ISSN 2189-1621

 

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DHM 091【中編】

人文情報学月報/Digital Humanities Monthly


人文情報学月報第91号【中編】

Digital Humanities Monthly No. 091-2

ISSN 2189-1621 / 2011年8月27日創刊

2019年2月28日発行      発行数796部

目次

【前編】

  • 《巻頭言》「漢籍の書誌データと利用者タスク
    木村麻衣子慶應義塾大学文学部
  • 《連載》「Digital Japanese Studies 寸見」第47回
    東京大学附属図書館アジア研究図書館・漢籍・法帖資料のFlickr公開停止に触れて
    岡田一祐国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター
  • 《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第11回
    Trismegistos:紀元前8世紀から紀元後8世紀までのエジプト語・ギリシア語・ラテン語、シリア語などの文献のメタデータや関連する人名・地名などのウェブ・データベース群、および、Linked Open Data のサービス
    宮川創ゲッティンゲン大学

【中編】

  • 《連載》「東アジア研究と DH を学ぶ」第11回
    「オープン」に関わるイベントで思うことなど
    菊池信彦関西大学アジア・オープン・リサーチセンター
  • 《連載》「Tokyo Digital History」第9回
    多言語史料の TEI 化:16世紀の銀山史料の比較研究を事例に
    佐治奈通子東京大学大学院人文社会系研究科
  • 特別寄稿「Gregory Crane 氏インタビュー全訳(第2回)
    小川潤東京大学大学院人文社会系研究科

【後編】

  • 特別寄稿「著作権法改正で Google Books のような検索サイトを作れるようになる?
    南亮一国立国会図書館関西館
  • 人文情報学イベントカレンダー
  • 編集後記

《連載》「 東アジア研究と DH を学ぶ」第11回

「オープン」に関わるイベントで思うことなど

菊池信彦関西大学アジア・オープン・リサーチセンター特命准教授

大学では学期末を迎え、毎週のように様々な研究会やイベントが開催されている。本号では、筆者の参加したそれらのイベントのうち、「オープン」に関わる内容のものを2つ紹介したい。

1つ目は、関西大学を会場に開催された、漢字文献情報処理研究会第21回大会である[1]。 そのセッション2「学術著作物の投稿と契約」では、小島浩之(東京大学大学院経済学研究科講師)が、某団体からの原稿執筆依頼と著作権譲渡の手続きをめぐる疑問から、このセッションを企画したと趣旨説明が行われた。 そして、報告1「学術著作物に関する著作権契約の実態と問題点:原著作者の立場から」では、矢野正隆(東京大学大学院経済学研究科助教)と小島が、「学会名鑑」掲載の学協会の投稿規定を調査し、特に著作権の譲渡に関わる記述の分析について報告した。 矢野らは「掲載論文の著作権は○○学会に帰属する。」という規定が著作権譲渡を定めた規定の典型例と紹介しつつも、そこでいう「著作権」とは著作者人格権のことなのか、それとも著作財産権のことなのかが不明であると指摘した。 その他に、著者が著作権譲渡をしたくない場合の規定や、著作者人格権の不行使、紛争解決にあたっての対応等の規定について、複数の学会の投稿規定を比較しつつ現状と疑問点を報告した。

次に石岡克俊(慶應義塾大学大学院法務研究科教授)が、「学術論文の投稿と契約」と題し、矢野らの調査結果を踏まえて、法学者の観点から投稿規定が抱える問題点を指摘した。 例えば、先ほど「典型例」として紹介された規定は、「譲渡の対象を特定しない著作権の譲渡(包括譲渡)はありえない」ものであり、「契約無効の可能性」があるという。 そのほか、法人格のない学会は団体として契約当事者となることはできず、そのために著作権を論文著者から譲渡されることはできないとも指摘する。 人文系の学会組織に多いケースであり、この点注意が必要だろう。 なお、法人格のない学会の場合には、その代表者たる自然人(例えば会長等)が契約当事者とな流べきであり、規程でその点を明記する必要があるとも論ぜられた。 石岡はさらに、そもそも投稿規定が、学会から著作者に対し一方的な契約関係を強いる附合契約であることを問題視し、両当事者による自由な意思に基づく交渉・協議が行われるための定めを入れておく必要があるという点などについて述べた。

近年、学会誌のバックナンバーのデジタル化やオープンアクセス化のために、著作権譲渡をウェブサイトで呼び掛けるケースが散見されるように思う。 個々の論文著者に対して著作権譲渡等の問い合わせをすること自体が困難な学会は、例えば史学研究会のようにオプトアウト方式で[2]、すなわち問題があれば指摘してほしい、指摘がなければ譲渡を認めたものとするといった方式を採用する場合がある。 このようなケースについて、質疑応答で筆者が質問したところ、やはり実施の際には弁護士等にあらかじめ相談したほうがよさそうだという回答であった。このセッションはディスカッションも盛んで、学会長や学会誌の編集担当らが集まる場所で、改めて開催してほしいと思うほど、有意義な内容であった。

2つ目のイベントは、2月13日に京都大学附属図書館で開催された、平成30年度国立大学図書館協会近畿地区助成事業「オープンサイエンス時代の大学図書館—これから求められる人材とは—」[3]である。1つ目が—やや強引な言い方をすれば—オープンアクセスに関わるようなテーマだったが、こちらは特にオープンデータあるいは研究データ管理が主たるテーマとなった。

最初の講演は、竹内比呂也(千葉大学附属図書館長、アカデミック・リンク・センター長)による「オープンサイエンス時代の大学図書館:教育、研究のパートナーになるために」であった。 竹内は、政策レベルでのオープンサイエンスの動向を述べた後、それが大学図書館の動向(例として言及されたのは国立大学図書館協会ビジョン2020)の示す方向性と基本的な齟齬はないとの現状認識を示した上で、研究データ管理に大学図書館として関与せねばならないと述べた。 その一方で、研究データ管理は大学図書館だけで担えるものではなく、学内組織と大学図書館との連携が必要だと論じた。また、データドリブンな研究活動が進められる現状に対して、大学図書館のサービスは機関リポジトリをその中核に据えて、再度サービス全体を構築しなおす必要があるとも訴えた。

梶田将司(京都大学情報環境機構教授、アカデミックデータ・イノベーション ユニット長)は、「アカデミックデータマネジメント環境での図書館員の役割」というタイトルのもと、京都大学での研究データ管理に関わる活動として2017年11月から進められている、学際融合教育研究センターアカデミックデータ・イノベーションユニット(通称「葛ユニット」)の活動について紹介を行った。 特に、学内の基礎調査を経て、京都大学内にどのような研究データがあるのかを示す研究データマップと、研究データ管理の成熟度モデルなどを作成しているとのことである。これらの詳細については、2月28日に京都大学で開催予定のワークショップで報告する予定とのことで、筆者もこれに参加する予定である。

最後に、山中節子(京都大学附属図書館学術支援課長)は、「大学図書館によるオープンサイエンス支援:国内事例を作る」として、京都大学附属図書館におけるオープンサイエンスの検討状況と取り組みを報告した。 同館では、研究データのうち、まずは論文のエビデンスデータを対象として、公開に向けた検討を進めているとのことであった。 しかし、学内での研究データ管理や公開のための方針が定まるまでの間にも、利用者からはすでに研究データの公開に関する問い合わせが届いているとのことで、同館では利用者への情報提供を行うウェブサイトを学内向けに作成しているとのことであった。 京都大学のように充実した組織基盤を有する大学であっても、オープンサイエンス支援のためには、研究データの公開以外にも大学図書館が取り組むべきオープン化のための課題が山積しているとして、参加者へ連携を呼び掛け、講演は終了した。

その後の質疑応答では、筆者としてはいささか憂慮するような発言が飛び出した。 筆者から、オープンサイエンスの一つの特徴である大学の「外」へのデータ提供については、大学図書館としてどのように取り組むのかを尋ねたところ、竹内から、大学図書館の利用者は学生と教員であって、一般市民は想定しておらず、仮にデータ提供するとしてもそれを行うのは県立図書館等の公共図書館の役割であり、求められれば大学図書館が公共図書館へ協力することはありうるとのことであった。 京都大学所属の残り2名の講演者からも、一般市民へのデータ提供に関しては積極的な姿勢は感じられなかった。 まずはアカデミックな利用を想定してオープンにし、そのオープンなデータが結果的に一般市民に恩恵を与え得る(それでも当初から意図的に提供することはない)という考えだと思われる。

ところで、筆者の関心のひとつにパブリックヒストリー(Public History)という研究・実践分野がある。 パブリックという名前の通り、歴史学の知や研究活動を市民(パブリック)へと開いていく活動やそれを研究する分野である。これは歴史学だけでなく、パブリックヒューマニティーズ(Public Humanities)としてDHの研究領域の一つにも位置付けられ[4]、人文学の様々な分野でも行われている。 仮にそのような研究活動の一環で、大学図書館のもつ研究データを市民(パブリック)へ提供してほしいと教員が要望した場合、大学図書館としてはどのような対応を執るのだろうかと、質疑への応答を聞きながら考えていた。 サービス提供対象者は学生と教員だけだとして、断られるのだろうか。 それとも、サービス提供対象者からの要望によって、大学図書館のサービス提供対象が市民(パブリック)にも広がるのだろうか。あたかも矛で盾を突くようなこの事態は、単なる空想ではない。 大学図書館がオープンサイエンスを妨げる盾、いや壁とならないことを、ただ願うばかりである。

[2] 『史林』バックナンバーのリポジトリ掲載に関するお知らせとお願い. 史学研究会. http://www.shigakukenkyukai.jp/repository/index.html,(アクセス日:2019-02-19).
[3] オープンサイエンス時代の大学図書館—これから求められる人材とは—. 京都大学図書系職員研修ページ. http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/kenshu/?p=4300,(アクセス日:2019-02-19).
[4] 例えば、DHの国際学会でも、パブリックヒストリーやパブリックヒューマニティーズは投稿テーマに含まれている。
Digital Humanities 2019 : “Complexities” Call for papers. https://dh2019.adho.org/call-for-papers/cfp-english/,(アクセス日:2019-02-20).
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《連載》「Tokyo Digital History」第9回

多言語史料の TEI 化:16世紀の銀山史料の比較研究を事例に

佐治奈通子東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻アジア史専門分野博士課程

はじめに

以前本誌で報告したように、2018年9月に開催された TEI 2018では、Tokyo Digital History が「日本における TEI 準拠のデジタル学術資源の普及を促進する」ことをテーマとしたパネル発表を行った[1]。連載第9回目となる今回は、筆者が担当したパネル第2報告「多言語史料の TEI 化:16世紀の銀山史料の比較研究を事例に」を紹介し、多言語史料の TEI 化の試みと課題について述べる。

1. 報告要旨

第2報告は、様々な言語で書かれた歴史史料を、比較研究・共同研究で利用する際、TEI 化がどのように有効であるかを検討するものである。

筆者は、石見銀山世界遺産センターとの共同研究「16世紀の世界の鉱山比較検討」に携わっており、その中で、「銀の世紀」と呼ばれる16世紀に世界で同時多発的に起こった銀山開発ブームについて比較研究をしている[2]。 対象は、当時世界有数の産銀地域であった、日本の石見銀山、スペイン領のポトシ銀山、オスマン領のクラトヴァ銀山である。これらの銀山に関する史料は、日本語、スペイン語、オスマン語で書かれているが、「16世紀の銀山開発」という共通のテーマを持っており、それぞれの史料中に出てくる鉱山用語・数字・計量単位などを比較することは非常に有意義である。 これまでの鉱山史研究では、史料言語の違いから、一地域を超えた世界的な銀山開発の状況を明らかにする試みはなされてこなかったが、共同研究を行うことにより、史料言語の差異を乗り越え、16世紀の銀山開発の様子を面で理解しようとする点が、本研究の大きな特色である。

このような試みにおいて、共同研究で用いる多言語史料をTEIガイドラインに準拠して構造化することは、異なる言語・文字で書かれた情報を共通の形式で記述し直して互いに比較可能な形にし[3]、データベース構築や可視化、テキスト分析など[4]、今後の比較研究をさらに発展させる素地を整えることにつながる。 これは、今はまだない世界の鉱山史のデータベース作成の基礎作業となるだろうし、今後他の鉱山史料の情報を集積するプラットフォーム作りに貢献できるものと考える。

以上のことを踏まえ報告では、石見銀山世界研究センターとの共同プロジェクトについて紹介し、多言語史料マークアップを共同研究で行う際に生じた問題と、それについての対応を、暦と銀の納付額を具体例にとりながら紹介した。

2. 多言語史料の TEI マークアップの課題設定

具体例として取り上げた史料は、石見銀山の開発記『石州仁万郡佐摩村銀山之初』と、オスマン朝帝国の財務帳簿のひとつ“Başbakanlık Osmanlı Arşivi, Maliyeden Müdevvel Defter Nu. 149”(以下、MAD.d.149)である。

図1.『石州仁万郡佐摩村銀山之初』
図2. MAD.d.149_no.21

これらの史料は、日本語とオスマン語というそれぞれ異なる言語・文字で書かれているが、16世紀半ばの銀山からの納税額について記述されているという共通点を持つ。 このことから今回は、この2つの史料に記述された情報について、暦と納税額の2点に着目し、統一的な形式で TEI マークアップすることを課題とした。

歴史史料に記述される異なる文字・暦・単位については、すでに表記の試みや自動変換サービスの提供が行われている。 例えば、“MAD.d.149” の中で使われている、オスマン帝国の財務官僚のみが用いた特殊なスィヤーカト数字は、現在、ISO/IEC JTC1/SC2/WG2に提案されているところであり、将来的にはユニコードで表記できるようになることが期待される[5]。暦については、関野樹が“Time Information System Hutime”というウェブサイトで、様々な種類の暦を変換できる暦変換サービスを提供している[6]。 この変換サービスでは、和暦から西暦への変換のみならず、ヒジュラ暦から西暦への変換、和暦からヒジュラ暦への変換など、複数の暦の横断的な変換サービスが提供されている。単位については、小風尚樹が歴史的な度量衡の体系をマークアップするためのTEIタグセットを提案しており[7]、それについては同パネルの第3報告として提示された。

本報告での取り組みは、これらの規格やツールを適宜利用しながら変換した情報や記述方法を、TEIマークアップの中に取り入れることで、原語と、誰にでも分かる統一的な基準で記された情報とを、同じ場所に併記することである。 それにより、原語を読めない人でも史料の情報を読み取ることができるし、統一的な基準で記述しておけば比較、データベース化、グラフ化などの処理も容易にできるようになる。 しかも、そのデータベース上での統一的な情報・原語表記・史料上での登場箇所を結びつけて様々な処理をすることも可能になる[8]。

3. 具体事例:暦と銀の納付額のTEIマークアップ

暦の TEI マークアップ

右は和暦で「天文二年癸巳八月五日」と記述したもの、左はヒジュラ暦で「938年第1月21日」と記述したものである。文字や史料についての知識がなければ、判読することができないために暦変換サービスを利用することができず、それぞれ西暦何年に当たるのかを知ることも困難である。 この問題を解決するため、文字を判読した上で暦変換サービスを利用し、変換した情報をTEIで記述することによって、専門知識がない人でも分かるようにする。

作業としては、まずそれぞれの文字を書き起こす。それから暦の情報を読み取り、“Time Information System Hutime”の提供する暦変換ソフトを使って西暦に変換する。“att.datable.w3c”の @when 属性を使って[9]、それぞれの暦が、和暦とヒジュラ暦であること、西暦でそれぞれ1533年9月3日と1531年9月4日に当たることを記述する。 ここでの日付の記述ルールは、ISO や W3C で定められている「YYYY-MM-DD」に準拠することがTEIガイドラインで定められているため、それに従っている。

このようにTEIに準拠して変換結果を記述することで、史料の利用者は実際の記述を確認しつつ西暦に統一して出来事を理解することができる上、データベースを作成する際にもこの実際の表記と西暦とを併記しつつ、その前後の文脈まで戻って確認できるようにする仕組みが可能となるため、研究上の有効性も高い。

納税額の TEI マークアップ

納税額の TEI マークアップにあたっては、納税の詳細に十分注意する必要がある。 それぞれの地域・時代によって、度量衡、納税する素材、価値などが異なるためである。それらの違いについて、可能な限り実際の記述に即して正確に記述すること、また統一的・比較可能な形で記述することが重要である。 この事例では、前述の1533年に石見銀山で1年間に100枚の銀貨が、1531年にクラトヴァ銀山で3年間に1,200,000枚の銀貨が納税された記録を扱う[10]。

まず該当箇所に対し、<measure>タグを使用する。その上で、いくつかのアトリビュートを使用して、納税の詳細を記述する。まず、これが納税額であることを「type」アトリビュートを使って「type=“tax”」と示す。 次に、それぞれ異なる納税期間を「term」アトリビュートを使って「term=“1”」「term=“3”」と示す。そして、単位がそれぞれ「枚」「akçe」であることを「unit」アトリビュートを使って「unit=“#枚”」「unit=“#akçe”」と示す。納税の材料が銀であることを「commodity=“silver”」で示す。 これに加えて、同じアトリビュートの中に、原語での表記「銀」「nuḳre」を示すことで、各原語同士を容易にリンクできるようにする。尚、オスマン語史料の納税額1,200,000アクチェは、実際にはスィヤーカト数字で書かれており、上述のように、将来的にはユニコードで表記できるようになることが期待される。

TEI ヘッダーへの追記

次に、TEI ヘッダーに、この当時の各地の銀貨1枚の重量を記述する。この情報を付加することにより、情報を見た人が自分で銀重量をグラム換算することができるだけでなく、XML の参照の仕組みを用いてこの情報を使った自動換算もできるようになる。

たとえば、前節「納税額の TEI マークアップ」の例における「unit=“#枚”」は、XML の ID 参照として「枚」という ID のついたエレメントを指しているため、ここでの「xml:id=“枚”」を参照することで、それをグラム換算した(toUnit=“#g”)の値を「fomula=“160.648”」として確認することができる[11]。

石見銀山では1年間で銀貨100枚を納めるが、この当時銀貨1枚は160.648グラムだったので[12]、100 × 160.648 = 16064.8となり、年間の納付銀重量は、約16キログラムであったことが分かる。 クラトヴァ銀山では、3年間で銀貨1,200,000枚を納めていたことが前出のマークアップ情報から読み取れるので、石見との比較のために1年分の枚数を求める。この当時銀貨1枚は0.731グラムだったので[13]、1,200,000 ÷ 3 × 0.731 = 292,400となり、年間の納付銀重量は約292キログラムであったことが分かる。

おわりに

多地域・多言語の史料を扱うグローバル・ヒストリーにおいては、時代的・地域的差異を含む情報を比較できるように統一的に表現する必要がある。 そのために必要な、ユニコードや暦変換サービスなどは整えられつつあるので、今後は、それらの情報をスムーズに共有できるようにすることが課題であり、ここまでみてきたように、TEI はそれにあたって有益な手法の一つだろう。 TEI によるマークアップはやや迂遠にみえるかもしれないが、原文との対応づけを機械的に処理しながら正規化されたデータを扱うことができるという点で、一次史料が重要な学問においてはメリットが大きい。 それができるようになれば、原語が読めない人でも史料の理解が可能になり、共同研究がさらに発展することが期待される。

[1] 小風尚樹・小風(山王)綾乃「《連載》Tokyo Digital History 第5回 Tokyo Digital History 2.0へ:JADH・TEIパネル報告によせて」『人文情報学月報』第86号【後編】(2018年9月)
[2] Dennis O. Flynn, and Arturo Giraldez, “Globalization Began in 1571,” Journal of History for the Public 3 (2006): 19–33.
[3] ユニコード外の文字について、相互運用可能(interchangeable/interoperable)な機械可読 (machine-readable/machine-processable)形式のデータ提供については、次のような研究がある:J. Fredell et al., “TEI P5 and Special Characters Outside Unicode,” Journal of the Text Encoding Initiative 4 (2013), available from http://journals.openedition.org/jtei/727 (accessed 18 January 2019).
[4] このような基本的なTEIの発展可能性については、次のような研究がある:J. Cummings, “The Text Encoding Initiative and the Study of Literature,” in A Companion to digital literary studies, ed. Raymond Siemans and Susan Schreibman (Malden, MA: Blackwell Pub., 2007), 451–476, available from http://www.digitalhumanities.org/companion/view?docId=blackwell/9781405148641/9781405148641.xml&chunk.id=ss1-6-6&toc.depth=1&toc.id=ss1-6-6&brand=9781405148641_brand (accessed 29 September 2018).
[5] Anshuman Pandey, “Proposal to Encode Ottoman Siyaq Numbers in Unicode,” https://www.unicode.org/L2/L2017/17348r-ottoman-siyaq.pdf.
[6] Tatsuki Sekino, “Basic Linked Data Resource for Temporal Information,” Proceedings of the 2017 Pacific Neighborhood Consortium Annual Conference and Joint Meetings (PNC): Data Informed Society, 7–9 November 2017, National Cheng Kung University, Tainan, Taiwan, ed. Feng-Tyan Lin et al., 76–82 (Piscataway, NJ: IEEE, 2017), http://www.hutime.jp/.
[7] Naoki Kokaze, “Engi-shiki: Towards an Exemplary Markup Project in Japan,” in Book of Abstracts: The 18th Annual TEI Conference and Members’ Meeting. Tokyo, Japan 9 September 2018 (Tokyo: Center for Evolving Humanities, Graduate School of Humanities and Sociology, The Univerisity of Tokyo, 2018), 250, available from: https://tei2018.dhii.asia/AbstractsBook_TEI_0907.pdf.
[8] TEI によるアクセシビリティの向上については、例えば、以下の文献でも“accessibility for many first-time users”と言及がある。
Maura Ives et al., “Encoding the Discipline: English Graduate Student Reflections on Working with TEI,” Journal of the Text Encoding Initiative 6 (2013), available from http://journals.openedition.org/jtei/882 (accessed 18 January 2019).
[9] TEI Consortium, “att.datable.w3c,” Guidelines for Electronic Text Encoding and Interchange, version 3.5.0, ed. The TEI Consortium (last updated on 29th January 2019), available from: http://www.tei-c.org/release/doc/tei-p5-doc/en/html/ref-att.datable.w3c.html.
[10] オスマン帝国では、鉱山経営は請負に出されることが多く、その契約は通常3年を一単位としていた。そのためこの史料には3年間の納付額が記録されている。
[11] このヘッダーのマークアップについては、小風のパネル第3報告と、GitHub 上の議論(2019年1月時点)を参考にした。“How to encode measurement,” TEIC/TEI GitHub (https://github.com?TEIC/TEI/issues/1707).
[12] 銀の重さについては様々な議論があるが、ここでは銀1枚の重さを43匁として計算を行った(小葉田淳『日本鉱山史の研究』岩波書店、1968)。 また1匁の重さについては、近世の平均値3.736グラムを採用した(岩田重雄「近世における質量標準の変化」『計量史研究』1, no. 1 (1979): 5–9.)。
[13] Ömer Lütfi Barkan, “The Price Revolution of the 16th Century: A Turning Point in the Economic History of the Near East,” Translated by Justin McCarthy. International Journal of Middle East Studies 6, no. 1–4 (1975): 3–28.

執筆者プロフィール

佐治奈通子(さじ・なつこ/東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻アジア史専門分野博士課程)。 Tokyo Digital History のメンバーとしても活動しており、1億5千万点を超える行政文書史料をもつオスマン史研究への人文情報学の活用の可能性と、多言語史料、特に非欧米言語史料の TEI 化に関心を持って活動している。
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特別寄稿「Gregory Crane 氏インタビュー全訳(第2回)

小川潤東京大学大学院人文社会系研究科修士課程
問:今現在、プロジェクトではどのような取り組みを行っているのでしょうか?
答:現在、私たちはギリシア語、ラテン語、そしてあらゆる史料を公開するためのシステムモデルを有しており、これは二つの要素を含んでいます。 そのうちの一つは、増大する史料の内容を説明するデジタル注釈の高密度なネットワークから成るものです。こうした注釈のうち、わかりやすいカテゴリーの一つが、地名です。 歴史は、多くの人がその場所を知らない数多くの地名に言及しますが、もし地名情報を特定し、それをデータベースにリンクすることができれば、システムは地図を表示することができ、それによって利用者は史料が言及する地名がどこに存在したのか確認することができるのです。 これは簡単な事例ですが、非常に明瞭なシステムです。というのも、私はギリシア語の注釈を行うことができ、あなたは日本語の注釈を行うことができる。一方で私は日本語を読むことはできないし、ある人はギリシア語を読むことができない。しかし私たちは皆、地図を見ることはできるのですから。 地図は私たち全員にとって可視の媒体なのです。地名とは異なる種類の注釈としては、テクストの言語的特徴に関する注釈があげられるでしょう。テクスト中の文構造や語義がデジタル辞書に関連付けられることで、文法の基礎的知識さえあれば、本格的に学習したことのない言語(で書かれたテキスト)を扱うことができるようになるのです。 そして、元来のテクストがどのようなものであるかをある程度把握することができるようになります。こうしたシステムは、理論上実現可能であり、多数の言語にローカライズさせることもまた可能なのです。 もう一つの要素は、特定の言語において、例えば翻訳のように、テクストを構成する能力を持つ人材を要するものです。 翻訳を作成するとともに、その翻訳を可能な限り体系的に原典と連結し、加えてあらゆる言語学的情報を包括するシステムである「並列翻訳(align translation)」についてはすでにお話ししました[1]。 そしてここにこそ、各言語の母語話者が必要となるのです。それゆえに私はこのプロジェクトが、地名を特定し、言語学的な注釈を行うのに貢献してくれる人材を世界中で確保することを望んでいるのです。 そうすれば、ある人が中国語、日本語、アラビア語、ドイツ語、英語など、どのような言語を話すのであれ、情報を得ることができるようになります。異なる言語を用いる諸コミュニティーが、各言語の翻訳を発展させていくのです。そしてそれぞれの注釈や研究成果を(他言語のコミュニティーにも)解釈可能にする動きを進めるのです。 つまり、ギリシア語テクストについての注釈や研究を日本やアメリカ、ドイツの利用者にとって理解可能なものにするということです。なぜなら、これら各コミュニティーはそれぞれ異なる問いを有しているのですから。
問:こうした取り組みは、どのようなチームで進められているのでしょうか?
答:今のところ、私を除いてアメリカに2名、ドイツに3名、計5名の常勤スタッフがいます。加えて、その他にも多くのボランティアによる協力者がいます。 私たちのプロジェクトは多くの大学からの協力者を得ており、彼らがまた大学院生をはじめ多くの学生協力者をもたらしてくれます。 私たちのプロジェクトは協力者のネットワークによって成り立っており、同時に様々な研究チームを繋げ、同じプロジェクトで協働することに熱心であると思います。 簡単に言えば、それぞれに異なる問題を把握しようと試みることによって私たちは、他のチームの人々と話すことによってどのように新たな知見を得ることができるかを学ぶことができ、私たちの取り組みの意義をより深く思い知らせてくれるような新たな課題を把握することができるのです。 それゆえこの日本で、私は SAT が何に取り組んでいるのか、どのようなサービスを提供し、どのような史料を扱っているのかをより深く把握したいと思っています[2]。そうすることで、私たちが直面しているいくつかの課題に対しての、これまでとは異なるアプローチの仕方を垣間見ることができるでしょう。 そして理想を言えば、私がどのように仏典のプロジェクトに貢献できるかを考えるとともに、日本の研究者がどのように私たちのギリシア語・ラテン語のプロジェクトに貢献してくれるかを考えたいと思います。そうすることで、(私たちと日本の研究者との間に)新たなネットワークを構築したいと考えています。
問:上で SAT プロジェクトの話が出ましたが、SAT について印象に残った点、感銘を受けた点があれば教えてください。
答:私にとって最も印象深かったのは、SAT が直面している課題と、私たちが直面している課題がいかに似通ったものであるかという点、そしてこちらの人々の SAT に対する考えに触れることで、私がどれほど多くのことを学びえたかという点です。 SAT は仏典を扱っており、いうなれば比較的大規模な史料群を対象としていることになります。思うにその規模は、私が扱うホメロスから6世紀までのギリシア語・ラテン語の史料群、私たちが扱わなければならない膨大な数の史料群に匹敵するものであると思うのです。 このような類似点を踏まえて、私が感銘を受けたのは、コミュニティーの SAT、とりわけ仏典との関わりの深さ、そして、ボランティアがどれほど多大な貢献をこの仕事に対して為したかという点です。 これは明らかに、仏典プロジェクトが仏教の実践、そしてデジタル化とテクスト読解の進展によりもたらされた(宗教的)核心への献身を有効活用できるという事実を反映していると言えるでしょう。 これこそが、SAT を支えるコミュニティーの強みであり、今後、私たちのプロジェクトにおいても醸成していかなくてはならないものです。このような連携の萌芽は、The Homer Multitext Project において活躍したボランティアに見られ、潜在的な可能性は(ギリシア語・ラテン語のプロジェクトにおいても)あると考えています。 しかし私は SAT のプロジェクトを見て、真に潜在的な可能性を見出したのです。SAT プロジェクトの本質的な強みは、それに関わる人々が、仏典の重要性について明確な認識を有している点にあります。 たとえ、そうした人々が仏典を専ら学問的、科学的な視点から扱っていたとしてもです。 この点に関して、私にとって非常に興味深いのは、学問領域と信仰領域、すなわち研究者と仏教の実践者との間に反目が存在するのかという問いです。西洋において学界と宗教の間に敵意と懐疑が存在し、学問領域に属する人々が信仰の実践に対して軽蔑の念さえ抱いているのと同じように。 もちろん、西洋におけるこうした対立には歴史的背景があるのですが、それでもそのような相互の関係性は損失が大きいと私は見ています。 このような関係性は、信仰を実践する人々が私たちのプロジェクトに協力することを困難にしてしまっていますし、それが何かしら建設的であるとも、またこれまでのいかなる場合においても建設的であったとは思われません。 私たちがドナルド・トランプのような人物を大統領に持つことになった理由の一つは、アメリカの多くの人々が、高等教育機関に属する知的エリートたちから除外され、軽蔑されていると感じていたからなのです。 私が思うに彼らは、蔑ろにされた感情の捌け口を求めており、それが大きな損失をもたらし、彼らの専門家、そして学者に対する信頼を失わせてしまうことを可能にしたのです。 西洋における(学界と宗教の)関係性はこのような様相ですが、私は、SAT プロジェクトにおける知的営みの在り方が、そこから多くのことを学べるものなのではないかと期待しているのです。もちろんこれには、仏教が暴力的な負の側面を(西洋と比して)欠いているという要因もあるでしょう。 (西洋では負の側面が顕著であったがゆえに)西洋における思想の形成とはすなわち宗教的権威の否定であったのであり、そのために我々は宗教的な権威から切り離され、もはやこれを尊重する必要も無くなってしまっているのです。
[1] Gregory Crane 氏は本インタビューの前日、2018年7月5日に東京大学本郷キャンパスにおいて特別講演を行っており、その際に「並列翻訳(align translation)」の紹介も行った。詳細は http://static.perseus.tufts.edu/lexicon/ を参照。
[2] SAT については、前註で言及した特別講演において人文情報学研究所の永崎研宣氏が紹介を行った。SAT に関しては、http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/ を参照。
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