ISSN 2189-1621

 

現在地

DHM 059 【後編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2016-06-29発行 No.059 第59号【後編】 642部発行

_____________________________________
 ◇ 目次 ◇
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

【前編】
◇《巻頭言》「文献学研究とデジタル情報:固定的情報という思い込みからの脱却」
 (小島浩之:東京大学大学院経済学研究科・経済学部講師)

◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第15回
「宮内庁書陵部収蔵漢籍集覧-書誌書影・全文影像データベース」公開
 (岡田一祐:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

《特集》海外DH特集「フランスのDH-リヨンCIHAMを中心として」
 (長野壮一:フランス社会科学高等研究院博士課程)

【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)
「デジタル・ヒューマニティーズ関連ワークショップ」参加報告
 (福田名津子:一橋大学附属図書館)

◇イベントレポート(2)
「財務記録史料デジタル化の方法論をめぐる国際ワークショップ」参加報告
 (小風尚樹:東京大学大学院人文社会系研究科欧米系文化研究専攻
       西洋史学専門分野博士課程1年)

◇編集後記

◇奥付

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇人文情報学イベントカレンダー(□:新規掲載イベント)

【2016年7月】

■2016-07-04(Mon)~2016-07-08(Fri):
DHOxSS 2016
(於・英国/Oxford)
http://digital.humanities.ox.ac.uk/dhoxss/2016

■2016-07-06(Wed)~2016-07-09(Sat):
Summer School in Chinese Digital Humanities
(於・英国/University of Leiden)
http://chinese-empires.eu/events/conferences/summer-school-in-chinese-di...

■2016-07-19(Tue)~2016-07-29(Fri):
"Culture & Technology" - The European Summer University in Digital
Humanities
(於・独国/Univesity of Leipzig)
http://www.culingtec.uni-leipzig.de/ESU_C_T/

□2016-07-25(Mon):
ジャパンリンクセンター運営委員会 「研究データ利活用協議会」
公開キックオフミーティング
(於・東京都/科学技術振興機構 東京本部)
https://japanlinkcenter.org/top/index.html#top_event

□2016-07-29(Fri)~2016-07-30(Sat):
人間文化研究機構国文学研究資料館 大規模学術フロンティア促進事業
「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」第2回
日本語の歴史的典籍国際研究集会プログラム
(於・東京都/国文学研究資料館)
http://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/sympo20160729.html

■2016-07-30(Sat):
情報処理学会 人文科学とコンピュータ研究会 第111回研究発表会
(於・長崎県/五島市福江文化会館)
http://www.jinmoncom.jp/

【2016年8月】

□2016-08-02(Tue)~2016-08-05(Fri):
Balisage: The Markup Conference 2016
(於・米国/Bethesda North Marriott Hotel & Conference Center)
http://balisage.net/

□2016-08-16(Tue)~2016-08-18(Thu):
PNC 2016 Annual Conference and Joint Meetings
(於・米国/The Getty Center)
http://balisage.net/

【2016年9月】

□2016-09-10(Sat)~2016-09-11(Sun):
Code4Lib JAPAN Conference 2016
(於・大阪府/大阪府立労働センター エル・おおさか)
http://wiki.code4lib.jp/wiki/C4ljp2016

□2016-09-12(Tue)~2016-09-14(Thu):
JADH2016
(於・東京都/東京大学 本郷キャンパス 福武ホール)
http://conf2016.jadh.org/

□2016-09-14(Wed)~2016-09-17(Sat):
2016 EAJRS conference in Bucharest
(於・ルーマニア/"Carol I" Central University Library)
http://eajrs.net/

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人
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小林雄一郎(東洋大学社会学部)
瀬戸寿一(東京大学空間情報科学研究センター)
佐藤 翔(同志社大学教育文化学科 助教)
永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所)

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◇イベントレポート(1)
「デジタル・ヒューマニティーズ関連ワークショップ」参加報告
 (福田名津子:一橋大学附属図書館)

 2016年2月10日から15日にかけ、深貝保則教授(横浜国立大学、当時附属図書館
長)および筆者の企画したデジタル・ヒューマニティーズ関連のワークショップが3
本開催された。2月10日は国立情報学研究所にて「The promotion of digital
humanities and the new possibility of “analogue” humanities」、2月12日は
一橋大学にて「Rare materials, digitization, and the role of curators」、2月
15日は長崎大学にて「Japan-Netherlands relation, old photographs, and
interactive technology」と題する連続企画であった。本稿では、筆者にとって印
象深かった個別報告について記す。

 連続ワークショップを通じ痛感したのは、(1)モノをデータに変換する段階、
(2)メタデータを付与する段階、(3)メタデータを計算する段階、(4)計算結果
を分析する段階のうち、コンピュータに全面的には任せられない第2および第4段階
の抱える困難さであった。個人的には、デジタル・ヒューマニティーズという新し
い手法であっても人間の「知」に大きく依存するという事実に安堵と落胆を覚えた。
ワークショップ全体としては、コンピュータと人間の協働、デジタルおよびアナロ
グ・ヒューマニティーズの融合のあり方へと徐々に焦点が定まっていった。

1.「The promotion of digital humanities and the new possibility of
“analogue” humanities」(2月10日)
http://www.lib.ynu.ac.jp/hus/lib/15593/
 Inger Leemans(Vrije Universiteit Amsterdam)より‘Digital humanities &
18th-century studies’と題する発表があった。デジタル・ヒューマニティーズは
デジタル・サイエンスの一部であるが、前者は「解釈学」的要素を包む点に特徴が
ある。デジタル・ヒューマニティーズは「モノからデータ」「相互運用性」「デー
タ分析」「視覚化」の4点から説明できる。第1の「モノからデータ」に関し、ソー
スが公開されなければならない。第2の「相互運用性」に関し、Linked Open Dataを
利用した例がいくつかある。ただし、データの複雑さが難点で、ビッグデータから
ひとつの傾向を読み取るのは難しい。別の難点は、性質を異にするデータセットに
検索をかける際の言語の複雑さにあり、SPARQLのようなクエリ・ツールは一般に易
しくない。

 第3の「データ分析」に関し、18世紀研究の分野では様々なツールが提供されてい
る。Electronic Enlightenmentを使えば書簡を通じたヴォルテールの交友関係を、
Historical Embodied Emotions Model(HEEM)では身体化された感情をそれぞれ視
覚化でき、ARTFL Encyclope'dieを用いれば英語文献からの借用を判別できる。第4
の「視覚化」に関し、これはあくまで研究に必要な過程であり、自己目的化しない
よう注意が要る。

 次に、玉田敦子(中部大学)より‘The peculiar promotion of French E-text
databases and the new research possibility on rhetoric’と題する報告があっ
た。データベースの技術的問題に、網羅性と信頼性がある。前者に関し完全性を求
めるのは不可能だが、一定程度の質は確保されなければならない。後者に関し、テ
クストの「画像」を本物と見なしていいのかどうかという問題、アクサンなど特殊
文字を含むフランス語をテクスト変換する際の限界がある。

 データベースが人文学のパラダイムに与えた影響はふたつある。第1に、データベ
ースは伝統的な文学研究のあり方を変えた。かつての文学研究は「偉大な作家」の
作品とそれに関する研究を通読することにあったが、「偉大さ」の判断基準は曖昧
で相対的かつイデオロギー的であった。データベースの収録作品には基本的にこう
した価値づけがない。第2に、データベースは既存の価値体系を破壊した。デジタル・
アーカイヴは全作品の価値を「民主化」することで既存の価値体系を破壊したが、
問題は「偉大な作家」が去ったあと、新しいシステムやパラダイムを再構築できる
のかどうかである。

 続いて、徳永聡子(慶應義塾大学)より‘In search of bibliographical text:
EEBO, ESTC and reading medieval books in a digital age’と題する報告があっ
た。EEBOの問題点として、画像の質・異本の排除・物理的特徴の喪失(フロント・
ページや白紙は省かれており、製本に関する物理的証拠が失われている)がある。

2.「Japan-Netherlands relation, old photographs, and interactive
technology」(2月15日)
 姫野順一(長崎大学)より‘History of the development of digital archives
at Nagasaki University: old photography and humanities’と題する報告があっ
た。「幕末・明治期 日本古写真コレクション」および「日本古写真超高精細画像」
データベースは、日本の急速な近代化を画像で伝える貴重な資料を収録・公開して
いる。写真は言語的障壁がないため世界中から研究者に限らず多くの利用が見込ま
れるのだが、潜在的ヴィジビリティを向上させるため、メタデータの付与と検索方
法には当初より力点が置かれていた。実際に、Dublin Core Metadata Initiativeお
よびOpen Archives Initiative Protocol for Metadata Harvestingへの準拠により、
データベースのアクセス数は飛躍的に増加した。

 続いて、Inger Leemans(Vrije Universiteit Amsterdam)より‘Digital
humanities practices in Nederland’と題する報告があった。オランダでは、国内
の資料群をデジタル化しN-Gramsなどデータ分析ツール付きのインターフェイスが発
展している。ネットユーザーを意識した革新的なインターフェイスも登場し、その
好例がアムステルダム国立美術館によるRijksstudioである。直観的なサーチ・イン
ターフェイスにはDIVEウェブ・デモンストレーターがあり、オランダ視聴覚研究所
およびオランダ王立図書館のコンテンツを、「出来事」「人物」「場所」「コンセ
プト」とのつながりで見せている。膨大なリンク関係により、モノの多様で新しい
文脈を浮き上がらせる可能性を秘めている。

 クラウドソーシングを利用してメタデータを充実させるプロジェクトも始まって
いる。アムステルダム国立美術館では、ニッチソーシングという考え方に基づき、
収蔵作品のアノテーションを外部に依頼し追加入力し成功している。

 第1段階で、当該機関の専門家がアノテーションを付加するのだが、作品数が膨大
なため「紅葉した樹木の枝の近くにいる、頭部の青い鳥」といった最低限の情報し
か入力できない。第2段階で、Amazon Mechanical TurkやCrowdFlowerといったクラ
ウド・フレームワークを利用してタグ付けしていくのだが、鳥や樹木の正式名称を
入力するには科学的専門知識を要するため、「鳥」「翼」「葉」といったレヴェル
までである。第3段階では、Twitterなどを通じ専門家を探して協力を要請する。第4
段階で、協力に応じた専門家はAccuratorというプラットフォームにアクセスし、本
人の専門と合致したタスクが見つかるよう個人プロフィールを作成する。第5段階で、
Accuratorから割り振られた作品のアノテーションを学名レヴェルまで充実させてい
く。第6段階で、ピア・レヴューを通じアノテーションの精度が高まると同時に、そ
の協力者に対する評価も定まってくる。第7段階で、タスクの出来に応じ、協力者は
ポイントを獲得する。このゲーム的性格により、外部専門家はアノテーション入力
に協力し続けるという仕組みになっている。

 Linked Open Dataの事例にPolimediaがあるが、データやクエリ・ツールが複雑で、
たとえばYASGUIのようなSPARQLインターフェイスは一般に難易度が高い。そこで
SPARQLインターフェイスを分かりやすくする試みのひとつに、大英博物館の
ResearchSpaceプロジェクトが進行中である。ResearchSpaceのプラットフォームは
CIDOC Conceptual Reference Modelに基づいて設計されており、専門性の高いユー
ザーに対して正確な文脈で情報を提供することができる。検索のためのウィジェッ
トは、「モノ」「人物」「場所」「時間」「出来事」「コンセプト」の6つ用意され
ており、文脈を指定した複雑な検索を処理できる。たとえば、「モノ」「場所」を
指定しただけでは膨大な検索結果が現れ、ユーザーは途方に暮れる。しかし
ResearchSpaceでは、「インドの物」「インドに関係する物」「インドで発見・入手
された物」「インドにある物・あった物」「インドで作られた物」といった文脈を
区別して検索できる。ユーザーが頭のなかで作文した通り、「インドで1650年から
1700年の間に製作されたブロンズ製のもの」がそのまま検索できる仕組みとなって
いる。

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◇イベントレポート(2)
「財務記録史料デジタル化の方法論をめぐる国際ワークショップ」参加報告
http://medea.hypotheses.org/wheatonmassachusetts-april-6-8-2016/program-...
 (小風尚樹:東京大学大学院人文社会系研究科欧米系文化研究専攻
       西洋史学専門分野博士課程1年)

 2016年4月、アメリカはボストン、季節外れの雪が残るウィートンカレッジにて、
財務記録史料のデジタル化の方法論をめぐる議論、そしてその実践例を検討する国
際ワークショップMEDEAが開催された。筆者は、同ワークショップにおいて、人文情
報学研究所の永崎研宣氏の協力を得て、共同研究発表を行った。より個人的な回想
録については、人文情報学拠点のホームページにてご覧いただければ幸いである。

 本レポートは、MEDEAワークショップの収める射程の描出、同ワークショップの内
容紹介、そして今後の展望の提示を試みるものである。

(1)MEDEAワークショップの収める射程
 まず、MEDEA(Modeling semantically Enriched Digital Edition of Accounts)
は、アメリカNEH(the National Endowment for the Humanities)とドイツDFG
(Deutsche Forschungsgemeinschaft)の支援により開催された国際ワークショップ
であり、2015年10月のレーゲンスブルク大会に続いて、今回のウィートンカレッジ
での大会が2回目の開催であった。マサチューセッツのウィートンカレッジは、
MEDEAのプログラム委員長Kathryn Tomasek教授の勤務先である。

 Tomasek氏は、2013年にSyd Bauman氏との共著論文‘Encoding Financial
Records for Historical Research’において、歴史上あらゆる形式をとって行われ
てきた広義の商取引に関する情報を残す財務記録史料について、TEI/XML形式でのマ
ークアップを行うためのTEI拡張スキーマとそのマークアップに関する方法論‘
Transctionography’(以下、商取引叙述法と訳)の提示を行った [1]。この「商
取引叙述法」では、取引の構造そのものに着目し、モノ(有形無形に関わらず)が
取引当事者としてのヒト(個人団体に関わらず)の間を移動する(転位:transfer)
ことが取引であると定義した。つまり、非常に柔軟で包摂的な定義をしたために、
応用可能性は高く、適用し得る範囲も広いマークアップの方法論となっている。

 そもそも、TEI(the Text Encoding Initiative)は、人文学史資料のマークアッ
プに関する事実上の国際標準として普及が進んでいる規格である。TEIについては、
2006年に京都大学で行われた国際セミナーのHP、本誌『人文情報学月報』では後藤
真氏の巻頭言や、橋本雄太氏のイベントレポートなどをご覧いただきたい [2]。
そうした状況の中で、財務記録史料マークアップに関するメタデータセットの提案
をTomasek氏が行ったのは、TEIの中に、商取引情報のマークアップに関するデータ
セットが存在していなかったからである。

 Tomasek氏の問題提起に始まり、2015年秋に開催された第1回MEDEAワークショップ
のレーゲンスブルク大会では、財務記録史料のマークアップに関する概念モデルに
ついて、招待を受けた専門家によるケーススタディの発表が行われた。レーゲンス
ブルク大会では、TEI業界でも著名な、James Cummings, Syd Bauman, O/yvind Eide
ら諸氏も招待講演を行っている [3]。

 そして、筆者も発表者として参加した第2回のウィートンカレッジでのワークショ
ップは、先のレーゲンスブルク大会で行われた概念モデルの議論を踏まえ、より実
践的な研究事例を通して、財務記録史料マークアップに関する方法論の検討を行う
という主旨であった。

 より具体的に掲げられているMEDEAの問題提起として、以下を引用して本節を締め
よう。

・財務記録史料に記録された経済活動をどのようにモデル化できるだろうか。特に、
複式簿記を概念化することは、何の手助けとなるだろうか。複式簿記以外の形式の
簿記は、歴史上どのようなものが扱われてきて、それらの形式に沿って忠実に表現
するにはどのようにしたらいいだろうか。現代的なビジネス報告のために作られて
きたモデルは、果たして有用だろうか。

・テクストの背景に潜む経済の実体をどのようにモデル化できるだろうか。他のプ
ロジェクトにも適用し得るような、度量衡あるいは貨幣価値に関する共通の研究資
源を構築することはできるだろうか。異なる時空間上に記録された財務情報の比較
を促すような、商品やサービスに関する共通の分類法を確立することは可能だろう
か。すなわち、著者典拠および地理参照の標準に沿った形での参照系を開発するこ
とはできるだろうか。

・文字起こしの際に得られた位相に関する情報と、財務的解釈とをどのように統合
すればいいのだろうか。「表形式」は、果たして適切な表現方法だろうか。手稿文
書を扱うTEIのモジュールおよび[手稿文が記される紙面上の場所を示す(筆者註)]
zoneエレメントによって得られる可能性とは何だろうか。

・位相的/文書的アプローチおよびテクストに対する言語学的な関心と、経済史・
社会史研究者が文書から抽出する解釈とを、どのように結び付ければよいのだろう
か。

(2)ワークショップにおける発表内容
 ウィートンカレッジ大会での各発表の抄録は、HPをご参照いただくとしても[4]、
MEDEAワークショップが扱うプロジェクトの広がりを提示するために、発表タイトル
のリストアップと、筆者が特に印象に残った発表の概要紹介を行っておこう。

Kathrin Pindl, Kathryn Tomasek, Georg Vogeler
「開会の辞とMEDEAワークショップ紹介」

【中世】
Christelle Balouzat-Loubet
「gruerie帳簿のコード化」
:中世フランスにおける王侯貴族の権力を写す鏡としての、森林地域の管理・運営
に関する手稿帳簿のマークアップに関するケーススタディ。マークアップには、保
存状態が非常に悪い史料の文字起こしが必要であるが、現状ではこうした手稿文書
の判読には、依然として人の手と目が必要な場合がほとんどである。今後、機械学
習の進展などによって手稿文が解読できるようになる可能性も高いと思われるが、
まずはモデルケースとしてマークアップを人手で行うことの意義はあるだろう。

Gudrun Gleba
「中世後期の都市集会所における特有の帳簿形式」

Francesco GUIDI-BRUSCOLI
「中世後期における帳簿のデジタル化:Borromei Bank Research Project」

Joachim Laczny
「プロイセンにおけるドイツ騎士団の経済的行政文書のデジタル版」
:15世紀のドイツ騎士団の行政文書は、非常によく管理がなされており、特に騎士
団の下級団員の経済活動についての情報が豊かであるため、法制史や社会史、経済
史の史料としての利用価値に富んでいるという。こちらはすでにプロジェクトとし
てひと段落を迎えており、同プロジェクトのwebサイトからCreative Commons
BY-NC-SAにてpdfファイルが供用されている[5]。

【近世】
Paul Dingman
「近世手稿文書オンライン(EMMO)」
:Folger Shakespeare Libraryのシェイクスピア関連文書のクラウドソーシング翻
刻プロジェクトの目的と進捗状況についての発表であったが、クラウドソーシング
プロジェクトにおける参加者の多さや、体系立てられた作業管理の方法など、目を
見張る内容であった。ボランティア参加者の主なモチベーションについてコーヒー
ブレイク中に伺ったところ、文化資源の整備に携わることに喜びを感じる人が非常
に多いとのことであった。

Ness A. Creighton
「ロンドンの港湾文書における商品分類の抽出と分析:近世ロンドン(1565-1696)
における絹および混成絹織物の輸入の軌跡を追って」
:完成品としての絹織物は、その素材や商品ごとに織り方が異なっており、そうし
た製品情報をマークアップするためには、動物学的分類法などからもヒントを得た
新たな分類項目が必要であるとの問題提起であった。

【長い18世紀】
Jennifer Stertzer and Erica Cavanaugh
「George Washingtonの財政文書における分類法」

Sally Schultz
「未亡人の財産管理者Ann DeWitt Bevier」

Rhonda Barlow
「アダムズ・ファミリー文書における帳簿」

【19世紀】
Paige Morgan
「デジタル・スカラーシップにおける経済情報の位置づけ」

Jodi Eastberg
「Sir George Thomas StauntonのCoutts & Co. 銀行記録」

Naoki Kokaze and Kiyonori Nagasaki
「多言語財務記録史料への“商取引叙述法”の適用可能性」
:イギリス議会史料House of Commons Parliamentary Papersおよび第二次アヘン戦
争後の清朝中国の「自強運動」に関する上諭・上奏文を扱った中国語史料『海防档』
の翻訳対応箇所に着目し、1860年代の英清間の軍艦商取引(レイ・オズボーン艦隊
事件)における取引の流れの一部始終をTEI/XML形式でマークアップを行い、それに
基づいてjavascript可視化ライブラリd3.jsにて商取引の構造化を図ったもの [6]。

【システムの構築】
Anna Paulina Orlowska
「史料における時間および関連諸局面」

Anna S. Agbe-Davies and Ben Brumfield
「アメリカのプランテーション産業に関する帳簿のさらなるコード化のためのツー
ルと技術」
:発表自体は、技術的側面に焦点が絞られていたが、プランテーション産業に従事
した奴隷労働者、つまり「ヒト」が「モノ」として扱われた商取引をいかに記述す
るか、ということについての問題提起を含む示唆的な発表であった。

Clifford Anderson
「歴史的財務データのためのXBRLの検討」

 なお、これら発表者以外にも、TEI業界で著名な研究者が多く参加しており、前述
のSyd Bauman, O/yvind Eide諸氏に加え、ヴァージニア大学のコンピューターサイ
エンスのWorthy Marin教授のコメントはどれも示唆に富むものであった。デジタル・
ヒューマニティーズ(DH)業界は、その分野横断性ゆえに、人文系の中でも多様な
フィールドの研究者と、情報系の研究者が、それぞれの専門を背景に、方法論を互
いに共有できるレベルにまで議論を一般化する必要がある。そうした「方法論的共
有地(methodological commons)」としてのDHの特質を、この分野における世界の
最先端で、わが身で体感することのできた貴重な機会であった。

(3)MEDEAの今後の見通し
 以下は、あくまで筆者の見解であることをまずお断りしておくが、結びに代えて、
MEDEAの今後の展望・可能性について言及しておこう。

 そもそも財務記録史料は、定義からして非常に広範な史料を含むものである。そ
れゆえに、そのマークアップに関する方法論「商取引叙述法」は応用可能性が高く、
適用し得る範囲も広い。さらに重要な点は、すでに筆者の発表でも部分的に取り上
げたように、歴史学の分野を超えた提携を見込むことができることである。TEI自体
が、史料の内容が記述される構造に即してマークアップすることを得意としている
という前提に鑑みれば、広い意味での商取引の構造を記述することができる方法論
は、史料のデジタル編纂事業にとって、無視しえない意義を有していると言える。

 筆者も、一人のDH実践者として、今後の動向を注視していきたい。

[1]Kathryn Tomasek and Syd Bauman, ‘Encoding Financial Records for
 Historical Research’, Journal of the Text Encoding Initiative [Online],
 Issue 6 | December 2013, Online since 26 September 2013, connection on
 21 June 2016. URL: http://jtei.revues.org/895 ; DOI: 10.4000/jtei.895(拙
 訳「歴史研究のための財務記録史料マークアップ手法」東京大学機関リポジトリ
  http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/handle/2261/56940 , 2015年).
[2]「国際セミナー TEI Day in Kyoto 2006」( http://coe21.zinbun.kyoto-u.ac.jp/tei-day/
 ); 後藤真「人文情報学の現状と今後」『人文情報学月報』第1号, 2011年(
  http://www.dhii.jp/DHM/dhm01/n1-editorial/n1 ); 橋本雄太「第15回 Text
 Encoding Initiative 年次カンファレンス」『人文情報学月報』第52号【後編】
 2015年( http://www.dhii.jp/DHM/dhm52-2 ).
[3] http://medea.hypotheses.org/regensburg-22-24-oct-2015/programme
[4] http://medea.hypotheses.org/wheatonmassachusetts-april-6-8-2016/program-...
[5] http://www.v-r.de/de/amtsbuecher_des_deutschen_ordens_um_1450/t-1/1036073/
[6]この発表での議論を踏まえて、後日ポスター発表を行ったものについては、以
 下を参照のこと。小風尚樹・永崎研宣・下田正弘・Albert Charles Muller「歴史
 的商取引叙述のためのTEI拡張モデルに基づくマネーフロー可視化と多言語史料分
 析のためのインタフェース構築~レイ・オズボーン艦隊事件を手がかりに~」
 『情報処理学会研究報告. 人文科学とコンピュータ研究会報告』
 2016-CH-110(8), pp. 1-6, 2016年.( https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=rep...

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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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第59号はいかがでしたか?今回のご寄稿、どれも素晴らしい内容でした。まずはご
寄稿いただいた皆さまへ、お礼申し上げます。ありがとうございました。

特に小島さんによる巻頭言でのご指摘は、情報発信をする立場にある私にとって、
はっとするものでした。デジタルにしろアナログにしろ、その特性にとらわれずに
一つひとつの内容を同じように評価すべきということは明白ですが、「思いこみ」
が邪魔する部分もあるという意識を持つだけで視野が広がることは確かです。

また、イベントレポートをご寄稿いただいた福田さんがおっしゃっている「安堵と
落胆」についても、なぜかとても共感しました。とはいえ、目覚ましい進化をし続
けるITの世界において、「人間の知」が果たす役割も変化していくことは確実です。
今の私達の関わり方が、今後の未来をつくるはずです。

次号もお楽しみに。

◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちして
います。
情報提供は人文情報学編集グループまで...
       DigitalHumanitiesMonthly[&]googlegroups.com
                  [&]を@に置き換えてください。

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人文情報学月報 [DHM059]【後編】 2016年06月29日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【 ISSN 】2189-1621
【E-mail】DigitalHumanitiesMonthly[&]googlegroups.com
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【サイト】 http://www.dhii.jp/

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