ISSN 2189-1621

 

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DHM 061 【前編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2016-08-31発行 No.061 第61号【前編】 642部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「デジタル・アーカイブズと歴史の諸カテゴリー」
 (宮本隆史:東京大学文書館)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第17回
「デジタルメディアで「古典日本文化」を学ぶ」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)「ICOM Milano 2016」参加報告
 (阿児雄之:東京工業大学博物館)

◇イベントレポート(2)
国際研究集会「日本古典籍への挑戦-知の創造に向けて-」
 (古賀崇:天理大学人間学部総合教育研究センター)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《巻頭言》
「デジタル・アーカイブズと歴史の諸カテゴリー」
 (宮本隆史:東京大学文書館)

 2000年代以降、デジタル人文学の方法論が探究され、研究基盤の構築が進められ
てきたことによって、歴史研究の新しい可能性が明らかになってきた。新しい可能
性としては、歴史資料へのアクセスの促進、資料の分析の自動化、情報ネットワー
クの構造の明示的な記述などがある。

 歴史資料へのアクセスが容易になるということは、より多くのひとが歴史研究に
とりくめるようになることを意味する。テーマによっては、誰でも一次資料を読む
ことができるようになってきた。また、こうしたデジタル資料の分析は、さまざま
なアプリケーションを利用することでさらに容易になりつつある。単語の出現頻度
を調べるといった単純な軽量文献学的な分析は今ではプログラミングの技術を持た
なくても可能であるし、パターン認識や機械学習の技術がすすむことで複雑なこと
も自動化されていく。Google Photosが、写真の内容を読み取って自動的にタグ付け
するようになったのは記憶にあたらしい。さらに、より専門的な文献学のアプロー
チからは、資料のデジタル編集版を作成しモデルを構築することで、過去に生産さ
れた情報のネットワークを明示的に記述できる可能性が強調されてきた。これらア
クセスの向上、分析の自動化、情報ネットワークのモデル構築という可能性の探究
は、セマンティック・ウェブ関連の技術の開発によってさらに前に進められている。

 ただし、歴史資料をふくむデータのウェブが、どのように進化していくかについ
ては現段階では予測がまだ難しい。歴史研究基盤としてどのようなものが望ましい
かということについてもさまざまな見解がありうる。これは、技術上の問題である
ばかりでなく、歴史哲学上の問題でもある。この文章では、ある情報をどのように
解釈するかという、読みの多様性をいかにデジタル・ネットワーク上で担保できる
かということが、現在の歴史学から見た評価基準の可能性として想定しうることを
提案し、そのために歴史家たち自身がコンピュータに向きあう必要があることを指
摘したい。

◆読みの可能性について

 筆者が取り組んでいる植民地期近代インドの歴史研究では、1980年代以降のおお
きな潮流として、マイノリティの「主体性」に関心が向けられてきた。特に、イギ
リスによる植民地体制の下で、インドの住民を分類するための諸カテゴリーが、い
かに発見/構築され、再編成されてきたのかが指摘された。たとえば、カースト、
部族、宗派、人種、民族、ジェンダーといったカテゴリーが、植民地統治期に特徴
的なやりかたで編成され相互に関連づけられることで、国家制度・社会制度が形成
された。もちろん、植民地国家によるカテゴリー化だけに研究の焦点が当てられた
わけではなく、住民と植民地統治機構の折衝をつうじて、そうした諸カテゴリーが
書き換えられ、読み換えられてきたことについても指摘がなされた。

 このとき歴史研究者たちが重視してきたのは、カーストのような諸カテゴリーや、
その他の植民地統治に関係する情報(colonial knowledge)について、その意味が
当事者たちにとって不確定でありうるということである。植民地空間は、国家と住
民(エリート層と従属的諸集団)が、植民地的なカテゴリーの意味づけをめぐって、
文化政治をくりひろげた空間として歴史家たちに理解された。言い換えれば、植民
地的諸カテゴリーの意味内容について絶対的な解釈が確立されなかったがゆえに、
それが政治的資源になりえたことに関心が寄せられたのである。そこでは、読み換
えや再解釈だけでなく、誤読すら単なる「誤解」にとどまらず、政治的な戦術とな
る可能性をはらむ。

◆デジタル・アーカイブとの対話

 このような読みの多様性は、デジタル空間においてどのように表現できるだろう
か。技術的には、セマンティック・ウェブ関連の技術によって表現することは可能
だろう。ネットワーク型のデータ・モデルを採用すれば、電子的に表現される諸要
素間の意味を一意的に限定することなく記述できる。問題は、技術的に可能であっ
ても、それを実現するためのインセンティブがわたしたちに与えられているかとい
うことであろう。はたしてわたしたち歴史家が、費用を支払ってそれにコミットす
るのかという問題である。

 これまでは、一部の例外をのぞいては、近代の歴史資料について、多様な読みの
可能性を担保しつつ、デジタル形式で記述しモデル化するということは大きく進め
られてこなかった。それだけでなく、そうした読みの多様性をどのように表現する
かということについても、十分な検討がなされていない。歴史を書くという行為が、
紙メディアにモノグラフ形式でおこなわれることを前提とするかぎり、多様な読み
の可能性についての配慮は執筆の際におこなえばよいのであり、デジタル形式で実
現することには費用がかかるうえ必要ではないという判断をわたしたちはしてきた
のである。

 しかし、歴史家たちはこの課題についてそろそろ悠長にかまえていられない時期
に入ってしまったのではないだろうか。この文章の冒頭で述べたように、デジタル
化の効用は、情報の共有と分析の自動化に見いだされることが一般的であろう。こ
こで強調されるのは、端的にいえば経済効率である。この価値観によれば、多少は
単純化された解釈にもとづくセマンティック・データ・モデルであっても、デジタ
ル・アーカイブとして実装されないよりはされたほうが社会全体の効用を大きくす
ると判断されることだろう(わたし自身もそうした見解に異論をとなえるつもりは
ない)。そうして構築されるデジタル・アーカイブ基盤を前提に、分析の支援をす
るアプリケーションが作られることで、一定のかたちでデジタル・テキスト解釈の
生態系が生まれる可能性が十分にある。

 このとき、20世紀末以来の近代史研究の成果のひとつである、解釈の多様性を繊
細に読み解こうとする営為は、すっぽりと抜け落ちてしまうおそれがある。その場
合、わたしたちのデジタル・アーカイブ・ネットワークは、読みの多様性が持つ可
能性を欠いたまま進化することになるかもしれない。そして、そのアーカイブは、
わたしたちと子どもたちの将来の知識基盤として機能してしまうのだ。

 現在の歴史家たちにできることは、デジタル・データのネットワークに意味を与
えるという課題に、みずから介入することだろう。わたしたちは、データのウェブ
という思想を学び、コンピュータに与える概念とその関係を記述するやりかたにつ
いて学習しなければならない。さまざまな解釈を網羅的に記述することが経済効率
の観点から実現不可能だとしても、デジタル・アーカイブの解釈が常に多様性にひ
らかれていることを実践的にしめすことで、デジタル時代の歴史叙述の文化をそだ
てることが歴史家の課題となろう。歴史が「現在と過去のたえざる対話」(E.H. カ
ー『歴史とは何か』)なのだとすれば、現在のデジタル・アーカイブ・システムと
過去の情報とを、実りあるかたちで対話させる方法を歴史家たちは見つけなければ
ならない。

執筆者プロフィール
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宮本隆史(みやもと・たかし)1979年京都生まれ。専門は刑罰制度史。19世紀以降
のアジアにおける英領植民地(特にインド、海峡植民地、英領マラヤ)と近代日本
の刑罰の制度変化に注目する。また、歴史研究とデジタル技術の、制度的・技術的・
思想史的関係に関心を寄せている。主な著作に、「19世紀インドの監獄における段
階的処遇制度の形成」(『現代インド研究』2号)、『デジタル・ヒストリー スタ
ートアップガイド』(風響社、2011)など。

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◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第17回
「デジタルメディアで「古典日本文化」を学ぶ」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

 2016年7月18日から3週間にわたって、イギリスのオンライン学習プラットフォー
ム(MOOC)「FutureLearn」において、慶応義塾大学斯道文庫の佐々木孝浩氏・一戸
渉氏らによる、「古典籍を通じて見る日本文化」というオンライン講義が英語話者
の視聴者を対象に行われた[1]。日本の大学がMOOCに参画したという点から見ると、
「edX」というアメリカの同様のプラットフォームでは、すでに京都大学や東京大学
をはじめとして数校が現代日本に関する授業を提供しているが[2]、日本の古典を
対象とするものとしては、世界でもはじめての試みであるようである[3]。慶応大
学は、FutureLearnと提携している現時点で唯一の日本の大学であり、[1]は、そ
の最初の講義となるが[4]、自身の大学の強みを活かした、ユニークな取り組みを
行っているものと言えよう。

 FutureLearnは、2012年からイギリスの公開大学が運営しているものであり、全世
界の大学や教育機関と協力して講義の提供を行っている(講義の制作はFutureLearn
の協力のもと各大学で行う)[5]。講義の期間は講義内容によって異り、受講証
(希望者のみ有償にて発行)もいくつかの種類があって、ものによっては試験への
合格を要するものもあるようである。この合格証は、日本における放送大学の講義
のように、成績として数えられることも期待されているようである。教材は、映像
や文章などを組み合わせる。FutureLearnでは-ひとつひとつがMOOCとしての際立っ
た特徴だと言うわけではないが-、受講者が講義に能動的に参加することを重視し
ており、内容理解確認のクイズがあるのはもちろん、ほとんどすべてのページで
Facebookにおけるコメントのようなかたちで議論が可能になっているため、自己紹
介をして受講動機や意気込みなどをクラスで共有したり、疑問点の確認をしたり、
議論の指示があるところでは講師陣を交えて議論を交わしたりすることが可能にな
っている。なお、おおくのMOOCでは、講義期間が終了したあとも題材じたいはオン
ラインで公開されており、コメント等も可能である。

 FutureLearnじたいは、英語を前提としたものではあるが、この講義は日本語で行
われており、文章と字幕を英語で提供している。実際の講義では難しいこのような
ことが可能になるのは、MOOCの利点と言えようか。文章と字幕は日本語でも提供さ
れており、日本語学習者が教材として重宝しているとのコメントが散見される。こ
れらにくわえて、教材はダウンロードができるので、自身のペースにあわせた学習
が可能になっている。本講義では、7割の題材を受講すれば参加証が発行できるとい
うことで、テストはない。もし専門科目として試験を課すことになれば、どのよう
な講義になるのだろう。

 講義は基本的に文字文化の形態について考える、すなわち書誌学的なもので、よ
くある日本文化入門とは一線を画すものであった。いわゆる世界文学のなかに書誌
学的なものは含まれないから、貴重なものであろう。稿者は、2週目を終えたところ
で時間が取れなくなってしまい、佐々木氏担当の写本の部しかまだ受講しておらず、
一戸氏による版本の講義はこのあとの楽しみとしているので、以下の内容は、講義
の全体に基づくものではないことをまずお断りしておきたい。写本の書誌学は、こ
まかな違いが多いために、触ってみないとなかなか看取しがたいところがあるが、
この講義では、動画がていねいに作られていることもあって、コメント欄では好評
を以て受け入れられたようである。議論も盛んで、他の受講者の疑問に対して自発
的に情報提供をしてくれる方もいた。稿者はかつて佐々木氏が集中講義においでに
なった際、同様の入門講義を受けたことがあったが、斯道文庫から現物を持ってく
るわけにもいかず、稿者のいた大学もそういう貴重なものを持ち合わせているわけ
でもないので、模式図を通して学ばざるを得ず、歯がゆい思いをした記憶がある。
ただ、そのために、視覚障碍者のかたがたにはじゅうぶん教材を提供できない旨断
り書きがあり、配慮が進んでいるのを感じた。

 じっさいのところ、MOOCが日々の研究者の営みのなかにどれだけ入ってくるもの
なのかはよく分からない。MOOC提供者としても余力と実績のある名門大学と結びつ
きたがる傾向にあるようではあり、また、各大学がコンテンツを制作する以上、ス
タジオなどを確保・運用できるところも現実的には限られてくる。さらに、今回の
ような紹介講義であればともかく、MOOCでは、講義室での講義に代わる側面もあり、
課題をこなすことで成績認定をするものもある。そうなると、MOOCプラットフォー
ムの設置主体となる地域の講義文化に左右される面が大きく、そのようなところに
MOOCの個性も出てくることとなる。たとえば、edXで課題の提出とその評価を相当重
視しているのに対して、FutureLearnでは座学と議論が受講の中心となるというコー
ス設計のちがいは、アメリカとイギリスの授業のありかたのちがい……なのかもし
れない。そこに他地域の大学が入っていくのは難しい面もあり、日本の大学が、
gaccoなど日本のプラットフォームはべつとして、海外のプラットフォームに積極的
に参画しあぐねているのも、理由のないことではないのだろう。

 そういう点で、カルガリー大学の楊暁捷氏の試みたような「動画・変体仮名百語」
のように[6](ほかにも近年また増えているようであるが、他日に期したい)、個
人で制作する試みは今後とも有効であり、また、個別的な試みを超えて知見の共有
が進むとよいと思うものである。

[1] Japanese Culture Through Rare Books - Keio University
  https://www.futurelearn.com/courses/japanese-rare-books-culture/
[2] edXでは、専門の学生に向けた講義もあり、こちらは有料である:
 Visualizing Japan | edX https://www.edx.org/xseries/visualizing-japan
[3] いうまでもないが、日本学の講義の提供者は日本の大学とはかぎらず、edXの
 上記講義シリーズは、じっさい、ハーバード大学・MITと東京大学が連携して提供
 するものである。
[4] 案内によれば、このあとは、同大文学部の大串尚代氏らによるサブカルチャ
 ーの講義が10月からあり、同文庫の堀川貴司氏による漢籍の講義が冬に予定され
 ているようである。
[5] 慶應義塾大学によれば、FutureLearnは「MOOCs(Massive Open Online
 Courses)配信事業体」であるとされている。
[6] 100 Classical Kana Words in Motion
http://people.ucalgary.ca/~xyang/kana/kana.html
 なお、この楊氏は、本連載2016年2月号に取り上げた「kanaClassic」の作者であ
 る。絵巻三昧:動画・変体仮名百語 http://emaki-japan.blogspot.jp/2016/06/blog-post_25.html 参照。

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 続きは【後編】をご覧ください。

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人文情報学月報 [DHM061]【前編】 2016年08月31日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【 ISSN 】2189-1621
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