符号化するかという点に困難を見いだしたように思われる。
そういう前提を想定すると、たしかに歴史上の変体仮名は漢字のように正字とすべ
きものもなく、微細な違いが生まれやすく、またあたらしい仮名をいくらでも生み
出せるという、符号化すべき文字集合を定めがたい性質を有するという発想も自然
に思えるが、ただ、解説の短い記述からここまでの推断は避けるべきかもしれない。
[6] UTCの文書L2/15-300 http://www.unicode.org/L2/L2015/15300-hentaigana-revised.pdf
および Recommendation M64.08 http://www.unicode.org/L2/L2015/15265-n4701-wg2-rec.pdf

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 続きは【後編】をご覧ください。

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