ISSN 2189-1621

 

現在地

An_Introduction_to_Perseus_Lib_2

ペルセウス・デジタル・ライブラリーのご紹介(2)
-Perseusでホメロス『イリアス』を読む―

前回ご紹介したとおり、Perseus Digital Libraryは、古代ギリシア・ローマの文献を収めた電子図書館です。今回は、西洋文学の古典中の古典、ホメロス『イリアス』を例にとって、Perseus Digital Libraryの機能を簡単にご紹介します。

なお、本稿執筆にあたっての私の環境は、Windows 8.1 Update + Firefox 29.0です。画面は執筆時点(2014年4月)のPerseusのものであり、将来的に変更される可能性もあります。あらかじめご了承ください。

1. 準備

まずは、ギリシア語のホメロス『イリアス』のページまで辿ってみます。

http://www.perseus.tufts.edu/hopper/にアクセスします。Digital Libraryの文字列は目に付きますが、「電子図書館」とは分かりにくい見た目です。各種文献を読む場合、ページ上部のメニューにある「Collections/Texts」をクリックします。


(図1: Perseusトップページ・上部)

古代ギリシア・ローマの文献を読む場合は、「Collections/Texts」ページに進み、さらにページ上部の「Greek and Roman Materials」を辿ります。(他のコレクションを読む場合は、それぞれのリンクを進みます。)


(図2: Collections/Textsページ)

右側のコラムには、各コレクションに含まれる語彙数が表示されています。近代の英語文献を除けば、Classicsが圧倒的に多いことが分かります。また、以前Perseusに含まれていたコレクションで、現在は外部に移されているものは、「External Collections」としてページ下部に記載されています。

各コレクションのページでは、基本的に著者別に作品がまとめられています。作品が複数ある著者については、初めは作品リストが閉じられていることがあります。その場合、著者名左の▶をクリックして、リストを展開します。ホメロスの場合、作品リストを展開すると図3のようになります。


(図3: 作家別著作リスト。赤丸の部分をクリックしてリストを展開)

『イリアス』の場合、「Iliad. (Greek)」からギリシア語版、「Iliad. (English)」から英語版を読むことができます。(現在、英語版は2種含まれています。)

なお、トップページ(に限りませんが、ページ)右上の検索欄で「Homer」と入力して検索すると、ホメロス関係の所蔵作品リストを得られます。目的がはっきりしている場合は、検索の方が早いかもしれません。


(図4: 「Homer」検索結果)

ともかくも、これで『イリアス』を読む準備が整いました。(URLは以下の通り)
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.01.0133

2. 本文を読む

さて、それでは実際に『イリアス』冒頭の画面を見てみましょう。


(図5: ホメロス『イリアス』1巻より)
ページのメインコラムにギリシア語の本文が表示され、右コラムに、各種関連文献やツールが表示されます。ページ上部には「browse bar」が表示されており、「book」から『イリアス』全24巻の各巻へ飛べます。また、「card」は、1ページで表示される本文のブロックです(ここでは第一巻内部の区分)。「card」の番号は、そのブロックの開始行番号に対応します。現在自分が参照している箇所は青色で表示され、作品全体の中での位置を視覚的に把握できるようになっています。(「hide」で「browse bar」を隠すこともできます。)

2.1 右コラム

右コラムについては、たとえば「English (1924)」の部分で、「load」をクリックすると、図6のようにギリシア語表示部に対応する部分の英訳が読み込まれます。同一画面に表示されるため、対訳本を眺めるような読み方も可能です。


(図6: 『イリアス』英訳の読み込み)
「hide」をクリックすると再び隠れます(一度読みこんだ後は「load」が「show」に変わります。「show」で再表示です)。「focus」をクリックした場合は、ギリシア語ページから移動して英訳ページを表示します。

また、「Notes (Allen Rogers Benner, 1903)」や「Notes (Thomas D. Symour, 1891)」は、ギリシア語本文に対する注釈です。「load」すると、英訳同様に読み込まれます。


(図7: 注釈の読み込み)
Perseusの特徴のひとつとして、内部の文献との相互参照が容易である点を挙げられます。図7の注釈中でウェルギリウス『アエネイス』1.4への言及がありますが、その部分のリンクからPerseusに所蔵される『アエネイス』原文の該当箇所を参照することができます。その他、右コラム本文で青色になっている部分はそれぞれ各種文献の該当箇所や語彙分析ツールへのリンクです。本文と関係する箇所としては、「References」欄も参考になります。

以前のPerseusにおいても、ウェブ上で『イリアス』原文を読むことはできました。しかし、たとえばそこから英訳や注釈を読もうとした場合、ページ遷移(あるいは新しいウィンドウ)が必要でした。現在は関連文献を右コラムで動的に読み込み可能になったため、一画面で複数の文献を参照できるようになり、以前に比べて利便性が格段に上がっています。そしてまた、そうした利便性の向上が、ウェブ技術の向上と相まって、ユーザー側に特別な負担を強いることなく実現されている点も評価すべきでしょう。(Perseusプロジェクトが、積極的に新しい技術を導入してきた結果ともいえます。)

2.2 語彙分析ツール

次は、ギリシア語本文の部分に注目します。参考までに、冒頭2行の日本語訳を示しておきます。

怒りを歌え、女神よ、ペーレウスの子アキレウスの、
おぞましいその怒りこそ 数限りない苦しみを アカイア人(びと)らにかつは与え、
(呉茂一訳)


(図8: 『イリアス』ギリシア語本文)
見た目では分かりませんが、単語一つ一つがリンクになっています。一番冒頭のμῆνινをクリックすると、図9の画面が開きます(新ウインドウまたは新タブ)。


(図9: ギリシア語本文の「μῆνιν」をクリックした場合)
Perseusの要として、強力な語彙分析ツールの存在が挙げられます。ギリシア語・ラテン語・アラビア語など、Perseusに含まれる文献の各言語について、語彙の形態分析、見出し語や文献内での該当語彙の使用率、辞書的語義の確認等を容易に行えます。単語一つ一つのリンクは、この語彙分析ツールへのリンクとなっています。

「μῆνιν」の分析の結果、女性名詞「μῆνις」の「単数・対格」であることが示されます(赤枠内)。また、代表的な語義は右上に「wrath」と示されています。したがって、「μῆνιν」は日本語訳の「怒りを」に相当する語彙であることが分かります。ギリシア語やラテン語を学習する際、語彙の形態変化を把握することが非常に重要ですが、この語彙分析ツールはそのための手掛かりとなります。(が、後述する通り、完全なものではありません。)

「Show lexicon entry」の欄で辞書名をクリックすると、各辞書における語義が表示されます。ホメロス作品の場合は、3種のギリシア語辞書が利用可能となっています。


(図10: 辞書における語義の表示。LSJの場合)
たとえば、図10の赤枠内の「LSJ」をクリックすると、Liddell & Scott, A Greek-English Lexiconにおける「μῆνις」の語義が下部に表示されます。さらに、その語義の中でも相互参照が有効になっており、机に本を積まずとも、文献同士が容易につながっていきます。

また、「Word Frequency statistics」の「Max」の部分の数字をクリックすると、作品内での該当語彙(ここでは『イリアス』における「μῆνις」)の用例一覧が得られます。


(図11: 『イリアス』における「μῆνις」の用例リスト)
赤枠の部分をクリックすると、リストが展開されます。


(図12: 『イリアス』における「μῆνις」の用例リスト・展開後)
『イリアス』における「μῆνις」の用例として、全部で18例が表示されます。ただ、「μῆνις」の変化形ではない、似た綴りの別の語彙もリストに含まれてしまっているため、最終的な判断は利用者が行う必要があります。ちなみに、「Word Frequency statistics」の欄ではMax:28でMin:12となっています。それに対してこのリストでは18例となる理由は、筆者も把握できていません。(なお、他の用例検索ツールを用いたところ、『イリアス』における「μῆνις」の使用例は15例程度ありそうです。完全に確認できているわけではありませんが。)

次に、ギリシア語本文の「Πηληϊάδεω」を調べてみます。日本語訳でいう「ペーレウスの子」にあたる語彙です。結果は図13の通りです。


(図13: 「Πηληϊάδεω」分析結果)
「μῆνιν」の例と異なり、語彙分析ツールで該当する情報が見つかりません。(ただし、「Πηληϊάδεω」に関しては、右コラムで読み込み可能な注釈の中に説明が見られます。)

Perseusの語彙分析ツールでは、コンピュータによる自動的・機械的な語彙の形態判定機能の実現に取り組んでいます。語彙が使用される文脈などを統計的に評価し、語彙の形態の候補を表示するだけでなく、語彙の形態の判定までを機械的に可能にしようとする興味深い試みです。最初に挙げた「μῆνιν」は他に候補がなく、判定が容易なものでしたが、もっと複雑な用例もあります。以下、ギリシア語本文2行目の「μυρί᾽」「ἄλγε᾽」を例に、その実態を確認します。


(図14: 「μυρί᾽」分析結果)
まずは「μυρί᾽」ですが、全部で12の候補が表示されます。そして、ピンク色で示される列が、Perseusの語彙分析ツールによって判定された語彙の形態です。他の語彙分析ツールの場合、候補が羅列されるのみのことが多いですが、Perseusでは一歩進んで判断を示します。なお、「μυρί᾽」は形容詞「μυρίος」の「複数・中性・対格」と判定されていますが、これは正解です。日本語訳では「数限りない」に該当する語彙です。

ただし「It may or may not be the correct form」と注意書きされている通り、まだ確度が高いものではありません。


(図15: 「ἄλγε᾽」分析結果)
「ἄλγε᾽」の分析結果は図15の通りです。Perseusの語彙分析ツールの評価では動詞「ἀλγέω」の「三人称・単数・未完了過去・直説法・能動態」の特殊形として判定されていますが、これは誤りです。正しくは赤枠で囲んだ部分、中性名詞「ἄλγος」の「複数・対格」の特殊形です。日本語訳では「苦しみを」に対応する語彙であり、形容詞「μυρί᾽」の被修飾語です。つまり両者あわせて「数限りない苦しみを」ということになります。

古典ギリシア語において、形容詞は修飾する名詞と性・数・格が一致します。形容詞「μυρί᾽」の判定は正しいわけですから、「μυρί᾽」の被修飾語である名詞「ἄλγε᾽」の判定が誤っている点を考えると、機械判定にはまだまだ改善の余地があるように見えます。(なお、「More info」の部分から、判定の基準を見ることができます。単語間の修飾-被修飾の関係などは現状では読み込まれていないようですが、現在のPerseusプロジェクトの展開からすると、将来的には評価基準に含まれるようになりそうです。)

こうした機械判定の不備を補うため、Perseusの語彙分析ツールが(おそらく最近)始めた興味深い試みが「ユーザー投票」です。利用者が正しいと考える形態を「投票」してもらう仕組みです。各候補の右端にある[vote]をクリックすることで投票できます。機械判定に対して、人の手による判断を集計しているわけです。「ἄλγε᾽」の例で見ると、機械判定と異なり、正しい形が最多得票となっています。このあたりの評価の相違は、今後機械判定の精度をあげるために利用されていくものと思われます。

しかし、この投票システムにも問題がないわけではありません。誤った形にも一定数の投票が見られるためです。結果として最多得票の語形判定が正しいという場合が多そうですが、語彙の形態の正誤は多数決で決まる性質のものでもないため、注意が必要です。投票のぶれはPerseus利用者の古典語に対する理解度を示すものともいえます。Perseusはだれでも利用可能なサイトであるため、様々なレベルの利用者が混在しています。「ユーザー投票」はPerseusのようなサイトだからこそ可能な興味深い取り組みではありますが、その一方で、有象無象の利用者状況の中で、いかに情報の精度を担保していくかという点は、これから課題となるように思います。

こうしてみると、Perseusの語彙分析ツールは非常に便利なツールではありますが、現状で提示される答えは完全なものというわけではありませんので、使いこなすためにはやはり一定水準の古典語の知識が求められることになります。

* * * * *

さて、今回はホメロス『イリアス』を題材として、Perseusの機能の一部をご紹介しました。語彙分析ツールは現在進行形で開発が進んでいるため、少し時間が経てば、より確実なものとなっているかもしれません。

次回も引き続き『イリアス』を題材としつつ、(今回説明できなかった)Perseusにおけるギリシア語表示の裏側などを紹介していきたいと思います。

第一回へ | 第三回へ

Copyright(C)YOSHIKAWA, Hitoshi 2014- All Rights Reserved.
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

=======================
『人文情報学月報』No. 33より

Tweet: