2011-08-27創刊
人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly
2014-02-26発行 No.031 第31号【後編】 436部発行
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◇ 目次 ◇
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【前編】
◇《巻頭言》
「『読む』という行為はデジタル技術でどう変わるか?」
(北本朝展:国立情報学研究所)
◇《連載》「Digital Humanities/Digital Historyの動向
~2014年1月中旬から2月中旬まで~」
(菊池信彦:国立国会図書館関西館)
◇人文情報学イベントカレンダー
【後編】
◇イベントレポート(1)
シンポジウム「東洋学におけるテクスト資料の構造化とWebの可能性」(後半1)
(北岡タマ子:お茶の水女子大学)
◇イベントレポート(2)
緊急シンポジウム:近デジ大蔵経公開停止・再開問題を通じて人文系学術研究における情報共有の将来を考える
(岩崎陽一:東京大学大学院人文社会系研究科特任研究員)
◇イベントレポート(3)
第3回「知識・芸術・文化情報学研究会」
(永崎研宣:人文情報学研究所)
◇イベントレポート(4)
「脚本アーカイブズの一般公開へ向けて-『アーカイブの現在と未来』」
(鈴木親彦:東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)
◇編集後記
◇奥付
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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇イベントレポート(1)
シンポジウム「東洋学におけるテクスト資料の構造化とWebの可能性」(後半1)
: http://www.dhii.jp/dh/zinbun/sympo2013.html
(北岡タマ子:お茶の水女子大学)
※本レポートは、前号における岩崎陽一氏のレポートの続編である。シンポジウム
の趣旨等については前号を参照されたい。なお、さらにこの続きを次号に掲載する
予定である。
三人目の発表者、宮本隆史氏(東京外国語大学)は、インドの刑罰制度の研究と
刑務所資料のアーカイブ化に取り組んでいる。これまで、英国レスター大学の刑務
所史(監獄史)研究グループに参加するなどして、南アジアやマレー半島、日本の
刑罰制度、また近現代史における南アジア地域研究を進め、同時にそれらの研究資
源となる資料のデジタルテキストアーカイブにも取り組んできた。「デジタル・ヒ
ストリー:スタートアップガイド」(風響社、2012年)の著書もある。
インドのある刑務所内の史料室にある雪崩れた資料の山を整理し、1860年から19
60年の100年間ほどの資料を抽出してみていくと、19世紀後半の社会工学最前線の様
子が垣間見られるという。刑務所の制度は植民地支配とともに世界に広まったもの
で、各地で現地の価値観や文化が監獄の形態に多様性を与えつつも、結果として非
常に似通ったものとして成立している。世界監獄会議の開催や書籍の流通等を通じ
て、刑務所というシステムに関しての国を越えての情報共有が当時は盛んであった。
このような近代における「制度」の比較研究のためには、デジタルテキストアー
カイブはとても有用であると発表者は言う。対象の「制度」がもつ、形式的な標準
化が進んでいるという状況・性質が、デジタル上でのテキスト比較によく馴染むそ
うだ。一方で歴史研究においては、デジタルアーカイブの活用に障壁を感じていて、
それを低くすることがこのような手法での研究を今後促進していくには必要とみて
いる。
その克服には主にリソースの確保が必要であり、国際横断的な研究環境の中で、
テキスト化の人員確保や資金手当ての方策などを立て、継続的に維持していくとい
った課題を挙げた。同時にテキスト化とマークアップには相応のリソースやコスト
がかかるのに対して、近代史研究では史料編纂自体が評価されにくい状況があり、
マークアップで解釈の差を識別することの有意性が必ずしも明確でないと指摘した。
また、技術上の課題として、当該分野の人名、地名の識別と共有化、及び異表記の
辞典作成の必要性とその共有化について述べた。
インド国内のアーカイブは閲覧可能なものが7割ほどで、収集状況は中央と地方と
でも差がある等、法的にはあっても実態として整っていないのが現状という。00年
代後半からGoogleやInternet Archiveなどの世界的な動向・関心によって英語資料
の画像化は進んでおり、近年では国立博物館・図書館でのデジタル化も進められて
いる。
発表者からは、歴史研究コミュニティを(社会に)育てるために、もっと大衆化
した「歴史」の扱いも可能になればよいという提言もあり、「アート」や「道楽」
としての歴史というものも、より一般に親しまれるようになればと期待が述べられ
た。
会場からは、インドの口承哲学のテープ300本のデジタル化プロジェクトに関わっ
たという岩崎氏(東京大学)から、国を越えては公費での謝金の支払いが困難だっ
たことなど、国際間での研究の困難について情報交換があった。
四人目の、大久保友博氏(大阪市立大学)は、中心メンバーのひとりとして関わる
「青空文庫」におけるデジタル上での共同翻刻の取り組みについて発表した。「青
空文庫」は1997年に開始された著作権切れの書籍のアーカイブと公開の活動だ。活
動はすべてボランティアの協働で成り立っている。
活動初期の1990年代には、ボランティア関与者は「入力者」「校正者」「世話人
」の区別があり、青空文庫サーバ上でのデータ作業と掲示板を利用したコミュニケ
ーションによって活動した。この方式は入力者と校正者の間に立ち、全体の調整を
担う世話人の負担が過多になり、維持が難しくなった。00年代には、「入力者」と
「校正者」は「点検」作業を介して向き合うようになる。このときにはデータベー
スシステムの活用やメーリングリストでのコミュニケーションがツールとなった。
この方式ではML上での非公開の議論が消極的にはたらき、関与者間の関係性の悪化
を招いた。現在は、ゲートキーパーとしての「点検者」を置き、「入力者」と「校
正者」がそれぞれに作業するかたちをとっている。「ゆるやかな壁」を置くことで、
感情的なもつれを軽減し活動をスムーズにする効果があるが、新たに恣意的な議論
と判断が懸念される場面を生み出している。
共同翻刻作業の課題は、一つには関与者の間でソーシャルな関わりをどこまで持
つかということ、二つ目には行為者(=作業者)を特定しない、つまり個人的な(
創作的)活動ではないもののなかに個人に係る意向や作業結果をどこまで許容する
かということ、三つ目には個々の関与者の行為の上に成り立つ「協働」の定義と範
囲をどのように定めるかということ、この三つであるという。
翻刻作業そのものは、オフラインでの各個人の作業になる。この過程でテキスト
の属人化が生じ、ルールと相反する際の統制には困難がある。ここに底本確保の難
しさや校訂本・電子写本の判断の問題が絡んで複雑になる事情もある。いかに客観
性を確保するかは、システム設計にも盛り込まれるべきであるという。
青空文庫には1998年以来、文字の選択など翻刻作業の指針にする「工作員マニュ
アル」があったが、構造化したテキストをコンテンツとするようになって、注記の
うち書式の定めについて解説した「注記一覧」と、テキスト版のまとめ方とXHTML版
への変換法をガイドした「組版案内」を2010年にサイトで公開した。機械可読を前
提とした注記は人間には入力しづらいことから、注記の存在は従来からボランティ
アの脱落原因や参加障壁となってきた。構造化作業と同時に入力・点検システムを
作らなかったのが失敗だと発表者は省みている。
発表者はこれからの共同翻刻作業について、管理運営の最小化、ワーキングツー
ルやクラウドの活用などによる入力・校正作業の最適化、ディスカッションのオー
プン化と適切化が望まれるとする。開かれた議論は可能なのか、組織としての意思
をボランタリーな個人が支えていく仕組みに限界はないのか。パブリック・ドメイ
ンに帰すべきオープンなデータ(コンテンツ)を社会に開放してきた活動の、今現
在の姿が語られた。
参加者の守岡氏(京都大学)からは、関与者の貢献や苦労に見合った評価のシス
テムを導入するというアイディアはないかとの問いがあった。それに対しては、テ
キストの評価が入力者の評価と(意図せずとも)同期してしまう懸念があり、評価
が付かない側のネガティブな受け止めへの対処が難しいとの回答がなされた。フロ
アの青空文庫ボランティアのひとりからは、入力される作品の数に対して校正者が
少ないため公開に時間を要する現状について、入力は達成感があるが、校正はモチ
ベーションが得られにくいといった違いに触れつつ、校正数で入力可能権を得るポ
イント制の提案が以前にあったことが紹介された。入力作業をするためには校正作
業に携わることも避けられなくする仕組みだが、そのようにして全体の活動を前進
させようとすることと個人の参加意思との間にある温度差には調整がいるようだ。
一方、校正作業は本当に実行されたかどうかの確認が取りにくい側面もあると、作
業の性質上の指摘も永崎氏(人文情報学研究所)からあった。
(後半2は来月号にて掲載いたします)
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◇イベントレポート(2)
緊急シンポジウム:近デジ大蔵経公開停止・再開問題を通じて人文系学術研究にお
ける情報共有の将来を考える
: http://www.dhii.jp/dh/zinbun/daizokyo2014.html
(岩崎陽一:東京大学大学院人文社会系研究科特任研究員)
本シンポジウムの告知が行われたのは、開催のわずか10日前。それにも関わらず、
会場となった京都大学時計台記念館には、日本各地から人文系および理系の研究者、
法律家、図書館職員などが駆けつけた。この「緊急」シンポジウムに対する関心の
高さが窺われる。
シンポジウム冒頭で、企画者である永崎研宣氏(人文情報学研究所)と安岡孝一
氏(京都大学)から、この日議論のテーマとなる問題の概要が説明された。ことの
起こりは、国立国会図書館が近代デジタルライブラリー(以下「近デジ」)におい
て、大藏出版の販売する『大正新脩大藏經』(漢訳仏教経典集成、全88巻。1924-34
年出版。以下「大正藏」)と『南伝大蔵経』(パーリ語仏教経典集成の日本語訳、
全65巻70冊。1935-41年出版。以下「南伝」)のデジタル提供を開始したことにある。
大正藏については2007年に32巻が、2013年2月には全巻が公開され、また南伝につい
ては21冊だけが公開された。いずれについても、国会図書館は著作権上の問題がな
いと判断して公開したものと考えられる。
しかしこれに対し、日本出版社協議会および大藏出版から、主にビジネスへの影
響を懸念しての公開中止を求める意見が出された。それを受けて、国会図書館は両
資料の公開を暫定的に停止して出版社側と協議を持ったが、今年2014年1月7日、大
正藏の再公開と南伝の公開停止延長とが発表された。大正藏については版元のコス
ト回収が済んでいるので停止する根拠がないこと、南伝については大藏出版が近年
開始したオンデマンド版の投資コストが回収できていないことが判断の主たる根拠
である。
この一件は、多くの複雑な論点を内包している。大正藏の校訂者や南伝の翻訳者
にはその著作権が消失していない者も含まれるが、彼らの著作権はなぜ保護されて
いないのか。もともと商業的には厳しい学術情報の出版事業はいかにして護られる
べきなのか。学術情報のデジタル化と共有はどこまで推進されるべきなのか。今回
の緊急シンポジウムは、近デジ大藏経公開問題をきっかけとして、これらの問題に
ついて考え、人文系学術研究における情報共有の在り方を検討しようというもので
ある。午前は近デジ問題を中心に取りあげ、一方午後は、より広い視座からの検討
を行う。なお、本シンポジウムは、近デジと版元のいずれかを擁護しようという趣
旨のものではない。
以上の概要と趣旨説明に続き、法的問題について専門家の意見を仰ごうというこ
とで、堺筋駅前法律事務所の井上周一弁護士の見解が示された。論点のひとつは、
大正藏の校訂者と南伝の翻訳者に有効な著作権があるか、というところに措かれた。
もし著作権があるならば、近デジでの公開は認められないものとなるだろう。しか
し、日本の著作権法によれば、著作権が保護されるには、それが著作者の「著作物」
である必要がある。そして、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの」で
なければならない。大正蔵の校訂者の仕事には、(人文学者には受け入れがたい話
ではあるが)創作性と呼べるものを見出しがたく、そこに著作権を認めるのは難し
いだろう。一方、南伝の和訳には明確に創作性があり、それは著作物として認めら
れる。しかしここで、南伝全65巻が個々の翻訳者の著作物なのか、それとも奥付に
編纂主体として記載されている「高楠博士功績記念会」(以下「記念会」)という
団体の著作物なのか、という問題に行き当たる。翻訳者個々人の著作であれば、よ
く知られているように、著作者の死後50年(旧著作権法では38年)で著作権が失効
するが、団体の著作物である場合は公表後50年(旧法では33年)に限定される。し
たがって、個人著作物ならばいまだ翻訳著作権は有効、団体ならば失効しているこ
とになる。そして、南伝の著作者がいずれかの判断は、奥付の記載によるのではな
く、記念会がいかなる団体であり、実際に筆を執った翻訳者らとどのような役割分
担が為されていたかを調査して為されなければならないという。本件の場合、記念
会には団体としての運営と組織があったと推察されるので、団体著作物とみなされ
る可能性は十分にある、というのが井上弁護士の見解であった。
この後行われたディスカションの詳細は省略するが、ディスカションの最後に示
された、下田正弘氏(東京大学、大藏經テキストデータベース研究会代表)のコメ
ントについては特記しなければならない。下田氏は、現在の日本の著作権法が本件
にどう適用されるか否かを論じるのではなく、著作権に対する考え方そのものに検
討の余地を見出す。人類の叡智を受け継いでいくという人文学の営みは、既存の著
作権では覆いきれないのではないか。たとえば三蔵法師玄奘は無数のサンスクリッ
ト語経典を漢文に訳したが、そこでは原典に可能な限り正確であり、翻訳者の創作
性をいかに発揮しないか、ということが意識されている。その意識は、大正藏の校
訂者たちにも、また大藏經テキストデータベースを構築している現役の研究者たち
にも受け継がれており、その仕事に創作性は意図されていない。このような、著作
権法では保護されないが、その存続が保護されるべき営みについて、公益性や公共
性という観点から深く検討を加える必要があるだろう。創造性の認められない仕事
は、一般社会で評価されず、利益にもつながらない。しかしそれは、文化の継承に
おいて不可欠である。下田氏は、この状況をもっと切実な問題として捉えていかな
ければならないと警告する。
これを聞き、筆者には、冒頭で永崎氏が言及していたドイツの著作権法の特殊規
定が思い起こされた。ドイツでは、著作権の保護を受けない著作物について、それ
が学術的な成果を示し、かつ従前知られた刊行物と実質的に区別されるならば、著
作権が認められる著作と同じように保護されるという。人文学、とくに文献学では
常に世界を牽引しているドイツの深い理解がここに見てとれるだろう。
午後の部では、著作権法の権威である岡村久道弁護士(国立情報学研究所)、お
よびWinny事件をはじめとするデジタル公開と著作権の問題に深く取り組んでいる壇
俊光弁護士(北尻総合法律事務所)を新たに招き、午前の議論に続いて、本件に関
する法律上の問題がさらに詳しく検討された。われわれ研究者は、当初、大正藏と
南伝が著作権の保護を受けることを前提に、その著作権が失効しているか否かが問
題の焦点であると考えていた。しかし法律に照らせば、実はこれらの研究成果がそ
もそも著作物と見なされるか否か、というより根源的な問題に取り組まなければな
らないことが明らかになった。
人文学の成果に対する現行著作権法の厳しい対応が浮き彫りになったところで、
そのような、保護と理解をなかなか得られない、かつ公益性の観点から高く評価さ
れるべき成果を上げているプロジェクトとして、山田奨治氏(国際日本文化研究セ
ンター)による古事類苑(明治期の百科事典、全1000巻、6万7千頁)の全文データ
ベース、ならびにA・チャールズ・ミュラー氏(東京大学)の電子仏教辞典(DDB)
の概要が、それぞれの中心人物により紹介された。著書『日本の著作権はなぜこん
なに厳しいのか』でも知られる山田氏は、学術情報は広く共有されるべきであり、
それが公共の予算で作られているものであるならばなおさらだと主張を述べつつ、
そのような公益性の高いデータ作りの仕事がいっこうに評価されない現状を憂いて
いる。一方ミュラー氏は、多くの研究者らの集合知であるDDBの構築において、寄稿
者らへいかにしてインセンティブを与えるかという課題を提示し、DDBの試行錯誤を
成功例として紹介した。
人文学の研究成果が著作権法により保護されず、クリエイティヴという評価も為
されないのであれば、それを生産し、共有していこうとする研究者の営みは、いか
にして動機付けられ、護られ、推進されていくべきなのか。このような問題が明確
になったが、シンポジウムの議論は尽きず、予定を30分超過したところで議論の続
きは次回へ持ち越しということになってしまった。この議論の動向は、引き続き報
告していきたい。
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◇イベントレポート(3)
第3回「知識・芸術・文化情報学研究会」
: http://www.arc.ritsumei.ac.jp/lib/GCOE/info/2014/02/3-2.html
(永崎研宣:人文情報学研究所)
2月8日、アート・ドキュメンテーション学会関西地区部会と情報知識学会関西部
会の共催により、第3回「知識・芸術・文化情報学研究会」が立命館大阪梅田キャン
パスにて開催された。筆者は、残念ながら、午後からの参加となった。しかもこの
日の雪の影響で新幹線が遅れてしまい、午後の最初の発表の開始に少しだけ間に合
わなかった。とはいえ、会場となったキャンパスは大変地の利が良く、少しの遅れ
ですんだことはありがたいことであった。聴講した発表のなかには、十分に固まっ
た段階ではないように見受けられるものも散見されたが、若手の交流が主眼の会合
であることから、むしろそのような試行錯誤が許容される場として捉えつつ、筆者
の印象を簡単にご報告しておきたい。
午後からの発表では、一人の発表キャンセルがあった。ほとんどが大学院生~ポ
スドクの発表であり、分野としては情報工学から日本文化まで、多岐にわたるもの
であった。それらの発表者・発表タイトルの概要については以下の通りである。
●遠藤淳一(和歌山大学大学院 システム工学研究科M2)
「閲覧時間を考慮したWeb情報検索支援システム」
●野田長寛(和歌山大学大学院 システム工学研究科M1)
「個人利用向け情報管理システムの構築」
●山路正憲(立命館大学 衣笠総合研究機構研究員)
「語彙索引作成ツールの開発による役者評判記索引の効率化」
●加藤拓磨、久山岳夫、Biligsaikhan Batjargal、木村文則、前田亮(立命館大学)
「メタデータを用いた異言語浮世絵データベース間における同一作品の同定手法」
●加茂瑞穂(立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー)
「型紙に表現された文様の分類方法について」
●松森智彦(同志社大学文化情報学研究科・日本学術振興会特別研究員(PD))
「近代物産誌と民俗資料を用いた北飛騨民俗ナレッジベースの構築と活用」
全体として、採り上げたテーマについて積極的に深めていこうとする発表が多か
ったことは喜ばしく感じた。なかでも、先行する関連研究についてもきちんと確認
した上で小さなテーマをきちんと設定して研究を進めているものが見られた。また、
これまで開発してきたシステムをいよいよ公開しようとするべく、そこまでの試行
錯誤について紹介するもの、これまで研究してきた事柄をまとめて公開しようとす
るものなど、それぞれに課題に取り組んでいる若手の発表を聞くことができたのは
ありがたいことであった。一方で、やや視野の広がりが十分でないように見受けら
れる発表も少なくなかった。
とはいえ、それは、人文学におけるデジタル技術の活用という学際的な研究活動
においてはどうしても避けがたい問題である。研究活動としてきちんとこなすため
には、人文学としての分野におけるこれまでの研究と情報工学における研究、それ
に加えて、両者を応用した研究(これが我国でさえ20年以上の蓄積がある!)を踏
まえましょう、ということになってしまうのである。一つの分野を修めるだけでも
大変なところに、もう一つの分野と、さらにそれらの応用分野についても……とな
ると、勉強する学生だけでなく、指導する教員の方も必要な情報提供や指導が十分
にできるとは限らない。この研究会においては、それをケアするような形で、別の
視点からの指摘が様々になされた。
このようにして若いうちから外の研究者と交流を行うことで色々な視点から鍛え
ていくことは、人文情報学(DH)のようなある程度歴史のある学際領域においては
特に重要なのではないかと改めて感じたところであった。その意味で、この研究会
はとても貴重な機会を若手に提供する場であると言えるだろう。また、このような
場で発表をする若手を、ややインフォーマルな形で鍛えるような場に、中堅・ベテ
ランの方々が参加することも重要なのではないかとも感じた会であった。今後は、
より広く色々な方々にご参加いただけるとよいのではと思っている。もちろん、ご
参加の際には、上記のような事情を踏まえて、あくまでもお手柔らかに、というこ
とを忘れないようにしていただきたいが。
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◇イベントレポート(4)
「脚本アーカイブズの一般公開へ向けて-『アーカイブの現在と未来』」
: http://www.nkac.jp/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A...
(鈴木親彦:東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)
2014年2月11日、東京大学福武ホール・ラーニングシアターにて、一般社団法人日
本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム[1]による脚本アーカイブズ・シンポジウ
ムの第四弾にあたる、「脚本アーカイブズの一般公開へ向けて-『アーカイブの現
在と未来』」が開催された。
脚本家の故市川森一氏らの努力によって収集されてきた脚本・台本が国立国会図
書館および川崎市民ミュージアムに受け入れられ、本年4月以降に脚本アーカイブズ
として公開される予定となったことを受け、その報告と今後の方向性を考えるため
のシンポジウムである。
コンソーシアムのサイトに掲載されているシンポジウムプログラム[2]の通り、
講演・ディスカッション共に多岐にわたる議論が起こされたが、メーリングリスト
購読者の関心は脚本に関するデジタルアーカイブ構築と公開の問題にあると思われ
るので、その点に重点を置いて報告をしていきたい。
シンポジウム前半では、放送評論家の上滝徹也氏による脚本・台本の文化的重要
性についての講演に続いて、弁護士の福井健策氏がデジタルアーカイブに関する現
行の法制度の課題について特に著作権を中心に講演を行った。現在の日本で、脚本
をデジタルアーカイブ化する際に作業現場で遭遇する権利処理の問題と、その解決
に向けた提案が主な内容であり、特に新しい資料を中心としたデジタルアーカイブ
を計画する際、一般的に参考となる情報が多く含まれている。
福井氏の説明によれば、単に脚本を収集し展示するだけならば権利処理はそれほ
ど問題にはならないが、それをデジタル化するとなると様々な問題が生じてくる。
そもそもデジタル化という行為そのものが著作権法で言う「複製」行為にあたるた
め、私的利用の範囲を超えたアーカイブ化においては、当然権利者の同意が必要と
なる。不特定多数の目に触れる上映や、ウェブ上での送信も同様である。
しかし脚本アーカイブズで収集されている放送台本の作家3104名中、約半数が特
定できない又は連絡がつかない状況にある。テレビ放送開始以降という比較的新し
い時代のものであっても、多くが孤児作品(Orphan Works・権利者が不明の著作物)
となってしまっているのである。このために、権利処理が行えないばかりか、権利
者特定にかかるコストが権利処理のコスト全体を脹れあがらせる結果となっている。
台本という基本的な資料に関する限りでもこの問題は大きいが、台本につけられ
たメモ、挟み込まれた切り抜きや写真など、当時の状況を知るために重要なその他
の資料について考えると、権利処理のコストはさらに大きなものとなる。この結果、
「手元に資料はあるが、デジタルアーカイブとしては公開できない」「そもそもデ
ジタル化もできない」という決断を下さざるを得なくなることが多い。
福井氏は、欧米の孤児作品対策の法整備や日本における文化庁長官の裁定制度な
どの実例を引きつつ、権利処理問題解決と脚本アーカイブ成功のためのいくつかの
提案を行っている。大まかにまとめると、次の三点になろう。
孤児作品の権利処理を権利者が名乗り出た場合には相応の対応をする前提で簡易
化すること、デジタル化のためのラボの設置、デジタルアーカイブ間のネットワー
ク化と統一のゲートウェイの整備である。
講演では詳しく触れられなかったが、この他にデジタルアーキビスト専門教育の
実施や、公的アーカイブのオープンデータ化の促進なども提案されている。そして
何よりも、デジタルアーカイブの促進に向けた予算の増加が欠かせない、として講
演を締めくくった。
シンポジウム後半、東京大学の吉見俊哉教授が司会をするパネルディスカッショ
ンにおいては、公開を第一ステップと考え、以降の活用の可能性について語られた。
ニッポン放送会長の重村一氏と、NHKエンタープライズの西村与志木氏からは、実際
に番組制作の現場にいた経験から、制作過程で社会の圧力や状況に応じて変化する
台本・脚本の変遷が見えるアーカイブや、実際にドラマ化された映像とリンクした
アーカイブの可能性について発言があった。
また早稲田大学坪内博士記念演劇博物館館長の岡室美奈子氏からは、演劇博物館
の取り組みの紹介と共に、博物館と図書館の資料の扱いの違いをいかに考えるかと
いう提言が行われた。前半に引き続き登壇した福井氏からは、議論の中で整備して
いくべき法制度の問題と、現場が敢えてグレーゾーンを活用して判断する問題を使
い分けていくべきといった意見も出された。
ディスカッション後の質疑応答では、脚本アーカイブの他のアーカイブとの連携
の可能性や、保存の範囲は決めるのかという質問、メタデータの構築ルールはどう
するかという問題提起といった会場からの声が上がった。
脚本や台本は、番組制作過程の記録としても当時の文化を知る上でも、極めて重
要な情報を多く含んでいるが、あくまでも制作現場で利用されるためのもので、古
本などと違い基本的には一般には出回らない。保存するために作っている訳ではな
いので、制作会社やテレビ局に体系的に保存されることも少ない。もちろん国会図
書館の納本制度の対象外であり、このアーカイブの試みの様に敢えて収集しなけれ
ば失われていく存在である。収集を始めた市川氏と、それに賛同し協力した人々の
努力が、今回脚本アーカイブズという一つの形となったことの意義は大きい。
一方で、「公開開始を前に、脚本のアーカイブをめぐる現状を踏まえ、同種の問
題や課題を抱える『文化関係資料アーカイブ』について討議。今後の期待やデジタ
ルアーカイブの可能性についてアイディアを提示し、課題となる著作権問題に触れ
ていきます。」と主催者の挨拶にあったように、シンポジウム内でのデジタル化に
ついての議論は、あくまでも今後の可能性にとどまるものではあった。
コンソーシアムと協定を結んだ共催者として文化庁長官の青柳正規氏が挨拶し、
彼が前半の講演を非常に熱心に聴いていたことなどから、脚本アーカイブは今後よ
り整備されていくと考えられる。一方で、ディスカッション時に会場からの質問が
出たように、アーカイブそのものをどのような設計でデジタル化していくのか、ま
た実際の作業に際してそういった設計ができる人材が内部にいるのかなどの点は今
回のシンポジウムでは明らかにはならなかった。国会図書館が受け入れ先であり、
コンソーシアム事務局・事業局体制がしっかりしていることは確かなように見受け
られたので、理念先行で作っただけで活用されないアーカイブといった結果になる
可能性は低いだろう。とはいえ、デジタル化に際しても先攻事例を研究してNIIなど
の動きと連携し、理念と実務のバランスが取れた構築を期待したい。いずれにせよ
本シンポジウムは、今後も増加するであろう新しいアーカイブの構築に向けた一事
例として興味深いものであった。
[1] http://www.nkac.jp/
[2] http://www.nkac.jp/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A...
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配信の解除・送信先の変更は、
http://www.mag2.com/m/0001316391.html
からどうぞ。
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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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人文情報学月報第31号はいかがでしたか?今号は、巻頭言、連載、イベントレポ
ートのどれも読み応えのある内容だったように思います。ご寄稿いただいた皆さま、
ありがとうございました。
さて、前号で気になるとご紹介した『DHjp』を手に入れて少し読んでみました。
まだ、じっくり読むことができていないのですが、この雑誌は紙版と電子版(PDF)、
両方での出版のようです。今回は紙版を購入してみましたが、次号は電子版を購入
してみようかなと思っています。
今号の巻頭言でも述べられているとおり、テキストを「読む」ことはソフトウェ
アを通じても可能になってきました。これまで発行してきたこのメールマガジンも
一度何かのソフトウェアで読み、分析をしてみても良いかもしれません。これまで
掲載したレポートを横断的に、ある程度カテゴリ分けして読んだりすることもでき
そうですし、頻出のキーワードを分析すると、逆に手薄な部分も見えてきそうです。
様々な角度から切り取ることが手軽に可能になることを想像すると、とても面白そ
うです。
◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちして
います。
情報提供は人文情報学編集グループまで...
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人文情報学月報 [DHM031]【後編】 2014年02月26日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【E-mail】DigitalHumanitiesMonthly[&]googlegroups.com
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【サイト】 http://www.dhii.jp/
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