ISSN 2189-1621

 

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DHM 034 【後編】

2011-08-27創刊

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2014-05-28発行 No.034 第34号【後編】 476部発行

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 ◇ 目次 ◇
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【前編】
◇《巻頭言》「デジタル技術になぜ人文学は必要なのか」
 (大谷卓史:吉備国際大学アニメーション文化学部)

◇《連載》「Digital Humanities/Digital Historyの動向
      ~2014年4月中旬から5月中旬まで~」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

◇《特集》「デジタル学術資料の現況から」第3回
 ペルセウス・デジタル・ライブラリーのご紹介(3)
 (吉川斉:東京大学大学院人文社会系研究科 西洋古典学研究室)

【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)
北米日本研究司書の協力のあり方、これまでとこれから
-デジタル人文学の登場をきっかけに(CEAL、NCC、AAS年次会議参加レポート)
 (田中あずさ:ワシントン大学)

◇イベントレポート(2)
CAA2014
 (堀内史朗:山形大学)

◇編集後記

◇奥付

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇人文情報学イベントカレンダー(■:新規掲載イベント)

【2014年5月】
□2014-05-31(Sat):
情報処理学会 第102回 人文科学とコンピュータ研究会発表会
(於・東京都/桜美林大学 町田キャンパス)
http://www.jinmoncom.jp/

【2014年6月】
□2014-06-02(Mon)~2014-06-06(Fri):
Digital Humanities Summer Institute 2014@Victoria
(於・カナダ/University of Victoria)
http://www.dhsi.org/

■2014-06-07(Sat)~2014-06-08(Sun):
2014年度アート・ドキュメンテーション学会年次大会
(於・東京都/東京藝術大学 音楽学部 5号館)
http://d.hatena.ne.jp/JADS/20140411/1397165646

□2014-06-20(Fri)~2014-06-22(Sun):
Data Driven: Digital Humanities in the Library
(於・米国/College of Charleston)
http://dhinthelibrary.wordpress.com/

【2014年7月】
□2014-07-08(Tue)~2014-07-12(Sat):
Digital Humanities 2014
(於・スイス/Lausanne)
http://dh2014.org/

□2014-07-10(Thu)~2014-07-11(Fri):
INTERNATIONAL CONFERENCE on SCIENCE & LITERATURE
(於・ギリシャ/Athens)
http://www.coscilit.org/

□2014-07-14(Mon)~2014-07-18(Fri):
Digital Humanities at Oxford Summer School 2014
(於・英国/University of Oxford)
http://digital.humanities.ox.ac.uk/dhoxss/2014/

□2014-07-22(Tue)~2014-08-01(Fri):
Summer School "Digital Humanities & Language Resources" @Leibzig
(於・ドイツ/Leipzig)
http://www.culingtec.uni-leipzig.de/ESU_C_T/node/97

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人
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小林雄一郎(日本学術振興会特別研究員PD)
瀬戸寿一(東京大学空間情報科学研究センター)
佐藤 翔(同志社大学教育文化学科 助教)
永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所)

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◇イベントレポート(1)
北米日本研究司書の協力のあり方、これまでとこれから
-デジタル人文学の登場をきっかけに(CEAL、NCC、AAS年次会議参加レポート)
 (田中あずさ:ワシントン大学)

●イベントサマリー

 2014年3月24日から27日まで、米国フィラデルフィアで、東亜図書館協会(
Council on East Asian Libraries: CEAL)年次大会と北米日本研究資料調整協議会
(North American Coordinating Council on Japanese Library Resources: NCC)
公開会議が開催された。CEALとNCCの年次会議は、アジア研究協会(Association
for Asian Studies: AAS)の開催日の直前の数日にかけて開催される。

 AAS[1]は8000人の会員を持つ学会で1941年の設立以来、学会誌や年次会、地域
毎の会議などを通してアジア研究の発展に努めてきた。CEALは1958年にAASの下組織
として設立された。日・中・韓(CJK)三カ国語それぞれの資料ごとに、中国資料委
員会(Commitee on Chinese Materials:CCM)、日本資料委員会(Committee on
Japanese Materials:CJM)、韓国資料委員会(Committee on Korean Materials:
CKM)や、公共サービス委員会(Public Services)、整理技術委員会(Technical
Processing)など9つの委員会で成っており、年次会議では東アジア図書館が、言語
に関わらず直面する課題が扱われる合同会議と、日中韓資料の委員会に分かれて、
図書館資料やサービスでも国や言語によって特有な問題について話し合う場が設け
られる。NCCはAASにもCEALにも属さない非営利団体で北米における日本語資料の発
展の為に、日米組織の調整を行ったり、北米の図書館員のトレーニングを行ったり
している。1991年に設立され、幾つかの財団の資金的協力を得て運営されている
[2]。

●私の場合

 私はこの会議の週は月曜日から土曜日までフィラデルフィアに滞在し、連日会議
に出席したり、他大学の司書達と会議をしたり、委員会の会議を持ったり、また学
会に出展されるブースを覗いたりした。今年のCEALは「Scholarly Networking,
Inter-disciplinary Research and e-Scholarship: Implications for East Asian
Libraries」がテーマで、学術研究ネットワーク、デジタル学術研究、学際的研究に
ついて扱われた。

 私のCEAL/AAS年会議は火曜日のNCCによるワークショップ(Technologies for
librarians in the Japanese Studies)から始まった。Linked Dataや、日本語学習
や日本語研究に役立つスマートフォンのアプリ、国立国会図書館の提供する電子資
料で海外から利用できるもの、などについて学んだ。その晩はNCCとCEALの合同ラウ
ンドテーブルで、古典籍資料の話題が扱われた。国文学研究資料館の海野圭介教授
は「日本古典籍総合目録データベース」の紹介をして下さり、今後10年間で予定さ
れている「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画[3]」につい
て話された。北米の日本コレクションの司書達からは自機関の貴重書・古典籍の概
要紹介があった。北米の他機関の貴重書コレクションの特徴を知る事は、自館のコ
レクションの強みを認識する機会となり、今後のコレクション構築を計画するのに
役に立った。

 水曜日はCEALの合同会議があった。この内容は、特に今年度のCEAL会議に参加さ
れた、奥村さやか氏(国立国会図書館)のカレントアウェアネスの記事[4]に詳し
いので割愛する。その日は、私が参加しているCooperative Collection Development
Working Groupの会合があり、資金やスペースが限られた中で、北米内の日本コレク
ションの担当者達がどの様に協力して強いコレクションを作る事ができるか話し合
った。例えば、日本の地方紙が北米でなかなか収集できていない状況を踏まえて、
各機関で姉妹都市の新聞などを計画的に集める案や、各図書館で不要になった図書
の再利用案が出た。また私は前もって依頼されていた、Orbis Cascade Alliance(
オレゴン、ワシントン、アイダホの3州、37大学が参加する図書館協力の為のコンソ
ーシアム)のコレクションやILLの協力体制について報告した。

 木曜日は日本研究のためのデジタル技術の進展をテーマとしたNCCジョイントセッ
ションが開催された。永崎研宣先生(人文情報学研究所/東京大学)は、日本での
デジタル人文学の概要について、近代デジタルライブラリーのコンテンツをボラン
ティアの力でテキストデータ化する「翻デジ2014」の活動や、そうした作業に不可
欠なOCRの日本語への対応、またデジタル人文学を率いる日本の団体や、デジタル人
文学のトレンドを扱う本誌『人文情報学月報』について紹介された。伊東英一氏(
米国議会図書館)からは「米国議会図書館蔵『源氏物語』翻字本文検索」の紹介が
あった。幸運な事に、このセッションの後、お話しをして下さった永崎先生を含め
た日本からの参加者と一時間程話をする機会を得る事ができ、更に詳しく「翻デジ
2014」について、そのスタートや動機、その周りのデジタルヒューマニティーにつ
いてもご意見を伺う事が出来たのは有意義だった。また、永崎先生は、会議の後も、
フェイスブックを通して、日本のデジタル人文学に関する情報をアメリカの日本研
究司書に紹介して下さり、私たちはとてもエキサイトしている。

 金曜日はAASの開始と共に開かれた日本の書店や出版社のブースを回った。購読し
ているデータベースの担当者の方々から新しい機能について教えて頂いたり、電子
図書の提供を始めた会社の方から購入方法や、日米書誌データの互換性について話
し合ったり、また、各出版社のブースでは新刊情報から最近の日本の出版事情まで
お聞きする事ができ、例年通り、有意義なブース巡りとなった。

その晩は「本棚の中のニッポンの会」の開催を手伝った。2013年の図書館総合展で
海外と日本のライブラリアンが集まって、海外への学術情報・図書などの発信の向
上について話し合った[5]のが初めてで、日本の出版社・書店・ライブラリアンと
北米のライブラリアンが一堂に会するAAS/CEALの機会に、第二回目の会を開こうと
いう運びになったのであった[6]。今回の会では、日本研究支援シンポジウム「海
外の日本研究に対して日本の図書館は何ができるのか」[7]に参加されたマクヴェ
イ山田久仁子さんが、シンポジウムの報告をして下さった。また、日本研究資料の
海外での利用について書かれた「本棚の中のニッポン」の著者、江上敏哲さんが、
著書出版後の動向について発表して下さった[8]。また、私からは、多巻セットの
アクセスについて、インデックスを持ち合わせていないとILLのしようもない事、ま
た最近の利用者のメンタリティとして、なかなか紙の索引を引こうとしない事を話
し、そうした多巻セットの索引情報をwikiベースのデータベースにするアイデアを
シェアした[9]。

●サブジェクトライブラリアンと彼らが集まる意義

 例年、CEAL/AAS会議には北米全土から、各大学で日本研究のサポートに従事する
サブジェクトライブラリアン達が集まる。北米の大抵の大学図書館では、1つのサブ
ジェクトに1人以上のサブジェクトライブラリアンが就く事は無いので、サブジェク
トに特化した仕事は他大学の同じポジションのライブラリアンと協力し合う必要が
ある。NCCやCJMには、米国内で日本語資料がまんべんなく収集されるべく各校の日
本資料の特徴を調査するグループ、データベースの共同購入を促進するグループ、
日本資料の利用者ワークショップ用の教材を開発するグループもあり、日々協力し
ている。それらのライブラリアン達が一同に会する事ができるのが、この年に一度
のこの会議である。同じサブジェクトを扱う同僚達と会えるこうした会議は大変貴
重な機会で、日々の疑問やその解決策を交換したり、オンラインカタログに出て来
ないコレクションの情報を交換したりする場でもある。まるで、彦星と織姫が一年
に一度会う事が許される七夕の様だとさえ感じている。また、日本からも毎年国会
図書館や大学図書館、国立情報学研究所、その他、図書館情報学関係の専門家が学
会に参加して下さるので、彼らに会って日本の出版、研究、情報を取り巻くトレン
ドを知る事ができるのも有用である。

 デジタル人文学の分野に関して言えば、日本研究の資料はデジタル化されたもの
も、日本から発信されるものが圧倒的に多いので、日本のデジタル人文学分野のト
レンドについて知る事ができるのは大変有用だ。永崎先生による日本のデジタル人
文学概要紹介や、国立国会図書館の奥村さやかさんが紹介して下さった国会図書館
のデジタル資料の紹介は大変役に立った。

 しかし、デジタル人文学の良さは、分野横断的リサーチが可能な事である。例え
ば、疫学の研究者が、歴史資料(当時の日記)から日照量の悪さを割り出し、ある
時代の人口の急変動を分析したり、アメリカの地震研究者が、古くから記録を続け
ている日本の地震資料を利用したりと言った事が可能になる訳である。図書館の利
用者達が分野の枠組みを超えて研究を始める時、我々日本研究司書達がどう協力す
れば、そうした研究者達のサポートができるのかは、今後の課題になりそうだ。今
後は、学問に特化した学会での話し合いよりも、学際的、また学術・非学術の枠を
超えた視野での協力が必要になってくるのではないだろうか。

[1] http://www.asian-studies.org/about/
[2] http://guides.nccjapan.org/content.php?pid=246207&sid=2587249
[3] http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/
[4] http://current.ndl.go.jp/e1558
[5] http://togetter.com/li/583634
[6] http://togetter.com/li/648686
[7] http://togetter.com/li/622943
[8] http://egamiday3.seesaa.net/article/391512308.html
[9] http://wikidex.pbworks.com/w/page/70184103/FrontPage

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◇イベントレポート(2)
CAA2014
http://caa2014.sciencesconf.org/
 (堀内史朗:山形大学)

 去る4月22日から25日にかけて、パリ第一大学、コレージュ・ド・フランスがひし
めくパリ市パンテオン界隈でCAA(Computer Applications and Quantitative
Methods in Archaeology)2014が開催された。学会の詳細については、上にある学
会ホームページを参照してもらいたい。簡単に説明すると、考古学の分野にコンピ
ューターサイエンスの知見を取り込もうとする研究者の集まりである。参加した感
想を先に書こう。新しい学問分野を切り開こうとする意欲への野心には素直に共感
した。それと同時に、実際にそこで行われようとしている一群の試みは、無謀では
なかろうかという戸惑いを感じた。その戸惑いは、この報告を書く中で強まってい
る。

 断っておくが筆者は考古学者ではない。これまで国内外の考古学の学会に参加し
たことはないし、CAAに参加したのも初めてである。文科省科学研究費補助金・新学
術領域『交替劇』という、考古学の一大プロジェクトでたまたま研究助成を受けて
いるものの、専門は社会学である。CAAについては、やはり交替劇のメンバーであり、
こちらは正真正銘の考古学者・コンピューターサイエンティストである近藤康久氏
に紹介を受けた。今回、人文学情報学月報の場を借りてCAAについて報告させていた
だくのも、近藤氏のツテである。繰り返すが、私は考古学について素人である。以
下、単なる誤解による紹介、説明、感想が多々あると思われる。読者諸兄にあたっ
ては、門外漢からはCAAがこのように見えたということで、乱筆ご寛恕いただきたい。

 なお、上述した『交替劇』プロジェクトは、ネアンデルタールの絶滅とホモサピ
エンスの全世界への拡散、つまり交替劇が、どのように起こったかを、考古学だけ
ではなく、様々な学問アプローチによって解明しようとしている。筆者は、ホモサ
ピエンスに特有の現象である「芸術」が、かれらの社会にどのようなインパクトを
もたらしたのか、数理的手法と社会調査の手法を併用して解明しようと試みている。
今回のCAAでは、このうち数理的研究の紹介をおこなってきた。エージェントベース
モデルという、コンピューター上に仮想世界をつくり、そこで人々の非線形な相互
作用がどのようなマクロの社会現象を帰結するかを調べる手法である。CAAでもエー
ジェントベースモデルが使われていると聞き、勇んで参加してきたわけだ。

 さて、CAAであるが、数百人が参加する学会であり、4日間に全部で29のシンポジ
ウム、13のワークショップが開催された。すべての企画に参加することは不可能で
ある。筆者自身はS25“Agents, Networks, Equations and Complexity: the
potential and challenges of complex systems simulation”で研究発表をおこな
ったが、そのシンポジウムでおこなわれた研究報告をもとにして感想を述べる。シ
ンポジウムのタイトルにも掲げられているように、Agent(エージェント)の相互作
用を複雑系として解析することで、考古学の知見を深める試みが報告されていた。
あつかう時代・地域は、2万年前の中央アジア、3000年前の南米、青銅器時代のヨー
ロッパ、11世紀の東ヨーロッパなどなど、研究者のフィールドによって様々であっ
た。この様々というところが重要である。つまり、ほとんどの研究で、エージェン
トベースモデルがいつの時代のどこを扱っているか、ということがはっきりしてい
た。スライドでは、特定の場所の地図が明確に出てくる。私にとってたいへん驚き
だったのが、なんとエージェントは、実際の地理空間をかなりの精度で再現したコ
ンピューター上の地図を、その世界として動くのである。コンピューターのメモリ
は相当必要だろう、計算時間は膨大だろう。コンピューターに関する高い技術が必
要とされているのはよくわかる。もちろん考古学や地理学の知識も必要なはずだ。
どの研究も、ちゃんとした成果を出そうとするなら、たとえどんなに有能でタフで
あったとしても、一人でなしうるものではないだろう。共同研究のあり方として学
ぶべきものだ。

 一方、エージェントの行動パターンには、研究者の恣意が入るところがほとんど
ないようである。移動、繁殖、病気、競争など、当時を生きた人類にとって本質的
と思われる要素はすべてモデルに投入している。人類はこの時代においてこの領域
にまで住み着いていただろう、この場所の人口密度はこの程度に達していただろう、
というように、幅を持ちつつも具体的な数値予測をもって、かつての時代・地域を
コンピューター上に再現するためである。実はこういう手法には問題があって、変
数の相互作用が複雑になりすぎて、どの変数が本質的な影響を系にもたらしている
かがわからなくなってしまう。総合討論の中でもそういう議論が出ていた。ただ、
そういう懸念は発表した研究者にとってあまり重要事項ではないのかもしれない。
実際に一人一人に聞いてきたわけではないが、CAAでエージェントベースモデルを使
った研究者の多くは、コンピューター上に再現した世界と、ほぼ同じことが、かつ
ての時代に起こったと考えたいのではないか。

 こうしたコンピューターの使用方法は、筆者とはまったく異なっている。筆者は、
芸術には異文化交流を仲介する機能があったと仮説を立て、芸術を介した異文化交
流が強く働く環境条件とはどのようなものかをモデルで説明した。全体としての人
口密度が低い環境条件において、境界をもった世界の中心部分に芸術に特化したエ
ージェントが現れるだろう、というのが結論である。ただし、人口密度は何人/平
方km、世界の中心とは具体的にどこ、という予測を出すものではない。そんな予測
は実際的には不可能だろうと考えている。

 はじめに、CAAの野心が無謀と書いたのは、コンピューター世界に対する信頼の違
いに起因すると言っていいだろう。筆者もコンピューターサイエンティストの端く
れと自認はしているが、あくまでコンピューターの世界は実際の世界とは独立した
もの。そこに現実世界を正確に再現しうるなど思ったことはない。だがCAAで発表し
ていた研究者の多くは、たとえ今はデータやコンピューターの計算力に限界がある
ために不正確ではあったとしても、いつの日か、それほど遠くない将来において、
コンピューター上に考古学上の重要な現象を正確に再現できると考えているのでは、
と思われる。CAAに参加して、全体を通して感じたのは、かつての時代を正確に再現
してやろうとする、研究者たちの強い意志である。

 筆者にとっては、何よりもコンピューターに対する信頼の違いを発見した、カル
チャーショックを覚えた機会であった。

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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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 今号も様々な角度からご寄稿をいただきありがとうございました。始点と目指す
方向はそれぞれ違っていても、何かしらの点において交わる部分が垣間見えるのが
この分野の面白いところだと思っています。ご寄稿いただいた皆さまへ改めてお礼
申し上げます。ありがとうございました。

 前編の巻頭言では、デジタル技術を研究する立場から人文学のあり方を改めて真
摯に問いかけていく姿勢がとても印象的でした。また、後編のイベントレポートに
おいても、イベントに参加したからこそ見えてくる世界を、各々の立場を尊重しつ
つレポートにまとめていただいたように思います。イベントにはなかなか参加でき
ませんが、イベントの醍醐味が伝わってくるレポートでした。

 この1ヶ月の動向の中では、英国図書館が公開した画像データにメタデータを付与
するゲームや、前回からこのメルマガでも扱い始めた古代ギリシア語に関するツー
ルの話題が気になります。もちろん、著作権保護期間に関する動向も目が離せませ
ん。

◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちして
います。
情報提供は人文情報学編集グループまで...
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人文情報学月報 [DHM034]【後編】 2014年05月28日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
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