ISSN 2189-1621

 

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DHM 160

人文情報学月報/Digital Humanities Monthly


人文情報学月報第160号

Digital Humanities Monthly No. 160

ISSN 2189-1621 / 2011年08月27日創刊

2024年11月30日発行 発行数1127部

目次

  • 《巻頭言》「書体研究の周辺から:デジタル・ヒューマニティーズによる新しい記述の可能性
    朱心茹東京科学大学環境・社会理工学院
  • 《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第76回
    Kyprianos Magical Text Database:コプト語魔術文献研究の革新
    宮川創筑波大学人文社会系
  • 《特別寄稿》「Greta Franzini、Melissa Terras、Simon Mahony による「9. A Catalogue of Digital Editions」(『Digital Scholarly Editing-Theories and Practices』所収)の要約と紹介
    塩井祥子早稲田大学大学院文学研究科
  • 人文情報学イベント関連カレンダー
  • 編集後記

《巻頭言》「書体研究の周辺から:デジタル・ヒューマニティーズによる新しい記述の可能性

朱心茹東京科学大学環境・社会理工学院融合理工学系准教授

私は文字のデザインである書体(フォントとも言う)に関心を持って研究を行っている。2015年から2024年現在まで一貫して書体に関連した研究をしているので、そろそろ書体の研究をしている、と言い切ってしまっても良さそうなものだが、今でも自己紹介時には歯切れ悪く、書体に興味を持って研究をしている、と言ってしまう。

なぜ「書体の研究をしている」と断言できないのかの話に入る前に、そもそも書体のどこに面白さを感じるのかということをご紹介したい。例えば、次のようなところである。

(A-1) まず、この世には必要以上に多種多様な書体が存在するように思われる。特にデジタル書体が使われるようになってからその数は急速に増えており、新しいデザイン書体(明朝体やゴシック体などの基本書体と比較して、やや誇張された様式を持つ書体を指してデザイン書体と呼ぶ)もどんどん出現している。どのような書体を使っても表現できる内容は同じにも関わらず(異体字や変体仮名など特殊な文字が収録されている書体とそうでない書体では異なる場合もあるが)、これだけ多くの書体が作られ使われているというのは、文字そのものではなく書体によってのみ表現可能なものの存在を感じさせる。(A-2) 実際、経験的には特定の書体には特定の印象や意味があるように思われる(本稿ではこれを指して書体の含意と呼びたい)。例えば、カチっとした書体、子供っぽい書体、怖そうな書体、楽しげな書体、などである。またどうやら、これらの含意はある程度は人々の間で共有されているようである [1]。グラフィックデザイナーは仕事としてこうした含意を暗黙知として使いこなしたり、新たに作り出したりするが、その暗黙知を形式知化できれば、研究においても様々な文字資料からより豊富な情報を取り出すことができる可能性がある。

(B-1) 上述のように多種多様な書体がある一方で、明朝体のような基本書体のデザインの経年変化は驚くほど小さい(が、こちらも様々な新書体が登場している)。近代活版印刷術が日本にもたらされてから150年余り経つが、書体技術が金属活字から写真植字へ、写真植字からデジタルへ変化するにつれて、基本書体のデザインは微調整されてきたものの、基本的な特徴はほぼ変わらずに保持されている[2]。秀英明朝などの金属活字時代から存在する書体の昔と今の姿を見比べてみても、デジタル書体の秀英明朝と別の明朝体を見比べてみても、その差はとても小さい。特定の含意を強く感じさせるデザイン書体と異なり、その存在を感じさせないことを良しとされてきた基本書体の第一の目的は文字情報を正確に伝達することであるからして、基本書体が長年保持している様式は人にとって読みやすい形なのだろうということが導き出される。(B-2) ところが、近年では読みやすい書体には個人差があることが分かってきた [3]。明朝体が読みやすいという人もいれば、そうでない人もいる。また、一人の人にとっても、年齢や様々な状況により読みやすい書体が変化することがある。様々な研究からこのようなことが示唆されている。とすれば、長らく保持されてきた基本書体の形というものは偶然と技術的・経済的・社会的な制約が生んだものであり、人の「慣れ」によって広く受け入れられてきたものの、必然でもなければ最適でもないという可能性も考えられる。実際、1920年代より心理学・工学・デザイン学などの領域で行われてきた、ただ一つの読みやすい書体を求める研究に一貫した結論は出ていない。翻って言えば、特定の一つの書体ではなく、個々人にとって読みやすい書体を求めることが可能であり、これによってより良い読字環境を実現できる可能性がある。(B-3) 一方で、基本書体が非常に安定した様式を保持してきたことは事実であり、偶然の重なりによって生まれた形であるとは言え、ここに人に共通した認知基盤の存在を見ることができる。これは多分に野心的であるが、基本書体と個々人にとって読みやすい書体の差異に、人の認知や学習の多様性を探るヒントを見つけることができるかもしれない。

ということで、あくまでも一部であるが、私が書体について興味深いと思っている点を挙げた。研究としては、(A)として挙げた書体の含意について、書体の使用例を用いた含意の探索と記述 [4]、観光パンフレットのデジタルアーカイブ構築による書体使用例収集などを行っている。また、(B) として挙げた書体の読みやすさについて、カスタマイズ可能な書体の作成と評価(とりわけ、発達性ディスレクシアなどの読み書き困難を持つ読者にとって読みやすい書体の作成と評価)[5][6]などを行っている。

ここでようやく冒頭の問いに戻るが、なぜ「書体の研究をしている」と正面切って言えないかというと、現在の私の研究は直接の対象として書体の含意や読みやすさといった一つ一つの側面を切り出して探索しているところで、未だ書体そのものに迫ることができていないからである。こうした書体の周辺的な部分に関することは、社会的・学術的には決して周縁的な課題ではなく、重要な意義を持っていると考えて取り組んでいることは申し添えておきたいが、それでも、書体そのものを扱っているとは言えないため、書体研究の周辺を彷徨っているというような状態なのである。

書体そのものを対象とする研究がなぜ難しいのかと言うと、対象となる書体を適切に記述する方法がまだ無いように思えるからである。これを考えるにあたっては、まさに情報学と人文学を融合するというデジタル・ヒューマニティーズの考え方が助けになると思うので、本稿を書き進めながら考えてみたい。

まず、書体を記述する方法は無いわけではない。書体は究極的には曲線の集合であり、特にデジタル書体の形状は特定の n-1次曲線を用いて厳密に記述することができる。これを、情報学側の記述と考えることができる。ただ、例えば二つの書体においてある部分の曲率の差がΔxであった場合や、ある部分の太さの差がΔyであった場合、それが現実的にどのような意味を持つ/持たないのかといった情報を、情報学側の記述は持っていない。翻って人文学側の記述を考えると、先程から言及してきた明朝体やゴシック体のような書体カテゴリ名、あるいは秀英明朝といった個々の書体名がこれに当たる。こうした名称にはその書体の歴史的な来脈や社会的な位置づけに関する情報が含まれており、(見る人によっては)形状に関するおおまかな情報も含まれている一方で、形状に関する詳細な情報は捨象されている。この対照的な2種類の記述――つまり、計算機にとって理解可能な記述と人にとって理解可能な記述――が乖離している状態では、先述した(A)の研究にしても(B)の研究にしても、あるいは書体のもっと別の側面の研究にしても、共有可能かつ有意味な情報を蓄積することは難しい。情報学側の記述と人文学側の記述の間のどこか、あるいは両者を融合させたところに、書体の適切な記述方法があるのではないか、そのようなことを予感している。一つの試みとして、書体の制作現場における参与観察が考えられる。一つの書体を制作する過程で生み出されるデジタル形式の修正稿に対する比較を積み重ねることで、書体における意味のある最小差を求めることができ、情報学側の記述と人文学側の記述を繋げることができるのではないかと考えているが、もちろん答えはまだ分からない。

当面の目標として、情報学と人文学を架橋するデジタル・ヒューマニティーズの研究からヒントを得て、また、デジタル・ヒューマニティーズの一部として書体の適切な記述方法を模索し、書体研究を進めていきたい考えている。いつの間にか、「書体の研究をしています」と自己紹介できるようになっているかもしれない。

[1] 正木香子 (2023)『タイポグラフィ・ブギー・バック』平凡社、小林章 (2011)『フォントのふしぎ』美術出版社など。
[2] 大日本印刷「秀英体の歴史」URL: https://shueitai.dnp.co.jp/history/ (accessed at 2024-11-13)。
[3] Wallace, S. et al. (2022). Towards Individuated Reading Experiences: Different Fonts Increase Reading Speed for Different Individuals. ACM Transactions on Computer-Human Interaction. 29(4): 1–56. DOI: https://doi.org/10.1145/3502222.
[4] 朱心茹ほか (2023)「大規模データに基づく欧文書体使用状況の記述:書体の実用論へ向けて」『デザイン学研究特集号』30(2): 76–83. DOI: https://doi.org/10.11247/jssds.30.2_76
[5] Zhu, X. et al. (2020). Analysis of Typefaces Designed for Readers with Developmental Dyslexia: Insights from Neural Networks. DAS 2020: Document Analysis Systems: 529–543. DOI: https://doi.org/10.1007/978-3-030-57058-3_37
[6] 朱心茹・金子真由美 (2023)「個別最適な読字体験を目指す『じぶんフォント』プロジェクト:社会基盤としての書体の実践と研究の中で」『日本印刷学会誌』60(6): 337–344. DOI: https://doi.org/10.11413/nig.60.337

執筆者プロフィール

朱心茹(しゅしんじょ)。東京科学大学環境・社会理工学院融合理工学系准教授。学術振興会特別研究員(DC2→PD)、東京工業大学環境・社会理工学院助教を経て、2024年より現職。博士(教育学)。書体に興味を持ち研究を行っている。2022年から2023年には松本文字塾 (https://www.mojijuku.jp/) に通い、書体制作に取り組んだ。
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《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第76回

Kyprianos Magical Text Database:コプト語魔術文献研究の革新

宮川創筑波大学人文社会系准教授

ユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルクで実施された「コプト語魔術パピルス:後期ローマ・初期イスラーム期エジプトの民間信仰」プロジェクト(2018–2023)は、古代エジプトの宗教文化研究に革新的な変化をもたらした。その中心となるのが Kyprianos 魔術テキストデータベースである[1]。このプロジェクトは、3世紀から12世紀にかけて作成された約500点のコプト語魔術文書を包括的に研究し、デジタル化することを目指したものである。Korshi Dosoo を研究グループ長とし、Markéta Preininger、Julia Schwarzer らの国際的な研究チームによって実施された本プロジェクトは、デジタル人文学の新たな可能性を示す画期的な取り組みとなった。さらに、エジプト学、コプト語学、宗教学、デジタル技術など、多岐にわたる専門家の協力を得ることで、学際的な研究アプローチを実現している。

図1 著名なハイデルベルク魔術パピルスの写真(図2)に対する Kyprianos データベースにおける翻刻と訳と注とメタデータ[2]
図2 図1の画面からリンクされているハイデルベルク図書館デジタルライブラリにおけるハイデルベルク魔術パピルス P. Kopt. 686の写真[3]

これらの魔術文書は、古代エジプトの宗教変容を知る上で貴重な一次史料である。従来、これらの文書は100以上の書籍や論文に散在しており、包括的な研究が困難であった。最大の刊行集成である Ancient Christian Magic(1994年)[4] でさえ、全体の6分の1にあたる約100点しか収録していなかった[5]。このような状況下で、散在する資料を統合し、デジタル技術を活用した新たな研究基盤を構築することが急務とされていた。特に、写本の物理的特徴とテキストの内容を総合的に分析できるプラットフォームの必要性が、研究者間で強く認識されていた。また、これらの文書の多くは脆弱な状態にあり、デジタル保存の重要性も高まっていた。

これらの文書群が特に重要なのは、公式の宗教文書とは異なり、民間における宗教実践の実態を伝えるためである。文書からは、伝統的エジプト宗教からキリスト教、そしてイスラームへの移行過程や、異なるキリスト教派(グノーシス主義、合性論派、両性論派)の共存と交流の様子を読み取ることができる。また、聖人・天使崇拝の実態や、病気、愛情、対立など日常的な問題への対処法も記録されている。さらに、これらの文書は当時の人々の世界観や宇宙観を反映しており、古代末期から中世初期にかけての民衆の精神世界を理解する上で重要な手がかりを提供している。特筆すべきは、これらの文書が単なる呪文集ではなく、当時の社会における実践的な問題解決の手段として機能していた点である。

Kyprianos データベースの技術的特徴として特筆すべきは、写本とテキストを区別して扱う点である。写本は物理的対象として記録され、テキストは内容単位として扱われる。両者は相互に関連付けられ、多角的な分析を可能にしている。現在のデータベースには、公刊済み772テキスト、未公刊202テキストが収録されており、合計509の写本情報が登録されている。また、各写本には詳細なメタデータが付与され、素材、サイズ、保存状態、筆跡の特徴など、物理的な情報も網羅的に記録されている。このような包括的なデータ構造により、文書の物理的側面と内容的側面を統合的に研究することが可能となっている。

このデータベースの重要な特徴の一つは、文書の来歴情報の詳細な記録である。発見地、購入地、所蔵機関などの情報は、文書の歴史的文脈を理解する上で重要な手がかりとなる。特に、19世紀以降の考古学的発掘や古美術品市場での取引に関する情報は、文書の真正性を評価する上でも重要な役割を果たしている。また、デジタル画像と転写テキストの併置により、研究者は物理的な写本を参照することなく、詳細な研究を行うことが可能となっている。この機能は、特に COVID-19パンデミック期間中、実物の写本へのアクセスが制限される中で、研究の継続性を確保する上で重要な役割を果たした。

データベース化により、文書の体系的な分類と分析が可能となった。目的による分類では、治癒・護符が最も多く、次いで呪詛、恋愛関係、商売繁盛、占いなどが続く。これらの分類は、当時の人々が直面していた社会的・個人的な問題の種類と頻度を反映している。形態による分類では、フォーミュラリー(呪術文)とアプライド・テキスト(実用テキスト)の区別が重要である[6]。フォーミュラリーは魔術的知識の伝達と保存を目的とし、アプライド・テキストはその実践的応用を示している。これらの分類は、古代末期社会における魔術的実践の多様性と体系性を示している。

言語分析からは、コプト語を主体としながらも、ギリシア語やアラビア語の影響を受けた重層的な言語使用の実態が明らかになっている。特に専門用語や神名の使用には、異なる宗教伝統の融合が見られる。例えば、エジプトの伝統的な神々の名前が、キリスト教的な文脈で言及されたり、イスラームの神名がコプト文字で表記されたりする例が確認されている。このような言語的特徴は、当時のエジプトにおける文化的・宗教的な重層性を反映している[7]。

地理的分布の分析からは、テーベ地域とファイユーム・オアシスに文書が集中していることが判明した。これは、これらの地域が修道院の集中地域であったことと関係していると考えられる。特にテーベ地域では、古代エジプトの墓が修道院として再利用される例が多く見られ、そこで作成された文書が良好な状態で保存されている。また、ファイユーム地域では、乾燥した気候により、パピルスやその他の有機材料が劣化せずに残されている[8]。

文書の年代的分布を見ると、5–8世紀に集中が見られ、これはコプト語が文語として最も活発に使用された時期と一致する。この時期は、キリスト教がエジプトで確立し、イスラームが伝播し始める重要な過渡期にあたる。文書の内容からは、この時期の宗教的な変容過程が、民衆レベルでどのように経験され、解釈されていたかを知ることができる。

2024年からは「Corpus of Coptic Magical Formularies (CoMaF)」として新たな段階に入る。Papyri Copticae Magicae 第二巻の刊行、未公刊資料の研究、関連資料の追加など、さらなる資料の充実が計画されている。また、言語分析の精緻化、儀礼過程の解明、文化交流の解明など、研究の深化も目指されている。特に、機械学習技術を活用した文字認識や内容分析の自動化など、最新のデジタル技術の導入も検討されている。

図3 Coptic Magical Papyri の記事の例[9]

本プロジェクトは、古代エジプトの宗教文化研究に新たな地平を開くとともに、デジタル人文学の可能性を示す先駆的な取り組みとなった。特に重要なのは、このプロジェクトが単なるデジタル化に留まらず、新たな研究視座と方法論をもたらした点である。定期的な記事投稿(図3)・ブログ投稿やポッドキャストを通じた研究成果の一般公開も、学術研究の社会的意義を示す重要な取り組みとなっている。

今後の課題としては、デジタルデータの長期保存、異なるデータベースとの連携、より広範な資料の包摂などが挙げられる。特に、デジタル技術の急速な進歩に対応したシステムの更新や、セキュリティの確保は重要な課題となっている。また、国際的な研究協力のさらなる促進や、若手研究者の育成なども重要な課題である。

このプロジェクトを通じて、古代末期エジプトの魔術文化研究は新たな段階に入ったと言える。デジタル技術を活用した包括的なアプローチにより、従来は見過ごされてきた文書の諸側面が明らかになりつつある。今後は、より多くの研究者の参加を得て、この研究がさらに深化することが期待される。

[1] “The Database,” Coptic Magical Papyri, accessed November 15, 2024, https://www.coptic-magic.phil.uni-wuerzburg.de/index.php/the-database/.
[2] “KYPRIANOS T17,” Coptic Magical Papyri, accessed November 15, 2024, https://www.coptic-magic.phil.uni-wuerzburg.de/index.php/text/kyp-t-17/.
[3] “Heidelberger Papyrussammlung, P. Heid. Inv. Kopt. 686 (A. Kropp, Der Lobpreis des Erzengels Michael (vormals P. Heidelberg Inv. Nr. 1686) (Brüssel 1966).) Lobpreis des Erzengels Michael (X), Heidelberg historic literature – digitized,” accessed November 15, 2024, https://digi.ub.uni-heidelberg.de/diglit/p_kopt_686/0012/image#col_thumbs.
[4] Meyer, Marvin W. and Richard Smith. Ancient Christian Magic: Coptic Texts of Ritual Power. Princeton University Press, 1999.
[5] “Coptic Magical Papyri: Vernacular Religion in Late Antique and Early Islamic Egypt,” Coptic Magical Papyri, accessed November 15, 2024, https://www.coptic-magic.phil.uni-wuerzburg.de/index.php/coptic-magical-papyri-vernacular-religion-in-late-antique-and-early-islamic-egypt/.
[6] “Looking at the Coptic Magical Papyri II: Formularies and Applied Texts,” Coptic Magical Papyri, accessed November 15, 2024, https://www.coptic-magic.phil.uni-wuerzburg.de/index.php/2019/03/29/looking-at-the-coptic-magical-papyri-ii-formularies-and-applied-texts/.
[7] “Religion in the Coptic Magical Papyri X: Islam and Coptic Magic,” Coptic Magical Papyri, accessed November 15, 2024, https://www.coptic-magic.phil.uni-wuerzburg.de/index.php/2019/08/02/religion-in-the-coptic-magical-papyri-x-islam-and-coptic-magic/.
[8] “Looking at the Coptic Magical Papyri V: …and Space,” Coptic Magical Papyri, accessed November 15, 2024, https://www.coptic-magic.phil.uni-wuerzburg.de/index.php/2019/05/03/looking-at-the-coptic-magical-papyri-v-and-space/.
[9] “What is Coptic Magic?,” Coptic Magical Papyri, accessed November 15, 2024, https://www.coptic-magic.phil.uni-wuerzburg.de/index.php/2018/12/07/what-is-coptic-magic/.
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《特別寄稿》「Greta Franzini、Melissa Terras、Simon Mahony による「9. A Catalogue of Digital Editions」(『Digital Scholarly Editing-Theories and Practices』所収)の要約と紹介

塩井祥子早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程

Greta Franzini、Melissa Terras、Simon Mahony による本章は、『Digital Scholarly Editing』[1]実践編の第2章であり、デジタル編集版の目録を作ることにより、現在のデジタル編集版の実態調査を行い、それらの制作においてどのような点に配慮すべきかについての提言を行う論考となっている。

著者らは、近年のデジタル学術編集版(SDE もしくは DSE)制作や研究が進められている現状に触れつつも、「一般的に特定のケーススタディ」に基づいて行われていることから、「テキスト解釈の全範囲にわたってデジタル技術がどのように使用されてきたかを包括的に理解することはできていない」と指摘する。そのため著者らは現存するデジタル編集版に関する情報を収集し、目録を作ることにしたという。その目録は、次のような研究課題に対し、「定量的な調査という形で回答する手段となる」。その研究課題とは、「何が優れたデジタル編集版たらしめるのか?デジタル編集版はどのような特徴を共有しているのか?デジタル編集版の分野において技術の現状はどうなっているのか?なぜ、古代のテキストには電子編集版が少なく、他の時代のテキストには電子編集版が多いのか?」[2]である。最終的にこの目録は「様々な分野に渡る既存のデジタル批判版テキストに関する独自の記録を提供し、共同的に編集されたこの目録がどのようにデジタル人文学コミュニティに利益をもたらすのかを示す」ものである。

先行する事例として SDE を目録化した Sahle の例があるが、著者らの目録では「Sahle の目録が現存する学術編集版の記録を目的としているのに対し、(著者の)プロジェクトでは学術編集版と非学術資源の両方を、2つを区別しながらまとめている」。目録は本章執筆時点で「収集した全325の編集版のうち、187の編集版を調査し、分類している」。手法について大まかにまとめると、電子テキストは先行する目録などを参考にしつつ、出版物や SNS など様々な情報媒体から収録すべき編集版を収集し、編集版のプロジェクトチームへのアンケートとプロジェクトのウェブサイトとその関連出版物の分析による電子版に関する現存する知識の観察的検証という2つの流れで行われた。目録には、「これまでに調査した編集版、機関所在地、資金提供機関所在地、リポジトリ所在地、原資料の所在地」などの様々な情報が含まれている。

著者らは目録を作成し、調査の結果として次のような点を指摘している。「プロジェクトは、選択するコーパスの大きさ、財政的な支援開発期間に大きく影響される」、「異なる場所に保管されている断片や写本の紙葉をデジタルで再統合するプロジェクトは、しばしば内部的に分断されており、異なる機関の間でプロジェクト管理が分けられている」、技術的なトレンドも現れており、「TEI 符号化規格に準拠しているのは37%」に留まること、「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス下で利用できる編集版は187のうち32に過ぎない」ことである。また、中世・近現代の手稿や文書を対象にした電子的な複製の方が、古代のそれよりも数が多いことが指摘されている。このうちのいくつかについて筆者らの見解を紹介すると、TEI の利用率に関しては「数はまだ少なく、この特定のタグと構造のセットを実装することに抵抗があることを示唆している」が、「コミュニティ主導のプロジェクトの利点が徐々に認識されつつある今日、デジタル編集版を社会的な方向へ押し出し、そのリソースを統合するためには、スタンダードに適用させることが必要である。TEI のようなガイドラインがなければ、データの交換や再利用は不可能であり、電子編集版は独自の特性、目的、要件を持つ独立したオブジェクトとして使用されることになるだろう」と TEI 利用の重要性を主張している。中世・近現代の手稿や文書を対象にした電子的な複製と古代のそれの数値的格差については、「あり得る理由として、近代手稿の数が古代手稿の数より多いこと、18世紀から20世紀の手稿は現代に密着しているため、より関心が高いこと。古代手稿をサポートする適切で使いやすいツールがないため、これらのリソースを作成する人がいないことが考えられる」としている。この結果からは他にも様々な論点が考えられ、こうした数値の差は「複雑な問題であり、さらに注目されるべきものである」としている。

この目録からわかることは、「デジタル媒体によってテキストに関する新しい知識を普及させ、進歩させるという中核的な目的を共有しているにもかかわらず、編集版がいかに異なるものであるか」ということである。「構造やアウトプットは、読者層、使用方法、リソースなど、数多くの変数によって決定される」ので、「このようにダイナミックに変化し続ける現実の中で、公理を定め、SDE の厳密な定義を行う必要はないのかもしれない」。しかし、著者らは「私たちは、使用可能で有用な内容を生成することにもっと関心を持つべきではないだろうか」と考え、「デジタル編集版が包括的で広く利用されるためには、以下のものを含むべきである」と提言する。すなわち、「編集版の目的、手稿の歴史、制作、意義、使用に関する記述的情報、写本の高解像度画像、ウェブ用に最適化され、個人または教育目的で画像ファイルをダウンロードまたは購入することができるもの、撮影プロセスに関する文書と撮影機器に関する技術的メタデータ、標準外のテキスト特徴(略語、句読点など)を含むテキストと余白の転写」である。また、プロジェクトの性質がより学術的なものである場合、転写は批判的な意味で正確である必要があり、「検索性、世界規模での統一、データの交換、再利用のための XML 標準に適合していなければならない」。そして最後に「プロジェクトは、所有権を強調する手段としてだけでなく、より重要なこととして、コンテンツの再利用がどの程度まで許されているかをユーザーに伝えるために、作品がどのようなライセンスの下でリリースされているかを明確に示すべきである」と述べている。

以上、2016年に発表された論考について、原文の表現を借りながら要約と紹介を行った。SDE かどうかを問わず、デジタル技術を用いた対象を調査した上で行う提言は、充分に説得力のあるものとなっている。加えて著者らはここで得られた見解を基にして聖アウグスティヌスの『De Civitate Dei』のディプロマティック編集版[3]を制作することも表明しており、現在 Github でデータが公開されている[4]。ただ、調査方法の1つとしてプロジェクトに対するアンケートを行い、プロジェクトによっては返信がなかったとあるので、そのあたりの事情を加味して考える必要はあるだろう。しかし、調査方法によって一定のバイアスがかかるのは当然のことではあるので、論考から既に10年程立っていることからも、違う調査方法や視点に立った現在のデジタル編集版の実態調査が必要な時期に来ていると言えるのではないだろうか。加えて、論考では、アジアの編集版は目録にあまり収録されていないことから、それらが追加された場合、異なる見解が得られる可能性を示唆している。アジアのデジタル編集版に関する調査は今まさに求められていると見るべきだろう。

[1] Driscoll, M. J., Pierazzo, E. (eds.). (2016). Digital scholarly editing: Theories and practices. Open Book Publishers, pp.161–182, https://www.openbookpublishers.com/books/10.11647/obp.0095(2024年11月12日閲覧).
[2] 論考では「デジタル」の言い換えとして「電子」あるいは「電子的」が用いられていると考えられる。
[3] ディプロマティック編集版とは、原資料の特徴を印刷物として可能な限り復元することを目的とした編集版である。
[4] https://github.com/gfranzini/MS_XXVIII-26(2024年11月12日閲覧).
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人文情報学イベント関連カレンダー

【2024年12月】

【2025年1月】

  • 2025-1-9 (Thu), 15 (Wed), 23 (Thu), 29 (Wed)
    TEI 研究会

    https://tei.dhii.jp/

    於・オンライン
  • 2025-1-31 (Fri)
    人文学・社会科学データインフラストラクチャー強化事業フォーラム|「研究データの利活用と流通を強化する」

    https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/di/news/2024-11-14

    於・東京大学本郷キャンパス及びオンライン

【2025年2月】

  • 2025-2-6 (Thu), 12 (Wed), 20 (Thu), 26 (Wed)
    TEI 研究会

    https://tei.dhii.jp/

    於・オンライン

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人

佐藤 翔同志社大学免許資格課程センター
永崎研宣慶應義塾大学文学部/一般財団法人人文情報学研究所
亀田尭宙人間文化研究機構
堤 智昭筑波大学人文社会系
菊池信彦国文学研究資料館

◆編集後記

11月もDH関連のイベントが様々に開催されました。人文学にデジタル技術を応用することを方法論の一つとしてきちんと捉えていこうとする流れは着実に形成されていっているようです。 筆者自身は参加できなかったのですが、和歌文学会で開催された11月特別例会は和歌研究におけるTEI (Text Encoding Initiative)ガイドラインの活用をテーマとするものとしてとても盛り上がったと仄聞しました。研究基盤を整備することに関する専門分野の論理を反映した議論を積み重ねていくことは、その分野を盛り上げていくだけでなく、そういった議論を他の分野ともつなげていくことで研究方法論のみならず学術情報流通全般にも新しい展開をもたらしていく可能性が高いので、このような感じで様々な分野に色々な議論と取組みが広がっていくことを期待したいところです。

DHに多少なりとも関連するようなイベントで11月に筆者が参加できたのは、時系列で見ていきますと、 デジタルアーカイブ学会第9回研究大会(東京大学本郷キャンパス)、 Digital Humanities Mongolia 2024”(ウランバートル)、 三田図書館・情報学会2024年度研究大会(慶應義塾大学三田キャンパス)、国立歴史民俗博物館「 歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ―」ギャラリートーク、 日欧DHクロストーク #2 - オープンサイエンスを支えるデジタルアーカイブと司書のスキル -(オンライン)、 テッド・ネルソン氏招へい特別シンポジウムTed Nelson 過去と未来を語る—ハイパーテキストを生んだ現代のダ・ヴィンチ(慶應義塾大学三田キャンパス)といったものがありました。本日(11/30)も、 第29回情報知識学フォーラム 「研究データエコシステム × 地域資料の保存・継承」 ~災害を乗り越え地域資料継承に貢献する研究データエコシステムの未来~が金沢未来のまち創造館にて開催されているようですが、こちらは残念ながら参加できませんでした。

参加できたものはいずれも興味深いものでした。ウランバートルの会議は、モンゴルでは初めての DH の国際会議で、EU の研究助成を受けたプロジェクトと EU の国際学生交流プログラムであるエラスムスプログラムが現地の DH を発展させることを目指して協力・連携する一環として開催されたものだったようでした。どちらかと言えば3D 等のデジタル技術で文化遺産を再構成することを目指す情報工学的な話が多かったように思いましたが、LLM を使ったモンゴル語機械翻訳に関する発表もありました。このプロジェクト全体の目的に合わせて、筆者は DH 系の国際標準の動向とアジア系文化への応用例について紹介をしました。特に IIIF への関心が高かったようですが、今後そういう活動にモンゴルからも積極的に参画してきていただけるとありがたいところです。

三田図書館・情報学会は、図書館情報学の学会ですので、基本的には図書館における情報探索行動や所蔵資料分析などの発表が多かったのですが、グーテンベルクの42行聖書における活字の字形から当時の活字の状況に関する分析を行う発表があり、とても広く知られた資料であっても未だあまり明らかになっていない重要な側面があることが筆者にとってはとても興味深いものでした。

国立歴史民俗博物館の特別展は、「歴史の未来」という一見矛盾するようなタイトルが示すように、歴史を伝えていくためのメディアに関する展示に力を入れたものでした。それも、メディアとしてのものや技術だけでなく、それを介してつながる人々の活動にも焦点をあてたもので、そこからさらに、「伝える」ための最先端の様々なデジタル技術のデモンストレーションにまでつながるものであり、丁寧なギャラリートークも含めて勉強になることの多い展示でした。

これ以外のイベントも、それぞれにとても興味深いものばかりでしたが、こうして書いていると編集後記が書き終わりませんので、あとはもしまた機会があればご紹介させていただきたいと思います。

12月も様々な関連イベントがあります。なかでも、年に一度の査読付きのシンポジウム、じんもんこん2024が東北大で開催されますので、こちらは要注目です。それに加えて、筆者も開催をお手伝いしている、仏教研究とデジタル・ヒューマニティーズ国際シンポジウム「大正新脩大藏經の100年、SAT の30年」が12月21~ 22日に東京大学本郷キャンパスで開催されます。こちらは大変盛りだくさんなイベントで、21日は生成 AI と仏教研究や思想研究に関する最新動向、22日は世界の代表的なデジタル大蔵経プロジェクトの方々が集まってそれぞれの活動を紹介してくださいますので、それを同時通訳付きで聞けるという、それだけでも大変有益なイベントです。さらに、日本国内の代表的な DH の研究教育組織やプロジェクトが集い、20件以上のポスター/デモンストレーションの出展をしてくださいますので、ここに来れば2024年末の日本の DH の現状を一望できるというとても興味深い機会でもあります。よかったらぜひご参加してみてください。 (永崎研宣)



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