ISSN 2189-1621

 

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DHM 093【後編】

人文情報学月報/Digital Humanities Monthly


人文情報学月報第93号【後編】

Digital Humanities Monthly No. 093-2

ISSN 2189-1621 / 2011年8月27日創刊

2019年4月30日発行      発行数796部

目次

【前編】

  • 《巻頭言》「絵と言葉で文化に接続する―「近世期絵入百科事典データベース」の構築と運用
    石上阿希国際日本文化研究センター
  • 《連載》「Digital Japanese Studies 寸見」第49回
    新元号とデジタル・アーカイブ
    岡田一祐国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター
  • 《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第13回
    IIIF に対応したコプト語文献のデジタルアーカイブ(2):フランス国立図書館と Biblissima
    宮川創ゲッティンゲン大学

【後編】

  • 特別寄稿「Gregory Crane 氏インタビュー全訳(第3回)
    小川潤東京大学大学院人文社会系研究科
  • 人文情報学イベントカレンダー
  • イベントレポート「Digital Technologies Expo in AAS2019@デンバー 雑感
    永崎研宣一般財団法人人文情報学研究所
  • 編集後記

特別寄稿「Gregory Crane 氏インタビュー全訳(第3回)

小川潤東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
問:ここからはペルセウスの内容についてお聞きします。 私の知り合いで古代史を研究している何人かの学生にペルセウスの有用性について質問したところ、考古学資料、碑文、パピルス史料などを扱うには十分ではないとの意見がありました。 この点について、将来の展望はいかがでしょうか?
答:現在、ペルセウス電子図書館に碑文やパピルスが多くみられないのは、これらを扱う他のシステムが存在するからです。 例えばパピルス史料に関しては、素晴らしい規模を誇るプロジェクトである Papyri.info が存在し[1]、すべての史料を CC ライセンスに基づいて入手することができます。 加えて、非常に興味深いプロジェクトの一つである DTS(Distributed Text Services)が進行しており、これは CTS(Canonical Text Services)の進化版です[2]。 CTS は、複数の異なる版を持つ文献に関しては非常によく機能しましたが、碑文を扱うための最適化は為されていませんでした。碑文は一回的で単一の史料であり、石碑上の語の位置によって参照され、文献史料のように複数の版を持つ文字媒体の史料ではなく、極めて物質的、物理的な史料です。 それゆえ言うまでもなく、もし碑面の翻刻を入手したのであれば、それは碑文そのものを入手したようなものなのです。それゆえ、DTSはテキストサービスを提供するとともに、CTS のシステムを一般化し、碑文やパピルスをより効率的に扱う方法を模索しています。 このプロジェクトは現在進行形の試みであり、そのために構築された API が存在します。ひとたび私たちがこの API を使用できるようになれば、パピルス、碑文、そして文献史料を単一の空間において結合することが可能になるでしょう。
 私の考えでは、パピルスと碑文を比べれば、パピルスのほうが総数は少ないと思います。そしてパピルス学者は相互に親密な関係、友情とも言うべきものを有しており、相互の連携と共同作業が有効であると信じています。 そのため彼らは、非常に網羅的なシステムを構築することができたのです。一方で碑文学者たちは互いに対抗関係にあることが多く、碑文自体も多種多様な地域から幅広く出土しており、さらに断片的なものも多いのです。 それゆえに私たちは、パピルスと同じような網羅的なシステムを有するには至っていないのです。そしてパピルスがデジタル化され CC ライセンスに基づいて入手可能である一方で、碑文に関しては、自由に閲覧することはできるものの、CC ライセンスに基づくシステムは整っておらず、これがシステムの構築を困難にしています。 これは、時代に遅れた在り方であると言えるでしょう。利用者がライセンスに基づいてデータを取得できるようになれば、コーパスをダウンロードして種々の処理を行うことで、あなた自身のプロジェクトにおいてこれを利用することができるでしょう。
問:次に、ペルセウスが収録する校訂版の問題についてですが、ペルセウスにおいては使用する校訂版をどのような基準で定めているのでしょうか。
答:まず、私たちは無料で使用し、公開できる校訂版を用いる必要がありました。それゆえ当然、著作権の問題から最新版の校訂を使用することは不可能でした。私たちは伝統的な制度、すなわちアメリカにおける著作権制度に従って、1923年以前に出版されたもの、あるいは著者が亡くなってから70年以上を経た版に限って使用してきたのです。 しかし、ドイツでは著作権法は異なります。版権は25年しか保護されておらず、さらに著作権で保護されている版をデジタル化することも許されるのです。もちろん、このデジタル化した版を公開することは許されませんが、私たちは公開可能な版を公開したうえで、最新版と異なる箇所を明示することはできるのです。 それゆえ私たちは、単一の版のみでなく、少なくとも二つの版を含むデジタルライブラリーを構築したいと考えています。それによって利用者は版によってテクストがどれほど異なるのかを知ることができるとともに、実際に見ることはできない最新版と照合することができ、異なる諸版の間に多様な解釈が存在することを実感することができるのです。 そしてもちろん、次のステップがあります。各版の書評を書く際、評者はすべての編集方針をまとめることになっています。もし私たちがこれらの書評をデータとしてシステムにリンクさせることができれば、利用者はすべての編集方針を閲覧することができるようになるのです。
 今週、私はある出版社の方たちとお会いしたのですが、彼らに対して、版権を保護することは近いうちに不可能になるという私の考えをお伝えしました。なぜならデジタル化の流れを止めることはできないからです。 実際、もし私が著作権で保護される版のデジタルデータを持っていれば、私は旧来の版との相違を自動化して公開することもできれば、旧来の版を最新版に書き換えるプログラムを書くこともできるのです。 こうした可能性は明らかに著作権を無意味にしてしまうでしょう。私はいかようにもテクスト間の相違を明示することができますし、これに他の人々も加わって、手動で照合作業を行い、彼らが校訂に関する自らの見解を書き足していけば、結局のところ著作権は有名無実化してしまうでしょう。 それゆえ、本文校訂に関しては近いうちに、ライセンスに基づいて完全に公開されることになるはずです。というのもこれを制限することは不可能だからです。これは大きな変化です。とても大きな変化です。 ドイツにおいては著作権法を改正することが必要ですが、私たちは今まさにこれに取り組んでいます。私たちはドイツ政府に対して、この大きな変化を促進するように依頼したいと考えています。しかしまずは、こうした変化がいかに達成されるのかを示すために、小さな仕事から始めていきます。
問:それが実際に可能になれば、非常に有用だと思います。そのようなシステムはまもなく公開される予定なのでしょうか?
答:その通りです。私はすでに多くのテクストを手にしており、いくつかの文献、例えばソポクレスの悲劇などから着手しようと考えています。すでにいくつかの校訂版を入手しており、それらの間の相違をいかに構造化し、比較し、そして効果的に研究するかを考えていくのです。
[2] 以下でも述べられるような、CTS を補強するサービスとしてのDTSの概要や意義については、https://github.com/distributed-text-services/specifications によくまとめられている。
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人文情報学イベント関連カレンダー

【2019年5月】

【2019年6月】

【2019年7月】

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人

小林雄一郎日本大学生産工学部
瀬戸寿一東京大学空間情報科学研究センター
佐藤 翔同志社大学免許資格課程センター
永崎研宣一般財団法人人文情報学研究所
亀田尭宙京都大学東南アジア地域研究研究所
堤 智昭東京電機大学情報環境学部
菊池信彦関西大学アジア・オープン・リサーチセンター

イベントレポート「Digital Technologies Expo in AAS2019@デンバー 雑感

永崎研宣一般財団法人人文情報学研究所主席研究員

毎年北米で開催されるアジア研究学会(AAS)の研究大会で、2019年はハーバード大学東アジア言語文化学部の Peter Bol 先生が中心となって Digital Technologies Expo が開催された。 おそらく AAS でこのようなイベントが開催されたのは初めてのことだったのではないかと思う。アジア研究におけるデジタル技術活用に関する様々な事例発表と若干のチュートリアルが100人規模の部屋を二日間借り切る形で提供されていた。 筆者の主要な参加目的ではなかったため、残念ながら部分的にしか参加できなかったものの、他の用事がなく体調に大きな問題がない時にはなるべく参加するようにしていた。

登壇者には、ハーバード大学の Donald Sturgeon 氏、ライデン大学の Hilde De Weerdt 氏、 Max Planck Institute for the History of Science の Shih-Pei Chen 氏、 テンプル大学の Marcus Bingenheimer 氏など、 国際的な連携を強めつつあるデジタル中国研究の第一線で活躍する研究者たちが並んでおり、 この分野の盛り上がりを反映したものであった。テーマとしては、インフラやプラットフォームの話、テクスト分析のツール、データベース構築、ソーシャルネットワーク分析、GIS、といったものが採り上げられていた。登壇者の方々は、この発表のためだけに来たというよりは、他に発表等があった上で来ており、こちらではややリラックスした感じで話をしていることが多かったように思われる。 発表内容は、事例発表であったり、入門的な概論であったり、チュートリアルになっている時もあった。ソーシャルネットワーク分析に関しては、近年 DH においてよく用いられているオープンソースのグラフ可視化ソフトウェア Gephi が採り上げられ、教材の提供とともにチュートリアルが行われていた。 ハーバード大学が提供する中國歴代人物傳記資料庫 CBDB をいかにして Gephi に取り込んで分析するか、という話もあった。AAS が対象とするのはアジア全体であり、採り上げられる事例は中国が多かったものの、東南アジア諸国や日本を扱う発表もあり、今回個人的に印象深かったのはカンナダ語のデータベースであった。 登壇者・発表タイトルや概要については公式サイトのプログラムをご覧いただきたい。

おりしも、ハーバード大学と MIT が提供する MOOC、edX で、これを主催した Peter Bol 先生が DH 入門のコースを提供するという情報が入ってきたところである(https://www.edx.org/course/an-introduction-to-digital-methods-for-the-humanities)。 アジア研究もいよいよデジタル技術の活用に本格的に乗り出しつつあるように思えるが、このイベントもまた、その一歩として歴史に刻まれることだろう。

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◆編集後記

今回の巻頭言では、かつて大英博物館で開催された春画展のプロジェクトキュレイターを務められたこともある石上阿希先生に、目録・画像データベースの構築についての幅広いご経験と 画像データベースがもたらし得る可能性への期待について語っていただいております。 着々と構築が進んでいるようで、こちらとしても今後を期待したいところです。

今回は、巻頭言に加えて宮川氏の連載でも IIIF への言及がありました。 IIIF はWebでの画像共有の手法として海外だけでなく日本でもいよいよ一般化しつつあるように思えます。 様々な活用が可能ですので、特に技術系の方は色々な可能性を模索していただくと 面白い展開があるかもしれません。筆者も最近新たに、 手元の画像と IIIF 画像を透過して比較するツールを開発公開したところです。

ところで、いよいよ、メルマガシステムの切り替えとなります。 「まぐまぐ!」のおかげでここまで安定運用しつつ多くの読者の方々にご登録していただけたことには深く感謝しております。 次号からはブラストメールへと移行します。ますますみなさまのお役に立つようなメルマガを刊行して いきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

(永崎研宣)



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