ISSN 2189-1621

 

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DHM 081 【後編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2018-04-30発行 No.081 第81号【後編】 735部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】

◇《巻頭言》「デジタルリソースの恒久性の不可能性を前提として」
 (岩崎陽一:名古屋大学大学院人文学研究科)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第36回「『2018 Spring Tokyo Digital History Symposium ツイートまとめ』を読んで」
 (岡田一祐:国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター)

◇《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第1回
 (宮川創:ゲッティンゲン大学)

【後編】

◇《連載》「東アジア研究とDHを学ぶ」第1回「関西大学アジア・オープンリサーチ・センター(KU-ORCAS)とは」
 (菊池信彦:関西大学アジア・オープン・リサーチセンター特命准教授)

◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート「第6回CODHセミナー歴史ビッグデータ〜過去の記録の統合解析に向けた古文書データ化の挑戦」
 (佐藤正尚:東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士後期課程)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《連載》「東アジア研究とDHを学ぶ」第1回「関西大学アジア・オープンリサーチ・センター(KU-ORCAS)とは」
 (菊池信彦:関西大学アジア・オープン・リサーチセンター特命准教授)

 前号の編集後記でご紹介いただいた通り、筆者は昨年度末で国立国会図書館を退職し、4月から関西大学アジア・オープン・リサーチセンター(Kansai University Open Research Center for Asian Studies、以下、KU-ORCAS[1])に勤めることとなった。本誌編集長の永崎研宣氏からお声がけいただき、ありがたくも連載の機会をいただくこととなった。ご存知のかたもいらっしゃると思うが、筆者は2013年から2015年までの3年間、本誌で「Digital Humanities/Digital Historyの動向」と「西洋史DHの動向とレビュー」と題した記事を連載していたことがある。
 その際は、主に欧米におけるDHの動きをまとめて紹介していたが、今回の連載では、KU-ORCASで進めるプロジェクトを中心に、東アジア研究に関わるようなDHについて、その時々の様子を紹介していけたらと考えている。とはいえ、-このフレーズを何度も述べたことがあるが-筆者の専門はそもそも西洋史学であって、中国語も漢文も読むことが出来ないし、東アジア研究のバックグラウンドもない。そのため、この連載では、シリーズタイトルに「学ぶ」という言葉を記したように、読者とともに筆者自身も学ぶことができればと考えている。

 とはいえ、連載を始めるにあたり、そもそも「KU-ORCASって何?」と思われる読者も多いだろう。まずはKU-ORCASとはどのような組織で何を目指しているのかについて、本号では紹介したい[2]。

 KU-ORCASとは、平成29年度文部科学省私立大学研究ブランディング事業に選定された、東アジア文化研究のためのデジタルアーカイブ構築プロジェクトを担う研究センターである。KU-ORCASでは、バチカン図書館等の世界各国の研究機関・図書館等との連携のもと、「研究リソース」「研究グループ」「研究ノウハウ」のオープン化を進め、東アジア関係資料のデジタルアーカイブの作成を進めるとともに、オープン・プラットフォームを形成していくことを目指している。

 一息で説明すれば以上のようになるが、もう少し個々の要素を詳しく紹介していきたい。

 まずは、文部科学省の「私立大学研究ブランディング事業」だが、これは文部科学省のウェブサイトにあるように、「学長のリーダーシップのもと大学の特色ある研究を基軸として、全学的な独自色を打ち出す取組を行う私立大学に対し、施設費・装置費・設備費と経常費を一体的に支援」[3]するものである。ここで注目すべきは「大学の特色ある研究」であり、本学ではそれが東アジア文化研究にあたる。
この理由は、本学のルーツの一つとして、江戸後期の大阪に誕生した漢学塾「泊園書院」があり、その学統のうえに本学の東アジア文化研究が存立しているからである。

 泊園書院とは、「当代の碩学といわれた藤澤東田■(とうがいのがいの字は田に亥)(1794-1864)が開いた」もので、藤澤田■から「その子の南岳、南岳の子の黄鵠・黄坡、そして石濱純太郎へと受け継がれ、昭和23年(1948)に閉じられるまでの120余年の間に一万人を超える門人が教えを受けた」[4]という。江戸後期から戦後までの長い歴史を有する漢学塾はまれであり、泊園書院は大阪の文化・教育の発展に大きな貢献を果たしたことが知られている。そして、戦後、泊園書院の蔵書やその他コレクションは本学に寄贈され、今に至るというわけである。
 なお、泊園書院に関しては、本学東西学術研究所が作成したウェブサイト「泊園書院」[5]で詳しく紹介している。

 本学の東アジア文化研究の特徴として、「東アジア文化交渉学」を掲げている点にも触れておきたい。これは、中国史や中国文化研究といった、国や地域を前提としたものではなく、東アジア文化圏内の多様な地域間の関係を領域横断的かつ学際的な研究手法を用いて研究する学問である[6]。今後構築予定の東アジア文化研究のためのデジタルアーカイブも、そのような研究手法を反映した機能を実装すべく、現在検討を進めているところである。

 また、デジタルアーカイブの構築に関連し、本学が昨年の2017年9月にバチカン図書館等と連携協定を結んだことをご存知の方もいらっしゃるかもしれない[7]。本協定では、東アジア関連資料の研究を進めることを目的として、本学のほかにも、ローマ大学・北京外国語大学のチームとバチカン図書館との間で締結されたものである。バチカン図書館との協定は、日本の大学としては本学が初めての締結となった。
 バチカン図書館の資料のデジタルアーカイブ化とそれに伴う研究活動は、KU-ORCASが主体となって取り組むこととなっており、具体的にはそのデジタル化資料のIIIF対応を目下進めているところである。

 構築するデジタルアーカイブの特徴であり、また同時に目標として、KU-ORCASは「研究リソース」「研究グループ」「研究ノウハウ」の3つのオープン化を掲げている。「研究リソースのオープン化」とは、デジタルアーカイブの構築・公開による研究リソースのオープン化を行うもので、これにより研究者等の専門家以外にも資料を開くことを意味している。「研究グループ」のオープン化は、アーカイブ構築に関わる研究組織をプロジェクト外の研究者や企業・市民が参加できるように開いていくということでもある。
 そして「研究ノウハウ」のオープン化が、デジタルアーカイブの構築とその活用手法のノウハウや課題を共有し、デジタルアーカイブをどのように使えばどのような成果が出るのか、その手法と議論をオープンにすることを意味している。

 そして最後のキーワードが、「オープン・プラットフォーム」である。ここでいう、オープン・プラットフォームとは、デジタル資料の仕様の公開における高い互換性を意味するにとどまらず、様々な属性情報を随意に組み合わせることのできるLOD(Linked Open Data)に基づいて、アーカイブの役割を資料探索から連関の発見・創造へと発展させることを可能にするものとして想定している。

 上で述べた「オープン」に関連する話題はやや抽象的なものとなっているが、それもKU-ORCASの諸事業が端緒についたばかりであり、ご容赦願いたい。我々がなすべき課題は多い。今後も、読者諸兄のご協力を仰ぎながら、「東アジア研究の関大」として事業を進めていきたいと考えている。

[1]関西大学アジア・オープン・リサーチセンター. http://www.ku-orcas.kansai-u.ac.jp/, (アクセス日:2018-04-18)
[2]本稿のほかKU-ORCASについて紹介した文献に以下がある。
内田慶市. 関西大学アジア・オープン・リサーチセンターの目指すもの. カレントアウェアネス-E. http://current.ndl.go.jp/e1967 (アクセス日:2018-04-18)
[3]“私立大学研究ブランディング事業”. 文部科学省. http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/002/002/1379674.htm (アクセス日:2018-04-18)
[4]“泊園書院-大阪市民の知的拠点”. http://www.db1.csac.kansai-u.ac.jp/hakuen/ (アクセス日:2018-04-18)
[5]泊園書院. http://www.db1.csac.kansai-u.ac.jp/hakuen/ (アクセス日:2018-04-18)
[6]東アジア文化交渉学会. http://www.sciea.org/ (アクセス日:2018-04-18)
藤田高夫. 東アジア文化交渉学の構築に向けて. 東アジア文化交渉研究.(1), 2008, pp.3-7. http://www.icis.kansai-u.ac.jp/paper01.html#01 (アクセス日:2018-04-18)
[7]“バチカン図書館と東アジア関連資料の研究における協定を締結”.関西大学. http://www.kansai-u.ac.jp/mt/archives/2017/10/post_3026.html (アクセス日:2018-04-18)

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◇人文情報学イベントカレンダー(■:新規掲載イベント)

【2018年5月】

□2018-05-12(Sat):
情報処理学会 第117回人文科学とコンピュータ研究会発表会
(於・東京都/東京電機大学)
http://jinmoncom.jp/index.php?CH117

□2018-05-15(Tue)~2018-05-16(Wed):
EuropeanaTech Conference 2018
(於・蘭国/ロッテルダム)
https://pro.europeana.eu/event/europeanatech-conference-2018

□2018-05-21(Mon)~2018-05-25(Fri):
2018 IIIF Conference
(於・米国/Library of Congress)
http://iiif.io/event/2018/washington/

【2018年6月】

■2018-06-16(Sat)~2018-06-17(Sun):
JADS アート・ドキュメンテーション学会 2018年度年次大会 国際シンポジウムテーマ「アート・歴史分野における国際的な標準語彙(ボキャブラリ)の活用-Getty Vocabulary Programの活動と日本」
(国際シンポジウムは国立歴史民俗博物館 メタ資料学研究センターと共同主催)
(於・千葉県/国立歴史民俗博物館 講堂)
http://www.jads.org/news/2018/20180616-17.html
http://www.jads.org/news/2018/20180616sympo.html

□2018-06-26(Tue)~2018-06-29(Fri):
DIGITAL HUMANITIES 2018(DH2018)
(於・墨国/SHERATON MARIA ISABEL)
https://dh2018.adho.org/en/

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人
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小林雄一郎(日本大学生産工学部)
瀬戸寿一(東京大学空間情報科学研究センター)
佐藤 翔(同志社大学免許資格課程センター 助教)
永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所)
亀田尭宙(京都大学東南アジア地域研究研究所)
堤 智昭(東京電機大学情報環境学部)

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◇イベントレポート「第6回CODHセミナー歴史ビッグデータ〜過去の記録の統合解析に向けた古文書データ化の挑戦」
 (佐藤正尚:東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士後期課程)

 2018年3月12日に開催された第6回CODHセミナー「歴史ビッグデータ〜過去の記録の統合解析に向けた古文書データ化の挑戦〜」( http://codh.rois.ac.jp/seminar/historical-big-data-20180312/ )は、歴史ビッグデータという標語の下にデジタル化の進む歴史資料(以下、単に史料と呼ぶ)をどのように扱うかの具体的事例が報告された。本レポートではすでに公開されている発表資料をもとに、発表順に従って簡単にまとめつつ、適宜説明を補い、最後にセミナーについて総括する(以下、全て敬称略とする)。

 北本朝展(人文学オープンデータ共同利用センター http://codh.rois.ac.jp/ )両名義の発表題目「歴史ビッグデータと歴史的状況記録」(共著者 市野美夏(人文学オープンデータ共同利用センター))は本セミナーの標語となっている「歴史ビッグデータ」の意義やその目的、さらには人文科学に最適化されたビッグデータを作っていくうえでの課題について取り上げた。

 ビッグデータとはそもそも、単なる「大きなデータ」ではなく、データを組み合わせたり、そのデータが本来作られた用途目的とは違ったアプローチを図ることで新しい発見をしていくものである。例えば、Twitterという短文投稿型のSNSは、ユーザのアトランダムな内容的の投稿が日夜なされている。こうした投稿の蓄積はそれ自体ではただの「大きなデータ」でしかない。しかし、特定の事象に対して人々がなすリアクションが、その事象を理解するうえで非常に確度の高いデータとなりうる。
 例えば、関東圏に雪が降った時にこの「大きなデータ」から雪に関する情報と位置情報を取得することができる。すると、天気予報図に加えて、実際にある時点でどこで雪が降っているかをさらに正確に知ることができる。このとき、単なる短文投稿の集積に過ぎない「大きなデータ」は気候データとして利用され、天気予報を捕捉しうるものとなる。

 人文学でもこうしたデータ利用が可能となると考えられるのが本発表の趣意である。人文科学では、客観性の高いデータ(年輪やアイスコア)のほかに、古日記など、歴史的状況記録としての主観的データが多く残されている。とくに後者は、日本では高い品質のものが多い。主観的データと客観的データを組み合わせることで新しい知見を得る可能性があるのだ。そのために「歴史ビッグデータ」としてデータを集積していく必要が求められている。
 ところが、このプロジェクトには課題も多い。まず、明確なデータのスキーマの設定である。データ利活用を視野に入れて、研究者にも理解しやすいフォーマットが求められている。それに伴って情報基盤のサービス、データの構造化、データ分析の手法をそれぞれ整理していくことが求められている。また、史料の発見(あるいは選定)、翻刻、データ化というサイクルを成果として発表し、データを共有するという人文学にとってあまり身近でなかったシステムを定着させていくというのも大きな課題として残されている。

 北本の発表のあと、歴史ビッグデータ構築の黎明とも呼べる成功事例「みんなで翻刻( https://honkoku.org/ )」についての発表が、加納靖之(京都大学古地震研究会 http://kozisin.info/ )よりなされた(「みんなで翻刻と古地震研究」)。加藤は橋本雄太の研究「みんなで翻刻」プロジェクトをまずとりあげ、メディアの報道もあって広く人々の注目を集めたことや、総入力文字数415万字を超え、参加者のコミュニケーションが重要になってきたことなどを紹介した。

 次に、これからこうした翻刻プロジェクトが今後どのように展開しうるかという観点からプロジェクトが検討された。そもそも「みんなで翻刻」は、明治時代からの研究課題となっている地震史の編纂が目的だった。そのため、対象となる史料の日記資料に見られる有感地震や天気・相場・作柄といった情報も記録として重要だった。こうして得られた知見は多いものの、加藤は北本と同様にデータをどのようなスキーマで記述するか、史料由来のデータの精確さを担当者がどのようにして担保するかといった問題が残っているとした。
 ただし、海外ではジェレミー・ベンサムの翻刻プロジェクト( http://www.ucl.ac.uk/transcribe-bentham/ )、日本では「みんなで翻刻」が成功を収めているように、クラウドソーシングによる作業は担当者の適正な関与がありさえすれば、非常に有効であるという指摘がなされた。

 続く吉川聡(国立文化財機構奈良文化財研究所文化遺産部( https://www.nabunken.go.jp/ )、加納の発表でも触れられた史料を扱う上でのデリケートな事情についてまず取り上げられた(「古文書調査と自然現象」)。吉川は、奈良文化財研究所での古文書の収集と整理、ならびに目録刊行のプロセスの経験から、所蔵者の社会的状況への配慮や偽文書を精査する必要性などに言及した。
 詳しくは公開資料を閲覧するとわかるように、識者でなければ見抜けないような精巧な偽文書がそのまま事実としてビッグデータに登録されてしまう危険性は非常に高いと思われる。また、意外な史料から当時の気候の変化が社会に与えた影響を知る実例も報告された。

 吉川が調査に携わっていた興福寺所蔵史料の中にあった「論義草」という僧侶の論争を記録した本の成立を記した本奥書から、文亀3年(1503)~永正元年(1504)の飢饉で奈良の社会情勢が明らかになった。同じ頃には土一揆が起こったことが知られているが、これは食糧難に端を発した行動であったことが史料の記述からうかがえる。このように、それぞれの史料は史料自体の持っていた目的とは別の情報を持っている可能性がある。歴史ビッグデータを構築する際には、こうした情報を拾い上げることもまた重要なものとなっていくと考えられる。

 吉川の実例では飢饉という気象に伴った災害が紹介されていたが、こうした例は全国で残っている。佐藤大介(東北大学)は、「古文書の気象・災害記録をどう活かすか-仙台・宮城での史料保全をふまえて」にて、南奥羽の気象にまつわる記録を記した「丸吉皆川家日誌」の記録から、台風の記録を復元する試みを紹介した。筆者にとって印象的だったのは、すでに日本列島に上陸した台風の進路が18世紀で資料として残っている全国の日記や天気の記録などを突き合わせることで再現できるという指摘だった。しかし、これには問題がある。
 なぜなら、先の震災以後、史料所蔵者がその保存を諦め、天気情報などの情報を記録した史料が加速的に散逸しているからである。また、もう1つの問題は、地方で学芸員があまりにも不足しているために、史料の保存や整理などがそもそも難しいということだった。
 2017年4月16日に山本幸三地方創生担当相が「一番のがんは文化学芸員」、「観光マインドが全くなく、一掃しないとだめだ」といった学芸員の活動の実情を全く把握しないまま発言し、その後に謝罪することとなった事件があったが( https://mainichi.jp/articles/20170420/k00/00m/040/160000c など)、それについて「そもそも学芸員がいない」と佐藤は改めて強調した。筆者の知るところでも、こうした人手不足による資料利活用の問題は多く見られる。
 例えば、日本で最も知られている著作権切れの書物を電子化し公開している「青空文庫」では、公開前の校正は慢性的な人員不足のために時間がかかっていることが知られている( https://eunheui.sakura.ne.jp/aozora/koseimachi.html#prev )。ビッグデータほどの規模で史料を電子化していく場合、こうしたデータ作成にかかる労力もまた、解決すべき問題として立ち上がってくるだろうと考えられる。

 佐藤はそうした学芸員の慢性的な不足に対して講じられている解決策として、佐藤は市民参加型の研究会による草の根的な史料保全活動を紹介した。しかし、これは、一方では一般市民を研究競争に巻き込むことを意味しているので、参加の程度をどのように調整する問題があると佐藤は指摘した。

 ところで、これまでの発表を見ると、過去の気象を知ることで歴史上の出来事を新しく考察することが可能となっていったことがわかる。これまでは歴史研究がメインだったが、続く遠藤崇浩(大阪府立大学)の発表「株井戸-気候復元を活用した地下水管理制度の研究-」では、資源管理研究という別の学問からの学際的なアプローチによる興味深い事例が発表された。遠藤が取り上げた株井戸は、1700年代末、濃尾平野の輪中地帯で自噴井の資源管理争いをめぐって作られた制度であるが、 その成立に関しては解き明かされていない点が多い。
 そこで、地理学から井戸の位置の説明、古文書から天候の情報の取得、株井戸制度を維持するシステムをコモンズ論の観点からの説明、といった3つの方策が取られた。古文書の天候の情報から、干ばつに際して株井戸の取り組みが生まれ、藩の介入なしでも資源管理を可能とするシステムが徐々に生まれていったことが明らかになった。それによって、資源管理研究の様々な比較研究が可能となってきた。こうした社会学的アプローチの事例は、歴史ビッグデータの分析手法を提供するうえで非常に良いモデルとなっていくと考えられる。

 この発表と同じように学際的な研究事例として柴本昌彦(神戸大学)によって「近世日本の中央市場と気候変動」(共著者 高槻泰郎(神戸大学))が紹介された。この発表では、経済学的な観点から、近世日本の中央市場と気候変動の関係について考えるというものである。柴本は経済学的な因果関係によって気候変動と社会の経済活動の関係を分析し理解することの重要性を強調した。
 分析の実際は発表資料にある通りであるが、結論だけを紹介すると、単に中央市場の米価などのデータに注目しても市場動向の因果関係の理解を誤る可能性があり、それを補正するためには長期的な気候データが必要であるというものである。筆者にとって、江戸時代の社会的情勢を数理的アプローチによってより正確に理解できるようになる可能性が開かれている点が印象的だった。

 本セミナーは以上のように歴史ビッグデータの指針となるような、史料収集の現状や応用研究の実例が紹介された。セミナーの掉尾を飾ることとなったのは、古日記から気象モデルを構築する具体的な数理的アプローチである。庄建治朗(名古屋工業大学)「古気候復元のための日記天気記録の定量化に向けて」では、史料から気候を復元する場合、具体的にどの程度まで気温や降水量を知ることができるのだろうか、という課題に応える研究が紹介された。
 床は、明治後期から大正時代の古日記を対象とし、古日記ごとの降雨記述と観測記録を照らし合わせ、より詳細に天気の模様が書かれている日数が多い資料ほど、降水量が少ない日もきちんと書かれており、この割合が算出できれば観測データのない日記についてもその実際の降水量を詳しく知ることができるということを複数史料の比較検討によって実証的に明らかにした。
 研究における問題として、古日記からの情報だけでなく、手書きの観測原簿自体が画像データでしか公開されていないことが多く、機械処理できるデータにするまでのコストが非常に大きいことなどが指摘されたが、これは本セミナーを通して再認識された問題である。

 最後の発表は、より数理的なアプローチが紹介された。芳村圭(東京大学)「ミレニアム大気再解析への挑戦〜古日記に記載された天気情報のデータ同化〜」では、近年切迫した問題となっている、地球規模の気候変動を具体的に把握するために用いられている大気再解析というコンピュータ・シミュレーションによる気候再現のアプローチについてまず紹介がなされた。発表では、再解析の手法として、データ同化という、観測と数値モデルを組み合わせることで、実際の状態を推定する方法に言及があった。
 例えば、データ同化の手法にしたがって水蒸気同位体のデータを用いると、平均気温をモデルから推定できる。芳村によると、このデータ同化を用いることで、大気再解析を通じた気候変動の具体的な把握を目指す試みがなされている/。大気再解析は、昨今、長期間のデータが求められているものの、世界の中でも、過去の気象データは非常に少ない。一方で、日本ではすでに歴史天候データベース( http://jcdp.jp/historical-weather-database-jp/ )があり、400年程度の長さにわたって大気再解析が可能となってきている。
 主観的な天候の記述であることに起因するデメリットはあるものの、現在のデータ同化の手法がそのまま適用できるといったメリットがある。同位体のデータと古文書のデータをデータ同化の手法で組み合わせることで、日本全域の長期間の気候変動を推測することができる可能性がある。芳村に寄れば、この研究を進めていくことで、1000年単位で大気再解析が可能になりうるという。

 各発表の終了後、質疑応答も、発表者や聴衆から多くなされ、議論は多岐に渡った。細かな議論に触れることは難しいが、多分野から歴史ビッグデータのプロジェクトに期待を寄せていると感じられた。

 最後にセミナー全体をまとめておく。歴史ビッグデータの可能性は、社会経済の変動に関わる非常に重要なものとなりうる一方で、史料が散逸し、収集した史料を検証する学芸員や専門家が不足している。そのために、構築そのものが依然として困難である。しかし、様々な研究手法が提案されているので、漸次的なデータの集約によって大きな成果をえることができる環境は整いつつあるということが今回のセミナーで明らかになったように思われる。
 また、個人的には、ますますデジタル・ヒューマニティーズにおける統計学の重要性が確かめられたように思われる。各国で歴史ビッグデータと同様のプロジェクトが動き出せば、学際的研究の進展によって人文学の伝統的な解釈と統計学的な解釈がますます交わっていくことになるように思われた。

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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:永崎宣研、ふじたまさえ)
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今回から3つの連載が新たに始まりました。それぞれのお仕事にあわせて様々な視点からの人文情報学を描いてくださると思います。ご期待ください。

それから、近年、人文情報学の領域では若手が徐々に活発な活動するようになってきており、岡田氏が採り上げているイベントはまさにそれを象徴するような一大イベントだったようです。

筆者もロンドンからZoom(遠隔ビデオ会議システム)で参加しておりましたが、盛り上がりのあまり、終了後、他にロンドンで視聴していた2名と合流してランチをとりつつ盛り上がりました。

今回は歴史学からの発信でしたが、様々な分野からこのようにしてそれぞれに固有の方法論に基づくデジタル研究の発信が出てきて、それらがより高い次元で融合していくとしたらとても面白い世界が拓けていくのではないかと期待させられるものでもありました。(永崎)

 今回から連載が新たに始まったようです。連載をはじめ、ご寄稿ありがとうございました!(ふじた)

◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちしています。
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人文情報学月報 [DHM081]【後編】 2018年04月30日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【 ISSN 】2189-1621
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