2011-08-27創刊 ISSN 2189-1621
人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly
2017-07-31発行 No.072 第72号【前編】 675部発行
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◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「デジタルアーカイブの利活用に向けて」
(中村覚:東京大学情報基盤センター学術情報研究部門)
◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第28回「郷土資料と驚異の部屋」
(岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー
◇イベントレポート「ナショナルな地域文化資源:地方紙の活用に向けて-地方紙原紙のデジタル化状況調査から見えてきたこと」
(鈴木親彦:情報・システム研究機構データサイエンス推進基盤施設人文学オープンデータ共同利用センター 特任研究員)
◇編集後記
◇奥付
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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《巻頭言》「デジタルアーカイブの利活用に向けて」
(中村覚:東京大学情報基盤センター学術情報研究部門)
私がデジタルアーカイブと出会ったのは、学部四年生の研究室配属の時でした。当時工学部に所属していた私は、船舶工学を專門とする研究室に配属が決まり、物流シミュレーションといった船舶関係の研究に取り組もうと考えていました。そんな時、配属先の指導教授から「デジタルアーカイブというものがあるから、その活用方法を検討してみないか」という提案を受け、興味を持った私が「やってみたいです」と答えたことをきっかけに、デジタルアーカイブをテーマとした私の研究活動がスタートしました。
なぜ船舶工学を専門とする研究室でデジタルアーカイブなのか?という点については、「平賀譲」という人物に関係します。平賀譲博士は第13代東京帝国大学総長・海軍技術中将であった人物です。彼は海軍軍艦の図面、技術報告書、写真、東京帝国大学の経営に関する書類、個人の日記書簡など、技術史や教育史、海軍史上重要な資料約40,000点を残しました。これら資料の保存と公開を目的とし、指導教授が中心となって進めたプロジェクトの成果物として、「平賀譲デジタルアーカイブ[1]」の公開に至りました。
そしてプロジェクトの次段階として、平賀譲デジタルアーカイブの活用・研究利用がテーマとなり、私が主担当として割り当てられることになりました。
上記のような背景から、研究を開始した当初は、歴史研究の経験や方法論に関する知識が全くない状態でした。そこで指導教授のツテを辿り、歴史研究者や学芸員といった専門家を訪ね、どのように歴史資料を利用しているか、どのような活用方法が考えられるか、等のヒアリングを行なうことから研究を始めました。そして、この各種専門家へのヒアリングから、「歴史資料を使用する点では共通しているが、利用者によって資料を用いる目的や方法は様々である」という点が強く印象に残りました。
例えば、平賀譲文書の目録データの作成を担当した研究者は、如何に客観的にデータを記述するか、資料をどのように分類して管理するか、といった点を重視しながら資料を整理していました。また、造船史や教育史に関心のある研究者は、図面から読み取ることができる煙突本数の数や、日記に書かれた言動の変遷など、各々の研究課題の解明に必要となる情報を取得するために歴史資料と向き合っていました。
さらに、平賀譲文書に関する展示企画を担当した専門家は、資料に関する客観的な情報である目録データに加え、その資料が作られた背景や関連する出来事等に関する情報を整理し、展示資料やテーマに馴染みのない閲覧者でも理解しやすいような提供方法を検討していました。これらの知見は特別新しいものではありませんが、今でも私の研究に強く影響を与えています。
このヒアリング結果から、「利用者の様々なニーズに答え得るシステムを構築する」ことを研究方針、デジタルアーカイブの活用に向けた要件定義の一つとして定めました。そして、システムの実現に向け、Web上のデータを公開・共有するための仕組みであるLinked Data[2]に注目しました。詳細な説明[3]は割愛しますが、「柔軟なデータ表現が可能である」「データアクセスのための仕組みが標準化されている」という二点に着目しています。
「柔軟なデータ表現が可能である」ことにより、デジタルアーカイブで公開されている情報に対して、利用者が目的に応じて自由に情報を追加することができます。例えば、目録データとともに画像が公開されている歴史資料に対して、研究者による研究過程で得た発見や研究ノートの追加や、展示企画者等による展示資料に関するキーワードや背景説明の追加が可能です。様々な目的を持った利用者が蓄積する多様な情報が歴史資料に関連づいた形で一元的に管理されることにより、異なる活動や利用者間のデータの相互利用を支援することができます。
二点目の「データアクセスのための仕組みが標準化されている」ことは、蓄積されたデータの可視化等を行なうアプリケーション構築の容易化に繋がります。実際、Linked Dataを用いたアプリケーションの開発コンテストが実施されています[4][5]。近年は「d3.js[6]」などの数多くの可視化ライブラリが使用できるため、アプリケーションから発行する検索クエリを変更するだけで、各々の利用者や活動の目的に応じたアプリケーションの構築やデータの可視化に注力することが可能となります。
これらの利点を踏まえ、現在はLinked Dataを用いたデジタルアーカイブの活用に関する研究に取り組んでいます。具体的には、国立歴史民俗博物館が提唱している「博物館型研究統合[7]」などを参考に、歴史研究活動を「資源」「研究」「展示」の三つに整理し、それらの活動の有機的な連携を目指しています。各々の活動で生み出される各種データをLinked Dataによって関連付けて管理することにより、活動間におけるデータの相互利用を支援するシステムを構築しています。
さらに今後は、市民や学生、歴史研究者から情報技術者といった多様なユーザがデジタルアーカイブを活用し、他のユーザがその成果物を再利用できるような環境を構築したいと考えています。これにより、様々なステークホルダー間でデジタルアーカイブの価値を共有できるサステナブルなシステムの在り方について研究を進めていきたいです。
[1]平賀譲デジタルアーカイブ, Available at: < http://gazo.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/hiraga2/ >. Accessed on: Jul 17th 2017.
[2]Linked Data - Design Issues, Available at: < https://www.w3.org/DesignIssues/LinkedData.html >. Accessed on: Jul 17th 2017.
[3]嘉村哲郎, 大向一輝, 人文科学におけるLinked Open Data の活用, 人工知能, Vol.32, No.3, pp.401-407, 2017.
[4]The Europeana Creative Challenges, < http://pro.europeana.eu/get-involved/projects/project-list/europeana-creative/challenges >. Accessed on: Jul 17th 2017.
[5]江上周作, 渡邊勝太郎, オープンデータのコンテスト型普及活動:LODチャレンジとJSTの連携イベントを例に, 情報管理, Vol.60, No.4, pp.261-270, 2017.
[6]Data-Driven Documents, Available at: < https://d3js.org/ >. Accessed on: Jul 17th 2017.
[7]国立歴史民俗博物館, 重信幸彦, 小池淳一編, 民俗表象の現在 : 博物館型研究統合の視座から, 岩田書院, 2015.
執筆者プロフィール
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中村覚(なかむら・さとる)
東京大学大学院新領域創成科学研究科博士後期課程を2017年3月に修了。博士(環境学)。同年4月より東京大学情報基盤センター学術情報研究部門助教。平賀譲デジタルアーカイブをはじめとするデジタルアーカイブの構築と、その利活用に向けたシステムの在り方について研究している。所属学会は、情報処理学会、Alliance of Digital Humanities、日本船舶海洋工学会など。
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◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第28回「郷土資料と驚異の部屋」
(岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
池澤夏樹『見えない博物館』(平凡社ライブラリー、2001)ではなかっただろうか、「驚異の部屋」を知ったのは。「驚異の部屋」(英Cabinet of Curiosities, 独Wunderkammer)とは、西洋の拡張期に対外的な版図の拡大にともなって手に入れためずらしいものを誇るために、王侯貴族からブルジョアまで競って作ったコレクションルームのことである。物珍しさが勝ったそれは、結果的に博物学を発展させ、後世には「民族学博物館」となったりもする。
ライデンにある世界初だというオランダ王立民族学博物館は、オランダ王室の「驚異の部屋」の中身を直接的に受け継ぐが、その成立の経緯には、シーボルトが自身の将来した日本関係コレクションの処遇をめぐり、好奇の目を脱して「科学的な処置」を目指したという一幕が存する。池澤の文章は、そんな「驚異の部屋」のひとつを訪ね、その雑多さと、もし名前を付けるのだとすれば、オリエンタリズムともなるだろう視線の問題を考えていたものだったと覚えている。
自分自身行ったことがあるという身内贔屓のようなものではあるが、今回取り上げるのは、船橋市西図書館が2017年7月7日にオープンさせた「デジタルミュージアム」をめぐってである[1][2]。船橋市西図書館は、船橋市の中心的な図書館であり、船橋市の神社仏閣や旧家に伝わる資料の寄贈も受けて貴重な資料も所有している。このデジタルミュージアムでは、船橋市西図書館の所蔵する郷土資料のほか、郷土資料館の所蔵する船橋市内の古写真や絵葉書、また船橋市にゆかりのある洋画家、椿貞雄の絵画のデジタル画像が公開されている。
郷土資料館の資料は、大半が旧船橋町関係で、旧二宮町のものも散見し、それ以外の旧町村は数点ずつのようである。椿貞雄の絵画画像はなかなかの高精細であるが、ダウンロードはできない(なお、著作権は今年で満了するようである)。船橋市西図書館の資料は、現状、浮世絵476点(名所絵157点、名場面154点、姿絵165点)、地図130点、絵画95点、絵葉書48点、古文書51点、その他83点とのことである。
古文書とされるもののうち、『墨蹟遺考』(目下亭青高、1831序[3])については、翻刻文を重ね合わせて、また翻刻だけでも読むようができるように工夫されている。浮世絵はひろく所蔵するものをデジタル化したように思われるが、そのほかのものについては、船橋市あるいは下総という文脈から分かりやすいものが選ばれているようである。ほかにも貴重なものがあるはずだが、それらについては目録もふくめてウェブ上で発信されたものはない(出版はされている)。
「驚異の部屋」の問題点は、端的に言えば、その品がもとあったところから切り離されてしまっていること、そして、好奇の目を満足させる選び方をしてしまうことの2点にある(この問題は、展示するという営みにはいつまでも付き纏う悩みの種ではあろう)。船橋市西図書館にある資料は、郷土資料と一見見えなくても、船橋というフィルターを通して現代に伝わるものがほとんどであろう。
書庫にある「ふつうの古典籍」と、いわゆる郷土資料は、べつに無関係ではなく、ひとしく郷土資料なのだという視点がなければ、昔のものを学ぶことは難しく、ただ昔のものを見て喜ぶことになってしまう。船橋市西図書館には宋版すらあるが、そのような文事の伝統はこのデジタルミュージアムからまったく窺い知ることができない。そのような文物を伝えられるような土地柄であったからこそ、分かりやすい郷土資料も豊かに作られたのであるのに。
もちろん、「ふつうの古典籍」として珍しいものがないのは、船橋市に有力な大名がいたわけでも、著名な私塾があったわけでもなかったことを踏まえれば不思議ではなく、わざわざ見せるに及ばないと考えたのかもしれない。しかし、ほかの地域資料についても、なぜ斯様な資料が残されたのかという観点を満足させてくれる説明はない。一般論として、資料そのものをいきなり提出されても途方にくれるばかりで、意図せずとも「驚異の部屋」になってしまいがちである。
ウェブはウェブの世界があり、いくら出版というかたちで文脈を作ってきていたとしても(さきほどの『墨蹟遺考』も、「船橋市西図書館所蔵史料集」の一環として出版されたものに基づくようだ)、ウェブで見れなければ十分とは言いがたい。その点で配慮が足りなかったのではないかと思料する。
船橋市西図書館は、郷土資料寄贈の依頼として、「「郷土資料」=地域の歴史を証明する資料であり、また、地域住民が自分の住むところについて知り、学び、地域に活かすために必要不可欠な資料であると、私たちは考えています」というふうに書いている[4]。たいへん優れた志であると思う。しかし、それを展示する先が「驚異の部屋」であっては、その志が伝わるかどうか、危ういように思われてならない。
翻って日本学という立場で見れば、このような「驚異の部屋」ができてしまうということは、そのような地域に根ざす文事を地域が、あるいは公共団体が受け止める手助けをしきれていないということを意味しよう。地域連携ということばがうんざりするほどに取り沙汰され、すでになすことはなしたかのように思えても、実際には成し遂げられていることは多くはないのかと不安にさせられる。個別の問題があるいはあるのかもしれないが、デジタルミュージアムレスキューというのも、あるいは必要になってくるのだろうと感じさせた。
[1] http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/list/201707/CK2017070702000172.html 船橋市西図書館 「デジタルミュージアム」きょう開設 - 東京新聞
http://www.city.funabashi.lg.jp/event/exhibition/p054295.html 船橋市デジタルミュージアムが開館しました!-船橋市
[2] https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/1220415100 船橋市西図書館 船橋市デジタルミュージアム
[3] http://dbrec.nijl.ac.jp/KTG_W_4380728 日本古典籍総合目録データベースによれば、船橋市西図書館蔵本のみが伝わるものらしい。身辺の風俗の考証と、国学に影響されたらしい言語文化への考証がないまぜになった書である。
[4] https://www.lib.city.funabashi.chiba.jp/tokyobay.html 西図書館 郷土資料室|船橋市図書館
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続きは【後編】をご覧ください。
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人文情報学月報 [DHM072]【前編】 2017年07月31日(月刊)
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