ISSN 2189-1621

 

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DHM 053 【後編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2015-12-28発行 No.053 第53号【後編】 606部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「人文情報学の方法論に基づく歌詞の体系的分析」
 (小林雄一郎:東洋大学社会学部)

◇《連載・最終回》「西洋史DHの動向とレビュー
 -デジタル博士論文のガイドライン ジョージ・メイソン大学歴史学・美術史学研
  究科が発表」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第9回
 「「国文研古典籍データセット(第0.1版)」公開」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー

◇《特集》フランスのDH-スタンダール大学を中心として 第2回
 (長野壮一:フランス社会科学高等研究院博士課程)

◇特別寄稿「フランコ・モレッティから考える文学研究とDHの接続可能性」
 (杉浦清人:東京大学人文社会系研究科現代文芸論専門分野修士課程)

◇イベントレポート
国文学研究資料館「歴史的典籍オープンデータワークショップ
             -古典をつかって何ができるか!じんもんそん2015」
 (橋本雄太:京都大学学院文学研究科博士後期課程)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇人文情報学イベントカレンダー(□:新規掲載イベント)

【2016年1月】
□2016-01-16(Sat)~2016-01-17(Sun):
国際会議「東アジア・日本研究拠点間の国際共同研究に向けて」
(於・京都府/立命館大学アート・リサーチセンター)
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/lib/app/news/pc/000713.html

□2016-01-30(Sat):
情報処理学会 第109回人文科学とコンピュータ研究会発表会
(於・東京都/国立情報学研究所)
http://www.jinmoncom.jp/

【2016年2月】
■2016-02-27(Sat):
人文系データベース協議会 第21回公開シンポジウム「人文科学とデータベース」
(於・京都府/同志社大学 今出川校舎 寒梅館)
http://www.jinbun-db.com/symposium

【2016年3月】
□2016-03-15(Tue)~2016-03-17(Thu):
Nordic Digital Humanities Conference
(於・ノルウェー/University of Oslo)
http://dig-hum-nord.eu/?page_id=352&lang=en

□2016-03-18(Fri):
第27回「東洋学へのコンピュータ利用」研究セミナー
(於・京都府/京都大学人文科学研究所)
http://www.kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/seminars/oricom/

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人
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小林雄一郎(東洋大学社会学部)
瀬戸寿一(東京大学空間情報科学研究センター)
佐藤 翔(同志社大学教育文化学科 助教)
永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所)

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◇《特集》フランスのDH-スタンダール大学を中心として 第2回
 (長野壮一:フランス社会科学高等研究院博士課程)

*グルノーブルにおけるDH研究(1)は2015年11月発行の第52号後編をご覧ください。

■グルノーブルにおけるDH研究(2):「スタンダール手稿」

 グルノーブルはフランス南東部という立地の故、歴史的にフランス=イタリア間
の文化交流の要衝となってきた。現在、グルノーブル住民のおよそ3割がイタリアに
ルーツを持っており、その背景にはルネサンス期から啓蒙期にかけて、イタリアか
らの移住者により地中海規模での交流が行われた歴史的経緯がある。彼らは仕事を
得るためにリヨンなどに赴き、その過程で多くの手稿文書を残した。

 一方、フランス知識人界におけるイタリア趣味の潮流も無視できない。イタリア
は良家の子弟によるヨーロッパ周遊「グランド・ツアー」の定番コースだったこと
もあり、中世以来フランス人の旅情をかきたててきた。例えばバルザックは『サラ
ジーヌ』や『ファチーノ・カーネ』などイタリアを舞台とした異国情緒あふれる作
品を残したし、反ドレフュス派知識人のモーリス・バレスにおいても、イタリア経
験は彼の思想形成に陰影を残した。

 そうした中でも特に著名な人物が、グルノーブル出身の文豪スタンダールである
ことは言を待たない。スタンダールは生涯に渡ってイタリアを愛し、『パルムの僧
院』をはじめとするイタリアに取材した作品を多く残した。

 グルノーブル第3大学では現在、DHのリサーチプロジェクト「スタンダール手稿」
(Manuscrits de Stendhal)が進められている[1]。トマ・ルバルベ(Thomas
Lebarbe')教授とセシル・メナール(Ce'cile Meynard)准教授のイニシアティヴに
よる本プロジェクトは、グルノーブル市立図書館(Bibliothd'ques municipales
de Grenoble)に所蔵されたスタンダールの手によるほぼすべての手稿文書を電子化
するものである。通常、19世紀の作家は脱稿後に草稿を破棄してしまう場合が多い
のだが、スタンダールの場合は文学的自伝『アンリ・ブリュラールの生涯』が生前
未完だったこともあり、比較的豊富なコーパスが現存している。2015年12月現在、
「スタンダール手稿」のウェブサイトには計3,000ページ弱の資料がアップロードさ
れており、それらはページ毎に各種メタデータが付与されている。

 プロジェクト「スタンダール手稿」の閲覧画面は3つのディスプレイから構成され
ている。1つは高解像度のデジタル画像であり、残りの2つはXMLによってコード化さ
れた翻刻(トランスクリプション)である。翻刻のうち一つは可読性を重視したも
のであり、次のような規則により行われている。

●スタンダールが行った段落分けに伴う改行はそのまま保持されるが、紙幅の都合
 による改行は無視する。
●取り消し線の引かれた単語や行、段落は表示しない。ただし文末を表す「完」
 (final)などは残す。
●スタンダールによる略記は、代わりにその完全な単語を表示する。
●スタンダールが意図してテクストに行った改変はそのまま表示される。例えば単
 語をすべて大文字にする、ある単語を他に比べて大きく、あるいは小さく記す、
 単語に下線を引くなど。

 もう一つの翻刻は研究に使用することを目的としたものであり、スタンダールに
よる元のテクストの形式を可能な限り再現することを主眼に置く。また同時に可読
性も重視している。ただし、逆向きや斜めに傾いた余白の書き込みなどを正確に表
現することは困難なので、やむなく注釈の形で情報を反映させる場合もある。

 プロジェクト「スタンダール手稿」の成果の利用としては、文学や言語学の分野
における通常の研究の他に、中等教育で使用した事例があるという。高校の授業内
でテクストを用いて作品の生成・改訂の過程を辿ったり、スタンダールと他の作家
の文体の特徴を比較したりしたのである。また、手稿中に見られる白紙のページは
作者が後で書き加えようとしたものか否か、生徒と議論したという。「スタンダー
ル手稿」は一人の著者による40年間に渡る言語コーパスの集成であるため、教育・
研究の様々な場面における利用が期待できるのである。

■グルノーブルにおけるDH研究(3):「Fonte Gaia」

 フランスの大学図書館にはCADIST(Centre d'acquisition et de diffusion de
l'information scientifique et technique)と呼ばれる研究制度がある。CADISTは
特定分野の専門図書館として、当該分野の文献を網羅的に購入するために政府の補
助金が投入される。CADISTの「イタリア語学・文学・文明」拠点に指定されている
のがグルノーブル第2・第3大学の法文科大学図書館である。同図書館が19世紀以来、
イタリアに関する文献を収集してきた経緯を鑑みての措置であった。

 CADISTに指定されたことにより、グルノーブルの法文科大学図書館は、仏伊にお
けるイタリア研究者ネットワークの中心拠点としての地位を得た。これを利用して
ローンチされたDHのリサーチプロジェクトが「Fonte Gaia」である[2]。Fonte
Gaiaとはイタリア語で「喜びの泉」という意味であり、シエナ中心部のカンポ広場
にある同名の噴水にちなんで名付けられたプロジェクトである。市民に上水を供給
する噴水のように、研究者に資料やレファレンスを供給する情報源となることを志
向して付けられた名称だという。また、この名称はトルバドゥールの「悦ばしき知
識」(Le Gai Savoir)を連想させる名称でもある。ここには後期中世に仏伊の国境
を超えて活動したトルバドゥールのように、ヨーロッパ規模の学術交流を促進しよ
うという意図が込められている。

 Fonte Gaiaのプロジェクトにはグルノーブル第2・第3大学の他に、パリ第3大学ソ
ルボンヌ・ヌーヴェル校、またイタリアからローマ大学、パドヴァ大学、ボローニ
ャ大学が参加し、一大コンソーシアムを形成している。のみならず、Fonte Gaiaは
文化的なハブ拠点として、図書館や劇場など、多様な機関に所属するイタリア研究
の関係者を集合させることを志向しているという。

 Fonte GaiaのプロジェクトはFonte Gaia BibおよびFonte Gaia Blogの二本立てで
構成されている。Fonte Gaia Bibはイタリア研究のデジタル図書館。コレクション
の中心をなすのは、フランス国立図書館(Bibliothe`que nationale de France)や
グルノーブル市立図書館(Bibliothe`ques municipales de Grenoble)に所蔵され
たイタリア語の手稿文書である。コレクションには、グラン・トロワ・メディアテ
ーク(La Me'diathe`que du Grand Troyes)に所蔵された民族誌家ジョルジュ・エ
レル(Georges He'relle, 1848-1935)の手によるイタリア文学の翻訳なども含まれ
ている。この他にも、プロジェクトではリヨンやモンペリエなど、フランス中の図
書館に所蔵されたイタリア語手稿文書の電子化を中長期的な目標としている。これ
によりフランスにおけるイタリア研究の全貌をたどることがプロジェクトの狙いで
ある。

 Fonte Gaia Bibのテクストにはメタデータが付与され、閲覧者も翻刻やコメント
の追加などができる仕様となっている。またアーカイブの方針として、オープンア
クセス、オープンデータ、オープンソースを掲げている。なお、Fonte Gaia Bibの
プラットフォームは現在工事中であり、近日中にWeb上で公開される予定となってい
る。

 一方、Fonte Gaia Blogは、イタリア研究に関する情報発信や意見交換のためのブ
ログである。この媒体は研究者同士の交流の場としての役割の他、ヨーロッパ各国
の若手研究者が参加するオンラインジャーナルとしての役割も担っている。研究成
果を発表する機会が比較的少ないフランス語圏における博論執筆中の学生、若手研
究者が論考や書評を掲載する場を提供しているのである[3]。

■おわりに

 本稿では2回に分けて、グルノーブル第3大学を中心に進められているDHの教育・
研究プロジェクトを概観した。そこではイタリア研究を軸として「グルノーブル第2・
第3大学デジタル図書館」「スタンダール手稿」「Fonte Gaia」の3つのリサーチプ
ロジェクトが進行中であることが確認できた。イタリア研究という共通項を持つこ
れらのプロジェクトは、グルノーブルという地方都市の強みを活かす一方で、ヨー
ロッパ規模での学術交流のハブ拠点となることをも志向している。こうした二面性
がグルノーブル第3大学におけるDH研究の特色であり、その実践は私たちにも示唆を
与えてくれるだろう。

[1] http://manuscrits-de-stendhal.org
[2] http://fontegaia.hypotheses.org
[3]Fonte Gaia Blogの基盤であるHypothe`ses( http://hypotheses.org )の詳
 細については以下の文献を参照。拙稿「デジタル歴史学の最新動向――フランス
 語圏におけるアーカイブ構築およびコミュニティ形成の実践を例に」『現代史研
 究』第61号、近刊。

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◇特別寄稿「フランコ・モレッティから考える文学研究とDHの接続可能性」
 (杉浦清人:東京大学人文社会系研究科現代文芸論専門分野修士課程)

 フランコ・モレッティは1950年生まれ、イタリア出身の文芸批評家・文学研究者
である。文学研究においてデジタル技術を使用した優れた論文をいくつも書き、そ
の成果は著書『Graphs, Maps,Trees』や『Distant Reading』にまとめられている。

 現在はスタンフォード大学で比較文学の教授を務めながらStanford Literary Lab
という組織を設立し、学生とともに論文を書いてWebサイト( https://litlab.stanford.edu/
)にアップロードするなど、DHに精力的に取り組んでいることで知られる。

 また、‘Distant reading’(遠読)の概念を提唱したことでも知られている。
‘Distant reading’とは、文学研究の伝統的方法である‘Close reading’(精読)
に対抗する概念であり、「テキストから距離を取る」読み方、精読とは違う読み方
を意味する。たとえば、作品を統計的に分析して解釈することなどが'Distant
reading'である。この概念によって、デジタル技術によるテキスト処理もまた、旧
来の精読とは違えど一つの「読書」として位置づけることが可能となるため、DHを
理論的に正当化しているといえる。

 しかし、モレッティはけしてDHだけの人ではない。

 そもそも‘Distant reading’の概念がはじめて登場したのは、論文
‘Conjectures on World Literature’(世界文学をめぐる仮説)である。

 この論文は、タイトルにあるように、「世界文学 World Literature」についての
論文であり、「世界文学論」というDH同様、人文学の新しい分野の歴史においてき
わめて重要な論文なのである。

 この論文でモレッティが主張している‘Distant reading’とは、DHとは直接関係
がなく、世界各国・各言語の文学の専門家の分析を総合することによって、専門家
たちが分析している個々のテキストの精読なしに、それらの集合たる「世界文学」
について考えることである。

 通常、文学研究者は各自の専門の言語・地域を持ち、それ以外の領域の作品につ
いてはあまり言及しない。文学は言語の芸術であり、言葉の細かい使い方にまで作
家や作品の個性が表れるものである。よって、文学作品を翻訳で読むのではその真
価は理解できず、原語で読まなければならないという考えが一般的である。しかし、
当然ながら個人に習得できる言語の数は限られている。そこで、文学世界の全体像
をわからないままにしておくよりは、作品を翻訳で読んだり、他人の分析を使用し
たりするという二次的な形であっても文学世界全体について語ろうとすること、グ
ローバル化が進む現代において、ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・
ゲーテが提唱した「世界文学」に今こそ取り組むことをモレッティは主張した。

 ‘Conjectures On World Literature’は2000年の論文だが、その後モレッティは
2005年に『Graphs, Maps,Trees』を出版するなど、世界文学論からDHの方面に傾斜
していく。そこでは‘Distant reading’は意味を変え、グラフや地図や樹形図など
を使用することによって文学テキストの見方を変えることだとされている。これは
明らかにデジタル技術と相性がよい。

 モレッティは論文において多岐にわたる方法を採用して‘Distant Reading’を実
践しており、それら一つ一つは大変魅力的な分析なのだが、毎回違う手法を取って
いて方法的一貫性がないし、モレッティがDH関係なく優れた文芸批評家であるとい
う個人的資質が分析の説得力を作っているところがあり、DHのディシプリンとして
の進歩にどれだけ貢献するかは難しいものがある。逆に、文芸批評として読むと、
データの使用が大胆な主張の説得力を担保している。

 つまりモレッティのDH論文は、文芸批評的でありかつデータを用いていることに
よって二重に魅力的だが、模倣はしにくいし、主張に慎重な精査を必要とする厄介
な代物になっているのだ。

 また、DHだけではなくモレッティの世界文学論も、分野を切り開いた大きな功績
があるが、同時に多くの批判を引き起こした問題含みのものである。

 以上のようにモレッティは度々議論を引き起こす非常に挑発的な書き手であり、
だからこそDHや世界文学論という新しい分野において大きな影響を与えるのだとい
える。

 翻ってもう一つ注目すべきところは、モレッティがDHや世界文学論に手を出す以
前から優れた文芸批評家であったし、そこにはDHに繋がるものが見いだせるという
ことである。

 彼は『ドラキュラ・ホームズ・ジョイス 文学と社会』において自分の研究の原
点を、社会学とフォルマリズムの結合であると語っている。この2つの対比は20世紀
以降の文学研究を考える上で、そしてモレッティの研究や、文学におけるDHの利用
を考える上でも意義深い。

 フォルマリズム批評はテキストを社会から切り離し、それ自体の法則を探求しよ
うとする試みである。一方、社会学的批評はテキストを社会と結びつけて理解しよ
うとする。つまりこの2つは対極にある。しかし、そのどちらもDHと強く結びつく。

 フォルマリズムは作者の思想などテキスト外のことを考えずに純粋にテキストを
対象とし分析するという性格上、テキストの統計的文体分析などと思想的に近い。
社会学は現実の社会を考察の対象に入れるため、文学市場の規模や発行点数などの
データの使用と相性が良い。

 この両方の志向がDHにはあるし、モレッティの研究にもある。

 モレッティがより具体的に影響されたとおぼしき書き手には、社会学ではマルク
ス主義批評家ジョルジ・ルカーチやヴァルター・ベンヤミンのほかにフランクフル
ト学派のテオドール・アドルノ、フォルマリズムではフランス構造主義の主要人物
の一人ロラン・バルトやロシア・フォルマリズムの中心人物ヴィクトル・シクロフ
スキーなどであるが、これらの書き手たちは、難解・深遠な、人文学の精髄たる思
想の持ち主として知られる。そのような人文学の伝統を受け継いだ優れた文芸批評
家でありながらもDHに向かったモレッティに、伝統的文学批評とデジタル技術の結
びつきの可能性を見出すことができるのである。

 以上のように、フランコ・モレッティは‘Distant reading’の提唱者・実践者で
あるだけでなく、世界文学論や伝統的な文学批評とDHとの接続可能性を体現してい
るがゆえに、DHにとって重要な存在なのである。

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◇イベントレポート
国文学研究資料館「歴史的典籍オープンデータワークショップ
             -古典をつかって何ができるか!じんもんそん2015」
http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/ideathon.html
 (橋本雄太:京都大学学院文学研究科博士後期課程)

 2015年12月18日、京都メルパルクにて国文学研究資料館(以下、国文研)主催の
「歴史的典籍オープンデータワークショップ」が開催された。このイベントは、同
年11月から国文研がクリエイティブ・コモンズライセンスで提供を始めた「歴史的
典籍オープンデータ」の活用を進める目的で実施されたものである。このデータは
国立情報学研究所の「情報学研究データリポジトリ」[1]からダウンロードするこ
とができる。また、人文情報学研究所の永崎研宣氏がこのデータをWebブラウザ上で
閲覧可能にした簡易ビューア[2]を公開している。

 当日は、まず国文研古典籍共同事業センターの山本和明副センター長から国文研
の大規模デジタル化事業についての説明があり、続けて国文研側から「歴史的典籍
オープンデータ」に含まれる主要資料の紹介がなされた。本イベントの目玉である
アイデアソンでは、国立情報学研究所の大向一輝氏の司会のもと、約40名の参加者
が7グループに分かれて歴史的典籍データの活用法を2時間にわたって議論した。

 グループ別ディスカッションの終了後には、各グループが考案した歴史的典籍デ
ータの活用アイデアを2分間で発表する場が設けられた。ここでは、公開資料に含ま
れる『豆腐百珍』などの料理本を活用したオンラインレシピサービスや、ソーシャ
ル機能を組み込んだ年賀状の素材収集サービス、また古典籍のクラウドソーシング
翻刻などのアイデアが発表された。

 今回のワークショップのような参加者との共創型イベントの開催は、国文研にと
っても初めての試みであったと伺っている。歴史的典籍という専門性の高い題材を
扱ったイベントでありながら、当日は定員がほぼ埋まる盛況であった。また、参加
者のバックグラウンドの多様さも印象に残った。筆者の観測した限りでは、参加者
には日本文学や情報学分野の研究者および学生、図書館・美術館・博物館に勤務す
る学芸員、またリンクトオープンデータイニシアチブ(LODI)の所属メンバーなど
がいたようだ。今回のワークショップは、オープンデータの活用法を検討する場と
してだけでなく、異分野の参加者を繋ぎ合わせる機会としても大変有意義であった
と筆者には思われる。

 まだ正式には発表されていないが、今後、京都以外の地域でも歴史的典籍に関す
るアイデアソンやハッカソンが開催される見通しであると伺っている。この種のイ
ベント開催を通じて、従来の文学研究の枠に囚われない新しいデータ活用法が提案
されるとともに、多様な参加者の関わりから異分野融合型の研究が促進されること
を期待したい。

[1] http://www.nii.ac.jp/dsc/idr/nijl/nijl.html
[2] http://www2.dhii.jp/nijl_opendata/openimages.php

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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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 2015年の締めくりとなる第53号はいかがでしたか?今回もたくさんの皆さまのご
協力をいただき、目白押しの内容となっています。ご寄稿ありがとうございました!

 2013年から続けて丸3年間執筆いただいた菊池さんの連載が今回を持って終了とな
りました。私自身もこのメルマガを始めて1年半ほど経って人文情報学が扱う領域の
幅の広さに圧倒されていた記憶がありますが、そこにさらに世界中の動向をニュー
ス記事としてご寄稿いただき、大変心強いご支援をいただいたと思っています。こ
の場を借りてお礼申し上げますとともに、ぜひ今後も機会があればぜひご協力いた
だけるようお願いします。本当にありがとうございました!

 今回はなんといっても、歴史的典籍オープンデータワークショップに注目してい
ました。イベントレポートの前に前編の岡田さんによる連載記事でも国文研の古典
籍データセット(第0.1版)について言及がありますので、そちらもぜひ合わせてご
覧ください。岡田さんのご指摘のとおり、データセットの公開がスタートであり、
これからどう開拓していくか、活用の道は無限にあるはずです。今後に期待しつ、
自分でも何かできることはないか?と考えるだけでもわくわくしますね。

 次号もお楽しみに。

◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちして
います。
情報提供は人文情報学編集グループまで...
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人文情報学月報 [DHM053]【後編】 2015年12月28日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【 ISSN 】2189-1621
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