ISSN 2189-1621

 

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DHM 134 【後編】

人文情報学月報/Digital Humanities Monthly


人文情報学月報第134号【後編】

Digital Humanities Monthly No. 134-2

ISSN 2189-1621 / 2011年08月27日創刊

2022年09月30日発行 発行数961部

目次

【前編】

  • 《巻頭言》「モチツモタレツOA
    横山説子シンガポール工科デザイン大学
  • 《連載》「Digital Japanese Studies 寸見」第90回
    島根大附属図書館、同館デジタルアーカイブに地域資料を追加
    岡田一祐北海学園大学人文学部
  • 《連載》「欧州・中東デジタル・ヒューマニティーズ動向」第51回
    静的サイトジェネレータ Jekyll・Hugo・Gatsby、および、Gatsby と CETEIcean を用いた TEI デジタル学術編集版のウェブサイト化
    宮川創人間文化研究機構国立国語研究所研究系

【後編】

  • 《連載》「デジタル・ヒストリーの小部屋」第9回
    デジタル・ヒストリーの情報源:学会・学術誌・研究機関・書籍を中心に
    小風尚樹千葉大学人文社会科学系教育研究機構
  • 《特別寄稿》「Iurisprudentia:スイス発の法史料オンラインアーカイブプロジェクト
    望月澪東京大学大学院人文社会系研究科
  • 人文情報学イベント関連カレンダー
  • 編集後記

《連載》「デジタル・ヒストリーの小部屋」第9回

デジタル・ヒストリーの情報源:学会・学術誌・研究機関・書籍を中心に

小風尚樹千葉大学人文社会科学系教育研究機構助教

はじめに

今回の連載では、デジタル・ヒストリーを研究・学習するにあたって有用と思われる参考情報をまとめてみたい。なお、対象は英語圏を念頭に置いている。史学史の整理も含めたこの種の取り組みは、すでに菊池信彦や長野壮一、山中美潮による業績もあるため[1]、あわせてそちらもご参照いただきたい。まとめる項目としては、学会・学術誌・研究機関・書籍を中心に、その他関連資料を追記することとする。重要な漏れがないように努めたが、思わぬミスがあるかもしれない。その際は、その旨筆者までご指摘いただければ幸いである。

学会

最初に紹介するのは学会であるが、純粋にデジタル・ヒストリーだけを扱う学会は稀である。ごくごく基本的なものとして、アメリカ歴史学協会 American Historical Association(AHA)や[2]、国際デジタル・ヒューマニティーズ学会連合 Alliance of Digital Humanities Organizations(ADHO)[3]をはじめとする大型学会では毎年のように個別発表やパネルセッションが組まれている。ほかにも、歴史学あるいはデジタル・ヒューマニティーズの学会でデジタル・ヒストリーの企画が組まれることがあるが、これらは枚挙に暇がないため、読者諸氏の専門分野での状況を調査されることをおすすめしたい。なお、次項で後述する Current Research in Digital History(CRDH)では、2018~2019年の間だけ対面で同名の学会が開催されていたが、2020年からは学会の開催を停止しているようである。

学術誌

学会と比較すると、学術誌の方がデジタル・ヒストリーを専門に扱うものは多い。近年刊行されたものとしては、次項で後述するロイ・ローゼンツヴァイク歴史とニューメディア研究センター(RRCHNM: Roy Rosenzweig Center for History and New Media)による Current Research in Digital History (CRDH) 誌がある[4]。CRDH は2018年に創刊、以来年刊で5号まで刊行されており、すべての論文をオンラインで閲覧可能である。歴史学の議論を前進させる論考を掲載することを旨としているため、データ分析の観点で洗練されていなくとも、歴史学の解釈が優れていれば掲載されることがあるようである。ほかに、ルクセンブルク大学の Center for Contemporary and Digital History(C2DH)による Journal of Digital History (JDH) 誌は2021年に創刊したものだが[5]、本連載第3回と第6回ですでに詳しく紹介済みであるから、そちらを適宜ご覧いただきたい。なお、英語圏というわけではないが、筆者が企画に携わっている『西洋史学』誌の269号(2020年刊行)から常設されている Digital History Insights コーナーもぜひあわせてご覧いただきたい。

以前から刊行されている雑誌もいくつか存在する。JDH 誌を刊行しているルクセンブルク大学は、歴史学におけるネットワーク分析の研究を掲載する Journal of Historical Network Research 誌を2017年から刊行している[6]。実はこの雑誌の前身とも言える研究活動として、The Historical Network Research Community があり、中でも1000点を超える関連先行研究のリストは圧巻である[7]。この参考文献リストをまとめた Zotero グループもあるため[8]、適宜活用されたい。また、1967年に創刊された Historical Methods: A Journal of Quantitative and Interdisciplinary History は[9]、当初からコンピュータを用いた定量分析を扱う歴史学の論文を掲載しており、近年ではデジタル・ヒューマニティーズや社会科学といった隣接分野の手法を採用する論文を掲載する旨、編集方針として明記している。1960年代と言えば、フランスの Annales 誌への言及なくしてデジタル・ヒストリーの史学史を語ることはできないが[10]、この Annales 誌も英語版が一部刊行されていることも付言しておく[11]。

ほかに、すでに廃刊されたが重要なものとして、Journal of the Association for History and Computing 誌がある[12]。1998~2010年の間に刊行され、その執筆者陣の国際性が評価されており、この分野がデジタル・ヒストリーと称される以前の、「歴史とコンピューティング」時代の研究を垣間見ることができる[13]。

もちろん、デジタル・ヒューマニティーズ分野の雑誌を確認することも必要不可欠である。基本的なものとしては、Digital Scholarship in the Humanities 誌、Digital Humanities Quarterly 誌などがある[14]。

研究機関

研究機関について、主要なところのみ挙げるとするならば、前述の C2DH および RRCHNM はおさえておきたいところである。C2DH は、ボーン・デジタルな史料およびデジタル化された史料を対象とする史料批判について学習できるウェブサイト Ranke.2を運営していることにも言及しておかなければならない[15]。RRCHNM は、本連載第4回でも紹介したが、優れたデジタル・ヒストリーの論文10選を掲載するウェブサイト Models of Argument-Driven Digital History を運営している[16]。また、ワシントン DC で開催される予定の2024年の ADHO 会議の主催がこの RRCHNM である。デジタル・ヒストリーのセッションが組まれることが予想され、筆者としても楽しみにしているところである。

そして、英語圏のデジタル・ヒストリー研究拠点としてもう一つ言及すべきは、ロンドン大学歴史学研究所(IHR: Institute of Historical Research)のデジタル・ヒストリー・セミナーであろう[17]。年に数回、定期的に90~120分程度のセミナーが開催されており、その様子はすべて YouTube でアーカイブ配信を視聴可能であるほか[18]、発表スライドも slideshare で公開されている[19]。同セミナーの世話役は錚々たる面々で、近世イングランド法制史とテキストマイニングで知られる Tim Hitchcock や、後述する Programming Historian 開発者の Adam Crymble らが務めていた。また、この IHR のデジタル・ヒストリー・セミナーの運営に携わった面々が執筆した書籍として、Doing Digital History があるが[20]、同書については、改めて評する機会を設けたいと考えている。

書籍

書籍に関してはそれこそ枚挙に暇がないが、2015年時点で手法・論点ごとにデジタル・ヒストリーの基本文献をまとめているものが Jason Heppler によって公開されており[21]、シラバスや参考文献リストにも大変有用である。2018年時点では、RRCHNM によって Digital History & Argument White Paper が公開されており、こちらもいくつかの論点ごとに基本文献を紹介しつつ、伝統的な歴史学とデジタル・ヒストリーの建設的対話を目指した内容になっている[22]。なお、このホワイトペーパーを土台としつつ、議論を発展させ、議論主導型のデジタル・ヒストリーを進めることを目指したものが前述のウェブサイト Models of Argument-Driven Digital History であることは、本連載第4回ですでに紹介済みである。

これらの読書案内を踏まえて、2010年代後半以降に出版されたデジタル・ヒストリー関連書籍をいくつか紹介しておこう。まず、プログラミングやコマンドラインを用いたコンピュータ分析の方法を多言語で解説するサイト Programming Historian の創始者 Adam Crymble は、2021年に Technology and the Historianを出版した[23]。好意的な書評がある一方[24]、英語圏偏重の誹りを免れないとする Gerben Zaagsma の書評もあり[25]、デジタル・ヒストリーにおける研究拠点・人材の地理的偏りを再認識させる。歴史学への新しい12のアプローチを集積した論文集に[26]、Jane Winters がデジタル・ヒストリーの章を寄稿しており、この手の分野紹介よろしく、史学史の整理・研究上の注意点などがまとめられている。面白いのは、その章へのコメントとそのコメントへの応答まで収録されていることだろうか。分野としてのデジタル・ヒストリーをメタな視点で考察するものとしては、Ian Milligan のものも書架に並ぶだろう[27]。

デジタル・ヒストリーの地域的偏りに言及したが、もちろん英語圏だけでデジタル・ヒストリーの研究が行われているわけではない。北欧はそのオルタナティブのひとつで、文化史家 Hannu Salmi のデジタル・ヒストリー概説書のほかに[28]、ヘルシンキ大学出版会から事例研究集が出ていることはおさえておきたい[29]。

おわりに

デジタル・ヒストリーの情報源として、ごくごく基本的なものをとりあえず紹介してきたが、分野ごとの学術誌に掲載されるデジタル・ヒストリーの手法を用いた個別研究にも目を通す必要があるだろう。その上でデジタル・ヒストリーの実践例を確認するには、やはりまず RRCHNM が公開している Models of Argument-Driven Digital History を訪れ、自分自身の研究関心に近いものを読んでみることから始めるのが良いと思われる。本稿が少しでもデジタル・ヒストリー研究・学習の参考になれば幸いである。

[1] 菊池信彦「《デジタル時代の歴史学》デジタルヒューマニティーズ/デジタルヒストリーの情報源:デジタル時代の歴史学を考えるために」『現代史研究』59巻、2013年、55–68頁、https://doi.org/10.20794/gendaishikenkyu.59.0_55; 長野壮一「《デジタル時代の歴史学》デジタル歴史学の最新動向:フランス語圏におけるアーカイブ構築およびコミュニティ形成の事例紹介」『現代史研究』61巻、2015年、39–47頁、https://doi.org/10.20794/gendaishikenkyu.61.0_39; 山中美潮「アメリカ史研究とデジタル・ヒストリー」『立教アメリカンスタディーズ』40号、2018年、7–31頁、http://doi.org/10.14992/00015914
[2] American Historical Association, https://www.historians.org/.
[3] Alliance of Digital Humanities Organizations, https://adho.org/.
[4] Current Research in Digital History, https://crdh.rrchnm.org/.
[5] Journal of Digital History, https://journalofdigitalhistory.org/en/.
[6] Journal of Historical Network Research, https://jhnr.uni.lu/index.php/jhnr.
[7] HNR Bibliography, vol. 7, 2021, https://historicalnetworkresearch.org/bibliography/.
[9] Historical Methods: A Journal of Quantitative and Interdisciplinary History, https://www.tandfonline.com/action/journalInformation?show=aimsScope&journalCode=vhim20.
[10] 長野壮一「「批判的転回」から「数量の復権」へ:Claire Lemercier and Claire Zalc, Quantitative Methods in the Humanities (2019) に寄せて」『西洋史学』272号、71–74頁、2021年などを参照。
[11] Annales. Histoire, Sciences Sociales – English Edition, https://www.cambridge.org/core/journals/annales-histoire-sciences-sociales-english-edition.
[12] Journal of the Association for History and Computing, https://quod.lib.umich.edu/j/jahc/.
[13] Gerben Zaagsma, “Review of Adam Crymble: Technology and the Historian. Transformations in the Digital Age,” H-Soz-Kult: Kommunikation und Fachinformation für die Geschichtswissenschaften, 2021, http://hdl.handle.net/10993/48054, p. 1.
[14] Digital Scholarship in the Humanities, https://academic.oup.com/dsh; Digital Humanities Quarterly, http://digitalhumanities.org/dhq/.
[15] A series of lessons on Digital Source Criticism · Ranke.2, https://ranke2.uni.lu/.
[16] Roy Rosenzweig Center for History and New Media, “Models of Argument-Driven Digital History,” https://model-articles.rrchnm.org/.
[17] Digital History Seminar, https://ihrdighist.blogs.sas.ac.uk/.
[20] Jonathan Blaney, Sarah Milligan, Marty Steer, and Jane Winters, Doing Digital History: A Beginner’s Guide to Working with Text as Data, Manchester University Press, 2021.
[21] Jason Heppler, “Digital History Comprehensive Exams Reading List,” Humanities Commons, 2015, http://dx.doi.org/10.17613/M6DN3ZV7Q.
[22] Arguing with Digital History working group, “Digital History and Argument,” white paper, Roy Rosenzweig Center for History and New Media, 2017, https://rrchnm.org/portfolio-item/digital-history-argument-white-paper/.
[23] Adam Crymble, Technology and the Historian, University of Illinois Press, 2021.
[24] James W. Cortada, “Technology and the Historian: Transformations in the Digital Age by Adam Crymble (review),” Journal of Interdisciplinary History. 52 (3), 2022, 439–440, https://muse.jhu.edu/article/841070.
[25] 本稿註12を参照。
[26] Marek Tamm and Peter Burke, eds., Debating New Approaches to History, Bloomsbury, 2018.
[27] Ian Milligan, History in the Age of Abundance?: How the Web is Transforming Historical Research, McGill-Queen’s University Press, 2019.
[28] Hannu Salmi, What is Digital History? Polity, 2020.
[29] Mats Fridlund et al., eds., Digital Histories: Emergent Approaches within the New Digital History, Helsinki University Press, 2020.
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《特別寄稿》「Iurisprudentia:スイス発の法史料オンラインアーカイブプロジェクト

望月澪東京大学大学院人文社会系研究科(ミュンスター大学留学中)

このエッセイは、今年の8月8日から12日までチューリッヒにて開催された法制史学会にて報告があった、法史料に特化したオンラインアーカイブプロジェクト Iurisprudentia を本邦にも紹介することを目的とするものである。なお、このプロジェクトは現在パイロット版の開発段階であり、今後大きな仕様変更を伴う公算が大きい。それ故、本エッセイはプロジェクトの基本情報と今後の見通しを伝えるに過ぎない点については、ご海容願いたい。

プロジェクトの概要と目的

Iurisprudentia プロジェクトは、チューリッヒ大学法学部の Walter Boente 教授[1]を中心に開発されている、立法、判例、法学といった様々な形の法テクストを、検索可能にして収集することを目的としたものである。現段階では、近代ドイツ語圏の法史料に特化しているが、今後の進展次第によって、より広い地域の法史料へ拡大することが計画されている。

HP の説明によれば、プロジェクト設立の背景には、地域や館ごとに大きく公開条件が異なり、かつ統一的・横断的な検索手段に乏しいドイツ語圏の文書館事情がある[2]。例えばフランスにはフランス国立図書館が提供するデジタルアーカイブサービス Gallica が有り、国内他機関との協力の下、フランス国内の資史料を横断的に検索することが可能となっている[3]。この点でドイツ語圏の研究環境は他国に比べて出遅れの感は否めない。他方で、Gallica を含め殆どのアーカイブの収集・整理方針は、内容に関わらず網羅的であり、様々な関心を持つ幅広い利用者を想定している為に、個別分野の研究の視点から見ると、必ずしも最適化されたものではない。Iurisprudentia は、この二点を解決することを目的として、法制史学に特化した横断検索システムとして立ち上げられた。

プロジェクトの基本情報

以下、プロジェクトの基本情報を見ていく。とは言えパイロット版ということもあって、サイトの殆どは未完成であり、プロジェクトの見通しを伝えるに過ぎない。それ故、適宜開発者の W. Boente 教授へのインタビューによる補足を交えて紹介していく。

検索システムは現状かなりシンプルである。検索したい用語を入力すると、Savigny や Gierke, Jhering といった法学者、ドイツ民事訴訟法草案などの法典に関する23の史料カタログから、該当語句がある頁を表示する。現段階では三段階の検索精度を選べるのみで、時期や地域、所蔵館など細かな検索条件を付加することは出来ないが、今後充実する予定で、面白い条件としては、版の選択も搭載予定だ。また、検索画面の下に、簡単な説明と共に時代順に並べられているカタログをクリックすることで、これらの史料群を網羅的に検索することもできる。

検索結果をクリックすると、史料の写真が左に、Transkribus による自動翻刻が右に並列された画面が別ウィンドウで開かれる[4]。検索した語句は太字になって表示されるので、見つけやすい。また、このページは IIIF のフォーマットに対応しており、各行をクリックすると当該する右側の翻刻が強調される仕組みになっている。また、自動翻刻を表示せず史料の写真のみ表示することも可能で、ワンクリックで切り替えが可能である。なお、この自動翻刻については Crowdsourcing の項を開くと、Transkribus を介した編集の為のアドレスとパスワードが公開されている為、誰でも修正ができる。

メタデータについては、頁の表示の隣の「i」のアイコンをクリックすると表示されるが、これは情報学的な意味のメタデータではなく、史料の書かれた時期、所蔵館と整理番号、存在する場合には他のウェブサイトの公開リンクや出版されている翻刻の書誌情報などであり、法制史学者が実際の研究で欲する情報に特化している印象を受けた。以上が Iurisprudentia の現在の概要である。

史料の掲載については、目下近現代ドイツ語圏に限られているものの、これは現状の協力体制の関係によるものである為、例えば中世や他地域の史料の掲載をプロジェクトチームに提案することも可能であるとのことだ。

プロジェクトの特色

さて、ではこのプロジェクトの何が優れているのか。一人の研究者としての所感を述べて本エッセイを締めたいと思う。

第一に、法制史学という一つの研究分野に特化しているというコンセプトである。各図書館・文書館はその公的性格故に、必然的に利用者を幅広く想定せざるを得ず、個別分野の研究者からすると、不必要な情報を排して検索の精度を高める為には一定の経験を必要としていた。Iurisprudentia は、この点で極めて潔い決断をしたように思う。メタデータの扱いに顕著だが、法制史学者に馴染みのない情報学的なそれではなく、実際の研究で必要な情報に絞って表示するというコンセプトは、大変実用に即している。開発者自身は、対象を専門家にのみ絞る意図はないようだが、研究の最前線にいる法制史学者が指揮を執ることがこの点で功を奏しているのだろう。

第二に、このプロジェクトの拡大可能性である。それは大別して、地域・時代・他技術との連携の三つの方向性があるだろう。

先ず時代の観点では、前近代への拡張が期待される。現在のパイロット版では、最も古い史料は18世紀のものであり、宗教改革期や中世の法学に関しては手付かずである。しかし、本プロジェクトのコンセプトは前近代の法史料にとっても十分に有効であり、提案次第で電子化されることになる。続いて地域の観点では、プロジェクトの国際化が期待される。この点で、スイスの大学に立脚していることは大きな利点である。公用語が4つ有る関係からかプロジェクトの当初から独・仏・伊・英の四ヶ国語に対応するものとなっており、協力機関もこれらの国の他にジョンズ・ホプキンズ大学やワルシャワ大学などが挙げられる。フランスやイタリアの法がスイスに与えた影響を考えると、このヨーロッパ規模での拡大は、内容面でもますます期待される。最後に、他の DH 技術との連携可能性である。本プロジェクトは法史料に特化したデジタルアーカイブであり、テクストの電子化までを守備範囲としているが、既にスイスの機関を中心に、例えばマックス・プランク法制史研究所など多くの機関との協力が模索されており、例えばリーガルデータサイエンスなど様々な方面での進展が見込まれている。Iurisprudentia はそのような発展可能性の礎となる、今後のデジタルなヨーロッパ法制史の研究環境の基礎を構築しようとする、野心的なプロジェクトなのである。

以上、雑駁な報告ではあったが、Iurisprudentia プロジェクトの大まかな情報と今後の見通しである。開発途上ということもあり、その有用性については未知数な部分が大きいものの、一つの専門分野に特化したデジタルアーカイブというコンセプトに貫かれた開発には、期待して然るべきものがある。本エッセイが、法制史学者のみならず他分野の専門家も含め、一人でも多くの読者諸氏が本プロジェクトにご関心を抱く一助になれば、この上なく幸いである。その結果、海を越え日本からもこのプロジェクトへの参画があれば、というのはそれこそ正しく望外の喜びというものである。

[1] 連絡先:walter.boente_at_rwi.uzh.ch(_at_を@に置き換えてください)。
[2] HP の説明は、https://rwi.app/iurisprudentia/de/iurisprudentia/about。なお、ドイツの図書館・文書館の分散状況については、拙稿「留学生から見たドイツの資史料収集事情:ミュンスター編」『人文情報学月報』第131号後編(2022年6月)も参照されたし。
[3] Gallica の今日的な展開については、服部麻央「フランス国立図書館の電子図書館 Gallicaの20年」『カレントアウェアネス』333 (2017)、5–7頁を参照のこと。
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人文情報学イベント関連カレンダー

【2022年10月】

【2022年11月】

【2022年12月】

  • 2022-12-9 (Fri)~2022-12-11 (Sun)
    じんもんこん「日本の「デジタル・ヒューマニティーズ」を見つめなおす」
    於・オンライン

    http://jinmoncom.jp/sympo2022/index.html

  • 2022-12-18 (Sun)
    第27回 情報知識学フォーラム「人文学テキストを通じた研究データ共有」
    於・国立情報学研究所 12階会議室(学術総合センター内)およびオンライン

    http://www.jsik.jp/?forum2022

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人

佐藤 翔同志社大学免許資格課程センター
永崎研宣一般財団法人人文情報学研究所
亀田尭宙国立歴史民俗博物館研究部情報資料研究系
堤 智昭筑波大学人文社会系
菊池信彦国文学研究資料館


◆編集後記

この夏は、海外に調査や発表に出かける人がずいぶん増えたように思います。 筆者も久しぶりに渡英し、ニューカッスル大学で開催された TEI Conference に参加してきました。 欧米各国から大勢の人が集まり、議論も活発に行われ、2年ぶりにお会いできたことを皆でお互いに喜んでいました。 対面会議のよいところの一つは、休憩時間に色々な打合せができることであり、今回は久しぶりにそういう形で原稿や講演の依頼など、色々なことができましたので、対面会議の良さを満喫できたところでした。 また、今回はポスター発表のみバーチャルで別の日に開催となり、gather.town というオンラインコミュニケーションツールで実施されました。これは、Zoom 等とのビデオ会議システムとは異なり、ゲームキャラのようなものを動かして聞きたいポスターのところに行って話を聞くというもので、キャラ同士が近接するとオンライン対話ができるようになりますので、発表を聞くだけでなく、ポスター間の移動中に他の参加者と雑談をすることもできるようになっており、こちらも、オンラインでしか参加できなかった人達と久しぶりに色々お話をすることができました。オンラインと対面のトレンドが交錯してきており、イベント開催者側はなかなか難しい感じになってきておりますが、それぞれのメリットをうまく活用できるようだとありがたいですね。 この TEI Conference の模様は、次号にて詳しくご紹介しますので楽しみにしていてください。(永崎研宣)



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