ISSN 2189-1621

 

現在地

DHM 050 【後編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2015-09-28発行 No.050 第50号【後編】 585部発行

_____________________________________
 ◇ 目次 ◇
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

【前編】
◇《巻頭言》「『情報国文学』と『国文学』との関係」
 (大内英範:筑紫女学園大学文学部准教授)

◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー-デジタルヒストリーをいかに評価するか?
                -アメリカ歴史学協会がガイドラインを採択」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第6回
 「倉のなかの灯火:九州大学附属図書館細川文庫のデジタル公開と蔵書目録」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

【後編】
◇JADH2015特別レポート
「『御一統の温かいことばあってこそわが帆ははらむ。さなくばわが試みは
    挫折あるのみ』--ボドリアン・ファースト・フォリオの来歴について」
 (Pip Willcox:Curator of Digital Special Collections at the Bodleian
                     Libraries, University of Oxford)
 (日本語訳:長野壮一・フランス社会科学高等研究院・博士課程、
       永崎研宣・人文情報学研究所)

◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート
アメリカ・アーキビスト協会2015年次大会・プレカンファレンス(講習会)
「デジタル・アーカイブズにおけるプライバシー・秘匿性をめぐる課題
       (Privacy and Confidentiality Issues in Digital Archives)」
 (古賀 崇:天理大学人間学部総合教育研究センター)

◇編集後記

◇奥付

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇JADH2015特別レポート
「『御一統の温かいことばあってこそわが帆ははらむ。さなくばわが試みは
    挫折あるのみ』--ボドリアン・ファースト・フォリオの来歴について」
 (Pip Willcox:Curator of Digital Special Collections at the Bodleian
                     Libraries, University of Oxford)
 (日本語訳:長野壮一・フランス社会科学高等研究院・博士課程、
       永崎研宣・人文情報学研究所)

●はじめに

 本稿で紹介するのは、ボドリアン図書館所蔵ファースト・フォリオのデジタルリ
ソース作成における意思決定と過程である。本稿は、複数の利用者に適するリソー
スを作成しようという抱負とその効用について考察し、現在進行中の、そして将来
の作業について紹介する。

 ボドリアン図書館のファースト・フォリオが注目に値するのは、本来の装丁であ
ることと、本来の持ち主の所有であることが明らかだという点にある。ボドリアン
図書館のファースト・フォリオは脆弱な状態であるため、一般的な研究には適さな
い。それは当該領域の専門家にとってすらそうだ。しかしながら、中には、摩耗の
痕や受容の形跡といったファースト・フォリオの脆弱さそのものに関心を示す研究
者もいた。そして、この脆弱さこそが、デジタルリソース作成の動機なのである。

●ボドリアン図書館所蔵ファースト・フォリオの来歴

 シェイクスピアのファースト・フォリオが1623年にボドリアン図書館に入った経
緯は明らかになっていない。

 ある同業者の主張する珍説によれば、HemingeとCondellは、「造物主の幸福なる
似姿」たるシェイクスピアの名声と、本の売り上げを高めること――「何が何でも
買うべきだ」――を熱望していたので、ボドリアン図書館に一部寄贈したのだとい
う。だが、もしそれが事実なら、未製本の紙の形で入ったのではなく、オクスフォ
ードの地元製本工Willian Wildgooseへの委託の一部として送られたものだと考える
のがより妥当だろう(Honey et al 2014)。

 より信憑性の高い説明としては、ファースト・フォリオは1610年、Thomas Bodley
によって斡旋されたStationerの会社との合意の下で図書館に入ったのだという。
Bodleyは図書館にイングランドで出版されたあらゆる本を納入したいと考えていた
のである(Blayney 1991;Gadd 1999)。図書館に納入されたあらゆる印刷本を考慮
すると、数多くの書籍の中から英語による戯曲のフォリオが納入されたのは意外か
もしれない。なぜならBodleyが図書館を再建して以来、英語による文学作品が大々
的に収蔵品として取り上げられることはなくなり、とりわけ四つ折り版の戯曲は
Bodleyによって「お荷物の本」、「ガラクタ」、「無駄な本」として過小評価され
たのであるから(Erne 2013)。

 さて、1624年2月のボドリアン図書館に話を戻せば、ファースト・フォリオ――当
時はまだその名称では呼ばれていなかった――は鎖でつながれ、1612年に竣工した
ばかりのボドリアン図書館アーツ・エンドの棚に納められた(Madan et al 1905)。

 この書物がボドリアン図書館から持ち出された経緯もよくわかっていない。とは
いえ違法な持ち出しであるという可能性はない。というのも、図書館の配架スペー
スや資金が尽きかけたとき、余分な書籍が売りに出されたのである。ファースト・
フォリオはもしかすると、「任務に全く適していない」司書のThomas Lockeyにより、
1664年に大量の「図書館の余分な本」の一部として、Richard Davisに24ポンドで売
られたのかもしれない。というのも、このとき図書館は出版されたばかりのサード・
フォリオを入手していたから。あるいは、ファースト・フォリオは「無能ではない
としても怠惰な」John Hudsonが司書の任にあった1701~1719年の期間に売られてし
まったのかもしれない。

 以下のことは明らかである。すなわちファースト・フォリオが書架にあった間、
1642~1660年の空位期、「公共図書館」として知られていた期間も含めて、それは
少なくとも部分的には、貧民たちによっても読まれた。ボドリアン図書館の修復員
たちが考えている通り、建物がほぼ無傷のまま残ったのに対し、その収蔵物はひど
く損傷してしまった。収蔵物が利用されすぎたために書物は鎖で繋がれ、館内閲覧
のみしかできなくなったに違いない(Gilroy et al 2014)。

 17世紀、ボドリアン図書館の利用を許可されたのは最低でも修士号をもった学生、
フェローや大学の客員研究員だった。最も傷みの激しいページが、ハル王子とフォ
ルスタッフが酔っ払ってギャッズヒルの盗みを計画する場面や、ロミオとジュリエ
ットのベッドシーンであることから、彼らの興味対象が何であったかを推し量るこ
とができる。

 この書物が持ち出されてから1905年に至るまでの間のことは何もわかっていない。
この年、モードリン・カレッジの学生Gladwyn Turbuttが破損した装丁について相談
するため、偶然にもボドリアン図書館にファースト・フォリオを持ち込んだのだ。
Turbuttは勤務中の副館長Falconer Madanに面会した。彼は装丁を見て、この書物が
何であるかを理解した。Madanによる同定はStrickland Gibsonによって実証された。
Gibsonは書物の保存についての関心と専門知識を持った司書だった。

 この再発見は書誌研究者の間で大変に称賛され、書誌学会におけるMadanの講義は
『アテナエウム』や『タイムズ』紙で批評された。これを機に、司書のE. W. B.
Nicolsonがこの書物に興味を示した。彼はこの書物をボドリアン図書館で買い戻せ
ないか、Turbutt家に依頼した。この貧しい司書にとっては不幸なことに、この話は
Henry Clay Folgerの注目をも引いた。彼は匿名で、市場価格のおよそ十倍にあたる
3千ポンドでこの書物を購入することを持ちかけた。Turbutt家はボドリアン図書館
にこの書物を返却することを選んだが、Folgerの申し出た金額よりも安く売ること
を望まなかったので、図書館が資金調達を行うため、数カ月の猶予を与えた。

 1905~1906年の間、個人の運動に続いて社会的な運動が起こった。世界中から多
数の寄附が届いたのだ。それらの平均額は1ギニーだった。この恵みの期間が一度延
長され、Turbutt家自身によるものを含む二度の多額の寄附が行われた後、ついに目
標額が達成された。Nicolsonがファースト・フォリオの配達について問い合わせた
ところ、この書物は過去数か月間、彼の隣の事務所にあるMadanの机に置いてあった
ことがわかった。

 ボドリアン図書館のファースト・フォリオはMadanの事務所から閉架書庫に移され、
Turbutt家による特注の箱に入れられ、数年間にわたって調査された。その後の館長
たちは、この書物は壊れやすいので専門家の読者にすら提供できないと決定した。
そのため、ファースト・フォリオを簡単に見ることはできても、詳細な調査を行う
ことができない状態が続いた。

●シェイクスピアへの全力疾走

 2011年11月、Emma Smithがボドリアン図書館友の会の講演において、この書物の
来歴を語った。彼女はその際に、これまで自分はファースト・フォリオを研究する
ことができなかったと述べた。資金調達の逸話と、この書物のデジタル化が保存や
研究に与える利益は、第二の社会的な運動を喚起した。

 1905~1906年の運動における書簡中にしばしば見られるように、この書物を「オ
クスフォードのため」だとか「英国民のため」に保存するのではなく、「シェイク
スピアへの全力疾走」――この名称はカルチュラル・オリンピアード2012の精神を
保存しようと付けられた――は、一般公衆をこの書物の来歴に、またこの書物を彼
らの来歴に引き込むことを目標としている。

 シェイクスピアは私たち皆と関係をもっている。彼の作品は世界中の言語に翻訳
されており、さらには地球上を超えてクリンゴン語(訳注:SFドラマ『スタートレ
ック』に登場する架空の言語)にまで翻訳されている。加えて、シェイクスピアの
作品は恐らくあらゆる形態の創造的芸術に翻案されている。彼の永遠に続くと思わ
れる業績の名声にしてもそうだ。シェイクスピア劇は英国における学校教育課程の
一部をなしている。そのため、英国で教育を受けた子供は皆、シェイクスピアの著
作について、少なくとも幾分かの知識を持っている。

 私たちは一般公衆に対し、自分にとってシェイクスピアがどんな存在であるか、
短いブログ記事を書くよう求めた。そして、その記事を本運動のウェブサイトのブ
ログ上で公開した。運動の支援者たちは自分の寄付金の献呈文を書く機会を与えら
れ、賞品の抽選にノミネートされた。当選者は12名。商品は、ファースト・フォリ
オの前付にあるレオナルド・ディッグスの賛辞を、Bodleian Hand-Printing
WorkshopのPaul W. Nashが手刷りで印刷した記念品である。さらに、彼らの氏名は
メタデータによって恒久的に画像と関連付けられることになる。

 著名な協力者たちの支援によって、資金調達が実現し、ファースト・フォリオは
保存・電子化され、2013年4月23日、オンライン上で無料公開された。このウェブサ
イト上の移動はページ切り替えビューア(フリップブック)やサムネイルによって
行われ、そこからJPGファイルの形でダウンロードすることもできる。

 資金調達が公開のものであったことに鑑みて、ボドリアン図書館が公開している
他の画像とは異なり、ファースト・フォリオの画像は「表示」(CC-BY 3.0非移植)
のクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが付けられており、インターネットにア
クセスした誰もが自由に二次利用できる。

 この運動が有名になったことで、運動のウェブサイトは多数のアクセスを集めた。
アクセスのピークは次第に安定していき、少数の訪問者が残るだけとなった。利用
データをもっと詳細に調べるためには、より多くの資金が必要だった。例えば、訪
問者が離脱したのは、求める画像を一回の訪問でダウンロードできなかったためか
否か、といった調査である。

 しかしながら、この運動に残された資金はわずかな量しかなかった。そして、
Emma Smithの示唆するところでは、資金は教員の勉強会へと向けられた。この勉強
会は、当該ウェブサイトをキー・ステージ5(16~18歳)の生徒への教育に使用する
ことを主眼とするものだった。英国中から28名の教員が、ファースト・フォリオを
用いた教授法に関するEmma Smithの講演と、この書物やプロジェクト、そしてウェ
ブサイトについての制作者による講演を聴きに訪れた。それから教員たちは共同で
作業の計画を立てた。この作業計画は現在、先ほどと同様にCC-BY 3.0ライセンスの
下で一般に公開されており、二次利用が可能となっている。

●ボドリアン・ファースト・フォリオ

 この社会的運動はある寛大な人物の注目を引いた。彼はリソースを今よりもっと
容易に利用できるように、他の3名の資金提供者とともに追加の出資を申し出た。従
来、継続的な資金提供を得ることは困難だった。中でも有名な事例として、シェイ
クスピア四折本アーカイブ( http://www.quartos.org/ )は、共同出資者たちが強
く興味を示していたにもかかわらず、パイロット版から先に進むことができなかっ
た。それゆえ、私たちは彼ら少数の資金提供者に対して特に感謝している。

 この社会的運動の目標は、インターネット接続を用いて誰もが自由に利用できる
デジタルの「アバター」(Tarte 2014)を作成することにある。世界中の――南極
大陸は除く――人々が、このサイトにアクセスした。最も利用が多いのは中国と英
語圏である。

 この資金提供者たちは、研究者にとって有用なリソースを作成することにとりわ
け興味を示していた。そこで、私たちは彼らの目標に即して、サイトの当初の簡潔
さを損なわないまま、このサイトをもっと有用なものにする方法がないか、研究者
たちに相談したのだった。

●助言と願望

 いくつかのファースト・フォリオは、オンラインの素晴らしいインターフェイス
を通じて自由に利用することができる。このデジタルリソース作成の動機は、ファ
ースト・フォリオの物質的な来歴と、アナログではアクセスできない場所からでも、
デジタルでそのアバターにアクセスすることを可能にすることである。

 この「アクセス」ということが意味するのは、リソースがオンラインで利用でき
るということだけではない。よく知られていない書物や、あるいはもっと大規模な
プロジェクトの場合には、説明書きが必要とされるかもしれない。しかしながら、
この劇作家について、そしてこの書物については、よく文脈に位置づけられた情報
は極めて広い範囲に渡って存在する。したがって私たちは、それについて話す来歴
を単一の文書に制限した。それはキャンペーンのウェブサイトで説明されているも
のである。

 私たちは、オクスフォードで開かれた小規模の諮問会議において、様々な職位の
研究者から数量的なデータを集めた。数量的データは他にも、私たちの質問票にメ
ールで回答した同業者からも集められた。彼ら、相談に乗ってくれた寛大でかけが
えのない研究者たちに対しては、運動のウェブサイト上で謝意を示してある。

 彼らの要望は明快だった。すなわち、画像と同時に電子化されたテクストを公開
することである。これは第一には、テクストの検索を容易にするためのものだ。可
能であれば戯曲・幕・登場人物の発話・舞台監督などといった要素ごとに切り取る
ことができればよいのだが、この作業はまだ完成途中である。意見とは別個に、よ
り詳細な質問も行われた。印字の誤りの修正依頼、合字や「長いs」のキャプチャ、
句読点の前後のスペースの統一などに関する質問である。

 これらは、TEI/XML転写へのコード化によって実現可能である。このような国際基
準を使用することで、テクストの相互運用や保存が可能になるのだ。ファースト・
フォリオの物質的重要性を鑑みて、私たちはそのXML版を作成することに決めた。そ
の際、既存のテクストを用いるのではなく、転写を専門とする会社に委託した。そ
れに続いて、この分野の専門家でなければ認識できそうにない要素を自ら入力する
ことで、エンコードを豊かにした。

 同じ頃、Sarah Wernerが示唆に富み、かつ有益なブログ記事を公開した。それは
彼女の豊富な経験から得られた「シェイクスピアのオンライン上の複製に私たちは
何を望むのか」という記事である。以下に抜粋したリストは記事の要点を示してい
るが、全文も読むに値するものである。

 1.高解像度、全ページの網羅、拡大可能な画像
 2.ページ毎に閲覧するか、本のように見開き毎に閲覧するか選べること
 3.(近代的な幕や場面の区切れも含めた)戯曲や署名、ページ数に同期したナビ
  ゲーション
 4.版ごとに割り振られた目録の情報
 5.デジタルに置き換えられた資料に関する目録の情報
 6.ダウンロードや二次利用が可能なCC-NCまたはCC-BYライセンス
 7.オフライン状態でも読みやすいインターフェイスを有すること
 8.自分独自の注釈がつけやすいこと

 私たちは、このリソースが、利用者になりうる人すべてにとって、専門家である
なしにかかわらず、有益なものになることを望んだ。そのため、私たちの目標は、
デジタルのアバターを作成することにある。このアバターはファースト・フォリオ
の重要性を明らかにし、ファースト・フォリオを主にその内容に関心をもつ読者が
利用できるようにし、ソフトウェアや画像・テクストの二次利用を可能にするので
ある。

●実現と共同作業

 ボドリアン図書館所蔵ファースト・フォリオに関するプロジェクトは幸運だった。
というのも、プロジェクトの技術的実現に際して、オクスフォード大学の複数の学
部に助言を求めることができたからである。TEIのエンコード化については大学のIT
サービス(訳注:オクスフォード大学のITサービスにはテクストアーカイブをはじ
めとする人文学資料のデジタル化に関する部門があり複数の専門家が常駐している)
に相談した。プロジェクトを発案・実施したボドリアン図書館は、ウェブサイトを
デザインし、XMLにコード化されたテクストを作成した。プロジェクトのためのソフ
トウェアは、オクスフォード大学のe-リサーチセンターによって開発された。

 このリソースは利用者と共同で作成されなければならない。この原則は、ソフト
ウェアを迅速に開発する方法と調和する。そして経験上、別の迅速な原則と実践も
また、この文脈に適用可能ということが分かっている。理想を言えば、この過程は
繰り返し行われることが望ましい。しかし実際には、学術関連のデジタル化と出版
の多くは、資金調達プロジェクトによって運営されている。多くの場合、こうした
資金調達なしには作業に着手することができない。しかしながら、このことは以下
のような複数の好ましくない影響を伴う。

1.リソースのデザインやテクストの編集、そしてソフトウェアの開発は、資金調達
 が行われている期間だけしか行われない。プロジェクトの期間が短く、締め切り
 が厳しいため、ベータ版を試行したり、主要な作業が終わった後、さらなる開発
 を行うための時間はほとんどない。ただし幸運なことに、私たちの主要な同僚た
 ちは、散発的にではあれ、このリソースに関する作業を継続することができた。

2.実際のところ、全てのポストを養えないような小規模のプロジェクトは、別の職
 務の周囲に嵌め込まれる。その際、より勢力の強い大規模な作業の方が優先され
 ることが多いため、本来のプロジェクトが放っておかれてしまう。

3.緊急事態が発生した際、規模の経済が問題となる。例えば、データ入力会社によ
 って作成されたテクストが、正確さの協定基準を満たさないことが判明した場合、
 その大部分を校正する必要が生じてしまう。それにより、転写されたテクストに
 対する信用が失われてしまったなら、全体的なデータ再入力の後に校正を行いた
 いと思う。失った時間もまた頭痛の種だ。なぜなら決められた出版期日が迫って
 いるのだから。私たちは手持ちのテクストを校正することに決める。しかしなが
 ら、これに伴う作業が意味するのは、改良を加える余地が少ないということだ。

4.プロジェクトが資金調達されている環境において、ソフトウェア開発の方向性は
 二つある。すなわち、既存の雛型に即した上で、新しいアプリやプラットフォー
 ムなどのリソースを追加して開発するか、あるいは最初から個別のプロジェクト
 の特定の要請に合致するように開発するかである。ファースト・フォリオの電子
 化プロジェクトの場合は後者である。前者の場合、技術発展に伴う維持や記録、
 二次利用や移転が容易である。後者の場合、できあがったリソースは、内容につ
 いて豊富な知識を持った人たちと共同で、特定の目的のために作成したものだが、
 前者のアプローチの利点を多かれ少なかれ損なっているかもしれない。

5.リソースの元となるデータが文書館で厳重に保存され、安全のために容易には閲
 覧できないのとは対照的に、リソースが維持されるか否かは、その作成に携わっ
 た人たちの関心が持続するか否かによって決まることが多い。彼らの多くは資金
 提供されたプロジェクトに携わっているが、その雇用は不安定なため、リソース
 が「遺児」となり、さらには、そのリソースに関する特有の専門知識が失われ、
 プロジェクトに携わった研究者のキャリアパスも不安定になってしまいかねない。
 私たちの場合は幸運にも、先述の通り、サイト構築に携わった人たちは今も相談
 することができるし、中にはさらなるサイトの発展に携わっている人もいる。

 私たちは意見を寄せてくれた研究者たちの要求に答えて、作成したデータベース
に研究に有用なリソースを作成することと、特定の関心に基づく研究を行うことの
間に、議論はあるだろうが、プロジェクトの制約に基づく実用的な境界線を設けた。
例えば、句読点の前後のスペースについて。例外は、物理的損傷によりテクストが
解読不能になることのような、書物の物質的側面の記録である。

 このリソースにより、オンライン上で高画質の画像にアクセスでき、またオフラ
イン状態でも書物の一部ないし全部をダウンロードすることができる。このリソー
スは、メタデータ(丁数、部、戯曲、幕、舞台など)や電子テクストを通じて、も
っと容易に閲覧できるようになる。そうした画像の電子テクストを通じて、画面上
のファースト・フォリオを読むことが、理論的には可能になる。というのも、ソフ
トウェアにとっては正しい綴りを判別することが難しいのである。

 CC-BYライセンスが意味するのは、二次利用の容易さである。プロジェクトが外部
資金によるものであるため、利用や二次利用を系統的に計画する継続研究というの
はありそうにない。しかしながら、今後のプロジェクトに有益な情報を提供するこ
とはできる。

 ボドリアン図書館は長年に渡って、リソースの保有と供給に取り組んできた。た
とえ、専用のウェブサイトが閉鎖されたとしても、画像とテクストは保存され、他
のインターフェイスから利用できるようになっているだろう。コードはオープンソ
ースであり、二次利用の容易さを念頭に置いて作成・記録されているからである。

 先述したSarah Wernerによる要望の中で、1番目から6番目までは私たちのリソー
スに組み込まれた。要望の7番目と8番目については、オフライン状態におけるPDFイ
ンターフェイスが試行され、そこではこの書物の物質的側面が強調されている。転
写されたテクストや画像を層状に重ねたこのインターフェイスにより、非同期の注
釈が可能になる。さらに、その注釈はコード化されたテクストにフィードバックさ
れる(Willcox and De Roure, forthcoming)。

●目下の作業

 このリソースについての作業は、e-リサーチセンターにおいて継続中である。新
しく作成されたリソースの通常の簡潔な目録に加えて、側面ごとの検索機能を完成
させる作業が目下進行中である。

 また、リソースのテクストは私たちの望むような状態にはない。自分だけの力で
系統的に訂正する力は私たちにはないので、誤りを見つけたとき、その都度訂正し
ている。読者からの訂正も募集中である。

 なお、ファースト・フォリオのテクストはあるハッカソンにおいて利用された。
さらに次のハッカソンも計画中である。

●今後の作業

 このリソースの利用状況は順調ではあるが、最高潮には至っていない。小さなピ
ークはあった。一般公衆への講演やハッカソンなどのような関連イベントである。
現在行われている研究者や学生、一般公衆をファースト・フォリオに関与させよう
とする運動は、ファースト・フォリオの認知度や利用度を高めている。特殊な事例
としては、リソース中のテクストの綴り方が統一されていない場合に綴りの異形を
調べる必要がある。というのも、専門家でない人がファースト・フォリオの中から
目的の節を見つける際、このことは最も大きな障害になると考えられるからである。

 研究目的を遂行するため、デジタル画像に注釈を付けようという複数のプロジェ
クトが進行している。このプロジェクトがさらに進み、社会に開かれ、引用や二次
利用が可能で、かつ持続的なバージョンが登場し、それの画像やテクストに注釈が
付けられることを願っている。デジタルリソースについての議論に際して、「私た
ちはデジタルリソースを結びつけていくように取り組まねばならない」という言い
回しがある。なるほど、この種の仕事には助成金が少ないかもしれない。しかしな
がら、この仕事がファースト・フォリオのリソースに関連するにせよ、二次利用可
能な要素を生み出すにせよ、とにかく着手されることを私たちは願っている。

●私自身について

 私が英語英文学とアングロ=サクソン研究で学位を取得した後、特に興味を持っ
たのは、中世のテクストとその物質的背景について編集・調査を行うことだった。
私は写本研究学と古文書学の能力を研鑽し、編集のための情報を得るために書物誌
への理解を深めた。それに加えて、XMLとTEIのガイドラインを学んだ。私は書物誌
や文学、そしてTEIの知識によって、オクスフォード大学ボドリアン図書館にてデジ
タル編集者としての職を得た。そこで私は、Early English Books Onlineのテクス
ト作成パートナーシップやシェイクスピア四折本アーカイブを含む、複数のプロジ
ェクトに従事している。これらのプロジェクトを通じて、私は中世の写本から近世
の書籍へと対象を移した。私が今でも関心をもっているのは、書物の物質性や来歴、
そして書物がデジタル上でどのように閲覧され、また解釈されるかである。

 オクスフォード大学のEmma Smithによる、ボドリアン図書館友の会を対象とした、
ファースト・フォリオの来歴と、1905~1906年における「英国民のために」ファー
スト・フォリオを守ろうとする社会運動についての講演を聴いたことで、私はもう
一度社会運動を行おうと考えた。今度は、ファースト・フォリオを世界中とシェア
することによって、資金調達が可能になるだろう。私はこのプロジェクトを主催し
た。具体的には、社会参加活動を統括し、ウェブサイトのデザインについて助言を
行い、ファースト・フォリオをページ順に並べ、デジタルリソースのメタデータを
作成した。また、プロジェクトのより大きなチームを統括した。チームのメンバー
が所属していたのは、University’s Development Office、the Bodleian
Communications、Conservation and Collection Care、Imaging Services
departments、Bodleian Digital Library Systems and Servicesである。プロジェ
クトの中で最も成果が上がったと私が考える側面は、シェイクスピアやファースト・
フォリオが自分にとってどんな意味を持つのかについてのやりとりである。その相
手は、私たちの相談に乗ってくれたEmma Smithら文学研究者、Vanessa Redgrabeや
Stephen Fryら「シェイクスピアへの全力疾走」への著名な協力者――彼らがプロジ
ェクトに協力してくれたおかげで多くの人目を集めることができた――、ジャーナ
リスト――彼らがファースト・フォリオの来歴に興味を持ってくれたおかげで私た
ちの運動を広めることができた――、1905~1906年における資金提供者たち――ボ
ドリアン図書館に収められた彼らの書簡を読むのに私は多くの時間を費やした――、
2012年の資金提供者たち――彼らの多くは人生の中で大切な人への贈り物を提供し
てくれた――、そして、私たちのウェブサイトにブログ記事を寄せてくれた寛大な
人たちである。

 惜しみない寄付により、プロジェクトがデジタル版の編集と新しいインターフェ
イスからなる第二段階に入ったとき、私はプロジェクトを管理する立場にあった。
仕事の内容は、学界からの要望の収集と、転写の外部委託だった。また、デジタル
版の編集も管理し、顧問やソフトウェア開発者からなる技術チームの調整を行った。
チームのメンバーはITサービスやオクスフォード大学のe-リサーチセンターに所属
しており、インターフェイスを作成する開発者と共同で作業を行っている。この作
業は今も継続しており、もうすぐプロジェクトの第三段階に入るだろう。

 このプロジェクトからは新たな共同研究が誕生した。そこにはソーシャルマシン
やファースト・フォリオの物質性、あるいは非同期で共同編集できるツールとして
の編集可能なPDFファイルについての作業が含まれている。これらの作業は私たちが
デジタル研究の考察を行う際に影響を与えている。また、私の新しいプロジェクト
にも示唆を与えている。そのプロジェクトとは、ボドリアン図書館にデジタル研究
(Digital Scholarship)についての研究センターを創設するというものである。

Copyright(C)Pip Willcox 2015- All Rights Reserved.
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◇人文情報学イベントカレンダー(□:新規掲載イベント)

【2015年10月】
■2015-10-10(Sat)~2015-10-11(Sun):
地理情報システム学会 GISA 第24回 学術研究発表大会
(於・東京都/慶應義塾大学 三田キャンパス)
http://www.gisa-japan.org/conferences/

□2015-10-19(Mon):
JATS-Con Asia ミーティング
「アジア地域における学術出版におけるXMLおよびJATS利用について」
(於・東京都/科学技術振興機構 東京本部)
http://xspa.jp/post/114798621522/jats-con-asia-%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%...

■2015-10-26(Mon)~2015-10-31(Sat):
Annual Meeting of the TEI Consortium@Lyon
(於・仏国/Campus Berges du Rho^ne)
http://tei2015.huma-num.fr/en/

【2015年11月】
□2015-11-02(Mon)~2015-11-06(Fri):
iPRES 2015
(於・米国/University of North Carolina at Chapel Hill)
http://ipres2015.web.unc.edu/

■2015-11-10(Tue)~2015-11-12(Thu):
第17回 図書館総合展
(於・神奈川県/パシフィコ横浜)
http://www.libraryfair.jp/

【2015年12月】
□2015-12-01(Tue)~2015-12-02(Wed):
The 6th International Conference of Digital Archives and Digital
Humanities 2015 in Taipei
(於・台湾/National Taiwan University)
http://www.dadh.digital.ntu.edu.tw/en/index

□2015-12-19(Sat)~2015-12-20(Sun):
情報処理学会 人文科学とコンピュータ研究会
人文科学とコンピュータシンポジウム2015「じんもんこん2015」
「じんもんこんの新たな役割-知の創成を目指す文理融合のこれから」
(於・京都府/同志社大学 京田辺校地)
http://jinmoncom.jp/sympo2015/

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人
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小林雄一郎(日本学術振興会特別研究員PD)
瀬戸寿一(東京大学空間情報科学研究センター)
佐藤 翔(同志社大学教育文化学科 助教)
永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所)

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◇イベントレポート
アメリカ・アーキビスト協会2015年次大会・プレカンファレンス(講習会)
「デジタル・アーカイブズにおけるプライバシー・秘匿性をめぐる課題
       (Privacy and Confidentiality Issues in Digital Archives)」
http://archives2015.sched.org/event/4644d24ef53768a7ef776e3e40e4b11c
 (古賀 崇:天理大学人間学部総合教育研究センター)

 筆者は2015年8月に、アメリカ・アーキビスト協会(SAA)の年次大会に初めて参
加した。この大会のメインの会議は8月20日~22日にクリーブランド・コンベンショ
ンセンターで開かれたが、それに先立ち、8月16日~19日に「プレカンファレンス」
や見学会などがクリーブランド市内ほか各地で開催された。SAA年次大会の全体に関
する報告は国立国会図書館『カレントアウェアネス-E』にて行う予定だが、本稿で
はプレカンファレンスのひとつである「デジタル・アーカイブズにおけるプライバ
シー・秘匿性をめぐる課題」について報告したい。

 このプレカンファレンスは、8月17日にクリーブランド公共図書館本館にて、SAA
の認定資格「デジタル・アーカイブズ・スペシャリスト(DAS)」のための講習会と
して行われ、講師はUCLA文書館長(主任アーキビスト)のHeather Briston氏が務め
た。DASの資格取得には、SAA年次大会などの折に開かれる講習会を一定数受講する
ことと、規定の試験に合格することが求められている。もっとも、DASはいわば「デ
ジタル環境下でアーキビストとしての役割を果たすことを保障する資格」という位
置づけであり、「資料のデジタル化」に特化した日本の「デジタル・アーキビスト」
資格とは性質が異なることに留意されたい。なお、この講習会は35名の定員を満た
して開催され、日本からは筆者と平野泉氏(立教大学共生社会研究センター)が参
加した。

 さて、この講習会では多様かつ刺激的な内容が凝縮されて提示されたが、概略
(配布テキストに基づく)は以下の通りである。

・アーキビストの「中核的価値(core values)」と倫理基準:それぞれ、SAAの規
 程として定められた項目を再確認。
・アクセスとは何を意味するか
・アクセス、プライバシー、技術
・秘匿性に関する法的枠組み:弁護士が作成する記録、文書の寄贈者との合意、医
 療上の記録、学校上の記録など。
・プライバシー、名誉毀損に関する法的枠組み
・機微な情報:ディスカバリ(民事訴訟上の証拠開示手続き)や文書提出命令への
 対処など。
・リスク管理:アクセスのレベルの設定(オンライン上のアクセスに関する権限の
 設定など)、アクセスにかかわる方針の策定、異議申し立てへの対処など。
・デジタル記録の処理の中での機微な情報の取り扱い:「デジタル・フォレンジク
 ス」といった情報技術にかかわる問題も、ここで触れられる。
・公的記録(公文書)に関する法的枠組み
・ケーススタディ:アーキビストとしての倫理的判断を問う。

 今回の講習会で講師が強調したのは、法的判断と倫理的判断を区別する必要性で
ある。つまり、まずどのような法制度が存在し、プライバシー・秘匿性や「記録へ
のアクセスの制約」を規定しているか、を確認する必要がある。これを踏まえつつ、
法制度が必ずしも規定しておらず、アーキビストが「中核的価値」と倫理基準のも
とで「専門的な判断」を求められる領域を認識し、具体的な問題に対処しなければ
ならない、ということである。加えて「専門的な判断」のために、方針の明文化と
実行、また情報技術の倫理的な活用の重要性にも、講師は力を込めて説明していた。
この講習会では、あくまで医療・学校記録など米国の法制度に則して説明されたが、
「法的判断と倫理的判断との区別」は国を問わず参考になる点であろう。

 もうひとつ、筆者にとって印象的だったのが、デジタル・フォレンジクス(コン
ピュータ上のファイルを復元する技術)などの情報技術が、当然のように語られて
いたことである。ケーススタディのひとつには、「『電子記録の収録分』として文
書館へ寄贈されたコンピュータに対し、デジタル・フォレンジクスのしくみを適用
したところ、寄贈者が削除したファイル(学術上の価値があると思われるが、寄贈
者のプライバシーにもかかわるもの)が見つかったとして、こうしたファイルの扱
いをどうすべきか」というものがあった。また、実際のしくみとして、AccessData
FTK Imager( http://accessdata.com/product-download )、Identity Finder (
http://www.identityfinder.com/ )といったソフトウェアも紹介された。なお、デ
ジタル・フォレンジクスについては、DASのための講習会が別に開かれている。こう
した情報技術について、「デジタル・アーカイブズ」のみならず、デジタル・ヒュ
ーマニティーズやデジタル・スカラーシップの中でどれだけ意識され、また利用さ
れているか、筆者としては気になるところである。

 講習会の中では、「デジタル・アーカイブズ」の実際のしくみや、アクセスの方
針に関する実例にも言及された。具体例としては、小説『悪魔の詩』をめぐって激
しい論争を引き起こしたサルマン・ラシュディに関する「ボーン・デジタル記録」
を含めたアーカイブズ(エモリー大学 http://news.emory.edu/tags/topic/salman_rushdie/
)や、電子上の個人情報の扱いについて寄贈者に確認を取るしくみを定めたペンシ
ルバニア州立大学の書式( https://scholarsphere.psu.edu/downloads/0k225b067
)などがある。このように、「電子記録の寄贈をアーカイブズとして受け入れ、そ
のアクセスの方針も具体的に定める」という米国の動向も、筆者にとっては驚きで
あった。

 以上のように、この講習会では「デジタル・アーカイブズにおけるプライバシー・
秘匿性をめぐる課題」が、米国の法制度や動向に即して、具体的に提示された。米
国においては「デジタル・アーカイブズ」の運営にあたり「故人のみならず存命者
にかかわるプライバシー・秘匿性」の対処の必要性が大いに認識されており、この
点をとってみても「秘匿すべき情報をあらかじめ対象から外した貴重資料のデジタ
ル化」の側面が強い日本の「デジタル・アーカイブ」とは位置づけが大きく異なる
こと、また「デジタル・アーキビスト」の位置づけも同様に日米で違いがあること
に、留意すべきであろう。

Copyright(C)KOGA, Takashi 2015- All Rights Reserved.
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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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 第50号という節目にもたくさんの皆さまからご寄稿いただきまして、ありがとう
ございました。今回は、いかにしてデジタルであることを生かして成果に結びつけ、
その評価をするか、という視点が中心となっていたように思います。

 また、巻頭言での大内さんが指摘している、「情報学の分野で認められたら国文
学の分野でも発表を」という点については、見落としがちだけれど、とても重要な
視点だと納得しました。常々、人文情報学や図書館情報学といった複数の分野にま
たがる領域をウォッチしていますが、個々の主題に戻った時にこそ真価が問われる
ものなのだということを改めて強く意識しました。

 紙幅の都合上、前編と後編で別れてしまいましたが、岡田さんの記事を読んだ後
に、後編のボドリアン図書館のファースト・フォリオについての記事を続けて読む
と、岡田さんが指摘している「倉のなかを、歩き回るのにじゅうぶんなだけ明るく
灯す」ことの意味がよく理解できるのではないでしょうか?

 この他、菊池さんの連載で紹介したアメリカ歴史学協会のガイドライン日本語版
も楽しみですし、古賀さんのレポートも示唆に富んだものとなっています。全部は
紹介しきれませんが、ぜひじっくり読んでいただけたら嬉しいです。

 次号もお楽しみに。

◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちして
います。
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人文情報学月報 [DHM050]【後編】 2015年09月28日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【 ISSN 】2189-1621
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