ISSN 2189-1621

 

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DHM 065 【前編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2016-12-29発行 No.065 第65号【前編】 648部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「デジタル技術と文化財の複製」
 (高岸輝:東京大学大学院人文社会系研究科准教授)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第21回
「国文研歴史的典籍オープンデータアイデアソンに参加して」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

【後編】

◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)「アイデアソン」参加報告
 (佐藤正尚:東京大学大学院修士課程総合文化研究科、
  永崎研宣:人文情報学研究所)

◇イベントレポート(2)「じんもんこん2016」
 (小風尚樹:東京大学大学院人文社会系研究科博士課程1年)

◇イベントレポート(3)「Donald Sturgeon博士の ctext.org 関連講演レポート」
 (王一凡:東京大学人文社会系研究科修士課程)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《巻頭言》「デジタル技術と文化財の複製」
 (高岸輝:東京大学大学院人文社会系研究科准教授)

●美術史学研究室の悩み

 筆者が勤務する東京大学文学部美術史学研究室では、毎年春に関西方面への見学
旅行をおこなっている。美術史学に入門したばかりの学部3年生に、京都や奈良の文
化財を見てもらおうという趣旨である。見学先を決めるのは、日本美術史を専攻す
る大学院生たちで、われわれ教師は行き先の相談にのるのだが、最近、困ったこと
になっている。文化財の「デジタル置換問題」である。原物の襖絵か、デジタル複
製の襖絵か。見学旅行の前に、われわれはどこに行けばよいのか、頭を悩ませるこ
とになる。

 桃山時代から江戸初期にかけて、狩野永徳や長谷川等伯といった巨匠たちは、京
都周辺の寺院に襖絵を描いた。安土城や大坂城が現存しない今、天下人や戦国大名
たちの美意識を知るには、これら寺院の建築や庭園の空間のなかで、遺された襖絵
を見るのが最善の方法であり、1990年代末まではどこでも原物を見ることができた。

 2000年代以降、デジタル撮影の高解像度化とプリンター性能の向上を背景として、
精巧な複製の襖絵が比較的安価に制作できるようになり、印刷会社、カメラメーカ
ー、プリンターメーカーなどが参入し、本物と複製の置き換えプロジェクトを進め
てきた。複製を公開し、原物を温湿度環境の安定した収蔵庫で保管するというのは、
文化財保護の観点から言えば理にかなっている。高精細画像によって、新たな学術
的知見が得られることもあろう。実際、デジタル複製絵画は、一見、原物と見まが
うほどよくできていて、制作者の情熱が伝わってくる。その意味で、デジタル複製
への置換は所蔵者や研究者にとっても恩恵がある。

●デジタル置換問題とは

 しかし、複製を前にして、学生たちに日本絵画のもつ繊細な表情を説明できるの
か。専門的な美術史の教育現場における悩みは深刻であったが、この現状を俯瞰し、
大きな道標を提示してくれたのが、山田奨治氏による論文「傑作はどこへ消えた?
-デジタル複製による文化財の置換問題を考える」(楊暁捷・小松和彦・荒木浩編
『デジタル人文学のすすめ』、勉誠出版、2013年)であった。山田氏は、デジタル
複製に置換するにあたって、留意すべき次の5原則を提示する。

  (1)文化財を現状のまま複製すること(現状複製)
  (2)原物を定期的に公開すること(原物公開)
  (3)原物は本来あるべき場所の近くで保存すること(近地保存)
  (4)複製品の劣化をモニタリングすること(劣化監視)
  (5)複製品が劣化したら作り直すこと(複製維持)

 ここで強調されているのは、複製絵画の持続可能性である。もともと脆弱な素材
である紙に印刷された複製は、原物と同様、経年劣化を逃れることはできない。原
物の場合、数十年周期で専門の修復家によって慎重に修理が行われ、国宝・重要文
化財に指定されたものであれば、文化庁による指導が加わる。それに対し、複製は
新たに制作・公開された際には大きく報道されることもあるが、これらの劣化監視
や複製の再制作による入れ替えは、これからの課題として残されたままである。仮
に、複製から現物への再置換が行われるにしても、寺院において原物を管理するノ
ウハウは数百年の蓄積を背景としており、いったん途切れたそれを復活させること
は、大きな困難を伴う。

●原物復活

 デジタル置換問題は、文化財の保護に貢献しつつも、保護するノウハウの継承を
断絶させる可能性をはらんでおり、ジレンマの中にあるといってよいだろう。問題
の本質は、デジタル技術ではなく、むしろ人間の側にあるのだ。そんな中で、京都
の寺院では、1年間などの時間を区切って原物の公開へと再び戻すところも現れた。
期間限定の原物復活の背後には、話題性や集客など新たな経済効果への期待もある
と思われるが、その効果を慎重に検証し、原物か複製か、その公開の比率について
最適な解を模索することが求められるだろう。

●原物と複製の境界線

 美術史学では、原物に対する信仰とも言ってよい感情がある。その信仰を支えて
いるのは、色や形とともに、作品の大きさに依拠することが大きい。写真技術の実
用化以降、われわれは美術作品のスケール感を喪失した。巨大なピラミッドが小さ
な絵ハガキの写真になると、写りこんだ人物のサイズを基準に脳内でスケール調整
を行う。それでも、ピラミッドの巨大さは体感できない。原物と写真の最大の違い
はスケール感にあり、原物をわざわざ見に行くのはスケール調整なしに作品を見る
ためなのである。

 その点で、大塚国際美術館(徳島県鳴門市)は、西洋名画を陶板で実物大に複製
し展示するコンセプトで1998年に開館し、原物と複製を越境する感覚を味わうこと
ができる稀有な場所である。初期に制作された複製陶板は大判銀塩フィルムの画像
を焼き付けたものであったが、最近では新たにデジタル高解像度撮影したデータを
もとに、陶板を再制作し、順次置き換えを進めているという。陶板による複製自体
は、経年劣化が極めて少ないとされるが、それでもなお、原版となる画像情報の進
化に対応して、より高品位なものへと「複製維持」を続けていることになる。

●デジタル技術と文化財の未来のために

 大塚国際美術館の取り組みには、文化財とデジタル複製技術との未来を考えるう
えでのヒントが隠されている。複製は、決して原物の代替にはならない。そこには
超え難い一線が横たわっている。しかし複製は、原物より劣ったものと一概に決め
つけることもできない。ルーブル美術館、バチカン美術館、メトロポリタン美術館
といった世界の大美術館の名品を、徳島でひとまとめにして見る経験は、驚嘆すべ
きものがある。そこに横たわるのは、複製でしか表現しえない世界の構築、いわば
複製の「矜持」のようなものであろう。日本絵画のデジタル複製が、前掲の5原則を
クリアしながら持続し、その「矜持」にまで至ることができるのか、期待したいと
思う。そうなった時、将来の見学旅行は、原物とデジタル複製の双方を見学するこ
とが必須になるのではないだろうか。

執筆者プロフィール
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高岸輝(たかぎし・あきら)東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。博
士(美術)。大和文華館学芸部員、東京工業大学大学院社会理工学研究科准教授な
どを経て現職。日本中世絵画史、特に絵巻、やまと絵を専門とする。近年では、室
町時代に成立した土佐派による絵画の分析を通じ、近世的な芸術家像の確立過程を
追究している。著書に『室町王権と絵画-初期土佐研究-』(京都大学学術出版会、
2004年)、『室町絵巻の魔力-再生と創造の中世-』(吉川弘文館、2008年)、
『日本美術史(美術出版ライブラリー歴史編)』(山下裕二と共同監修、美術出版
社、2014年)、『岩波講座日本歴史 中世3』(共著、岩波書店、2014年)、『日本
美術全集 第9巻 水墨画とやまと絵』(共著、小学館、2014年)など。

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◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第21回
「国文研歴史的典籍オープンデータアイデアソンに参加して」
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

 じんもんこん2016前日の12月9日、国文学研究資料館にて「歴史的典籍オープンデ
ータワークショップ」が開催された[1][2]。じんもんこん2016のプレイベント
のひとつであり、このほかに国立国語研究所の講演と国立歴史民俗博物館のワーク
ショップも開催されていたとのことである[3]。稿者はじんもんこん2016には参加
していないが、このワークショップには参加することができた。すでにかんたんな
報告が主催の国文研古典籍共同研究事業センターよりあり[4]、また同センターよ
り詳細な報告もなされるとのことなので、各グループの成果等についてはそちらに
お任せして、議論に参加してアイデアを考えてみた感想について書いてみたいと思
う。

 このワークショップは、副題を「使いたおそう!古典籍データ」とすることから
も窺えるように、国文研から提供する歴史的典籍の諸オープンデータを活用するア
イデアを出し合ってもらおうというもので、昨年京都で開催されたアイデアソンに
続いて第2回の催しである[5]。京都の催しのときは、料理本に対する関心が高く、
「江戸料理レシピデータセット」[6]に結実することとなった。今回もまたアイデ
アソン中に出てきたアイデアをなんらかの形で現実のものにすることを考えたいと
のことであった。昨年のアイデアソンは、そのひと月前に公開された国文研オープ
ンデータセット[7]の活用法を探るということで実施されたが、今回の催しは、国
文研オープンデータセットの追加分、さきほどのレシピデータセット、それにくわ
えてレシピデータセットに使用した料理本から採取した字形データセット[8]の公
開をうけて開催されたものである。

 報告にもあるように、第1部としてかんたんな説明があったのちはすぐに班分けが
され、自己紹介もとりあえずにすぐに議論に入った。稿者の班では、司書2名、古典
籍にはそれぞれ関わるものの専門の異なる研究者3名という構成で議論をした。他の
班では専門外の方もいたようなので、他班の具体的な構成は分からないが、異なる
個性の班が揃ったようにおもわれる。

 この班では、本の中身よりも、外見をよく知るアイデアを考えてもらおうという
ことになった。その具体的な展開として、本の多様な個性に触れてもらうのがよい
のではないかという観点から議論が広がった。和本にかぎらず、本の形式はそれじ
たいに「意味」がある。上等な本は大きな綺麗な本に仕立て、広く普及させたいも
のは小さく仕立ての質を落とすというのは洋の東西を問わないことである。また、
かぎられた種類の本にしか使わない本の形というものもある。たとえば地図は大き
な一枚の紙に仕立てることがいまでも珍しくないが、地図以外にそのような仕立て
はまずしない。また、出版社にも土地や担い手によって性格や役割の差がある。本
の個性とは、内容だけにとどまらずそういうところにまで及ぶが、現在の目録は実
物を知っている人が使う前提がどうしてもあるので、このようなメタ的な--につ
いての--情報がなかなか伝わりにくく、そのような観点から、翻刻だけではない
古典籍というものに興味を持ってもらえる活用法を考えようということである。

 その結果として、目録の書影を原本比に従って表示できたらとか、版元ごとに調
べられたらなどなどの発想に至った。このほかにも、文字データセットを活用・発
展して、古文書の雰囲気で自分の用意した文章を打ち出せたらよいという意見もあ
った。これもまた中身ではなく、コスプレ、あるいはフォントを変えるような感覚
で親しめるようにとの発想である。連綿の再現等で画像処理に精通した方々の連携
が生まれてきそうなのも好ましく思われた。

 これらは、たんに専門家が知ってほしいことを挙げるというのを超えて、ディジ
タルを通じてどのように古典籍の世界を表現できるか考えられたのは参加者の多様
性ゆえだったと思う。アイデアソンでは、「批判は禁止」とのことで、どういう雰
囲気になるものかと思ったが、稿者のように責任のない立場で臨むと、そもそも批
判的になる余地がそんなにないように感じた。

 それと同時に、知識に裏付けられた発想が翼を持つことが実感された(自画自讃
に過ぎぬ物言いだろうか?)。専門家の底力ということもできよう。もちろん、
「独りよがり」であってはならないし、(専門知にもとづくものでもなければ)実
現がかならずしも容易ということでもないのだが、今後進めるべきことを的確に表
現できるのが専門家の能力の一部だとすれば、このような機会に想像を広げ、また
他者の意見に耳を傾けるのは、まさにその力を生かすことだと言えるのではなかろ
うか。

[1] http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/ideathon2016.html
[2] http://peatix.com/event/213615
[3] http://jinmoncom.jp/sympo2016/program.html
[4] http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/report_ideathon2016.html
[5] http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/report_20151218.html
[6] http://codh.rois.ac.jp/edo-cooking
[7] http://codh.rois.ac.jp/pmjt 日本古典籍データセットとして現在は配布さ
 れている。本連載でも第53号でこのデータセットについて扱っているほか、古典
 籍共同研究事業センターの松田氏が第54号の巻頭言で解説と展望を述べておられ
 る。
[8] http://codh.rois.ac.jp/char-shape この字形データベースについては、稿
 を改めて触れることとしたい。

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 続きは【後編】をご覧ください。

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                        からどうぞ。

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人文情報学月報 [DHM065]【前編】 2016年12月29日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【 ISSN 】2189-1621
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