ISSN 2189-1621

 

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DHM 050 【前編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2015-09-28発行 No.050 第50号【前編】 585部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「『情報国文学』と『国文学』との関係」
 (大内英範:筑紫女学園大学文学部准教授)

◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー-デジタルヒストリーをいかに評価するか?
                -アメリカ歴史学協会がガイドラインを採択」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第6回
 「倉のなかの灯火:九州大学附属図書館細川文庫のデジタル公開と蔵書目録」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

【後編】
◇JADH2015特別レポート
「『御一統の温かいことばあってこそわが帆ははらむ。さなくばわが試みは
    挫折あるのみ』--ボドリアン・ファースト・フォリオの来歴について」
 (Pip Willcox:Curator of Digital Special Collections at the Bodleian
                     Libraries, University of Oxford)
 (日本語訳:長野壮一・フランス社会科学高等研究院・博士課程、
       永崎研宣・人文情報学研究所)

◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート
アメリカ・アーキビスト協会2015年次大会・プレカンファレンス(講習会)
「デジタル・アーカイブズにおけるプライバシー・秘匿性をめぐる課題
       (Privacy and Confidentiality Issues in Digital Archives)」
 (古賀 崇:天理大学人間学部総合教育研究センター)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《巻頭言》「『情報国文学』と『国文学』との関係」
 (大内英範:筑紫女学園大学文学部准教授)

 先日、近藤みゆき氏から、そのご著書『王朝和歌研究の方法』(笠間書院、2015
年4月、978-4305707734)を頂戴しました。目次には「N-gram分析」という言葉が
いくつか並んでいます。それを見てとても懐かしい思いでした。

 稿者がはじめて氏の「N-gram分析」に関するご論文を拝読したのは、「nグラム
統計処理を用いた文字列分析による日本古典文学の研究―『古今和歌集』の「こと
ば」の型と性差」(千葉大学人文研究29、2000年3月)だったでしょうか。『古今和
歌集』の和歌を「N-gram」の文字列に分解して、男性特有文字列と女性特有文字列
があることを明らかにされたものでした。和歌を任意の文字列に区切る場合、我々
はどうしても五文字や七文字単位、あるいは単語単位、言い回し単位で区切って考
えようとします。つまり機械的に「N-gram」で分解していくというのは、人間には
なかなか難しい発想といえるでしょう。しかしそのお陰で思いもよらない男性ある
いは女性特有文字列が浮かび上がり、『古今和歌集』研究に新たなジェンダー視点
を提供したのでした。あるいは別のご論文では『古今和歌集』と『源氏物語』それ
ぞれの「N-gram」文字列をマッチングすることで、知られていなかった引歌を発見
するなどの成果もあげられています。

 先のご論文の発表年である2000年、稿者も共著書『電脳国文学』(好文出版、
2000年12月、978-4872200416)を刊行しました。ちょうどこの頃、国文学研究にコ
ンピュータやインターネットをどのように利用するのか、利用することでどのよう
な新しい視点を得られるのか、さまざまな試みがおこなわれていた時期でした。こ
の前後にCD-ROM媒体の『源氏物語』のデータベースが3点、続けて刊行されているこ
とからも、そのような機運であったことがわかります。しかし単に『源氏物語』の
データベースなら、これまでにいくつも存在していました。江戸時代、北村季吟に
よる『湖月抄』は本文のほかに、それまでの注釈を整理した注釈データベースでも
ありました。昭和はじめの池田亀鑑による『校異源氏物語』は本文のデータベース
といえます。やはり池田による『源氏物語事典』は、たとえば白い綾の装束を誰が
どの場面で着ているかなどを調べることのできる、いわば表現のデータベースとい
う側面をもっています。

 索引の媒体が紙からCD-ROMに変わっただけでは、作業のスピードには貢献するか
もしれませんが、新たな知見を提供してくれるところまではいかないでしょう。稿
者が、先にあげた近藤氏のご研究を素晴らしいと思うのは、単にコンピュータを利
用してデータを整理したり、頻度を計算したり、近さ遠さを計算したりするのでは
なく、人に思いつかないことをコンピュータにさせ、その結果、新たな知見をもた
らしている点です。コンピュータを便利な文房具、効率の良い索引と割り切ってし
まうのならそれでもいいでしょう。しかし発想や手法次第でそれ以上のことをして
くれるのもコンピュータです。

 稿者は国文学の研究者としてデータベース等の作成に関わったり、時には研究手
法の提案など情報系の領域にも足を突っ込む一方で、国文学に関わる情報系の学会・
研究動向などもウォッチしてきました。作品分析のさまざまな新しい手法が提示さ
れる中で、しかし残念ながら作品の読みに深く関わる研究成果にはあまり出会った
ことがないように思います。したがってコンピュータを利用してどのように研究材
料を提供するかということだけでなく、コンピュータがなければ得られなかった発
想によって作品の新しい読みにつながる研究成果を提示するというのはなかなか難
しいものだと思ってきました。でも、久しぶりに近藤氏のご研究を拝読して、コン
ピュータを使った国文学研究の可能性をあれこれ夢想していた15年前の気持ちを思
い出すことができました。やはりさまざまな可能性を今後に期待したいと思います。

 蛇足ですが、国文学に関わるテーマについて情報系の学会で成果が認められたら、
国文学の学会でも発表してほしいと常々思っています。逆にいえば、国文学分野で
成果を認められるような研究でないと、いくら情報系で認められてもあまり意味が
ないのではないかというのが、国文学研究者としての稿者の偽らざる思いです。

執筆者プロフィール
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大内英範(おおうち・ひでのり)国文学研究資料館研究員、東京大学史料編纂所助
教を経て2013年より現職。主たる研究対象は『源氏物語』を中心とする古代文学作
品の本文・写本・書写。著書『電脳国文学』(共著、好文出版、2000年)、『源氏
物語 鎌倉期本文の研究』(おうふう、2010年)。

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◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー-デジタルヒストリーをいかに評価するか?
                -アメリカ歴史学協会がガイドラインを採択」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

 2015年9月、アメリカ歴史学協会(American Historical Association、AHAと略)
が、歴史研究者によってなされたデジタル研究の評価に関するガイドライン“
Guideline for the Professional Evaluation of Digital Scholarship by
Historians”の公表を発表した[1]。これは、昨年2014年初頭に結成されたアドホ
ックな委員会Committee on Professional Evaluation of Digital Scholarship by
Historians[2]が作成したもので、2015年4月の同ガイドラインドラフト版の公開
とフィードバック期間を経て[3]、6月に開催されたAHAの評議委員会で採択された
ものである。ガイドラインは、浸透著しい歴史学におけるデジタル技術の活用とデ
ジタル媒体での成果公表について、それらを研究者の業績として評価し、昇進と雇
用につなげるよう、学界に対して働きかけることを狙いとしたものである。

 ガイドラインでは、まず、デジタルヒストリーについて、「コンピュータツール
およびコンピュータの方法を活用して生み出された研究、または、デジタル技術を
利用して表現された学術研究」と、広い定義を提示している。ついで、デジタル技
術を利用した歴史学の進展にともない、評価のあり方もその変化に合わせなければ
ならないことを強い調子で述べ、大学当局とデジタルヒストリアンに対して、問い
かけとそれを踏まえた提言をしている。また、最後にデジタルヒストリーの促進に
向けAHAがなすべきことについても勧告している。三者への問いかけと提言は、具体
的には以下のような内容である。

●大学当局の責務

 大学当局に対しては、まず、以下の3つを自問するように述べる。

 問1.新たに出現したデジタル環境によって提供された機会や課題に、自身の研究
   科および研究所はどのように対応しているか?
 問2.雇用・昇進・テニュアその他の審査を行うために提出されたデジタル媒体で
   の研究成果の評価を行うことについて、どのように検討しているか?
 問3.デジタルメディアの利用を採用している研究・教育・学術コミュニケーショ
   ンに関与するポジションを、大学の雇用計画では含んでいるかどうか?

 以上の問いを踏まえ、AHAは大学当局に対して8つを提言している。例えば、大学
当局は歴史学の研究成果がデジタル化の流れにあるということをはっきりと理解し
ておくべきこと、デジタルリソースやツール、ネットワークを活用している成果を
教員採用や昇進の場面でどのように評価するかを、ガイドラインを見直して明文化
すること、共著やクラウドソーシングなど、共同研究が頻繁に行われるデジタルヒ
ストリーの成果の評価方法をよく検討すべきであること、などである。

●研究者の責務

 次にデジタルヒストリーに取り組んでいる研究者に対しては、次の3つを自問する
必要があるという。

 問1.自身の学問的な目的を達成するうえでデジタル技術という方法を採用し、そ
   のために費やした時間とエネルギーについて、どのように説明するのか?
 問2.所属する研究科および研究所は、デジタル研究をどのように支援し、評価し
   ているか?
 問3.研究成果の公開、維持、そして保存について、どのように計画しているか?

 上記の問いを踏まえ、ガイドラインでは、研究者に対して次のような5つの内容の
提言を示している。例えば、自分のデジタル研究が学問的にどのような貢献を果た
すのか、それを説明する機会を利用し、同僚を自身の研究プロジェクトに巻き込む
こと、また、その共同関係が構築されれば、そのような共同研究が始まっているこ
とを研究科や研究所がわかるように知らせておくこと、新しい形での研究を行って
いる歴史研究者は、自身が何を行っており、それがどのようなチャンスを与え、ま
た、その成果がどのような課題を同僚に与えるのか、そして自身の研究が対象読者
にどのようなインパクトを与えるのかを特に明らかにしておく必要があること、な
どである。

●AHAの果たすべき役割

 最後にAHAが果たすべき役割として、なによりこのガイドラインを作成した委員会
自身が、デジタル研究のために何が必要で、またなぜ必要なのかを、大学当局と共
同で明らかにしていく必要があることが指摘される。さらにそのほかの提言として、
AHAはデジタル研究の最新動向を追い、また、テニュアや昇進審査の場面で必要な学
外の審査員候補者となる研究者のリストを管理する、デジタル研究の経験を有する
歴史研究者らによるワーキンググループを結成すること、AHAは、このワーキンググ
ループを通じて、会員間コミュニケーションサイトAHA Communitiesでの議論活性化
や、AHAのブログAHA Todayおよび月刊誌Perspectives on Historyにおいて、デジタ
ル研究に関連した記事を定期的に掲載していくべきであることなど、4点があげられ
ている。ちなみに、このガイドライン公開にあわせて、デジタルヒストリーワーキ
ンググループもすでにAHA内に設置されている。

 なお、このガイドラインは、現在、筆者を含む数名の研究者らで日本語訳を作成
中であり、上で言及した以外の詳細については、そちらを参照いただきたい。

 デジタルヒューマニティーズ(DH)の営みと成果をどのように評価すべきかにつ
いての問題は、これまでにもJournal of Digital Humanitiesで特集として論じられ
ていたり[4]、Modern Language Associationなどではすでに同様のガイドライン
を採択したりもしている[5]。その意味で今回のガイドライン採択は、歴史学界に
おいてひとつのメルクマールになるものと評価できよう。AHAのガイドライン採択が、
日本はもとよりヨーロッパ各国の歴史学界において今後どのような議論につながっ
ていくのか、西洋史学におけるデジタルヒストリーの動向として注視していく必要
がある。

[1]Seth Denbo. “AHA Publishes Guidelines for Evaluation of Digital
Scholarship”. AHA Today. 2015 -09-09.
http://blog.historians.org/2015/09/aha-publishes-guidelines-evaluation-o...
,(accessed 2015-09-20).
Seth Denbo. “AHA Council Approves Guidelines for Evaluation of Digital
Projects”. Perspectives on History. 2015-09.
http://historians.org/publications-and-directories/perspectives-on-histo...
,(accessed 2015-09-20).
“Guidelines for the Evaluation of Digital Scholarship in History”. AHA.
http://historians.org/teaching-and-learning/digital-history-resources/ev...
,(accessed 2015-09-20).
[2]Seth Denbo. “Committee on Professional Evaluation of Digital
Scholarship by Historians”. AHA Today. 2014-01-27.
http://blog.historians.org/2014/01/committee-professional-evaluation-dig...
,(accessed 2015-09-20).
James Grossman, Seth Denbo. “Making Something Out of Bupkis: The AHA’s
Ad Hoc Committee on Professional Evaluation of Digital Scholarship”.
Perspectives on History. 2014-02.
http://www.historians.org/publications-and-directories/perspectives-on-h...
,(accessed 2015-09-20).
Committee on Professional Evaluation of Digital Scholarship by Historians.
AHA.
http://historians.org/about-aha-and-membership/governance/committees/com...
,(accessed 2015-09-20).
[3]Draft Guidelines on the Evaluation of Digital Scholarship. AHA Today.
2015-04-
http://blog.historians.org/2015/04/draft-guidelines-evaluation-digital-s...
,(accessed 2015-09-20).
[4]Journal of Digital Humanities. http://journalofdigitalhumanities.org/1-4/
,(accessed 2015-09-20).
ちなみに、この号の中には、2012年にAHAにデジタルヒストリーの評価に関する調査
を担うタスクフォース設置を求めた公開質問状も収録されている。本文で紹介した
ガイドラインでは直接の言及は認められないが、ガイドライン作成のひとつの要因
となったと考えられるだろう。
[5]“Guidelines for Evaluating Work in Digital Humanities and Digital
Media”. MLA. https://www.mla.org/guidelines_evaluation_digital ,
(accessed 2015-09-20).

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◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第6回
 「倉のなかの灯火:九州大学附属図書館細川文庫のデジタル公開と蔵書目録」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

 戸を開けると倉のなかは薄暗く、全体を見渡すことができない。あたりを見渡す
と、本が一冊置いてあって、手に取るといかにも大事なもののふうがするが、じつ
のところ価値はにわかに分らない。そもそも、なぜこれはここにあったのだろうか。

 以前のくり返しのようにはなるが、文庫をデジタル化したものを拝見したときに、
このように感ずることは少ないない。なぜというに、デジタル・ライブラリーを使
ったときに、デジタル化されたものが置かれているだけのことが多く、その文庫の
なにをデジタル化したのか皆目分らなくなっているためである。きっと選りすぐり
であるにちがいないものの、そうしてしまえば、デジタル・ライブラリーは、文庫
の真価を伝えるところというより耳目を集める資料を見せびらかすところになって
しまう。一般にある文庫の価値は、ただひとつの資料によって決まるのではなく、
蔵書の全体によって決まる。たとえば、ひとつひとつの価値はともかく、総体とし
てすぐれた文庫となっているものに、たとえば敦煌莫高窟などがあるのではなかろ
うか。また高山寺のように優品を数多く抱えるのみならず、その維持にも歴代が苦
心を重ねてきた文庫というのは、やはりそれらの優品があるにふさわしい場所とい
うことになる。

 このたび、九州大学附属図書館の細川文庫のマイクロフィルムがデジタル公開さ
れた[1]。細川文庫は、細川幽斎の系で、肥後宇土(うと)藩主であった細川家の
蔵書を九大が購求したもので、250点あまりの文献を数えるという[2]。これは、
国文学研究資料館の「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」
プロジェクト[3]の一環としてデジタル化されたものであるとのことで、細川文庫
以外にも、文学部の貴重書と附属図書館の支子(くちなし)文庫などのマイクロフ
ィルムがデジタル化されている。中村氏と今井氏による解説があり、文庫の来歴や
性格を伝え有益である[4][5]。これらの解説によって、この細川文庫が歌学を
中心にした文庫で、幽斎手沢本などよりも細川家歴代が歌に係わってきたなかで集
められた本に見るべき点があるところだと分る。

 このデジタル公開が、いま述べたようなデジタル・ライブラリーと一線を画すの
は、文庫の蔵書目録を備える点にある[6]。一点一点のものを見るのは目に楽しい
が、本格的に蔵書を利用するとなれば、蔵書目録は欠かすことができない。たとえ
ば、大英図書館の日本関係図書であれば、それがエンゲルベルト・ケンペル由来な
のか、アーネスト・サトウ由来なのか、はたまたいずれとも知らぬ古に買い求めら
れたものなのかによって、その資料を見る目というのはおのずから変ってくるもの
である。それはやはり蔵書が知識の形成と密接にかかわるところだからであり、た
とえばある本がケンペルの持っていたものだとすれば、それがケンペルの『日本誌』
にどのように活かされていたか検証の目が向けられるということもあり得るのであ
る。今回の細川文庫の例に照らせば、歌学書が八代藩主立之の室である福子(とみ
こ)の蔵書であれば屋代弘賢とのつながりが考えられるとのことであり、その本の
評価にも係わってくるのである。これらはすべて、蔵書の形成というところと係わ
るのであり、一冊だけで云々できることではない。

 欲をいえば、蔵書目録が同時にデジタル・ライブラリーの目録にもなっているこ
とがいちばんよい。細川文庫のようにまとまってデジタル化された例では、現在の
ように蔵書目録とデジタル・ライブラリーの目録がそもそもウェブサイトからして
分れていると、蔵書中のデジタル化されていない資料を集めるのは、蔵書目録だけ
ではあまり簡単ではないし、蔵書内における位置というものも見えにくくなってし
まう。資料があると分れば、見て見ぬ振りをするわけにもいかないのが研究という
ものであるとすれば、デジタル・ライブラリーにない資料というものもけして不要
なものではないのである。

 また、デジタル化するのにあたって、数ある文献のなかから、どのようにそれを
選んだかということも分るとよい。選りすぐりのものを公開なさっているのだとは
承知していても、すぐれた文庫であればあるほど、選りすぐってもその文庫の一面
しか代表できないはずである。また、ほかの資料とのかかわりにおいて重要性のあ
る文献というものもなかにはあるのであり、あれがなくてこれがなぜというような
疑問に備えるためにも選定基準は示されているべきであろう。

 かつて、書誌学者の長澤規矩也は目録こそ書誌学の神髄であるとのよし述べたと
聞く。また、書物の整理はまさにその所蔵者を尊敬させるものであり、さればこそ、
性急な公開の非なることはあきらかであった。目録も作れないのであれば、いっそ1
点ずつ高解像度PDFを公開して、書誌やらなにやらはすべて集合知に任せたほうがま
だ有用ということになりかねない(資料のまともな写真を撮るには、資料に対する
深い理解と、なみなみならぬ技量が必要欠くべからざるものであることは千万承知
している)。しかし、そのようなことはなかろう。倉のなかを、歩き回るのにじゅ
うぶんなだけ明るく灯してさえくれるならば、倉の守人の叡智は伝わりもし、公開
に及んだことに評価を勝ち得もするのではなかろうか。

[1] https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/news/1791
[2] https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/collections/hosokawa
[3] https://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/
[4] http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/recordID/19502
  中村幸彦「細川文庫について」
[5] http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/recordID/16087
  今井源衛「細川文庫のこと」、レジュメ第4ページに複製
[6] http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/recordID/12402

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 続きは【後編】をご覧ください。

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