著作権法改正というと、TPP11の発効で著作権の保護期間が70年になって、これからあと20年、パブリック・ドメインになる著作物は出てこなくなるとか、最近では、スクショするだけで違法になる(?)ような法改正の動きがあるとか、著作物を使う側にとっては「何だよー!」ということを思い浮かべる人も多いと思いますが、実際にはそうではありません。
この1月1日から、著作物を使って色んなことが自由にできるようになりました。2018年5月に著作権法の一部が改正され、権利者から許諾をもらわなくても著作物の利用ができるようになる範囲が広くなったためです。例えば、私が勤務しています国立国会図書館で実施している「図書館向けデジタル化資料送信サービス」の参加館につき、今後は外国の図書館(一定の要件をクリアした機関だけですが)も対象とすることができるようになりましたし(第31条第3項の改正)、障害者サービスの世界では、活字本を音声化した録音データを視覚障害者の方々に電子メールで送ることができるようになりました(第37条第3項の改正)。また、博物館で開催される絵画の展示会のための解説用コンテンツを作って iPad で表示する際、権利者から許諾をもらわなくても、その絵画の画像も iPad で表示できるようにもなりました(第47条第1項の改正及び第2項の新設)。
これらのこととは別に、かなり重要な法改正がなされました。その一つが「第47条の5(電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等)」の新設です。これは、読者のみなさんならご存じかと思いますが、米国著作権法にある「フェアユース」という条項を日本の著作権法でも設けるべきだという、いわゆる「日本版フェアユース」構想の産物の一つです。
この条項が設けられた背景には、IoT やビッグデータ、AI といった新たな技術を活用して、著作物を含む情報を大量に集めてそれを組み合わせたり解析したりすることで、新たなサービスを生み出す環境が技術的には整いつつあるということがあります。他方、日本の著作権法では個別具体的な行為ごとに権利制限規定が定められているため、権利者に及ぼす不利益は無いかごくわずかなものなのに、形式的に違法となり、そのようなサービスを行うことをためらうことで、このような新たなサービスの芽が潰されることになるのではないか、という指摘があったようです。そういえば、インターネット検索サービス業が日本で衰退したのは、日本にフェアユースの規定がないからだ、という主張もありましたね(文化庁の報告書[1]には「合理性を見いだすことができない」と書かれていますが)。
そこで、文化庁では、様々な理由から、米国著作権法にある「フェアユース」の条項を日本に導入するのは妥当ではないとした上で、その代わりに、権利者に及び得る不利益の度合いに応じて分類した3つの「層」のうちで、権利者に及ぼす不利益が少ない「第1層」(権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型)と「第2層」(権利者に及び得る不利益が軽微な行為類型)について、「柔軟性のある権利制限規定」を整備することとしました[2]。
著作権法第47条の5は、このうちの「第2層」の類型の行為を定めるために設けられたもので、「インターネット検索サービスの提供に伴い必要な限度で著作物の一部分を表示する場合など、著作物の本来的利用には該当せず、権利者に及び得る不利益が軽微なものがこれに該当する」とした上で、「所在検索サービス」[3]と「情報分析サービス」[4]の結果提供の際に行われる著作物等の表示行為等を、この類型に該当する行為と位置づけています。
表題に掲げました「Google Books のような検索サイト」は、これらのうちの「所在検索サービス」の一種(「書籍検索サービス」に該当します)として掲げられています[5]。このため、「Google Books のような検索サイト」を構築する行為は、著作権法第47条の5を適用することで、著作権者からの許諾を得なくても行うことができるということになります。つまり、2019年1月1日以降は、著作権者からの許諾を得なくても、「Google Books のような検索サイト」を構築し、公開することができるようになった、ということになります。米国では、2005年からの長年にわたる「Google Books 裁判」の結果、11年後の2016年にようやく、フェアユースに該当することが確定し、著作権者からの許諾を得る必要がないという解釈が確定したわけですが、日本ではこの条項を新設することで、合法的にこの行為を行うことが可能なことを明確にしたということになります[6]。これで安心ですね。
そういうわけで、表題に掲げた行為を行うことは明確にできますよ、と言い切ることができるのですが、「Google Books のような検索サイトを作って流すことができるようになりました、おめでとうございます!」というだけでは、あまりにも曖昧過ぎるような気がしますので、ここからは、どういう要件を満たせば「作って流すことができるようにな」るかを説明します。
同条では、(1)電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する著作物の軽微な利用(第1項)と、(2)その準備のための著作物の利用(第2項)の2つを定めています。すなわち、書籍のデータを検索するためのテキストデータの製作には第2項を、そしてこのデータを使って書籍の特定の場所を検索し、書籍中のキーワードを含む文章の一部分を提供する行為には第1項(第1号)[7]が、それぞれ適用されることになります。
同条ではまず、同条の適用を受けることができる者について次のとおり規定しています。
最初の「電子計算機…次の各号に掲げる行為」というのは、前述の「所在検索サービス」と「情報分析サービス」のことです。「所在検索サービス」には、Google Books のような「書籍検索サービス」が含まれますので、「Google Books のような検索サイト」を作って流そうとする方々はもちろん含まれることになります。そして、その後の括弧書きのところで「当該行為の一部を行う者を含み」とありますので、例えば、書籍のスキャニングを行うだけの人ですとか、OCR を掛けるだけの人なども含まれることになります。
問題は、その次の「当該行為を政令で定める基準に従つて行う者に限る」とある点です。ただ単に「Google Books のような検索サイト」を作って流す人なら全員 OK というわけではない、政令で定める基準に従って行っていない人は対象から外れるというのです。これは大問題です。
それではこの「政令で定める基準」とは何かを説明します。この「政令」とは、著作権法の下位法令である「著作権法施行令」のことで、著作権法の改正に合わせて改正されたものです。その改正後の第7条の4によると、インターネット情報検索サービス以外のサービス(もちろん「書籍検索サービス」の場合も含みます)については、(1)サービス実施のために蓄積している著作物等の複製物に係る情報の漏えいの防止のために必要な措置を講ずること(第1項第2号及び第2項第2号)と、(2)「所在検索サービス」(もちろん「書籍検索サービス」も含みます)や「情報分析サービス」などを適切に行うために必要な措置として文部科学省令で定める措置を講ずること(第1項第3号)の2つが求められます。なお、(1)の具体的な措置の内容は「事業者に委ねられるものであり、過度な負担を課すことは意図して」おらず、「事業者の円滑な対応に資するよう、本条の解釈については、今後、解説等で明らかにしていくことを予定してい」ることとされています[8]。(2)については、これも著作権法の改正に合わせて改正された著作権法施行規則の第4条の5に、次の2つが定められています。
なお、これらの具体的に意味することについても、前述の解説等で明らかにすることが予定されていますが[9]、第1号の内容については、サービスの適法性を担保するために、同条の解説書や解説記事をきちんと参照するとか、サービスの適法性について著作権法に詳しい弁護士や研究者に照会をするとか、そういうことをきちんとしてくださいね、という意味かと思います。また、第2号の内容については、そのサービスを行うウェブサイトのトップページなどに、きちんと問い合わせ先を明記してくださいね、という意味かと思います。いずれも、このようなサービスを行うのであれば、当然取り組んだり表示したりするものだと思いますので、大したハードルにはならないものと思います。
すなわち、以上をまとめますと、「Google Books のような検索サイト」を作って公開する際に同条の適用を受けようとするためには、(1)蓄積したデータの漏洩防止措置を講じ、(2)サービスの適法性を担保するために、同条の解説書や解説記事の閲覧や著作権法の専門家への紹介などの取り組みをきちんと行い、(3)検索サイトのトップページなどに連絡先を明記する、この3つを行えばよいことになります。
次は、「Google Books のような検索サイト」に収載できる著作物の範囲について定められています。すなわち、「公衆への提供又は提示(送信可能化を含む。以下この条において同じ。)が行われた著作物(以下この条及び次条第二項第二号において「公衆提供提示著作物」という。)(公表された著作物又は送信可能化された著作物に限る。)」と定められています。
これは、(1)インターネット上の著作物と、(2)公表された著作物、という意味です。インターネット上に掲載された著作物であれば、誰もアクセスしていないものも含まれるのですが、それ以外の著作物、典型的には何かの物に固定された著作物(書籍、手紙、レコード、DVDなど)の場合は、公表されたものに限定される、ということです。「Google Books のような検索サイト」に収載される著作物は、通常はインターネット上の著作物ではないと思いますので、すべて公表されているものである必要があります。したがって、日記や書簡をスキャニングしてテキストデータ化し、中身を検索できるようなデータベースを作ろうとする場合には、これらの日記や書簡は公表されている必要があることになります。
次は、どこまで利用できるかについてです。こちらについては、次のとおり定められています。
まず、「目的上必要と認められる限度」とされています。これについては、「例えば,サービスの利用者が情報処理の結果が自己の関心に沿うものであるか否かを確認できるようにしたり,情報処理の信憑性・信頼性を証明したりする上で必要な範囲内であることが求められ,こうした目的を離れて独立して著作物を提供することは認められない」[10]と解説されています。すなわち、書籍検索サービスの場合には、検索をした人が、検索結果が自らの検索の目的と合致しているかを検証できるのに必要な範囲での表示に限定される、ということかと思います。
また、利用の縛りとしては、次の「当該行為に付随して」という要件もあります。この要件については、文化庁の解説でも詳しく解説されていますので、理解がしやすいと思います。すなわち、「「各号に掲げる行為(情報処理の結果)の提供」(例えば、インターネット情報検索サービスでは検索結果としての URL(情報処理の結果)の提供)と「著作物の利用」(例えば、インターネット情報検索サービスでは、スニペットやサムネイル(著作物)の提供)を区分して捉えた上で、前者が主たるもの、後者が従たるものという位置付けであることが求められる。このため、本項各号に掲げる行為(情報処理の結果の提供)が著作物そのものの提供である場合には、当該行為と著作物の利用が一体化しており、当該行為に「付随して」著作物を利用するものとは評価できないと考えられる」[11]とあります。主従関係とは、引用の要件みたいですが、著作物の表示は、検索結果の表示と同時に行わなければならず、検索結果の表示なしに著作物だけ表示するとか、検索結果の表示よりも著作物の表示部分の方が多すぎるとか、そういう場合には本条は適用しませんよ、ということになるのではないかと思います。
そしていよいよ、どこまで表示できるか、という話になります。これについては、「利用に供される部分の占める割合、その利用に供される部分の量、その利用に供される際の表示の精度その他の要素に照らし軽微なもの」と定められています。このうち、「割合」については「例えば楽曲であれば全体の演奏時間のうち何パーセントに当たる時間が利用されているか」と、「量」については「例えば小説であればどの程度の文字数が利用されているか」と、「表示の精度」については「例えば写真の画像データであればどの程度の画素数で利用されているか」と、「その他の要素」については「例えば紙媒体での「表示の大きさ」などが想定され、写真の紙面の掲載であれば何平方センチメートルの大きさで利用されているか」といったことがそれぞれ意味されるものと考えられる、と説明されています[12]。先に説明しましたように、本条は、「第2層」の行為類型について定めたものですので、権利者の不利益の度合いが「軽微」かどうかがポイントになります。そのため、ここでは利用の目的(公益性など)は考慮されることはなく、純粋に分量のみで判断されることになります。
ただ、具体的に何パーセント使ったら、何文字だったら、何画素だったら、何平方センチメートルの大きさだったら「軽微」ではなくなる、ということは、解説記事では示されていません。ただ、報告書では、この「軽微」のところの説明の際、Google Books での表示(ユーザーに対して表示される検索結果に表示されるのは通常1ページの8分の1であり、書籍全体のうち10%の領域は予め表示対象から除外されている。また、辞書、レシピ、俳句のような短文詩は表示対象から除外される)が例示として示されていることから、この Google Books での表示が目安になるのではないかと思います。あと、「表示の精度」や「表示の大きさ」については、先例として、絵画や写真のネットオークションでの画像表示に適用される権利制限規定(著作権法第47条の2)において「著作権者の利益を不当に害しないための措置」として定められている「表示の精度」(DRM を掛けている場合は9万画素以下、掛けていない場合は32,400画素以下)及び「表示の大きさ」(50平方センチメートル以下)が参考になるのではないかと個人的には思います。
また、本条には「ただし書」が付いています。「当該公衆提供提示著作物の種類及び用途並びに当該複製又は頒布の部数及び当該複製、公衆への頒布の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は、本条を適用できない、とされています。さらに、検索結果の表示の方(第1項)については、さらに、「当該公衆提供提示著作物に係る公衆への提供又は提示が著作権を侵害するものであること…を知りながら当該軽微利用を行う場合」も、本条を適用できない、とされています。
前者については、「辞書のように複数ある語義のうち一部のみでも確認されれば本来の役割を果たすような著作物について当該一部を表示することや、映画の核心部分のように一般的に利用者の有している当該著作物の視聴等にかかわる欲求を充足するような著作物について当該核心部分を著作物の一部分として表示すること」が例示として示されています。これはおそらく Google Books が採用している基準とも一致するでしょうし、まぁそうだろうな、と、常識的に判断できそうな気がします。
後者については、権利者の経済的利益への侵害の度合いからではなく、「違法な著作物の拡散を助長する」ことになるという理由から設けられています。すなわち、海賊版対策という意味合いがあるということになります。こちらについては、「例えば、市販の映画や音楽が違法にアップロードされたもの(海賊版)について、それが海賊版と知りながら軽微利用に供する行為」がこれに該当する、と説明されています[13]。なお、こちらについては、前述のとおり、表示のときだけですので、蓄積の時には適用はありません。これはおそらく、蓄積の時には自動的に(人手を介さずに)行うこともあり得るということで、いちいちこれは海賊版だとか違法アップロードがされたものだとかを確認することは困難ということが理由なのではないかと個人的には考えています。
以上、長々と書いてきましたが、結局、「Google Books のような検索サイトを作るためには、次の9つの要件を満たせばよい、ということになりそうです。
まだまだはっきりしない点は残っていますが、現時点ではっきりしていることは本稿である程度は明らかにできたと思います。本稿が契機となって、本条の研究が進み、日本のデジタルアーカイブの進展に資することになればうれしいです。今後の進展を期待しております[14]。
日本でもいよいよ、Google Books や HathiTrust のようなことができる、という話になりました。しかし、実際にどのようにすれば始められるのか、ということを共有しないことには始まらないと思っていたところ、著作権法改正についてフォローしておられる南亮一氏が解説のご執筆をお引き受けくださり、ようやくこのような形になりました。これは、日本語表現の多様性を守り育てていく可能性を広げるだけでなく、著作物を必要とする人のところに届きやすくするための有用な仕組みでもあり、これによって新たに日の目を浴びる著作物が出てくるとともに、若干ではあれ、市場も活性化することが期待されます。情報技術に潜在する未来を切りひらく力をこのようにして少しずつでも海外の後追いになっても着実に社会実装していくことが日本社会の将来にはますます重要になっていくことだろうと思います。
(永崎研宣)