ISSN 2189-1621

 

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DHM 090【中編】

人文情報学月報/Digital Humanities Monthly


人文情報学月報第90号【中編】

Digital Humanities Monthly No. 090-2

ISSN 2189-1621 / 2011年8月27日創刊

2019年1月31日発行      発行数789部

目次

【前編】

  • 《巻頭言》「2018年の到達点とこれから
    永崎研宣一般財団法人人文情報学研究所
  • 《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第46回
    TEI コンソーシアム東アジア/日本語分科会の活動が本格化
    岡田一祐国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター
  • 《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第10回
    ドイツ語圏のパピルス文献デジタル・アーカイブ
    宮川創ゲッティンゲン大学

【中編】

  • 《連載》「東アジア研究と DH を学ぶ」第10回
    デジタル史料批判を学ぶ教育・学習プラットフォーム Ranke.2について
    菊池信彦関西大学アジア・オープン・リサーチセンター
  • 特別寄稿「Gregory Crane 氏インタビュー全訳(第1回)
    小川潤東京大学大学院人文社会系研究科

【後編】

  • 特別寄稿「Carolina Digital Humanities Initiative Fellow の経験を通じて〈後半〉
    山中美潮
  • 人文情報学イベントカレンダー
  • 編集後記

《連載》「東アジア研究と DH を学ぶ」第10回

デジタル史料批判を学ぶ教育・学習プラットフォーム Ranke.2について

菊池信彦関西大学アジア・オープン・リサーチセンター特命准教授

デジタルアーカイブによる資料公開で、利用の仕方によっては所蔵機関や来歴の情報が失われ、再利用の際に困難が生じる、あるいは誤った利用をされてしまうかもしれないと懸念する声がある[1]。それを防ぐための資料提供側の対応について議論がある一方で[2]、デジタル資料の来歴や価値判断をユーザ側が行うにはどうすればよいのかという議論がある。本稿では、特に歴史学の文脈でこの問題系を扱う「デジタル史料批判」という方法について、その定義と、そしてそれを学ぶために開発された教育・学習用プラットフォーム Ranke.2を取り上げたい。なお、今号は KU-ORCAS の東アジア研究の文脈とは少々ずれるが、KU-ORCAS の掲げる「研究ノウハウのオープン化」に関わる話題ではある。

「デジタル史料批判」とは何か。その議論を始める前に、そもそも歴史学における史料批判の定義について触れておくべきだろう。試みにジャパンナレッジから『日本大百科全書』を引いてみると、次のように説明されている。

「史料批判は、一般に文献史料について外的批判と内的批判とに分かれる。外的批判は、史料が(1)にせ物でないかどうかを調べる、(2)誤記・脱落あるいは改竄・竄入などがないかを調べる、(3)史料の出所や由来・伝播の経路などを明らかにする、などの仕事をさす。この外的批判は、現代の情報技術の高度化によってまた新しい困難が増したといえる。内的批判は、書かれた史料について、その内容が信頼できるものであるかどうかを調べる仕事である。作者が虚偽を書いているとすれば、意識的か無意識的か、その心理状態・利害関係などを推理するといった歴史の観察眼が要求される。史料批判の具体的方法は、史料の多種多様なことに応じて多種多様である」

「現代の情報技術の高度化によってまた新しい困難が増した」というくだりはまさに本稿の冒頭で挙げた懸念そのものである。だが、ひとまずここで確認したいのは、モノとしての史料を分析するのが「外的批判」であり、史料の内容そのものを検討するのが「内的批判」だということである。

近代歴史学の父であるランケの名を冠した Ranke.2では、デジタル史料批判を次のように説明している。

「デジタル史料批判とは、歴史研究者が常に行ってきた、史料の来歴や価値を批判的に評価することであり、現在ウェブで利用可能なデジタル化史料とボーンデジタル史料に対して、その同じ原則の適用が必要であるということを意味する[3]」

そして、そのデジタル史料批判の中心的な問いを次のように列挙している。

「デジタル化やリポジトリへの登録という場面で史料の選択が行われるのはなぜか?
アナログからデジタルへという形態の変化は、史料のもつ情報の価値や人工物としての史料価値に影響を与えてきたのか?
なぜ、いつ、そしてどのように史料はウェブで発信され、だれがそのイニシアティブをとってきたのか?
サーチエンジンはこの種の史料をどのように検索してきたのか?検索できていなかったが、関連する別の史料があったのではないか?[4]」

これらの問いは前出の外的批判と内的批判の双方を含むものであり、したがって、Ranke.2の意味するデジタル史料批判は、従来の史料批判をデジタル形態の史料にまで拡張させたものと言えるだろう。

ところで、Ranke.2のアイディアや開発が始まった2014年ごろとほぼ同時期に、日本でも「ディジタル史料批判」の提唱と実践が行われている。これを行った西村陽子と北本朝展の定義によると、「ディジタル史料批判とは、史料批判という歴史学の基本的な技法にディジタル技術を導入することで、史料の『新しい読み方』の実現を目指すものである[5]」という。さらに彼らは「ディジタル史料批判」の2つの特徴を挙げ、古地図や古写真等の「非文字史料という新しい種類の史料に対する史料批判に取り組むこと」、「史料批判の対象を史料単位から記述単位に細分化し、文脈にとらわれない新しい史料批判を実現すること」であるとしている[6]。

先に挙げた史料批判の定義と比べると、西本と北本の「ディジタル史料批判」の興味深い特徴が浮かび上がってくる。まず1つ目の特徴に関しては、従来の歴史学が行ってきた史料批判は文字史料を対象としてきたが、「ディジタル時代に入って、非文字史料の共有や加工もはるかに簡単になったため[7]」それらの史料を対象に行うのだという。デジタル(化された)文字史料を視野の外に置く姿勢から伺えるように、媒体変換がモノとしての史料に与える影響については(少なくとも明示的には)考慮されていない。また、後者の特徴に関しては、「歴史学における史料批判はこれまで、史料のテキスト全体の正確さや信頼性などを主な評価対象にしてきた。……[中略]……しかし、このような史料単位の評価は本当に適切なのか、というのが我々の問題意識である[8]」と述べている。これはすなわち、モノとしての史料を分析する外的批判からの脱却を意味することに他ならない。事実、西村と北本の議論は、地図史料を対象にその内容の解釈をデジタル技術で行うという「内的批判」へと議論が集中している。したがって、二人の言う「ディジタル史料批判」は、Ranke.2のように従来の史料批判をデジタル媒体にまで拡張させたものではない。自らも述べているように、デジタル技術によってどのように「新しい読み方」ができるのか、言い換えれば、非文字史料の史料解釈の方法的刷新を目指すものと解釈できるだろう。そのため、西本と北本の「ディジタル史料批判」は、本稿で扱いたい、ユーザがデジタル資料をどのように判断するのかというテーマとは文脈が異なるものである。

さて、ようやく本題にたどり着くことができた。では、デジタル史料批判を学ぶための教育・学習用プラットフォームである Ranke.2とはどのようなものなのか。

Ranke.2は、ルクセンブルク大学現代史・デジタルヒストリー研究センター拠点である C2DH が、2018年10月に正式公開したウェブサイトである[9]。この Ranke.2では、以下の10項目を学ぶことができるとされている。

  1. デジタル化とウェブは歴史研究の本質をどのように変えたのか
  2. デジタル史料(レトロな方法でのデジタル化史料、ボーンデジタル史料、媒体変換史料)はどのように作られたのか
  3. アナログな史料がデジタル化されると、どのような変化があるか
  4. 「オリジナル」という概念の問い方
  5. デジタル史料やそのメタデータへ情報がどのように付加されるのか
  6. どのようにデータがオンラインで公開され、そして検索可能となるのか
  7. 史料の発見と選択におけるサーチエンジンの影響
  8. 様々なデジタルツールのデータへの適用方法
  9. 文書館とオンラインを使った場合の研究の進め方の違い
  10. データの様々なタイプ(テキスト、イメージ、立体物、音声・動画)の特徴[10]

サイト上では、上記の項目に関連した学習コンテンツを、現在のところ4つ公開している。1つ目は、“From the archival to the digital turn”。これは、デジタル的転回(digital turn)によって史料批判という方法がどのような影響を受けたのか、このことが人文学の研究を進めるうえでどのような意味を持つのかをテーマとしたものとなっている。学習コンテンツ全体を貫く概論的な位置づけにあるといってよいだろう。そして、2つ目が “David Boder: from wire recordings to website”、3つ目が “David Boder online: comparing websites 2000–2009” である。両者のタイトルにある David Boder とは、1886年ラトヴィアに生まれたユダヤ人で、ロシアでの内戦のあおりを受け、日本経由でメキシコへ亡命、その後、アメリカへ渡った心理学者である。彼は、第二次世界大戦後の1946年に、ヨーロッパ各地でホロコースト生存者130名のインタビューを録音、記録している。この音声記録のデジタル化が2000年と2009年の2回行われているのだが、2つ目の学習コンテンツでは、このデジタル化によって音声記録の意味と価値は変化したのかどうかという点が問われている。そして3つ目の学習コンテンツでは、2000年と2009年のデジタル化を比較し、その間の技術の進歩を学ぶものとなっている。最後の4つ目のコンテンツ “Transformation: how the digital creates new realities”は、デジタル技術によってもたらされる「変化」(transformation)がどのような影響を生み出しているのか、この「変化」という概念を考察するものである。

各学習コンテンツには、Small、Medium、Large の3つのモジュールが用意されている[11]。Small は、6~7分程度のアニメーション動画で概要を説明し、その内容理解の確認のためのクイズが出題されている。この Small モジュールの利用対象者も研究者や学生だけでなく、広く一般ユーザを視野に入れているという。Medium は、大学の講義で利用することを想定して作られていて、Small モジュール内のアニメーションの内容からいくつかトピックを抜き出して深掘りするような課題が示されている。最後に Large は1日かけたワークショップでの利用を想定したものであるという。しかし、現状では学習コンテンツのすべてに各モジュールが提供されてはおらず、特に Large モジュールはまだどのコンテンツにもない。学習コンテンツの追加とともに、モジュールの開発もこれからという段階なのであろう。

本稿で紹介した Ranke.2とそのデジタル史料批判の内容は、デジタルアーカイブが歴史学へ与える影響に対して向けられる「懸念」が底流にあると言えるだろう。Ranke.2のコンテンツはまだ公開されたばかりで数も少ないが、デジタル史料批判の学習目標はいずれも重要なポイントである。歴史学にとっての史料デジタル化の意義は、史料調査やアクセス、あるいは中身の分析のスピードを飛躍的に向上させた、つまりは利便性の観点からこれまで論じられてきた。その一方で、それ以外の観点から、史料デジタル化が歴史学研究の営みに与えてきた影響はあまり論じられてこなかったようにも思う。その意味から Ranke.2の今後の拡張を大いに期待したい。

[1] Serge Noiret. “Digital Public History,” in A Companion to Public History, ed. David Dean ([Hoboken, NJ]: Wiley Blackwell, 2018), p. 114.
[2] “第2回東京大学学術資産アーカイブ化推進室主催セミナー 講演資料・パネルディスカッション記録”, https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/contents/archives-top/seminar2(アクセス日:2019-01-17)。
[3] Ranke.2, https://ranke2.uni.lu/define-dsc(アクセス日:2019-01-17)。
[4] Ranke.2, https://ranke2.uni.lu/define-dsc(アクセス日:2019-01-17)。
[5] 西村陽子・北本朝展「ディジタル史料批判と歴史学における新発見」『人口知能学会誌』31, no. 6 (2016), p. 769。
[6] 西村陽子・北本朝展「ディジタル史料批判と歴史学における新発見」『人口知能学会誌』31, no. 6 (2016), p. 770。
[7] 西村陽子・北本朝展「ディジタル史料批判と歴史学における新発見」『人口知能学会誌』31, no. 6 (2016), p. 770。
[8] 西村陽子・北本朝展「ディジタル史料批判と歴史学における新発見」『人口知能学会誌』31, no. 6 (2016), p. 770。
[9] “Digital Hermeneutics in History: Theory and Practice,” C2DH, https://www.c2dh.uni.lu/events/digital-hermeneutics-history-theory-and-practice,(アクセス日:2019-01-17)。
[10] “About the platform,” Ranke.2, https://ranke2.uni.lu/about-platform/(アクセス日:2019-01-17)。
[11] “About the lessons,” Ranke.2, https://ranke2.uni.lu/about-lessons/(アクセス日:2019-01-17)。
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特別寄稿「Gregory Crane 氏インタビュー全訳(第1回)

小川潤東京大学大学院人文社会系研究科修士課程

2018年7月6日、東京・一橋講堂において国際シンポジウム「デジタル時代における人文学の学術基盤をめぐって」が開催され、Laurent Romary 氏と Gregory Crane 氏が特別講演を行った[1]。Romary 氏は欧州におけるデジタル人文学を牽引する人物であり、DARIAH(Digital Research Infrastructure for Arts and Humanities)のディレクターを務めている[2]。一方で Crane 氏は、日本でも言語学、歴史学などに携わる者によって利用されている Perseus Digital Library のプロジェクトリーダーである[3]。訳者は、自らが西洋古代史を専門とし、Perseus Digital Library を日頃利用していることもあり、Crane 氏にお話を伺いたいと考えた。幸運にも、人文情報学研究所・永崎研宣氏の協力のもとで氏にインタビューを行う機会を得て、Perseus Digital Library の設立と現在までの軌跡、プロジェクトの目的や今後の課題・展望などについて直接お話を伺うことができた。訳者は、この貴重なインタビュー内容をぜひとも広く共有すべきであると考え、本誌において全訳を掲載することとした。今月号から4回にわたって掲載を行う予定なので、ご賢覧くだされば幸いである。

なお、本インタビューは1時間余りに及ぶものであり、その分量は長大なものとなった。テープ起こしから翻訳までを単独で完成させる能力は訳者にはなく、永崎研宣氏、中村覚氏(東京大学情報基盤センター助教)、小風尚樹氏(東京大学大学院博士課程)には、内容の確認、修正の過程においてご助力を賜った。前もって謝意を表したい。

問:ペルセウスの過去・現在・未来についてお伺いします。まず、どのような目的・動機に基づいてペルセウスのプロジェクトを始めたのかを教えてください。
答:その質問に対しては二つの答えがあります。最初の答えは1982年の6月、私が、ギリシア語の検索と組版を可能にしようとしていたハーバード大学西洋古典研究室に協力してくれないかと依頼された時に遡るのです。私たちは、TLG(Thesaurus Linguae Graecae)から入手可能なテクストファイルを所持していて、その公開を自動化する必要がありました[4]。このような依頼をされる以前、私はコンピューターの活用についてさほど考えてはいませんでした。というのも私は、コンピューターを用いるのは、他に方法がない場合の最終手段であると考えていたからです。しかし、立ち上げを依頼されたとき私は、これは古典学における歴史的転換と変化の始まりに立ち会う好機であると気がつきました。私はこのようにして、私たちがデジタル古典学あるいはデジタル人文学と呼ぶところの分野に興味を持つに至ったのです。数年間プロジェクトに従事して、私はなによりも、印刷媒体がいかに限られたものであるかに気づかされました。考古学の書籍は異なる図書館に収蔵され、さらに画像もない。それらが真に有用でないことがわかったのです。そのとき私は、コンピューターを用いることで様々なことが可能になることを知っていました。それゆえパロアルト研究所(Xerox PARC)を訪れ[5]、そこで初めてデジタルカラー画像、ビデオディスクではなくデジタルのカラー画像を目撃したのです。それを見た私は、印刷媒体で可能なことのすべてはデジタル媒体によっても可能であり、むしろ高度に行えるということ、そして私たちは古代世界全体を描写する史資料のネットワークを構築することが可能であることを認識したのです。そして、このような文献学の全体的視点に基づいて、私たちは1985年にペルセウス電子図書館を創設しました。私たちはすべての史資料を繋げるとともに、これらすべてを、全世界が入手可能なものとしたかったのです。ハーバード大学や、名門大学に属する人々のみではなく、全世界の利用者が入手可能なものに。
問:では創設後、これまでどのような歩みを続けてきたのかを教えてください。
答:私たちは30年以上にわたって発展を続けてきました。プロジェクトが(本格的に)始動したのは1987年です。最初の補助金提案書を書いたのは1985年の春、そして、後にペルセウスとして結実するプロジェクトの初期段階の企画書を出したのは1985年の9月です。私が助教授になって1週目のことでしたので、実質的に私の初めての仕事でした。私たちは設計のための少額の補助を受け、さらに1987年には試作を行うに十分な補助金を得て、それ以来(今日まで)継続的に発展しています。ときには大きな補助金を受けたり、ときには少額であったりしましたが、ここまで途切れなく、継続的に維持してくることができました。
問:プロジェクト創設時の規模、メンバー構成はどのようなものだったのですか?
答:当初は小さなチームでした。最初に私とともにこのプロジェクトに参加したのは Jud Harward という人物であったと思います。このプロジェクトは私がハーバードにいたときに始まりましたが、当初はボストン大学と協力しており、加えて Elli Mylonas、CTS(Canonical Text Services)の技術開発者である Neel Smith がプロジェクト開始時点でのメンバーでした。他にもメンバーがいたことは確かだと思いますが、(いずれにせよ)私たちは小規模なグループでプロジェクトに取り掛かり、そして彼らは全員、今日でも同様の仕事をしています。
問:どのような専門分野を持つ人々が参加したのでしょうか?
答:私たちは全員、古典学者です。ほとんどの人材に関して私たちは、まず古典学を専攻し、その後、古典学の素養の上に専門的な技術を習得した者に依拠してきたのです。コンピューター科学者とプロジェクトを始めるのではありません。その一つの理由として、十分な資金のない人文学領域に彼らが興味を持たない点がありますが、それだけではありません。もし私が、技術力は高いが私たちの実現したいことを理解していない人物と、実現したいことについての明確なビジョンを持つ反面で技術力のない人物、この両者のどちらかを選ばなければならなかったとしたら、常に後者を選んだでしょう。もしプロジェクトが専ら技術の専門家や文書管理ソフトのようなものに依拠するなら、その成果は予測可能で、ありきたりなものに留まることになります。このような場合、例えて言うならば、トラクターや自動車を手に入れることはなく、手押し車を手にするようなものです。つまり、次にやるべきことについて考えることは決してないのです。私は、限りなく重要な進歩は、解決したいと思う既存の問題を明らかにすることではなく、これまでには試みようと考えることすらなかった何かを想像し、デジタル技術が全く新たな方法でそれにアプローチすることを可能にしてくれると気づくことでもたらされると考えたのです。そのような意味での進歩は、プロジェクト参加者が双方の分野に通じていない限り、実現不可能なのです。すなわち、人文学とデジタル技術に通じていない限り。
問:つまり、このようなプロジェクトであれば人文学者によって為されるのが良いということでしょうか?
答:もちろん連携していくのが望ましいですが、あえて選ぶのならそうです。ただ、ここでは逆説的にこうも言えます。つまり、もし人文学領域に真にコミットメントするコンピューター科学者がいるのであれば、それは非常に効果的だということです。実際、幾人かのそうした人材を私たちは有しています。そして、このような(分野横断型の)科学者育成はアメリカにおいてより、ドイツにおいて容易なのです。なぜなら、アメリカにおいては自然科学、俗に言う STEM(Science, Technology, Engineering & Mathematics)学問分野に対する助成金と、人文学が対するそれとの間に明確な区別が存在し、人文学のほうに資金がない以上、コンピューター科学者が人文学領域でキャリアを形成することは困難なのです。一方ドイツにおいては、このような区別はありません。それゆえ助成金が豊富で、コンピューター科学者が人文学のプロジェクトに参加して報酬を得ることに何の障害もないのです。これがアメリカとドイツの違いであり、ドイツの強みでもあります。
問:では日本は、ドイツのような制度を採り入れるべきでしょうか?
答:今、日本がどのような制度を有しているのかは存じませんが、そうあるべきだと思います。もし、いずれかの機関が人文学領域で活動するコンピューター科学者に研究助成をできるのであれば、そのほうが有利です。それにもかかわらず、アングロ=サクソン諸国においては、「科学」を人文学から区別するがゆえに、構造的な障壁が存在するのです。一方でドイツにおいては、すべてWissenschaft(科学)です。
問:ペルセウスの現在についてお聞きします。プロジェクト開始時にあなたが立てた目標は、現時点ではどの程度達成されたと言えるでしょうか?
答:もし大きな目的がすでに達成されているとしたら、それは十分に野心的ではないということです。私の大きな目的は—ソフトウェアの発展を踏まえて今日では表現の仕方を変える必要があるかもしれませんが—地球上のすべての人がふとした興味に基づいてギリシア・ローマ世界の探求を始めることのできる基盤を構築すること、と言い表されるものであると思います。人が学び始めることができ、より深く学び、情報の終着点に達することがない。ヨーロッパに行かなければ書籍が入手できないと悩むこともなく、それらは常に入手可能な状態にある。各人の(学習)背景と目的に沿って、彼らが何を知る必要があるのかを正確に特定することを可能にする、十分な機能を有する環境を構築するのです。そしてこの分野で、私たちは着実な進展を遂げています。しかし、私は、ローマ史に関心を持つあなた自身(インタビュアー)のような事例、世界で最も先進的な国の一つである日本にいるにもかかわらず、整備された図書館、利用可能なインフラを持たず、それでも自らの考えていること、研究内容を日本語で論文にまとめ、それをより広い世界—英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語が支配的な世界—に対して発信したいと望んでいるような事例に思いを巡らせているのです。まさにこのような事例こそが、私の目的にとってのすばらしいユースケースなのです。私たちは、自らの挑戦の意義を明確にすることができるとともに、その挑戦において活用しうるいくつかのツールと、対処すべき多くの課題を有しているのです。
[1] このシンポジウムについては、http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/kibans/sympo2018/を参照。
[3] Perseus Digital Library は、ギリシア・ラテン語文献を中心に、様々な地域・時代の史資料を収録している。http://www.perseus.tufts.edu/hopper/. 
[4] Thesaurus Linguae Graecae は、古代から現在に至るまですべてのギリシア語テクストのデジタル化と、デジタル技術に基づく文献学的分析を目的とするプロジェクトで、1972年に創設された。http://stephanus.tlg.uci.edu/index.php.
[5] パロアルト研究所は、もともとは Xerox 社によって設立された科学技術研究所であるが、現在は Xerox の子会社である PARC の本部となっている。Crane 氏が訪問した当時は、いまだ Xerox 社の研究所であった。PARC については、以下の日本語サイトを参照。https://www.parc.com/ja/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/.

執筆者プロフィール

小川潤(おがわ・じゅん)東京大学大学院人文社会系研究科修士課程2年。専門は古代ローマ史、とくに帝政期属州ガリアの田園地帯について、碑文を主史料として研究を行っている。東京大学の史学系大学院生を中心とする Tokyo Digital History のメンバーとして人文情報学に関わり、古典文献や碑文の活用について模索中。
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