ISSN 2189-1621

 

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イベントレポート(2) 国際シンポジウム「デジタル化時代における知識基盤の構築と人文学の役割‐デジタル・ヒューマニティーズを手がかりとして‐」

◇イベントレポート(2)
国際シンポジウム「デジタル化時代における知識基盤の構築と人文学の役割‐デジ
タル・ヒューマニティーズを手がかりとして‐」
http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/CEH/sympo
(永崎研宣:一般財団法人人文情報学研究所)

 11月29日、東京大学福武ホールにて、日本、米国、英国において文化資料のデジ
タル化に取り組む方々により、国際シンポジウム「デジタル化時代における知識基
盤の構築と人文学の役割‐デジタル・ヒューマニティーズを手がかりとして‐」が
行われた。

 このシンポジウムのプログラムの概要は以下のとおりである。

○「シンポジウムの趣旨説明」
 下田正弘(東京大学大学院人文社会系研究科教授)

◎講演1「国会図書館のデジタル・アーカイブへの取り組みと人文学への期待」
 長尾真氏(国立国会図書館長)

◎パネル「デジタル・アーカイブにおける人文学の現在・未来」
 司会:A. Charles Muller氏(東大文学部次世代人文学開発センター特任教授)

○パネル講演1「共有・再利用のための知のデジタル・アーカイブ」
 武田英明氏(国立情報学研究所教授)

○パネル講演2「日本の文化資源の海外発信における課題」
 江上敏哲氏(国際日本文化研究センター図書館)

○パネル講演3「隙間に注意:デジタル・ヒューマニティーズを機能させるには
“Mind the Gap: making digital humanities work”」
 James Currall氏(グラスゴー大学ITサービス部門情報政策・サービス基準担当部長
         兼文学部人文学高度技術情報研究所上級リサーチ・フェロー)
 Michael Moss 氏(グラスゴー大学文学部人文学高度技術情報研究所研究教授)

◎講演2「デジタル化と人文学研究 “Digitization and Humanities Scholarship”」
 John Unsworth氏(イリノイ大学大学院図書館情報学研究科長)

◎全体ディスカッション
 コメンテーター:吉見俊哉氏(東京大学大学院情報学環教授)

(さらなる詳細は http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/CEH/sympo を参照)

 シンポジウム冒頭では、全体進行を務める下田正弘氏により、シンポジウムのバッ
クグラウンドの説明が行われた。下田氏自身の個人的な経験として、関わってきた
大規模な仏典デジタル化プロジェクトの中で、デジタル化、すなわち媒体を転換す
るというプロセスを通じて紙媒体が持っていた問題を顕在化させたこと、そして、
固有の知への深い理解なくしてはより良いデジタル化はできないということがあり、
こうした理解に基づいて人文学者は理想的な協力関係を図書館、企業、デジタル・
アーカイブ関係者と築いていく必要があり、そこにデジタル・ヒューマニティーズ
の大きな役割があるという期待がこのシンポジウムにつながっているということで
あった。

 最初の講演では長尾氏により国立国会図書館でのデジタル化への取り組みが紹介
された。すでに大量の資料がデジタル化されているが、データ容量の制約により40
0dpiでデジタル化せざるをえないこと、マンガでの裏写りをどうするかといった問
題点も指摘された。また、デジタルカメラで大量に撮影された東日本大震災の記録
アーカイブへの取り組みや、三次元風景・三次元動画の撮影といった将来的な可能
性にも言及があり、Webサイト情報の収集にあたってのメタデータ付与の自動化への
期待なども語られた。また、原資料の部分を取り出し、それを対象として検索を行
うことの必要性にも言及があった。これには画像のパターン認識技術への期待の一
方で、脚本と映画等のリンクによるテキストからの映像検索といったことも提示さ
れた。さらに、すでに展開しつつある日中韓の図書館間機械翻訳検索サービスも紹
介され、すでに日本韓国ではかなりうまく検索できているということであった。そ
して、最後に、新しい知の形成に資する図書館ネットワークの形成を作っていくこ
との重要性について指摘された。

 その後、Muller氏の司会によりパネルセッションが開催された。ここでは、まず、
武田氏によるLinked Open Dataを手がかりとした文化資料のデジタル化へのアプロ
ーチが紹介された。情報のライフサイクルという観点から、ミュージアム・図書館・
文書館等によってすでに公開されている情報を相互にリンクづけていくことでデー
タをより生かしていく可能性が提示され、その例として、Europeana、そして、LOD
ACプロジェクトへの言及があった。

 次に、江上氏による日本のデジタル化資料の問題点についての発表が行われた。
日本のデジタル化資料が海外から見ると極めて貧弱なものであり、デジタル化時代
が進むにつれて事態がますます深刻になりつつあることが様々な資料を通じて紹介
された。

 パネルセッションの最後はCurrall氏とMoss氏の二人による「ギャップにご注意」
であった。デジタルな世界、図書館、デジタル・ヒューマニティーズにおける多く
のギャップの指摘とそこへの対応の仕方ということで二人が代わる代わる話をする
という体裁であり、様々な問題点が指摘された。特に、個々の小さなプロジェクト
では継続性が難しく、「インダストリアルスケール」にのせることが重要であり、
グーグルなどのデータには色々問題はあるにせよ、想像力や創造性によって乗り越
えていくことが可能であり、そのためにはデジタル・リテラシーが必要となるとい
うことであった。

 次に、Unsworth氏による講演が行われた。Unsworth氏は全米図書館情報学大学院
ランキング1位のイリノイ大学において図書館情報学研究科長を務めるとともに、長
年にわたって国際的な人文学デジタル化の動向を牽引してきた人物であり、現在で
も国際的なデジタル・ヒューマニティーズのコミュニティにおいて主要な役割を果
している。この講演では、まず、これまでの欧米での図書館・文書館での議論をふ
まえ、デジタル複製物の可能性と限界、そしてリスクに関する見解が示された。特
に、リスクとしては、デジタル複製物を完全なものと思い込んで現物を処分してし
まうことと、デジタル化において文脈が失われる結果、文脈不在の理解が生まれて
しまうということが挙げられた。それから、デジタル化において解釈をどう扱うか
という問題が必ず出てくることについて様々な経験に基づいて示した上で、それは
むしろ我々の知を外在化させるというメリットとしてとらえるべきでありそのよう
にして学問が発展し得ること、そしてそれもまたデジタル・ヒューマニティーズの
新しい可能性であることが提示された。

 全体ディスカッションでは、まず、吉見氏によるコメントが行われた。16世紀の
印刷革命の状況が21世紀の情報爆発と似通っていることから当時の如く新しい知が
生成される可能性を指摘しつつ、そこに向けた日本における困難さと、デジタル・
ヒューマニティーズという枠組みへの期待が、全体に対するコメントとして語られ
た。次に、アルバータ大学教授のGeoffrey Rockwell氏により、各プロジェクト、各
大学が競合状態にならないように注意してもらいたいこと、東アジアといった地域
でのデジタル・ヒューマニティーズの発展にも力を入れてもらいたいこと、ゲーム
文化のアーカイビングの重要性などが指摘された。その後、フロアから出された質
問や意見について活発な議論が展開された。テーマとしては、デジタル・ヒューマ
ニティーズにおける研究者としての評価の問題、社会における評価の問題、教育の
問題、16世紀の知の転換についての問題、データの持続可能性の問題、といったこ
とが議論され、時間切れとなった。

 全体として、やや忙しいスケジュールであったが、全体ディスカッションの時間
は1時間近く確保され、同時通訳がついたこともあり、フロアとも様々な議論が展開
された。人文学のデジタル化に関わる方々には大変有益なものとなったと思われる。
なお、本シンポジウムについては前出のRockwell氏がブログにまとめているのであ
わせて参照されたい。
http://www.philosophi.ca/pmwiki.php/Main/TokyoDHSymposium2011

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