ISSN 2189-1621

 

現在地

DHM 010

2011-08-27創刊

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

                 2012-5-30発行 No.010   第10号    

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 ◇ 目次 ◇
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
◇「人文・情報・学? -懐疑的信奉者の述懐-」
 (苫米地等流:人文情報学研究所・主席研究員)

◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート
「デジタル・ヒューマニティーズ・ケルン対談2012」
 (Espen S. Ore:オスロ大学言語学スカンジナビア学科デジタル文書部門)

◇編集後記

◇奥付

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇「人文・情報・学? -懐疑的信奉者の述懐-」
(苫米地等流:人文情報学研究所・主席研究員)

 「人文情報学の推進」を標榜する研究機関に身を置きながらこんなことを書くの
は少々申し訳ない-いや、だからこそ敢えて自戒を込めて書く-のだが、筆者には、
日本における(少なくとも現状の)「人文情報学」と称する営みを本気で面白いと
思えないのだ。まあ、これは、前のめりになって何かやっているのを見ると(現状、
人文情報学が「前のめり」と言えるほどのモーメンタムを得ているかどうかは別と
して)一歩引いてしまう筆者の個人的性向(いわゆるヘソ曲がり)によるところが
大きいのかも知れない。だが、それをムリヤリ補正し、且つ個々の人文情報学関連
プロジェクトが持つ意義をそれなりに認識したうえでもなお、「人文情報学ってこ
のままで進んで行っていいの?」みたいなモヤモヤ感は拭えない。

 何がモヤモヤ感の根っこにあるんだろう?と考えてみると、「人文情報学」の内
部で、人文学と情報工学の間のテリトリー争いが半ば無意識のうちに進行してしまっ
ている状況に起因しているのでは、というところに思いあたる。「文理融合」「学
際コラボ」などと言えば聞こえはいいが、実際のところ人文学サイドと情報工学サ
イドが、目指すところを十分に共有しないままそれぞれのマインドセットに囚われ、
「人文学的“自称”人文情報学」と「情報工学的“自称”人文情報学」が並立して
いるのが現状ではないかと筆者には思われるのである。

 事実として、人文学と情報工学とでは研究成果のアウトプットについての認識に
大きな隔りがあることは否定できまい。そして、ここに両者の人文情報学への関わ
り方の違いが現われてくる。人文学では、研究手法はあくまで手法であって研究の
最終目的ではない。したがって、人文学者の立場から見た人文情報学では、文献そ
の他の資料分析をエンハンスするために必要なツールの有効利用という側面が重視
されがちである。一方、情報工学側からすれば、モノつくり的なチャレンジに重点
が置かれることになり、結果として分析対象の選択は、場合によっては二次的なファ
クターに過ぎないということにもなりかねない(これは少々乱暴な単純化だが、一
応具体的な事例を念頭に置いて書いている。また、本メルマガ創刊号(*1)の後藤
氏による指摘に通ずるところもあろう)。換言すると、人文学者は現実のニーズに、
情報工学者は新規性へのモチベーションに基づいて人文情報学に関与する傾向があ
ると大雑把には言えるのではないだろうか。

(*1)人文情報学月報 創刊準備号 バックナンバー
http://archive.mag2.com/0001316391/20110729202802000.html

 人文学者のニーズと情報工学者のモチベーション-言うまでもなく、この両者は
必ずしも相容れないものではない。とは言え、マインドセットの垣根を越えて両方
をバランス良く活かすのは、「人文情報学」という言葉が表面的に想起させるほど
簡単なことではなさそうだ。だが、日本における「人文情報学」を単なるバズワー
ドに終わらせないためには、「人文」「情報」間の協力関係のあり方を常に反省し
つづける必要がある。では、どのような関係が理想的なのか。もちろん、ここで答
えを出そうなどとは毛頭考えてはいないが、思うところをほんの少しばかり述べて
みたい。

 「必要は発明の母」という言葉があるが、現実には「不必要は発明の母」とでも
言い換えたほうが適切なケースがある。あっても無くてもどうでもいい(あるいは
明確に無意味な)付加機能を、あたかも有益・必要不可欠であるかのように見せる
マーケティング手法はしばしば用いられるものだ。「付加機能=付加価値」という
等式は常に成り立つとは限らないが、この混同を利用したトリックは時として絶大
な威力を発揮する。その典型的な例が、一時流行したもののいまや流石に廃れてし
まったマイナスイオン家電の類だろう。メーカー技術者・営業マン・消費者が形成
する自己欺瞞のトライアングルが、マイナスイオンと称する実体不明どころか実在
すら怪しいモノ(いや、「モノ」ですらないな)を万能のナニカに祀り上げていっ
た当時の状況は、今となっては実に馬鹿馬鹿しいと言うほかない。唯一ポジティブ
な影響として残ったのは、「ニセ科学」という概念が多少なりとも一般に浸透した
ことぐらいだろうか。

 さて、なぜここで唐突にこんな話をするのか。もちろん、人文情報学が「ニセ科
学」だなどと言いたいわけではない。だが、人文情報学がヘンな方向に向うような
ことにならないための教訓が、マイナスイオンを巡るドタバタから引き出せそうな
気がするのだ。

 メーカー技術者と情報工学、消費者と人文学という対比を考えてみる。マイナス
イオンのケースでは、一方で新規性にチャレンジする「技術者魂」とでもいうべき
ものが暴走し、また一方にはなんとなくご利益のありそうな、しかし根拠の無い触
れ込みに踊らされる消費者があり、そして欺瞞のフィードバックを増幅する家電営
業マンが両者の間に介在する構図が見られた。翻って人文情報学における情報工学
と人文学の関係に目をやると、情報工学側が提示するソリューションを人文学側が
正しく評価できているか、それが人文学にとって意味があるか無いか本当に判断で
きているか、また逆に、情報工学側が人文学が真に必要としているものを理解して
いるか等々についての反省を忘れてはいないか疑問が残る。人文学側がそのニーズ
を情報工学側に対し的確にコミュニケートし、情報工学側が真摯に人文学に向き合
い、人文学を単なる実験のネタ扱いすることなく新たなソリューションを提示する
関係が構築できなければ、情報工学は人文学にとって付加価値ではなく単に無意味
な付加機能に終わってしまうだろう。また、その一方で、真に有益な情報工学的ソ
リューションを見逃さないだけの見識が人文学側になければ、これまた不幸なこと
である。

 つまるところ、正直な技術者と賢い消費者とがあってはじめて健全な市場が成り
立つように、情報工学と人文学の両サイドにおいて相手側の領域に関する一定レベ
ル以上のリテラシーがあってはじめて人文情報学は成り立つのだというまったく月
並な結論に落ち着くわけだが、その実現はそうたやすいものではないかも知れない。
だが、人文情報学というディシプリンの健全な発展を願う我々としては常に目標と
して肝に命じていたいものである。

 とりとめの無い文章になってしまい恐縮であるが、現実のニーズと新規性へのチャ
レンジが出会う場としての人文情報学に期待しながら、心の奥底でモヤモヤした懐
疑を抱きつつこんなことを考えている次第である。

執筆者プロフィール
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苫米地 等流 (とまべち とうる) 人文情報学研究所・主席研究員、文学博士(ロ
ーザンヌ大学) ローザンヌ大学助手・オーストリア科学アカデミー研究員などを
経て現職。専門はインド仏教学。八世紀以降の密教文献を中心に研究。近年は主と
してチベットに現存するサンスクリット仏教写本の研究に力を入れている。

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◇人文情報学イベントカレンダー(■:新規イベント)

【2012年6月】
□2012-06-04(Mon)~2012-06-08(Sun):
Digital Humanities Summer Institute
(於・カナダ/Victoria)
http://www.dhsi.org/

□2012-06-12(Tue)~2012-06-15(Fri):
The IS&T Archiving Conference
(於・デンマーク/Copenhagen)
http://www.imaging.org/ist/conferences/archiving/

□2012-06-12(Tue)~2012-06-15(Fri):
2012年度 人工知能学会全国大会 第26回「文化、科学技術と未来」
(於・山口県/山口県教育会館)
http://www.ai-gakkai.or.jp/conf/2012/

□2012-06-15(Fri)~2012-06-17(Sun):
GeoInformatics 2012
(於・中国/香港)
http://www.iseis.cuhk.edu.hk/GeoInformatics2012/

【2012年7月】
■2012-07-02(Mon)~2012-07-06(Fri):
Digital.Humanities@Oxford Summer School 2012
(於・英国/Oxford)
http://digital.humanities.ox.ac.uk/dhoxss/

□2012-07-07(Sat):
情報メディア学会 第11回 研究大会
「重なり合う実空間と電子空間:ラーニングコモンズ×ディスカバリサービス」
(於・東京都/筑波大学 東京キャンパス)
http://www.jsims.jp/kenkyu-taikai/yokoku/11.html

□2012-07-16(Mon)~2012-07-22(Sun):
Digital Humanities 2011
(於・ドイツ/Hamburg)
http://www.dh2012.uni-hamburg.de/

【2012年8月】
■2012-08-04(Sat):
情報処理学会 第95回 人文科学とコンピュータ研究会発表会
(於・京都府/京都大学地域研究統合情報センター)
http://jinmoncom.jp/

【2012年9月】
□2012-09-03(Mon)~2012-09-08(Sat):
Knowledge Technology week 2012
(於・マレーシア/Sarawak)
http://ktw.mimos.my/ktw2012/

□2012-09-04(Tue)~2012-09-06(Thu):
FIT2012 第11回 情報科学技術フォーラム
(於・東京都/法政大学 小金井キャンパス)
http://www.ipsj.or.jp/event/fit/fit2012/

□2012-09-06(Thu)~2012-09-08(Sat):
State of the Map 2012; The 6th Annual International OpenStreetMap Conference
(於・東京都/会場未定)
http://www.stateofthemap.org/ja/about-ja/

□2012-09-06(Thu)~2012-09-08(Sat):
Digital Humanities Congress 2012
(於・英国/Sheffield)
http://www.sheffield.ac.uk/hri/dhc2012

□2012-09-15(Sat)~2012-09-17(Mon):
2nd symposium - JADH 2012
(於・東京都/東京大学)
http://www.jadh.org/jadh2012

□2012-09-18(Tue)~2012-09-22(Sat):
GIScience 2012 7th International Conference on Geographic Information Science
(於・米国/Columbus)
http://www.giscience.org/

【2012年10月】
■2012-10-06(Sat):
三田図書館・情報学会 2012年度研究大会
(於・東京都/慶應義塾大学 三田キャンパス)
http://www.mslis.jp/annual.html

□2012-10-25(Thu)~2012-10-26(Fri):
The 5th Rizal Library International Conference:
"Libraries, Archives and Museums: Common Challenges, Unique Approaches."
(於・フィリピン/Quezon)
http://rizal.lib.admu.edu.ph/2012conf/

【2012年11月】
■2012-11-01(Thu)~2012-11-04(Sun):
37th Annual Meeting of the Social Science History Association
(於・カナダ/Vancouer)
http://www.ssha.org/annual-conference

■2012-11-07(Thu)~2012-11-10(Sat):
Annual Meeting of the TEI Consortium
(於・カナダ/Texus)
http://www.tei-c.org/Membership/Meetings/2012/

■2012-11-17(Sat)~2012-11-18(Sun):
情報処理学会 人文科学とコンピュータシンポジウム「じんもんこん2012」
(於・北海道/北海道大学)
http://jinmoncom.jp/

■2012-11-17(Sat)~2012-11-18(Sun):
第60回 日本図書館情報学会研究大会
(於・福岡県/九州大学箱崎キャンパス)
http://www.jslis.jp/

■2012-11-20(Tue)~2012-11-22(Thu):
第14回 図書館総合展
(於・神奈川県/パシフィコ横浜)
http://2012.libraryfair.jp/

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人
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小林雄一郎(大阪大学大学院言語文化研究科/日本学術振興会特別研究員)
瀬戸寿一(立命館大学文学研究科・GCOE日本文化デジタルヒューマニティーズ拠点RA)
佐藤 翔(筑波大学図書館情報メディア研究科)
永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所)

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◇イベントレポート
「デジタル・ヒューマニティーズ・ケルン対談2012」
http://www.cceh.uni-koeln.de/events/CologneDialogue
(Espen S. Ore:オスロ大学言語学スカンジナビア学科デジタル文書部門)

訳:永崎研宣(人文情報学研究所)

 2012年4月23~24日、ケルン大学ケルンeHumanitiesセンターのManfred Thallerに
より、Digital Humanities(DH)に関するワークショップが開催された。これは約60
名の研究者に限定された招待制の会合であり、12名が議論の糸口となるポジション・
ペーパーを提供した。ほとんどのセッションでは、多少の対立を含む二つのポジショ
ン・ペーパーが採り上げられていた。それらのポジション・ペーパーと発表に使っ
たスライドはワークショップのWebページから閲覧できるようになっている。

http://www.cceh.uni-koeln.de/events/CologneDialogue

 このワークショップでは、複数のトラックが並行して行われているようだった。
そして、考えるための資料が提供されていたのは良いことであった。一方のセッショ
ンでは、DHが個別の分野として存在しているのかどうか、それは本当に存在すべき
なのかどうか、といった基礎的な議論が行われ、同時に、もう一方のセッションで
は、具体的にDHの様々な側面に入り込み、そして、全体的な問いへと再び戻ってい
くような議論を展開していた。DHとは何か、そして、我々はそれがどうあるべきだ
と思っているのか。少なくとも三つの発表がGoogle Books n-gramsを活用していた
ことは、これらの議論に対する暗黙の批評になっているという意味で注目に値する。
Googleのような商業ベースのデータやツールは、ケルンの研究会ではテーマになら
なかったが、今後のイベントでは検討されるべきだろう。もう一つ、注目に値する
のは、研究会の間、コメントや断片的な情報がツィートされていたことである。こ
れらはすべて、たとえばTopsy等のWebサイトで、ハッシュタグ#cologneDialoguesで
閲覧できる。

http://topsy.com/s?q=%23cologneDialogues&type=tweet&window=a

また、たとえば以下のように、他にもいくつかのレポートがWebで参照できる。

http://www.unipa.it/paolo.monella/lincei/cologne_report.html

 Manfred Thallerは、ワークショップの冒頭、「DHは基本的な方針や基盤を持って
いるか?」という基本的な問いを投げかけた。キングス・カレッジ・ロンドンの
Willard McCartyは、DHが実際に基本的な方針を持っているということを示そうとし
た。彼は、DHと人間の文化が作り出したものとの間にある関係が、人文学と人間と
の関係と比較し得ると提示した。同時に、DHのデジタルの側面をインフラとみなす
ことに関しては歴史的伝統があるとした。McCartyは、モデリングがDHの基礎的な活
動になるという状況が実現することによって解放されるものがあるという期待を表
明していた。

 DHとは何か、そしてその役割や可能性とは何かを議論するには、それがどんな実
践を含むものかを知ることもまた重要である。トリニティカレッジ・ダブリンの
Susan Schreibmanは、Webでも閲覧可能な『デジタル・ヒューマニティーズ入門
Companion to Digital Humanities』の構成について発表を行った。

http://www.digitalhumanities.org/companion/

 非常に注目すべき点として、彼女はその入門書の新バージョンが計画されている
ことに言及した。

 Domenico Fiormonte(ローマ トゥレ大学)は、発表の中で、それまで研究会で支
配だった調和的な雰囲気に少々水を差した。彼が示したのは、統計を用いて、DHが
いかに文化的にも人間的にも狭いグループの中で議論され組織されているか、それ
も、主に、ヨーロッパの北の方と北米、そして、主に共通語として英語を使ってい
るグループに限定されているか、ということであった。そして、この会議のWebペー
ジでも見られるように、このプレゼンテーションにはすでに批評がつけられている。

http://www.cceh.uni-koeln.de/events/CologneDialogue/Controversy2

 初日の最後の議論はグラスゴー大学のJeremy Huggettとハンブルク大学のJan
Christoph Meisterの間で行われた。Huggettは、考古学者を一つのグループとして
見ると、他の人文学分野の研究者との高度なコラボレーションを行っていたという
よりは、むしろ、彼ら自身の、いわば、デジタル考古学を開発し議論してきた、と
主張した。Meisterは文献学者の観点から語り、DHが伝統的な人文学者に容易に受け
入れられない理由の一つは、分野横断的に活動しているという点であると指摘した。
彼はそれをスライド( http://www.cceh.uni-koeln.de/files/Meister%20Slides.pdf
の中の一枚で述べている。

 『DHは共有された一つの方法論という「耐えがたい明るさ」を伝統的な分野に突
きつけている。
 DHは「デジタルな概念化」という新たな一つの共通語の利用を通じてコミュニケー
ションの機会を提供している。
 DHは伝統的な分野を特徴付けるすべての側面にまたがって影響を与えている。そ
れは、分野のアイデンティティを否定することになっている。』

 2日目に入ると、議論はより実践的な方向へと切り替わったようだった。最初の議
論は筆者も参加したので可能であれば他の人に批評してもらうべきなのだが、テキ
ストエンコーディングとマークアップに関するものだった。二人の登壇者は、クイー
ンズランド工科大学のDesmond Schmidtとオスロ大学のEspen S. Ore(筆者)だっ
た。両者は、スタンドオフエンコーディング(訳注:テキスト本文にXMLでマークアッ
プを行う際に、本文中に直接タグを記述する従来型の方法(インラインエンコーディ
ング)ではなく、本文とは別の箇所にタグを記述しつつ個々のタグが本文の該当箇
所を参照するように記述する手法)が良いという点で一致した。しかし、Oreは、不
可知論者であった。すなわち、インラインエンコーディングが良い時もあればスタ
ンドオフエンコーディングが最良である時もある。そして、二つのアプローチは連
携することもできる、という立場であった。一方、Schmidtは新しいツールを提案し
たが、それは、テキストの異読情報に関して、たとえば今日TEIで行われているよう
な簡単にできる方法に比べて、より知的なエンコーディングと閲覧を可能にする手
法で文書の蓄積とエンコーディングを行うものであった。

 Sheila Anderson(キングス・カレッジ・ロンドン)とJoris J. van Zundert(オ
ランダ王立芸術科学アカデミー)は、小さな独立したプロジェクトに対する大きな
インフラ的なプロジェクトの相対的な重要性について意見が対立した。彼らの発表
はかなり長い議論となったが、筆者の最終的な印象では、大きなインフラ的なプロ
ジェクトがあらゆる研究資金や研究資源を使い果たしてしまうべきではないという
ことは重要であるにせよ、両者は一定の役割を担っていると改めて感じた。

 2日目の3番目の議論では、DHとその役割に関する、いくつかの非常に興味深く明
らかに異なる観点が提示された。Henry M. Gladney(独立研究者)によるポジショ
ン・ペーパーから概要の箇所を丸ごと引用してみよう。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  我々は、DHと言われるものが、文学や科学、コンピュータ科学、土木科学といっ
 た既存の研究分野、あるいは、古代史や核物理学のような特化された専門分野と
 同等の伝統的な基準を満たすことができていないということを主張する。この議
 論では、主観的な理論よりも実用的な側面に力点を置き、DHの支持者達の研究上
 の基本方針に関する状況が、財政的な支援に値しないということを主張するため
 に、長期間のデジタル保存を例として用いる。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 Helen R. Tibbo(ノースカリフォルニア大学)は次のように切り出した。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  どのようにして、理論が実践に情報を与え、実践が理論に情報を与えるのか?
 このバランスは、研究分野に実践者を関連づけ、研究者にとって活気ある状態を
 保ち、学界にとって全体的に有益である。しかし、時としてそれは、どちらの側
 であっても、純粋主義者にとってはやっかいである。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 この議論では、特別に招待されたコメンテーターとしてChaim Zins(Knowledge
Mapping research)も参加していた。Chaim Zinsは概要の中で次のように述べてい
る。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  DHは三つの構想を持っている。一つは、人文学におけるデジタル技術を用いる
 様々な側面を取り込むべく、概念の範囲を広げていくというものである。二つ目
 は、人文学のメタ知識にむけて概念の範囲を狭めていくというものである。三つ
 目は、人文学において知を仲介することに対して柔軟に対応していくことである。
 これらの構想はいずれも、ある特定の分野の知識を構成するものではない。それ
 にも関わらず、それらは共通の問題を研究するためのアカデミックな枠組みとなっ
 ているのである。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 これらの発表に続くやや熱い議論の後、ポツダム応用科学大学のHans-Christoph
Hobohmによるポジション・ペーパーに続く議論でこの日は終了した。Hobohmはデジ
タル図書館について発表し、ユーザーに文書を提供するという静的な図書館のモデ
ルについてのみ考えてしまうという過誤を指摘した。むしろ、デジタル図書館は人
間同士の交流にとっての新しい可能性を活用すべきである、ということであった。

Copyright(C) Espen S. Ore 2012- All Rights Reserved.
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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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 人文情報学月報第10号を無事に発行することができました。創刊準備号も含める
と、11号目となりますが、これまでに集まった寄稿文やイベントレポートの本数を
数えただけでも十分に人文情報学の盛り上がりを感じることができますね。この盛
り上がりに対して、冷静に人文情報学の真価を見極めようとする巻頭言の文章が、
第10号という節目にとてもぴったりだと感じています。
 人文情報学月報では今後も、さまざまな立場からのご寄稿を掲載していきたいと
思います。

◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちして
います。
情報提供は人文情報学編集グループまで...
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人文情報学月報 [DHM010] 2012年5月30日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【E-mail】info[&]arg-corp.jp [&]を@に置き換えてください。
【サイト】 http://www.dhii.jp/

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