ISSN 2189-1621

 

現在地

《連載》「西洋史DHの動向とレビュー~DHアウォーズ2014ノミネート作にみる西洋史DH~」

《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
      ~DHアウォーズ2014ノミネート作にみる西洋史DH~」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

●はじめに
筆者は前号までの2年間、「Digital Humanities/Digital Historyの動向」と題し
て、直近の1か月に発表されたDHのまとめ記事を書いてきた。だが、今号からはその
スタイルを変え、これまで以上に西洋史に特化した記事にしていきたいと思う。こ
の理由について初めに述べておきたい。

なぜスタイルを変えるのか。その理由はシンプルで、もはや一人では動向を追えな
くなってしまったからである。DHに関する情報収集を始めた5~6年前の当初は、英
米の情報ばかりが「網」にかかっていたが、ここ2~3年のうちに英語圏以外に急速
に広がり、ここ1年は月を追うごとにDHの話題が言語的・地理的に多様化していると
感じていた[1]。しかしその一方で、英語とスペイン語ぐらいしか満足に読めぬ自
分が、さも世界のDHの動向として記事を書き続けるのは「欺瞞」に近い。そのため、
一旦仕切り直しをする必要があると感じていた。

では、どのように変えるのか。もちろん最新の動向を取り上げるようにするつもり
だが、網羅的であることを追い求めるよりも、これまで以上に西洋史に特化した記
事に変えていきたいと思う。その理由は、日本の西洋史におけるDHの圧倒的な遅れ
にある。前段のように西洋史が研究対象にしているような国々ではDHが盛んになっ
てきている一方で、国内でその地域を研究している人々にとっては依然としてDHは
遠い存在であり続けている。そのため、このギャップを少しでも埋められるように、
これまで以上に西洋史に特化したプロジェクトの紹介やレビューを行うこととした
い。もうしばらくお付き合いいただければ幸いである。

●DH Awardsとは
さて、前置きが長くなってしまったが、今号ではDH Awards2014を紹介したい。
今年で3回目となるDH Awardsは、その前の年に公開や新規作成、アップデートある
いは完成した、DHに関するプロジェクトやリソース、サイトに関するものを、一般
から推薦を受け付け、いくつかのカテゴリに分けて投票しあうというものである(
ちなみに、表彰されても特に何がもらえるというものでもなく、あくまで名誉的な
ものに留まる)。前年のものとはいえ、DHに関する最近の優れた取組みを一覧でき
るものであり、DHの動向を知るうえで有益なものであると言えよう。以下、DH
Awards 2014の推薦作の中から西洋史に関連するものをいくつかピックアップして紹
介したい。その際、カテゴリを取り払って、西洋史らしく(?)時代別にまとめな
おしてみた。なお、言わずもがなのことだが、以下で紹介したからといってそれが
優れていると筆者が判断しているわけでもなく、ましてやそれに対して投票を呼び
掛けるつもりもないことをお断りしておきたい。

●古代史
Romans go home! Apps:西洋古典のラテン語テキストの学習用のアプリである。カ
エサルやアウグストゥス等によるラテン語原文と英語の対訳や、文法テスト等も収
録されている。
http://romansgohome.com/

AWOL: The Ancient World Online:古代史・古代研究に関するオープンアクセスな
リソースやプロジェクトなどを紹介するブログである。現在の形での運営は、ペン
シルヴァニア州立大学の図書館員Charles E. Jonesによるもので、2009年から開始
された。毎日のように様々なかつ有益な情報が紹介されており、筆者はRSSでこのブ
ログの情報を収集している。古代史の人にはフォローをお勧めしたい。
http://ancientworldonline.blogspot.co.uk/

●中世史
City Witness: Place and Perspective in Medieval Swansea:GISと3D技術を用い
て、戦災やその後の再開発で失われたスウォンジー(イギリス)の中世の街並みを
再現しようというプロジェクトである。
http://www.medievalswansea.ac.uk/en/

スペインからは中世の詩編・ロマンセのプロジェクトが2つ挙げられている。
ReMetCaは、12世紀から15、16世紀までのカスティーリャ語の詩編のテキスト化プロ
ジェクトで、もう一つは中世からルネサンス初期までのイベリア半島のロマンセ
(詩歌)に関するデータベースPhiloBiblonである。
http://www.remetca.uned.es/index.php?lang=es
http://ciham-digital.huma-num.fr/enigma/

その他、中世写本の難読箇所を解読するツールEnigmaもノミネートされている。こ
れについては、本紙第36号【前編】(2014-07-26発行)所収の赤江雄一「Enigma 中
世写本のラテン語の難読箇所を解決する」を参照されたい。
http://ciham-digital.huma-num.fr/enigma/
http://www.dhii.jp/DHM/dhm36-1

●近世史
The Virtual Paul's Cross Project:これは、1622年11月5日、ロンドンのPaul's
CrossでJohn Donneが説教を行っている状況を、アーキテクチャモデルと音響用のソ
フトウェアを使って再現するというものである。ウェブサイトでは聴衆の人数やそ
の説教空間における立ち位置に応じて、説教の聞こえ方が分かるように複数の
YouTube動画が公開されている。
http://vpcp.chass.ncsu.edu/

The Wandering Jew's Chronicle archive:これは、ReMetCaのような、1630年から
1830年までのイギリスの歴史的なバラッドThe Wandering Jew's Chronicleの画像と
テキストのアーカイブである。
http://wjc.bodleian.ox.ac.uk/

The Medici Archive Project:1990年代初頭から始まるメディチ家コレクションの
デジタルアーカイブプロジェクト。収録範囲は1573年から1743年までの6,429巻、
400万点の書簡資料類で、アカウントを作成すればデジタル画像の閲覧のほかテキス
ト化等も可能となっている。
http://www.medici.org/

●現代史
Martin Grandjean: Intellectual Cooperation: multi-level network analysis
of an international organization:1919から1927年までの、国際連盟下の国際知
的協力委員会(ICIC:International Committee on Intellectual Cooperation)の
1700人の人的ネットワークを可視化した研究紹介である。ICICはユネスコの前身で
ある。この研究内容は、2014年9月のHistorical Networks Research Ghentで報告さ
れた。
http://www.martingrandjean.ch/intellectual-cooperation-multi-level-netwo...

上のICICの件もそうだが、第一次世界大戦関連として下記のものが挙げられている。
@realtimeww1: World War One goes Twitter:これは、ルクセンブルク大学の大学
院生によるプロジェクトで、100年前の第一次世界大戦のその日その時の出来事をツ
イートでつぶやくというもの。
http://h-europe.uni.lu/?page_id=621

1914-1918-online: International Encyclopedia of the First World War
これは2011年に始まり2014年10月に完成した、第一次世界大戦の百科事典作成プロ
ジェクトである。世界22か国、約90名の歴史家の協力で作成された。
http://www.1914-1918-online.net/

Cymru 1914 The Welsh Experience of the First World War:ウェールズ国立図書
館主導による、ウェールズ内の図書館や文書館などの文化機関所蔵の第一次世界大
戦史料の大規模なデジタル化プロジェクトである。現在のところ、約1000タイトル
の資料についてデジタル画像等を見ることができる。
http://cymru1914.org/en/home

そのほかに、アメリカ、ワシントンDCのナショナルモールの歴史を地図などで表現
した“Histories of the National Mall”や20世紀アイルランドの音楽家アロイス・
フレイシュマンの日記のオンラインアーカイブ“The Fleischmann Diaries Online
Archive”がある。
http://mallhistory.org/
http://fleischmanndiaries.ucc.ie/

●歴史ツール、歴史学教育
最後に、以上の時代別に当てはまらないものとして、Wikipediaのデータを利用した
タイムライン作成用のツールHistropediaと、アメリカの大学生レベルのオープンな
歴史教科書The American Yawpの2つを取り上げておきたい。
http://www.histropedia.com/
http://www.americanyawp.com/

●まとめにかえて
さて、上の内容を眺めてみると、近代史を中心としたプロジェクトが見当たらない
こと(The Wandering Jew's Chronicle archiveは19世紀にかかっているものだが)
にまず気がつく。筆者が情報収集している限りのあくまで感覚レベルだが、近代史
に関するDHのプロジェクトは他の時代に比して少ない傾向があるので、特に驚くに
はあたらない。とはいえ、やはり残念ではある。一方で、地理的・言語的には英語
圏のものが多く、スペイン等その他地域のものが少し加わる程度になっている。冒
頭で「地理的・言語的に多様化している」と述べたが、このような認め合って高め
あうような企画そのものも、言語的・地理的に広まってほしいと思う。

また、Awardsのウェブサイトを見てもなぜノミネートをされているのかの説明がな
いため、どのあたりが新しい(2014年に開発/改善等)のかが一読して不明である。
説明書きがないために、それぞれのサイトを見に行く必要があるが、ノミネートが
多いので一つ一つ確認するにも時間がかかる。そして各サイトも何が新規性のある
ところなのかを、この企画用に説明していないので、結局何が新しいのかがよく分
からない。この辺りは運営側にもう少し改善を期待したいところである。

[1]筆者の単なる感想だけでなく、DHの地理的・言語的な多様化については様々な
議論がある。例えば以下。
Isabel Galina Russell
Geographical and linguistic diversity in the Digital Humanities
Lit Linguist Computing 2014 29: 307-316.

Copyright(C)KIKUCHI, Nobuhiko 2013- All Rights Reserved.

DHM 043 【前編】

Tweet: