ISSN 2189-1621

 

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DHM 082 【前編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2018-05-29発行 No.082 第82号【前編】 752部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】

◇《巻頭言》「点から面へ、そして歴史の研究へ」
 (渋谷綾子:国立歴史民俗博物館)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第38回
 「島根大学附属図書館デジタル・アーカイブと近畿大学貴重資料デジタル・アーカイブ (岡田一祐:国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター)

◇《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第2回
 「ドイツ、デジタル・ヒューマニティーズにおける雇用事情」
 (宮川創:ゲッティンゲン大学)

【後編】

◇《連載》「東アジア研究とDHを学ぶ」第2回
 「先行「研究」としてのCSACのこと」
 (菊池信彦:関西大学アジア・オープン・リサーチセンター特命准教授)

◇《連載》「Tokyo Digital History」第1回
 「デジタル・ヒストリーにおける再現性・可視化
  2018 Spring Tokyo Digital History Symposiumにおける2つの論点」
 (小風尚樹:東京大学大学院人文社会系研究科西洋史学専門分野博士課程3年/日本学術振興会特別研究員DC2/国立歴史民俗博物館研究協力者)

◇人文情報学イベントカレンダー

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《巻頭言》「点から面へ、そして歴史の研究へ」
 (渋谷綾子:国立歴史民俗博物館)

 考古科学・文化財科学を専門とする私は、植物の微細な生産物の一つであるデンプンを用いた研究を進めている。デンプンは、太陽光のエネルギーを使って植物が空気中の二酸化炭素と水から作り出す物質であり、植物が生長するエネルギー源となる。私たちに身近なじゃがいものデンプンは、餃子の皮の打ち粉、大福の表面にかかっている粉などに利用されている。
 デンプンは化学構造が非常に安定しており、熱を受けない限り、どんな環境でも何千年もの間残る。このデンプンの粒子(デンプン粒)が、昔の人の食べ物や環境の変化を示すミクロな証拠として、考古学では近年積極的に研究され、世界各地の遺跡から発見されてきている。日本においても、旧石器時代や縄文時代の石器、縄文土器や弥生土器、古墳時代の人骨の歯に付着した歯石からデンプン粒が見つかっており、過去の人びとの植物利用を研究する手段の一つとして注目されている。
 私がこれまで行ってきた考古資料に対するデンプン粒の分析では、デンプン粒の由来する植物の特定(同定)にもとづいて、石器や土器の道具としての用途、加工・調理の対象となった植物、遺跡の環境とその変遷が明らかとなってきた。このデンプン粒の分析、特に2010年に私が提案したデンプン粒の形態学的特徴の定量化から植物同定につなげる方法(「植生史研究」18(1):13-27)が古文書の紙(料紙)に応用できる可能性が、近年文化財科学の分野で指摘され始め、料紙に加えられたデンプン粒の分析が試みられている。
 料紙の構成物としては素材となるコウゾやミツマタ、ガンピなどの繊維のほか、製造過程での添加物(填料(てんりょう))のデンプンや鉱物、歴史資料の修理時に付加される炭酸カルシウムなどがある。多様で豊富な古文書を有する日本において、和紙の研究は古文書学や歴史学、保存科学などの中心的分野の一つとして行われてきた。これらの研究では、目で見る、触る、といった調査者の感覚機能にもとづいた観察と、紙の寸法や重量、厚みなどの物理量の計測、顕微鏡観察による繊維の特定などが主に進められてきている。
 一方、料紙内へのデンプンなどの添加物に対する詳細な検討はほとんど行われていない状況である。しかも、添加物の量の相対的な識別(多い・普通・少ない・皆無)のような、調査者の感覚に左右される主観的なデータと料紙の計測数値などの客観的なデータが混在し、第三者の評価や再検証を困難とさせている。
 さらに近年は、大規模な自然災害によって被災した大量の文書資料の復旧対応として料紙の分析が進められているが、構成物の種類や量、その化学的性質によって被災資料の状態が異なるため、資料の現況にあわせた保全・長期保存の方法が必要とされている。そうした問題意識をふまえて、国立歴史民俗博物館(以下、歴博)「総合資料学の創成」プロジェクトでは、東京大学史料編纂所(以下、史料編纂所)との共同研究として、2017年度から繊維やデンプンなど古文書料紙の原材料の分析を進めており、結果を蓄積してきている。
 たとえば、歴博所蔵「織田信長朱印状」などの古文書や史料編纂所所蔵の「中院一品記(なかのいんいっぽんき)」などの顕微鏡による撮影画像を解析したところ、料紙の添加物のデンプン粒がイネや他の植物であること、糊の痕跡としてのデンプン粒(熱で壊れているため、植物の種類は不明)などの構成物を確認した。また、研究協力をお願いしている弘前大学農学生命科学部の石川隆二教授とともに、考古遺物でこれまで行ってきたDNA分析を、料紙の原材料を特定する分析に応用することも始めている。
 植物のゲノム情報を用いるDNA分析では、イネの地域別品種群の特定が可能であり、この情報を用いて繊維や糊などの構成物の由来材料を特定することで、古文書の料紙の起源を中国や日本として特定することができる。現在は既知の製紙材料のサンプルを収集しており、これらの現生植物からDNA配列の取得を試み、料紙の分析へどのように応用できるのか、その方法を検討している。
 このような古文書の料紙の構成物を対象とした分析によって、デンプン粒などのミクロな一つの点から、料紙という面の検討につなげ、その料紙の生産・流通や地域的特性、歴史的変遷という大きな歴史の流れを見ていくのが現在進めている研究である。
 この研究における重要な課題は、(1)分析で得られる多数の画像データから、繊維やデンプン粒などの植物由来の構成物については植物種の同定、鉱物についてはその鉱物の性質などの識別につながるような情報を、いかに効率よく見つけ出すか、(2)標準的データをどのように抽出して、古文書の地域的特性や歴史的変遷を探るための情報を検証するのか、という2点である。
 特に、画像情報の比較・検討から微細な植物性物質や鉱物が容易に同定できるならば、古文書料紙の研究だけではなく、微細な植物性物質や鉱物の科学的な分析を行う考古学や文化財科学に対して、画期的な情報を提供できることになる。人文情報学の膨大な研究の蓄積から、ご助言やご協力をお願いできれば非常に幸いである。

執筆者プロフィール
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渋谷 綾子(しぶたに・あやこ)1976年生まれ。国立歴史民俗博物館特任助教。専門分野:考古科学・文化財科学、総合資料学。学位:博士(文学)。主要論文:Shibutani, A.: What did Jomon people consume for starchy food? A review of the current studies on archaeological starch grains in Japan. Japanese Journal of Archaeology, 5 (1), pp. 3-25 (2017)(査読有)

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◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第38回
 「島根大学附属図書館デジタル・アーカイブと近畿大学貴重資料デジタル・アーカイブ」
 (岡田一祐:国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター)

 やや旧聞に属するが2018年1月30日に島根大学附属図書館デジタル・アーカイブがリニューアルされ[1]、5月7日には、近畿大学貴重資料デジタル・アーカイブが公開された[2]。どちらも、各大学の図書館所蔵の貴重資料を公開するものである。
 島根大学附属図書館デジタル・アーカイブ(以下、島大アーカイブ)は、もともと2009年に公開されたもので[3]、その再構築ということになる。同館では、同館蔵の桑原文庫という、地元の蔵書家の蒐書が受け入れられており、2015年には、「デジタルアーカイブ間連携実証実験」として、デジタル化された隣県の鳥取県の旧家蔵書と連携して目録が閲覧できるような取り組みもなされている[4][5]。
 島大アーカイブは、いま述べた桑原文庫を中核としつつ、石見銀山に関する林家文書など郷土の学事を辿るにふさわしい資料を備えるほか、抄物[6]やその他貴重資料など、普通の貴重資料アーカイブらしいものもある。資料に対するメタデータはあまり豊富ではなく、書名・著者・コレクション・請求番号・刊年等しかないため、現状では主題別検索などは難しいようである。ライセンスはCC-BYが採用されている。
 画像は、カラーチャートもメジャーも見当たらないので、本格的な使用には耐えられないこともありそうであるが、一般に字画明瞭に撮影されており、当座の用に困ることはなかろう。実物の閲覧・撮影・利用にあたっては、旧来の申請書が必要なようである。稿者としては、デジタル・アーカイブ化は、従来の方式を見直すよい機会だろうと思うので、いささか残念に思う。撮影申請をして、デジタル・アーカイブにものが増えるのであれば、稿者は微力ながら協力したいと思ってしまうのだが、世間的にはそうでもないのだろうか。
 近畿大学貴重資料デジタル・アーカイブ(以下、近大アーカイブ)は、近畿大学図書館の貴重資料全般を取り扱うアーカイブである。近畿大学図書館では、これまでにもエジプト誌など指折りの資料のデジタル化は行われてきたようであるが[7]、プラットフォームとして整備されたものはなかったようである。現状では53点と、一見多くはないが、貴重資料と銘打つだけあって、すべて18世紀以前のもので、一点一点が観賞価値を持つものであることをふまえれば、かならずしもそうとは評価しきれない。
 近大が誇るインキュナブラ[8]や初版本、また、嵯峨本伊勢物語など和漢の古版本が並べられており壮観である。ただ、残念なことには、全資料で全ページが閲覧可能というわけではなさそうで、たまさか稿者がトップページを開いたときにピックアップ資料として出てきたデ・サンデの「天正遣欧少年使節見聞対話録」は[9]、タイトルページのみしか閲覧できなかった。貴重資料ゆえ扱いも容易ではないと思うが、なんとか全ページ公開がされることを期待したい。
 検索結果画面においては、結果右上に「全部見る」のリンクが現れるものが複数ページ(かならずしも全ページではない)公開されたもののようである。また、最初のページにだけカラーチャートとメジャーが置かれるのも意味を見いだせない。見えないだけで、全ページ撮影されているのかもしれないが、もしそうでないのであれば、そう何度となく撮影できない貴重資料のアーカイビングのためにも、標準的な処理をすべきではなかろうか。
 さて、今回取り上げたふたつのデジタル・アーカイブは、どちらもInternational Image Interoperability Framework (IIIF)を採用している[10]。おりしも国立国会図書館デジタルコレクションがIIIFに対応をしたところであり[11]、和書についても「相互互換性(interoperability)」がいつの間にやら高められてきた。コンピュータと、人とが同等にアクセスできるのは、大変に意義深いことである。視覚障碍者対応ビューワーなど、解放された環境において、各人が自由に各所のデータを堪能できる時代が来てほしいものである。
 そうなってくると、ますます各デジタル・アーカイブにおける目録あるいは検索システムの相互互換性の乏しさが目に付いてくるところではあり、すでにそのような仕組みはないとはいえないけれども、IIIFがもたらす必然性によってあたらしく仕組みができていくことはじゅうぶん考えられるところである。同時に、各アーカイブの個性をもっと徹底してほしいところでもあって、IIIFが専用ビューワーの作り込みを否定しないように、コンピュータにとっての形式化と人間にとっての自由さが奏でるハーモニーとはなにか、考えられてゆくのであろう。

[1] 島根大学附属図書館、デジタルアーカイブをリニューアル:IIIFに対応 | カレントアウェアネス・ポータル http://current.ndl.go.jp/node/35400
[2] 近畿大学貴重資料デジタルアーカイブを公開しました。: 近畿大学貴重資料デジタルアーカイブ https://kda.clib.kindai.ac.jp/rarematerials/news/1
[3] 島根大学附属図書館デジタル・アーカイブが試験公開 | カレントアウェアネス・ポータル http://current.ndl.go.jp/node/12818
[4] 島根大学附属図書館等、国指定重要文化財である鳥取県の「河本家住宅」が所有する古典籍をADEACで公開 | カレントアウェアネス・ポータル http://current.ndl.go.jp/node/28408
[5] 河本家住宅保存会・島根大学附属図書館/河本家古典籍 https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/3290515100
[6] 抄物(しょうもの)は、室町期等の漢文作品の講義録である。島大アーカイブには各資料の由来が書かれないし、いくつかのものの蔵書印などを見ても一箇所から出たもののようには見えない。状態もよさそうで、どういう経緯で島根大学附属図書館に入ったのか興味深い。
[7] 山元秀明「貴重書の有効利用について: 貴重書室改修とデジタル化」『中央図書館報 香散見草』37、2003
[8] 揺籃期本とも言われ、15世紀に西洋で活版印刷された初期活版本のこと。
[9] 近畿大学貴重資料デジタルアーカイブ https://kda.clib.kindai.ac.jp/rarematerials/view/rarematerials/10239623
[10] IIIFについては、以下の拙稿も参照。「Digital Japanese Studies寸見第30回 京都大学電子図書館貴重資料画像データベースが新アーカイブに移行へ」『人文情報学月報』74、2017
「Digital Japanese Studies寸見第31回 人文学オープンデータ共同利用センターの『日本古典籍キュレーション』・『IIIFグローバルキュレーション』とつながったデータ」『人文情報学月報』76、2017
[11] 国立国会図書館デジタルコレクションがIIIF(トリプルアイエフ)に対応しました(付・プレスリリース)|国立国会図書館―National Diet Library http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2018/180515_01.html

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◇《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第2回
 「ドイツ、デジタル・ヒューマニティーズにおける雇用事情」
 (宮川創:ゲッティンゲン大学)

 現在筆者はゲッティンゲン大学のゲッティンゲン・センター・フォー・デジタル・ヒューマニティーズ(Go:ttingen Centre for Digital Humanities)および計算科学研究所のeTRAP研究グループとともにコプト語のOCRを開発している。eTRAPのリーダーはマルコ・ビュヒラーである。ゲッティンゲン大学ではGCDHの他にもゲッティンゲン・ニーダーザクセン州立大学図書館Niedersa:chsische Staats- und Universita:tsbibliothek Go:ttingen (SUB)とDARIAH-DEというDHのセンターがある。SUBとDARIAH-DEは協力関係にあり、XMLを基盤にした様々なデジタル・エディションなどのほか、DARIAH-DEを中心にTextGridというDHに特化したXMLエディタの開発を行っている。
 特にこのTextGridには毎年かなりの予算が割かれているようである。SUBはアメリカ合衆国の図書館を基盤にしたDHプロジェクトに倣って、ドイツ国内では先進的な試みとして図書館がDHプロジェクトを行っている。日本で言うと、東京大学図書館の東京大学附属図書館アジア研究図書館上廣倫理財団寄付研究部門のような性格を持っている。
 GCDHは一時は隆盛を極めたが、当研究所で指揮を取っていたゲルハルト・ラウアー教授のバーゼル大学Digital Humanities Labへの転出や予算の関係から、多くの人が転出している。私の同僚の一人も昨年より50%はGCDHで、50%はマインツ大学のDHセンターで働き、GCDHとの契約の終了に伴い、活動拠点をマインツ大学に移す予定であるそうだ。

 ちなみに、ドイツの大学名は正式名称が定かではない。ゲッティンゲン大学に場合は、ドイツ語における公式文書ではGeorg-August-Universita:t Go:ttingenが用いられるが、二十世紀まで西洋の学問における共通言語だったラテン語ではUniversitas Regia Georgia Augustaである。このラテン語の名称からたまにGeorgia Augustaが用いられることがある。英語では、University of Go:ttingen, University of Goettingen, Go:ttingen University, Goettingen University Georg August University Go:ttingen, George August University, George August University Go:ttingen, George August University Goettingen、もしくはドイツ語をそのまま用いて、Universita:t Go:ttingen, Georg-August-Universita:t Go:ttingenなどと表記される。
 ゲオルク・アウグスト(Georg August)はハノーファー選帝侯かつハノーヴァー朝のイギリス国王で、イギリス国王としてはジョージ2世として知られる人物である。
 2017年の2月頃に、総長から大学の構成員に向けて、学術データベースなどでの便宜を図るため、Universia:t Go:ttingenかUniversity of Goettingenのどちらかを論文などでの表記とするよう通達があったが、その後も様々な名称が用いられており、おそらく筆者の経験では、University of Go:ttingenが一番よく用いられている表記である。ドイツ語では、ウムラウトが付いた母音はその母音+eと互換性がある。
 もともと、ウムラウトはその母音字の上に小さいeが置かれたものであったようである。前述のようにGeorg-August-は人名であり、Georgの英語形はGeorgeであるため、George August Universityが用いられることがある。日本語では、ゲッティンゲン大学かゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンの名称がよく用いられる。

 ドイツでは、そのほかの大学も大学に貢献した人物やその町の著名な出身者から名前を取ることが多い。マインツ大学はヨハンネス・グーテンベルクからJohannes Gutenberg-Universita:t Mainz、ミュンヘン大学はLudwig-Maximilians-Universita:t Mu:nchen、ハイデルベルク大学はRuprecht-Karls-Universita:t Heidelberg、フランクフルト大学はJohann Wolfgang Goethe-Universita:t Frankfurt am Mainがドイツ語における「正式名称」的な地位を占めている。ただし、「通称」のような形で「Universita:t 地名」が用いられることも多い。ここにおいて、「正式名称」や「通称」はそのような地位を慣習的に占めている、といった意味である。
 ドイツでだけでなく同じドイツ語圏の大学も通常ドイツの大学のような長い名称の大学があり、例えば、オーストリアのザルツブルク大学はParis Lodron Universita:t Salzburgである。また、ドイツのベルリン大学の場合は、もともとプロイセン王の名前を冠したフリードリヒ・ヴィルヘルム大学 (Friedrich-Wilhelms-Universita:t) であったが、ナチス政権の崩壊後、共産政権によってフンボルト大学ベルリン(Humboldt-Universita:t zu Berlin)と改名され、共産圏の東ベルリンにあるフンボルト大学ベルリンに対抗して、西ベルリンにベルリン自由大学(Freie Universita:t Berlin) が創設された。
 このベルリン自由大学のFreie「自由の」のように、形容詞が用いられることもある。例えば、新約聖書研究所で有名なミュンスター大学は、Westfa:lische(ヴェストファリアの) が人名の前に用いられ、Westfa:lische Wilhelms-Universita:t(ヴェストファリア・ヴィルヘルム大学)である。このように複雑な名称をもつ大学があるのに対し、ライプチヒ大学はUniversita:t Leipizig、ウィーン大学はUniversita:t Wienと、大変単純である。このようにドイツ語圏の大学の名称は一筋縄ではいかない。

 脱線したが、マインツ大学に移ろうとしているGCDHの同僚は、ゲッティンゲン大学以前はライプチヒ大学のDHセンターで働いていた。このようにドイツのDH学者は、プロジェクトを渡り歩いている感じである。ドイツの人文学では雇われている研究者は多いが、無期限雇用の研究者はかなり少ない。ゲッティンゲンのコプト学関連のプロジェクトでも、無期限雇用はエジプト学・コプト学講座の主任である正教授一人のみである。
 その他は、大抵有期雇用である。教授資格を持っており、Professorを名乗っていても、正教授もしくはUniversita:tsprofessorか、無期限雇用の特別な〇〇Professorでない限り、有期雇用のことが多い。
 例えば、ライプチヒ大学のグレゴリー・クレイン教授はAlexander von Humboldt Professor of Digital Humanitiesであり、名称はそれぞれのケースで異なる。ドイツでは、博士号を取った後、4年ほどをかけて、Habilitationの試験に挑み、合格するとPrivat-Dozentになる。PDと略されるが、ポスドクではないことに注意されたい。PDを取得すれば、大抵は大学に何らかの形で雇用されるものの、絶対に雇用されるとは限らないようである。
 その後教授資格試験に受かるとProfessorの称号を与えられるが、ここでも絶対に終身雇用をされるとは限らない。ここで正教授のポストにつけない場合は、有期雇用になることが多い。しかしながら、Professorにならないと正教授のポストにつくことはできない。近年はJuniorprofessorという新しい制度ができ、これは、旧来のHabilitationでなく、アメリカのテニュア・トラック・ポジションに近い制度で、限られた期間の間に成果をあげれば、Habilitationを得ることなく教授への道が開ける。

 ドイツではDHプロジェクトが数多くあるものの、そのプロジェクトの被雇用者はそのプロジェクトが終わった途端に職を失う。プロジェクトの被雇用者はHabilitationを目指すポスドク、PD、教授資格保有者だけでなく、博士課程学生や修士課程学生、プログラマや技術者、そして、秘書や事務員などである。博士課程学生は、このようなプロジェクトに雇われるか、奨学金を得るか、授業を持つ、あるいは研究とは関係ない大学内外の職に就く、あるいは、親などの支援で生計を立てている。大学での給与はTL Vスケールというものが使われる。
 私は去年の8月まではTV-L13の95%の給与を得ており、毎月3700ユーロ、日本円では50万程度であったが、税金が高く、手取りは2200ユーロ程度であった。去年の8月に30%のプロジェクトが終了したので、現在は65%であり、手取りは毎月1600ユーロほどである。税金は年金、失業保険、医療保険、さらには、住民登録の際に特定の宗教の信者として登録されているものは教会税が引かれる。
 筆者は住民登録の際に宗教の欄にローマ・カトリック教会と書いたので、教会税が引かれ、その税金はドイツのローマ・カトリック教会に使われている。去年の8月までは教会税は毎月50ユーロほどであったが、現在は30ユーロほどである。医療保険を支払っているので、医療費は基本的に無料である。筆者のプロジェクトは2019年の6月に終了するため、現在はそれ以降の計画を思案している最中である。
 筆者の博士課程はプロジェクト基盤の博士課程であるため、プロジェクトの終了までには博士論文を提出することが望ましいとされる。ゲッティンゲン大学の博士論文(コプト学)をそれまでに提出し、まだ筆者が籍を残している京都大学言語学専修での博士論文をその後続けることを考えている。
 現在もデジタル・ヒューマニティーズ・アドヴァイザーとして、短期アルバイトのように不定期に働いているベルリンのエジプト博物館およびパピルス・コレクションのエレファンティネ・プロジェクトで有期の研究員のポジションを2019年の7月から得ることができる、という約束を口頭でエレファンティネ・プロジェクトのプロジェクト・リーダーから取り付けた。
 それが実現すれば、京都大学言語学専修への博論として、マニ教文献が数多く残っていることで知られるコプト・エジプト語のリュコポリス方言の文法を書きながら、ベルリンのエジプト博物館およびパピルス・コレクションで2020年の夏まで働くつもりである。

宮川 創のゲッティンゲン大学ウェブサイトにおけるプロフィール: https://www.uni-goettingen.de/de/531081.html

宮川 創のacademia.eduのページ: https://uni-goettingen.academia.edu/SoMiyagawa

宮川 創のメールアドレス: runa.uei@gmail.com

特殊文字については次のとおり表記しました。
ウムラウト:a:、o:、u:

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 続きは【後編】をご覧ください。

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人文情報学月報 [DHM082]【前編】 2018年05月29日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
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【 ISSN 】2189-1621
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