ISSN 2189-1621

 

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DHM 089【後編】

人文情報学月報 / Digital Humanities Monthly


人文情報学月報第89号【後編】

Digital Humanities Monthly No. 089-3

ISSN 2189-1621 / 2011年8月27日創刊

2018年12月30日発行      発行数789部

目次

【前編】

  • 《巻頭言》「原典回帰—パラ言語を補完する人文情報学
    間淵洋子国立国語研究所
  • 《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第45回
    「くずし字データセット」と「KMNIST データセット」
    岡田一祐国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター
  • 《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第9回
    テクスト・リユースと間テクスト性研究の歴史と発展
    宮川創ゲッティンゲン大学

【中編】

  • 《連載》「東アジア研究と DH を学ぶ」第9回
    DH 研究情報の集約と発信に向けた取り組み
    菊池信彦関西大学アジア・オープン・リサーチセンター
  • 《連載》「Tokyo DigitalHistory」第8回
    Omeka S を用いたデータ管理システムの試作
    中村覚東京大学情報基盤センター

【後編】

  • 特別寄稿「Carolina Digital Humanities Initiative Fellow の経験を通じて〈前半〉
    山中美潮
  • 人文情報学イベントカレンダー
  • 編集後記

特別寄稿「Carolina Digital Humanities Initiative Fellowの経験を通じて〈前半〉

山中美潮

はじめに

筆者は2013年春、ノースカロライナ大学チャペルヒル校(University of North Carolina at Chapel Hill(以下 UNC))博士課程在籍時にデジタル・ヒューマニティーズと出会った。当時 UNC ではデジタル・ヒューマニティーズ研究発展のため学内で様々な計画が遂行されており、カロライナ・デジタル・ヒューマニティーズ・イニシアティブ(Carolina Digital Humanities Initiative(以下 CDHI))・大学院生フェローはそのプログラムの一つであった。2013年度、幸運なことに筆者は当プログラムの第一期生に選ばれた。19世紀アメリカ南部史を専攻するために留学した筆者にとって、デジタル・ヒューマニティーズとの出会いは方法論や研究の対象を考える上で大きな転換点となった。フェローとしての経験はもう5年前となってしまうが、今号・次号と2回に分けて、UNC でのデジタル・ヒューマニティーズ研究発展状況と個人経験を記したい。1回目である今回は、当大学におけるデジタル研究の要であるデジタルイノベーション・ラボ(The Digital Innovation Lab(以下 DIL))と CDHI プログラム、そして CDHI 大学院生フェローとしての講義受講経験を述べたい。

Digital Innovation Lab(DIL)

・概要

UNCにおけるデジタル・ヒューマニティーズ研究の始まりは、2011年のDIL 設立に遡る。このラボは学部の壁を超え、「プロジェクトベースのデジタル方法論と人文学研究を統合させ、またデジタル革新によって公共的人文学を促進する」ことを目的として設立された[1]。

ただ実態としてラボはアメリカン・スタディーズ学部・研究科のもとに設立されている。これは DIL の初代ディレクターであったロバート・アレン(Robert Allen)がアメリカ映画研究者であったことが大きい。DIL 設立前にアレンは “Going to the Show” というウェブマッピングプロジェクトを発表しており、2010年にアメリカ歴史協会(American Historical Association)から優れたデジタル・ヒストリー・プロジェクトに贈られるロイ・ローゼンツヴァイク賞を受賞している[2]。このプロジェクトは20世紀初頭のノースカロライナ州におけるサイレントフィルム劇場の位置を、当時のサンボーン社火災保険地図と現代のグーグルマップを重ね合わせることで特定したものである。更に UNC 所蔵の絵葉書、新聞、パンフレットなどの史料を使いウェブ上で公開することで、州民によるサイレントフィルムの鑑賞経験をオンライン上で再現するものであった。UNC は20世紀初頭からアメリカ南部諸州の史料を Southern Historical Collection として継続的に収集・収蔵しており、21世紀初頭には史料のデジタル化や関連プロジェクトを進めてきた[3]。こうした経緯もあり、UNCではデジタル・ヒューマニティーズ研究基盤がアメリカン・スタディーズ学部・研究科にあるという特色を持つことになった。2012年度後期には DIL が中心となり、初めてアメリカン・スタディーズ研究科で “Digital Humanities / Digital American Studies” という大学院生向けの講義が開講された。

・マッピング

DIL の活動は多岐にわたるが、初期の特色はマッピングプロジェクトへの特化であった。特に、“DH Press” と名付けられたワードプレスのアプリケーション開発は注目に値する[4]。このアプリケーションは地理空間分析ツールではなく、あくまでデジタル化された史料とそれらの位置情報や地理との関連を表示・表現することに目的を置くもので、“Going to the Show” などの経験が基礎になったことは明らかである。アプリケーションを使用するために必要なものは、基本的に緯度・経度などのデータを入力したスプレッドシートのみである。データをワードプレスにアップロードするだけで、表示方法などは全てワードプレス上で操作可能であった。アプリケーションを開発することによって、デジタル・プロジェクトが新しく発足する毎に一から全てを作る必要もなく、一般の人でも使用できる操作性に主眼が置かれた。これは DIL が当初から博物館展示や現地コミュニティとの共同企画などデジタル・ヒューマニティーズの公共性を意識した運営をしていたことにも関連している。

また講義もマッピングが大きなウェイトを占めていた。“Digital Humanities / Digital American Studies” の講義では、デジタル・ヒューマニティーズの基礎文献やオメカなどのツール使用法を学ぶ一方、学内外で行われるプロジェクトへの参加が義務付けられたが、マッピング関係のものが多かったと記憶している。筆者はノースカロライナ州立大学(North Carolina State University)レバノン人ディアスポラ研究所によって行われた、20世紀初頭のレバノン系移民居住地マッピングプロジェクトに加わり、ノースカロライナ州内主要都市の移民の特定や統計作業を担当した[5]。こうした講義内容の特徴は DIL が DH Press の実用化を目標としていたのにも関連しているが、当時の DH Press は実際にマッピングに使用するには不安定さが目立ち、プロジェクトが計画通りに進まないことも多かった。初めての大学院生向けデジタル・ヒューマニティーズ講義ともあり、DIL 側、大学院生双方が試行錯誤を重ねながら講義を作り上げていったと言えるだろう。

CDHI とは

・概要

CDHI は2012年、五年間という期限付きでアンドリュー・メロン財団の支援のもと、DIL によって立ち上げられた、デジタル・ヒューマニティーズ研究基盤構築のためのプログラムである。主な事業は、2013年度から本格的に始まった教員へのプロジェクト支援、ポスドク研究員の雇用、および人文学系大学院生へのフェロー・プログラムである。筆者がフェローに選ばれたのはこの大学院生向けのプログラムであった。ここからは大学院生フェロー・プログラムへの参加経験を述べたい。

・大学院生フェロー・プログラム

大学院生フェローは、1年という期間にデジタル・ヒューマニティーズ科目の受講及び個人プロジェクトの研究・遂行が義務付けられたプログラムである。採用数は毎年2人で、基礎的な知識・議論を押さえ、かつプロジェクトを実行するための経験を積むことに重点が置かれたため、博士論文を既に書き進めているいわゆる “All But Dissertation” の学生よりは、これから博士論文執筆資格を獲得する学生を採用することを主眼としていた。筆者が採用されたのは、論文執筆前の留学3年目であったから、幸いなことに彼らの望む学生像に合致したと言える。各大学院生には DIL/CDHI から選ばれたメンターが付き、プロジェクトの計画及びサポート体制が設けられた。筆者の場合、アメリカ史が専門分野であることやマッピングを志望していたためロバート・アレンに師事する形となった。またプログラム遂行のために年間4,000ドルの研究費が支給された。個人プロジェクトに必要なソフトウェアなどはほぼ図書館や情報センター経由で無償・もしくは安価で手に入れることができた。こうした手厚いサポートは研究大学ならではであった。

・講義

プログラム期間中は CDHI によって認定されたデジタル・ヒューマニティーズないし関連科目のうち、最低3科目を受講することが定められた。特に個人の専門以外の分野を受講することが奨励されており、分野横断性重視の姿勢を実感した。様々な選択肢があったが、2013年度前期にはアメリカン・スタディーズ研究科で開講された “Digital Humanities Practicum”、また後述の個人プロジェクトのために地理学の講義を取り ArcGIS を集中して学んだ。2013年度後期には史学研究科で “Digital History” 及び個人プロジェクト遂行のためアドバイザーとマンツーマンで行う “Independent Research” を受講した。最低3科目というとあまり負担がないように感じるかもしれないが、UNC では各学期3コマ受講が基本であったので、所属研究科の規定をこなしながらデジタル科目を受講するのは中々骨の折れる交渉や調整が必要であった。

Digital Humanities Practicum

“Digital Humanities Practicum” は、2012年度開講の “Digital Humanities / Digital American Studies” の発展版である。講義はディスカッション・他大学とのコラボレーションセミナー・クラス全体によるプロジェクトの三つで構成された。ディスカッションはデジタル・ヒューマニティーズの基礎文献や最新のブログ記事などを教材として行われたが、コラボレーションセミナーはこれに加えて近隣にあるデューク大学(Duke University)、ノースカロライナ州立大学の学生・教員を交えて行われた。UNC がマッピングに偏重しがちであった中で、このコラボレーションではデジタルゲームと教育、古代都市の3Dモデリングなど様々なプロジェクトに触れることができ、また専門分野の異なる学生との交流を持つことができた。クラス・プロジェクトは学期の後半に最終課題として行われ、“Going to the Show” の発展版である “Going to the Global Show” プロジェクトを受講生全員参加で計画し作り上げた。これは DH Press を使ったマッピングプロジェクトであるが、ウェブデザイン、データ収集、データベース作成などを院生同士分担して行ったもので、技術的な革新性は必ずしもないものの、グループプロジェクトに全く馴染みのなかった筆者のような人文系大学院生には自身の計画を立てるのに有用な経験であった。

ArcGIS / Digital History

更に筆者は “ArcGIS” 及び “Digital History” を受講した。“Practicum” がいわゆる入門クラスで幅広いテーマをカバーするのが目的であったのに対し、この二つの講義は個人プロジェクト用の技術習得を目指して受講した。次に詳しく述べるが筆者は当時博士論文の研究にマッピング技術を導入したいと考えており、DH Press のように史料をただ視覚化するだけでなく、地理空間分析に挑戦したかった。そこで Historical GIS の専門家に ArcGIS を学ぶことにした。また、“Digital History” は当時歴史的ネットワーク分析研究者が偶然UNCに研究員として在籍していたことから受講を決めた。どちらも基本的には各分野の重要文献を中心としたディスカッションとツールの使い方指導が主たる内容であったが、個人プロジェクトの基礎となる課題を設定し最終課題として提出するよう教員と事前打ち合わせをしたので、“Practicum” に欠けていたツールの実践的学びの機会を補うことができた[6]。

次号へ向けて

ここまで、UNCにおけるデジタル・ヒューマニティーズ研究とその組織化、大学院生教育について述べてきた。次回は CDHI 大学院生フェローとして取り組んだプロジェクト “The Fillmore Boys School in 1877” および、フェローとしての成果と反省、DIL の現在について論じる。

[1] Carolina Digital Humanities and Digital Innovation Lab, “Our History,” Carolina Digital Humanities| Digital Innovation Lab, https://cdh.unc.edu/history/, accessed December 5, 2018.
[2] Bobby Allen et al., “Going to the Show: Mapping Moviegoing in North Carolina,” DocSouth, http://gtts.oasis.unc.edu/, accessed December 5, 2018.
[3] UNC ではウィルソン図書館(Louis Round Wilson Library)が南部歴史史料コレクションに加え、南部フォークロアなど様々な史料コレクションなどを保管している。21世紀転換期にはこれら史料のデジタル化が “Documenting the American South”(通称:DocSouth)などのプロジェクトのもと進められた。上記の “Going to the Show” も DocSouth の支援を受けて行われたものである。The University Library at the University of North Carolina at Chapel Hill, “Documenting the American South,” https://docsouth.unc.edu/, accessed December 5, 2018.
[4] Digital Innovation Lab, “DH Press,” http://digitalinnovation.web.unc.edu/projects/dhpress/, accessed December 5, 2018.
[5] このプロジェクトは最終的に、2014年2月ノースカロライナ州歴史博物館で “Cedars in the Pines: The Lebanese in North Carolina: 130 Years of History” 展の一部として公開された。
[6] “Digital History” のシラバス、授業内容はウェブ公開されている。Marten Duering, “HIST 890-005: Digital History,” http://digitalhistory.web.unc.edu/, accessed December 5, 2018.

執筆者プロフィール

山中美潮(やまなか・みしお)。2018年8月 University of North Carolina at Chapel Hill にて博士号取得。専門は19世紀アメリカ南部史・人種・エスニシティ研究。主な業績に「アメリカ史研究とデジタル・ヒストリー」(『立教アメリカンスタディーズ』第40号、2018年3月、pp. 7–31)がある。(リポジトリ及び論文へのリンクは http://www.rikkyo.ac.jp/research/institute/ias/ras.html)その他経歴に関しては、mishioyamanaka.com を参照。連絡先は Email: yamanakm@gmail.com, Twitter: @mychnc
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小林雄一郎日本大学生産工学部
瀬戸寿一東京大学空間情報科学研究センター
佐藤 翔同志社大学免許資格課程センター
永崎研宣一般財団法人人文情報学研究所
亀田尭宙京都大学東南アジア地域研究研究所
堤 智昭東京電機大学情報環境学部
菊池信彦関西大学アジア・オープン・リサーチセンター

◆編集後記

このたびは、山中氏に米国で DH を学んだ経験をご報告してもらった。これまでにも DH 教育に関する報告はいくつか掲載されてきたが、今回は米国での米国研究に関する DH 教育の経験ということで、これも非常に興味深いものであり、こうした経験を日本語で共有できることはとてもありがたいことである。まだ後半を残しているのでさらに期待したい。欧州の状況については宮川氏の連載がかなり詳しく伝えてくださるようになってきていてこれもたいへんありがたいことだが、北米での DH は大きな広がりを見せており、日本研究における DH も徐々に発展しつつある。研究者のみならず、日本研究専門司書の方々の取り組みも本格化しており、11月には、今回寄稿してくださっている中村氏と筆者とで、プリンストン大学で日本研究専門司書の方々のワークショップにお招きいただき、主に IIIF の講義と実習を行った。数は多くないものの、米国にも重要な日本研究資料が保存されており、それらが徐々にデジタル化されてくるなかで、IIIF 活用の可能性を探るというものであった。これについては、近いうちにどこかで報告させていただきたい。

(永崎研宣)



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