ISSN 2189-1621

 

現在地

DHM 006

2011-08-27創刊

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

                 2012-1-27発行 No.006   第6号    

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 ◇ 目次 ◇
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◇「災害と人文情報-17年目の1月17日とその後」
 (柴田みゆき:大谷大学)

◇特別レポート「ロシアにおける大規模コーパスと電子テキストの可能性」
 (松下聖:筑波大学大学院人文社会科学研究科)

◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)
Mendeleyワークショップと人文学への影響
(崎山直樹:千葉大学)

◇イベントレポート(2)
第17回公開シンポジウム「人文科学とデータベース」
(師 茂樹:花園大学)

◇イベントレポート(3)
第1回「知識・芸術・文化情報学研究会」
(小野原彩香:同志社大学大学院文化情報学研究科)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇「災害と人文情報-17年目の1月17日とその後」
 (柴田みゆき:大谷大学)

1. あれから17年……と同時に18年
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 本稿を執筆中に、1月17日を迎えました。17年が経過し、大学のキャンパスには、
実体験として阪神・淡路大震災の記憶を持たない若者がほとんどとなりました。こ
の日は、ロサンゼルス近郊のノースリッジを震源とする大地震「ノースリッジ地震」
から18年目でもあります。
 ノースリッジ地震は、M6.6と規模こそ異なるものの、大都市で発生した直下型地
震という性質から、阪神・淡路大震災とさまざまな観点で比較研究がすすめられま
した。
 本稿では、日本では語られることが少なくなったノースリッジ地震を振り返りな
がら、情報とその抽出に関するインタフェースの問題をご紹介します。

2. 大事なことは人それぞれ、なのだけれども
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 ノースリッジ地震では、連邦緊急事態管理庁管轄下で編成された緊急支援チーム
が、地震発生から約1時間半後に本格的な活動を開始しました。この支援には、シス
テム担当者が被災地へ移動端末を搬入して行った情報収集も含まれています。この
際、地理情報システムが活用されています。この時の一連の記録は、阪神・淡路大
震災後の日本政府等による初動との比較検証に使われました。
 アメリカ政府の詳細な情報に、我々日本人もアクセスすることができるのは、後
世に残すべき大事な事実とは何か、その事実をどう提示すべきか、を、昔から多く
の人が考えてきてくれたおかげです。
 残念なことに、10人いれば10人なりの「これこそ後世に残すべき大事な事実」が
あります。その全てへの公的資金の投入は、難しいことです。そこで、一定の基準
をクリアした事実の記録のみ「公文書」と名づけて分類し、それを公文書館のよう
な専門機関で収集管理します。さきにあげたような国家機関の活動記録は、公文書
に分類されます。公文書、そして公文書館は、どちらも「アーカイブ」と呼ばれま
す。
 今では、公文書には属さないが、ある人や組織にとって保存すべき文書類やその
置き場に対しても、アーカイブという言葉が一般に使われるようになりました。

3. 浮世に生まれては流れ去っていく情報
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 個人や私的機関が、私的な情熱で何かを収集することは、よく聞く事例です。し
かし、収集者の他界や収集部署の解散等の事情により、収集管理の求心力を失うと、
価値あるものですら霧散することも、またよく聞く事例です。
 ノースリッジ地震では、NetNews という掲示板システムに似たインターネット・
サービスが活用され、有意義な情報交換がなされました。しかし、NetNews の運営
は有志頼みで、システム自体にも投稿記事をまとめて保存や閲覧できるサービスは
ありませんでした。そこにたまたま、ノースリッジ地震発生直後からしばらくの一
連の情報を、個人的に収集していた方がおられました。
 阪神・淡路大震災発生後、日本でも同様の情報交換がNetNews上でなされました。
後日、日米の災害時におけるNetNewsの活用状況を比較研究する目的を持つごく少数
の人にのみ、先のアーカイブが配布されました。
 その後、日本において、その比較研究の結果が発表されたとは、残念ながら伺っ
ておりません。せめてこの時のアーカイブが、誰もがアクセス可能な場所に残され
ていたなら、昨年の東日本大震災時を含め、災害時コミュニケーションの分野に新
たな知見をもたらしたかも知れません。

4. 新たな情報抽出と提示手法の必要性
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 このような流れに歯止めをかけるべく、いろいろな分野に存在するデータを、何
とかして保存しよう、という動きが出始めています。例えば、インターネット上で
は“Internet Archive”( http://www.archive.org/ )のような情報収集サイトが
存在します。しかしインターネット上では、日々情報が増える一方で、その様子は
爆発的とも称されます。
 収集される情報が爆発的に増えても、情報の抽出とその提示手法は今までと同じ
でも問題は無いのでしょうか。それは、コンピュータとその周辺機器の性能の向上
に対し、我々はその性能を100%生かしきるインタフェースを考案してきたか、とい
う問いかけでもあります。
 これにはまず、各分野の専門家が従来利用してきた媒体で、どのようなインタフェ
ースが構築され、そこにどのような問題が生じていたかを丹念に調査する必要があ
ります。その上で、コンピュータ利用時の、従来媒体上のインタフェースの移植や
その抱えた問題点の解消状況、また、コンピュータを利用したがために抱えた新規
の問題などを、検討しなければなりません。これらの丁寧な分析とその解決法の提
示も、人文情報学に要請されている分野の一つだと考えています。

5. 最後に
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 本稿で取り上げさせていただいたノースリッジ地震、阪神・淡路大震災、東日本
大震災の犠牲者の皆さまに、心よりの哀悼の意を捧げます。また、ご遺族及び被災
者の皆さまが、心安らかな日々を送られることをお祈り致します。

執筆者プロフィール
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柴田みゆき(しばた・みゆき)大谷大学文学部人文情報学科 准教授
ヒューマン・インタフェースを中心として、法律やポップ・カルチャーに至るまで、
コミュニケーションに関わるあらゆるもののデジタル化とその影響を研究対象とす
る。

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◇特別レポート「ロシアにおける大規模コーパスと電子テキストの可能性」
 (松下聖:筑波大学大学院人文社会科学研究科)

 前号では、ロシアの著作権および電子図書館事情について紹介した。電子図書館
はテキストを蓄積した「アーカイブ」であり、純粋に資料を探したい、読みたい人
向けのシステムである。しかし電子化されたテキストは単に「読まれる」だけでは
なく、「分析」という新たな可能性ももたらしている。
 今号では、分析を目的に構築された、いわゆる「コーパス」システムのあらまし
と、ロシアにおける大規模コーパスの実例を紹介することで、電子テキストが持つ
様々な可能性を探っていきたい。

1. コーパスとは何か
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 「コーパス」というと、数年前にNHKで放送されていた「100語でスタート英会話」
に登場する、バッタとえんどう豆と人間を融合させたような奇妙なキャラクター「
コーパス君」を思い出す方もおられるだろう。何を隠そう、私もその一人だ。中学
~高校時代に、英語学習の供としてたまにお世話になった記憶がある。実はこのコ
ーパス君、今回の話と非常に深い関わりを持っているのだ。
 『応用言語学事典』によると、コーパスとは「タグ付けされ、構成をもつ電子化
された大規模なテキスト(言語資料)の集合」を指す言語学の専門用語である。青
空文庫に代表されるようなテキストアーカイブは、この定義からいくとコーパスで
はない。しかし、仮に青空文庫のテキスト全てに形態素解析(単語ごとバラバラに
し、品詞を判別すること)を行いデータベース化したら、これは典型的なコーパス
になる(ちなみに「青空文庫コーパス」は実在します(*1))。このように言語資
料(文字だけでなく音声も含む)に、ジャンル、出典、文法情報など様々な情報(
タグ)を付加して検索可能にしたものが、コーパスである。
 コーパスにも様々なものがあり、ジャンルや時代を限定した非公開のコーパスか
ら、様々なジャンル、時代の膨大な言語資料を集めて一般公開されている大規模な
コーパスまで存在する。代表的な大規模コーパスの筆頭には、ブリティッシュ・ナ
ショナル・コーパス(BNC)(*2)があげられよう。 BNCは1994年に構築された英語コ
ーパスで、自然科学、人文科学から文学作品、パンフレット、手紙、日記などあら
ゆる書き言葉と、日常会話が集積されている。総語数は約1億語と、世界最大規模で
ある。日本語の大規模コーパスには、国立国語研究所の「KOTONOHA計画」(2006年~)
(*3)があり、構築されたコーパス(少納言(*4)、中納言(*5))が順次公開さ
れている。もちろん、この他にも大小様々なコーパスが存在し、ブラウザ上で利用
できたり、データをダウンロードできたりする。
 BNCやKOTONOHAといった大規模コーパスの多くはインターネット上に一般公開され
ており、無料・登録なしで使える場合もあれば、登録や使用料の支払いが必要な場
合もある。使い方は、ネットの検索エンジンのような検索窓に検索したい単語を入
力し、検索窓の近くや別窓にあるチェックボックスやリストで条件を設定して検索
ボタンを押すだけ。あとは、出典と共に、入力した単語が含まれる文章がリストに
なって表示される。KOTONOHA少納言は誰でもすぐに使えるので、コーパスを一度も
使った事の無い方は、ぜひ試していただきたい。
 こういったコーパスの利点は、信頼できるテキストデータを、様々な条件の組み
合わせで検索できるという点だ。Googleなどの検索エンジンの方が確かにデータ量
は勝るが、語彙検索以外はできない、出典や著者、作成時期が不明確な場合が多い
など、そのまま研究に活用するには難がある。一方でコーパスの場合はふつう、出
典や作者、時代などテキストの情報に加え、単語ごとの文法情報(品詞、性、数、
格……)も付与する。
 では、コーパスの存在によりどういったことが可能になるのか。コーパスはもと
もと言語研究のために作られたので、言語学研究、文学研究に利用できるのはもち
ろん、辞書編纂や教育など、より実用的な分野での活用も期待できる。辞書編纂で
は、既に三省堂「ウィズダム英和辞典」がコーパスを利用している。冒頭で紹介し
たNHKの英語教育番組も、前述の英語コーパスBNCを活用して、頻出単語やよく使わ
れる構文を効率よく学習していこうという趣旨のものだった。「コーパス君」の名
前の由来も、もちろんここにある。
 この他にも、アイデア次第で様々な分野への応用が可能になるだろう。コーパス
は、決して言語学者の専売特許ではないのだ。

2.ロシア語コーパスの歴史
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 「コーパス」のあらましを紹介したところで、本題のロシア語コーパスに話を進
めよう。
 ロシア語コーパスの歴史は、実はロシアではなくスウェーデンのウプサラ大学が
1990年代前半までに構築した、いわゆる「ウプサラコーパス」から始まる。ウプサ
ラコーパスは1960年代から80年代までの文学作品、1985年から89年にかけての様々
な専門分野のテキスト計600点から、100万語を抽出してデータベースとした。しか
し形態素解析はされておらず、語形変化の検索にも対応できていなかった(ロシア
語は英語に比べ語形変化が複雑なので、原形でしか検索できないのではあまり役に
立たないのだ)。
 その次に注目を集めたのは、これまたロシアではなくドイツ・チュビンゲン大学
が1999年から構築を始めた「チュビンゲンコーパス」(*6)である。こちらはウプ
サラコーパスのデータに雑誌なども追加して総語数を1400万語まで積み上げ、さら
に形態素解析もしてインターネット上に公開された、現代的な意味でいう初めての
実用的なコーパスシステムである。しかし、2004年でプロジェクトが終了したため、
データの更新や改良は望めない。
 ロシア“国産”の大規模コーパスが登場し始めるのは、2000年代になってからで
ある。
 モスクワ大学語彙論・辞書学研究所は、20世紀末にロシア国内で発行され13の新
聞を資料とした「新聞テキストコーパス」(*7)を2000年から構築し始めた。総語
数は1100万語以上で、思想や地域の偏りがないよう、左右、全国紙、地方紙をバラ
ンスよく集めたという。
 そして同時期から、ロシア科学アカデミーがついに「ロシア語ナショナル・コー
パス(RNC)」(*8)のプロジェクトを始動させた。RNCは、いわばロシア版BNCであ
り、様々なジャンルのことばを包括した、代表性をもつコーパスが目指された。20
03年に公開され、現在まで発展を続けている。総語数は3億語を超えるとされ、世界
でも有数の規模のコーパスとなっている。次節では、このRNCについて詳しく紹介し
よう。

3.ロシア語ナショナルコーパス(RNC)について
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 RNCを利用するのに登録の必要はない。まず、トップページにアクセスすると、右
側に更新情報、左側にメニューが表示される。そのメニューの中にある“Поис
к в корпусе”をクリックすると、右側のフレームに検索窓が表示される
と同時に、右上に10個の新たなメニューが表示される。ここから使いたいコーパス
を選び、あとは検索窓に単語を打ち込み、条件を選択して“искать”(検索)
ボタンを押せばよい。また、英語ページもある(ただし、利用できるコーパスは限
られる)ので、ロシア語を全く知らない方も、ぜひ一度訪れてみていただきたい。
 RNCのロシア語版では、実に様々なコーパス検索が可能である。RNCで利用できる
10個のコーパスを、次に紹介しよう。

【1】基本コーパス
 18世紀から21世紀初頭までの文学作品(戯曲含む)テキストのコーパス。トルス
トイ、ドストエフスキーをはじめとした古典の大御所から、ペレーヴィンなど現在
も活躍する作家の作品も含まれている。RNCのメインとなるコーパスで、総語数は2
億語近い。時代や作者を限定しての検索も、もちろん可能だ。検索結果に表示され
るタイトル部をクリックすると、作家情報、ジャンル、出典など計21項目の情報が
表示される。

【2】統語コーパス
 文の構造(統語)を樹形図で示して、単語間の統語関係を検索できるコーパス。
検索結果の“Показать структуру”をクリックすると、言語学徒
にはおなじみの樹形図がPDF形式で表示される。

【3】新聞・現代マスメディアコーパス
 1990~2000年代のマスメディア(新聞、雑誌など)に掲載された記事のコーパス。

【4】対訳コーパス
 英・独・ウクライナ・ベラルーシ語とロシア語の対訳テキストが表示されるコー
パス。4言語からロシア語へ翻訳されたもの、ロシア語から4言語へ翻訳されたもの
の双方を含む。オリジナル言語、訳出言語の細かい設定は、検索結果画面の右上メ
ニュー“выбрать под корпуса”から行える。

【5】方言コーパス
 ロシア語の方言が検索できるコーパス。収録された年代、地域、テーマなどの情
報が付与されている。

【6】詩文検索
 韻律など、詩特有の形式をかなり詳細に検索できるコーパス。作家名や年代での
検索も可能である。

【7】教育用コーパス
 小~高校生、ロシア語学習者、または教師を利用者として想定したコーパスであ
る。様々なジャンルの資料約65,000点を、複雑な文章を簡潔な文章へと編集してデ
ータベースにしてある。調べてみると、確かに簡潔な文例が表示され、文章を書く
時の手本にできそうだ。

【8】口語コーパス
 口語文が検索できるコーパス。インタビューや、台本の台詞、日常生活の会話が
資料となっている。話し手の性別や年齢なども細かく指定することができる。

【9】アクセントコーパス
 ロシア語は、各単語に必ず1つアクセントがあり、その箇所を強く長く読むことに
なっている。アクセントの位置は、時代やジャンル(詩の韻律など)によって変わ
ることがある。このコーパスでは、そういったアクセントの変遷を調べることがで
きる。

【10】マルチメディアコーパス
 1930~2000年代の映画を、映像・音声とあわせて検索できるコーパス。新しいも
のでは、2006年公開の『Piter FM』も含まれている。台詞のテキストだけでなく、
シチュエーションや仕草、表現なども限定して検索できる。検索結果画面では、動
画ウィンドウと台詞が並んで表示され、スクリプトを見ながら映画のワンシーンを
見ることができる。2010年に開設されたばかりで、まだ検索精度や収録されている
映画の本数に限界があるが、今後の発展に期待したい。

 以上がRNCのあらましである。
 RNCでは、いわばコーパスの目指すべき形が示されているのではないかと思う。ま
ず、10種類ものコーパスを1つのサイトに集約し、ユーザーインターフェイスも統一
されており、ロシア語と専門用語さえ知っていれば使い方に戸惑うことも少ないだ
ろう。ヘルプボタンが各検索窓の横に設置してあるうえ、マニュアルも各コーパス
トップページからアクセスできるので、さらに安心だ。そして、「対訳コーパス」
「教育用コーパス」など、実用的なコーパスも盛り込まれている。まだ資料数は少
ないが「マルチメディアコーパス」はかなり意欲的ではないかと思う。
 このように、RNCはUI、ヘルプなどユーザー目線で設計されており、実用的、先進
的なコーパスがいくつも盛り込まれている。RNCは、研究者だけではない幅広いユー
ザー層の利用を想定した「開かれたコーパス」を目指している、という印象が強く
感じられた。

4.最後に
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 前号ではロシアの電子図書館を、今号ではロシア語コーパスを紹介した。
 筆者は図書館情報学やコーパス言語学が専門ではなく、今回初めてロシアにおけ
る人文知と情報技術の融合について詳しく調べたのだが、「ロシア、なかなかやる
じゃないか」と感じたのが率直なところだ。日本よりロシアの方が遥かに進んでい
るじゃないか、とすら思ったし、実際そうかもしれない。ロシアのこういった情報
はなかなか日本に入ってこないだけに、読者の皆さまの中でも、同じように思われた
方は多いのではないだろうか。
 ロシアというと非常にとっつきにくい国で、暗くて、寒いし、怖そうだし……と
いうマイナスのイメージばかりがつきまとうが、実はロシア人はジョークとおしゃ
べりが好きで、人情に厚い人が多い。ロシア語も他のヨーロッパ言語と比べて難し
いわけでもない。なんとなくロシアを遠ざけていると、最先端を見逃してしまうか
もしれない。手を取り合って……とは言わないが、少なくとも両国の研究事情を共
有しあって、切磋琢磨していけるような環境の構築が、必要なのではないだろうか。

 人文情報学研究所インターンとしての筆者のレポートは今号で終わりですが、機
会があればまた「人文情報学」に関わるロシアの最新情報をお届けしたいと思いま
す。最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

リンク
(*1)青空文庫コーパス http://anlp.jp/NLP_Portal/jeita_corpus/
(*2)BNC http://www.natcorp.ox.ac.uk/
(*3)KOTONOHA計画 http://www.ninjal.ac.jp/kotonoha/
(*4)KOTONOHA少納言 http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/
(*5)KOTONOHA中納言 https://chunagon.ninjal.ac.jp/
(*6)チュビンゲンコーパス
    http://www.sfb441.uni-tuebingen.de/b1/rus/korpora.html
(*7)新聞テキストコーパス http://www.philol.msu.ru/~lex/corpus/
(*8)RNC http://www.ruscorpora.ru/

執筆者プロフィール
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松下聖(まつした・せい)筑波大学大学院人文社会科学研究科/人文情報学研究所
インターン
研究領域は、ロシア語、中央アジアの言語・文学

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◇人文情報学イベントカレンダー(■:新規イベント)

【2012年2月】
■2012-02-02(Thu):
シンポジウム「文化情報の整備と活用‐デジタル文化財が果たす役割と未来像2012」
(於・東京都/丸の内 丸ビルホール)
http://www.digital-heritage.or.jp/symposium3/

□2012-02-15(Wed)~2012-02-19(Sun):
Asia Pacific Corpus Linguistics Conference
(於・ニュージーランド/University of Auckland)
http://corpling.com/conf/

■2012-02-19(Sun):
国立国語研究所 理論・構造研究系プロジェクト研究成果合同発表会
(於・東京都/国立国語研究所)
http://www.ninjal.ac.jp/event/project-meeting/

□2012-02-24(Fri):
公開シンポジウム「情報処理技術は漢字文献からどのような情報を抽出できるか」
(於・京都府/京都大学人文科学研究所本館)
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~ymzknk/kanzi/

■2012-02-24(Fri):
第3回 公共図書館におけるデジタルアーカイブ推進会議
(於・京都府/国立国会図書館関西館)
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/1192820_1368.html

□2012-02-29(Wed):
第5回 SPARC Japanセミナー2011「OAメガジャーナルの興隆」
(於・東京都/国立情報学研究所)
http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2011/20120229.html

【2012年3月】
■2012-03-26(Mon)~2012-03-30(Fri):
Interedition Symposium Scholarly Digital Editions, Tools and Infrastructure
(於・オランダ/The Huygens ING, The Hague, The Netherlands)
http://www.interedition.eu/?p=186

□2012-03-26(Mon)~2012-03-30(Fri):
Computer applications and quantitative methods in Archaeology 2012
(於・英国/University of Southampton)
http://www.southampton.ac.uk/caa2012/

□2012-03-28(Wed)~2012-03-30(Fri):
Digital Humanities Australasia 2012: Building, Mapping, Connecting
(於・オーストラリア/Australian National University)
http://aa-dh.org/conference/

【2012年4月】
□2012-04-11(Wed)~2012-04-14(Sat):
European Social Science History Conference 2012
(於・英国/Glasgow University)
http://www.iisg.nl/esshc/

【2012年6月】
□2012-06-04(Mon)~2012-06-08(Sun):
Digital Humanities Summer Institute
(於・カナダ/Victoria)
http://www.dhsi.org/

□2012-06-12(Tue)~2012-06-15(Fri):
The IS&T Archiving Conference
(於・デンマーク/Copenhagen)
http://www.imaging.org/ist/conferences/archiving/

□2012-06-15(Fri)~2012-06-17(Sun):
GeoInformatics 2012
(於・中国/香港)
http://www.iseis.cuhk.edu.hk/GeoInformatics2012/

【2012年7月】
□2012-07-16(Mon)~2012-07-22(Sun):
Digital Humanities 2011
(於・ドイツ/Hamburg)
http://www.dh2012.uni-hamburg.de/

Digital Humanities Events カレンダー共同編集人
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小林雄一郎(大阪大学大学院言語文化研究科/日本学術振興会特別研究員)
瀬戸寿一(立命館大学文学研究科・GCOE日本文化デジタルヒューマニティーズ拠点RA)
佐藤 翔(筑波大学図書館情報メディア研究科)
永崎研宣(一般財団法人人文情報学研究所)

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◇イベントレポート(1)
アカデミック・リンク・セミナー(第6回)「新たな文献管理技術が切り拓く研究・
教育の未来」: http://alc.chiba-u.jp/seminar/006.html
レポート「Mendeleyワークショップと人文学への影響」
(崎山直樹:千葉大学)

 2011年12月9日、千葉大学アカデミック・リンク・センターおよび大学院人文社会
科学研究科の共催で、文献管理ソフトMendeleyのCEO、Victor Henning氏を招き、
「新しい文献管理技術が切り拓く研究・教育の未来」というワークショップを開催
した。
 このワークショップは、自然科学系領域と比べ文献管理ソフトの導入が遅れてい
る人文社会科学領域で、Mendeleyをどのように活用するのか、さらに図書館がこの
ような技術に対応し、今後の教育研究を支援していくためにどのような取組が可能
なのか考えることを目的としていた。
 ワークショップの様子は千葉大学アカデミック・リンク・センターのホームペー
ジにて動画が公開されている。( http://alc.chiba-u.jp/seminar/report006.html

 またアンケート結果も公開されており、そちらも合わせて参照していただきたい。
http://alc.chiba-u.jp/seminar/Q_results20111209.pdf )ここではMendeleyと
いうソフトウェアの特徴を簡単に説明したうえで、メリットと今後の課題について、
個人的な意見を述べたい。

 ではMendeleyとはどのようなソフトウェアか。簡単に言えば、EndnoteにiTunesと
Facebookを付け加えたもの、と言えばイメージしやすいだろう。データベースから
の論文ダウンロード、書誌データの管理、スタイルに合わせた註記・文献一覧の挿
入、といった最近の文献管理ソフトが実装している機能を一通り有している。
 それに加えiTunesのようにMendeleyに蓄積されたデータから、まだリストにない
「おすすめ論文」を紹介する。将来的は、Mendeleyを通じて論文を購入できるよう
になる。またFacebookのように、ユーザーの職歴や業績を管理し、ユーザーは検索
をすることで、自分が連絡を取りたい研究者を探すことができる。さらに各ユーザ
ーが設立した「グループ」に参加することで、書誌データやドキュメントを共有し、
議論をすることもできる。
 さらにクラウド技術を用い、書誌データおよびドキュメント・データがオンライ
ン上にバックアップされ、ウェブ経由で確認・修正できるだけではなく、OSの垣根
(Windows、Mac、Linux)を越え、複数のPC間で同期することが可能となっている。
またiOS版もあるため、モバイルでも利用できる。
 このようにMendeleyは、高性能な文献管理ソフトであり、なおかつ無償版でもす
べての機能が利用できるため、教育目的での活用することも容易である。

 それではMendeleyは、人文学に対してどのようなメリットをもたらし、その場合
の課題とは何であろうか。メリットを考えるために、まず共同開発者でもあるVictor
Henning氏が考えるMendeleyのコンセプトを紹介しよう。それは、Mendeleyを通じ
て研究者のHDD(ハードディスクドライブ)に保存されているデータを解放し、情報
を共有することで研究の発展を支援する、というものである。
 Mendeleyは既に約1億4千万本の書誌データを収集し、世界最大規模の論文データ
ベースの一つとなっている。この集合知はユーザーが増え、なおかつ使用頻度が増
すごとに、増強されていくものである。しかもこれまで学術ジャーナルのデータベ
ースに納められなかった、英語以外で書かれた論文や、書籍のデータもそこに加わっ
ていく。
 このことは日本の人文学にとって三つのメリットをもたらす。第一に、日本語圏
だけで流通していた日本語で著述された学術情報が、Mendeleyを通じて海外の研究
者へと届けられることにある。特に興味関心を共有する研究者に「グループ」を通
じて直接的に届けられることはメリットといえよう。またCiNiiや機関リポジトリの
整備が進み、オープンアクセス化が進展したことで、Mendeleyを通じた情報の伝達
は容易になりつつある。
 第二に、研究活動をこれまでとは違った指標で可視化することができる。例えば
Mendeleyは登録した論文に何人の「読者」がいて、その人がどのような「属性」(
身分・専門・地域)なのかを示してくれる。Mendeleyが提供するこのデータは、将
来的にインパクト・ファクターに置き換わっていくかもしれない。特に人文学の場
合、インパクト・ファクターが実際の研究状況を反映していないと指摘されている。
しかしMendeleyが提供するデータは、研究者個人が研究目的で整備した文献リスト
を元に数値を算定するため、より研究活動の現実を反映した数値となるだろう。し
たがって登録ユーザーの数が増え、蓄積されるデータが増えることで、人文学の研
究活動を数値化や可視化に貢献するかもしれない。
 第三に、研究者間での情報交換が促進される点にある。書誌データあるいは論文
そのものを前提とした議論というものは、これまで学会や研究会が担った機能であ
る。しかしこれらは時間的、地理的な制限を受けるため、近年では学会・研究会の
活動の低下が問題になっている。MendeleyのSNS機能は、学会や研究会が担ってきた
役割の一部を代替できるかもしれない。

 このように人文学の研究の発展に関して、Mendeleyには多くの期待が寄せられて
いる。しかし、いくつかの課題も同時に存在している。技術的なものとしては、複
数データベースへの串刺し検索、日本語に対応した形態素解析を用いたテキスト検
索の高度化、複数言語・複数スタイルが混在した註記・文献一覧作成支援などがあ
げられる。今回のワークショップでもこれらの課題についてVictor Henning氏へ質
問が寄せられた。これらのいくつかについては既に試験段階にあり、近い将来実装
されるそうだ。
 また、論文の公開方法にも課題が残されている。現在日本で公開されている論文
PDFの多くは、スキャンした画像データを単純にPDFに変換しただけで、テキストデ
ータが組み込まれておらず、DOIなどのメタデータも組み込まれていない。Mendeley
にはPDFのテキストデータから書誌データを抽出し、あるいはメタデータを読み込む
ことで、書誌データ作成を支援する機能がある。この機能を利用すれば書誌データ
作成を簡単に行うことができるが、日本語論文の多くは、これらが不完全なために
外部データベースを参照する必要があり、余分な手間がかかってしまう。
 電子化論文を公開することに意義があった時代はもはや終わった。Mendeleyの登
場によって、公開されたデータの効率な活用とそれに基づいた議論の質が問われる
ようになった。したがって情報を公開する側も、どのように活用されるのかを前提
に、公開のあり方を選ぶ必要があるだろう。
 このようにいくつかの課題は残されているものの、Mendeleyが切り開こうとする
新しい集合知の共同体は、未知の可能性に溢れている。またMendeley Advisorを中
心に、運用方法に関する情報を共有する仕組みも模索されている。まずは英語のソ
フトウェアだと構えず、気楽な気持ちで試しに使ってみることをおすすめしたい。

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◇イベントレポート(2)
第17回公開シンポジウム「人文科学とデータベース」
http://www.osakac.ac.jp/jinbun-db/51.html
(師 茂樹:花園大学)

 まだ松の内の1月7日、京都工芸繊維大学において第17回公開シンポジウム「人文科
学とデータベース」が開催された。
このシンポジウムは、文部科学省科研費重点領域研究「人文科学とコンピュータ」
(1995~1998年度)のなかのデータベース研究グループが中心となって1995年に第
1回目が開催され、重点領域研究終了後も「研究者の交流拡大とシンポジウムの継続
的な開催をめざして」発足した人文系データベース協議会が毎回後援をする形で開
催されている。
 この業界を代表する「じんもんこん」こと情報処理学会・人文科学とコンピュー
タ研究会(1989年~)が、2006年に47都道府県すべてで研究会を開催するという偉
業を成し遂げたが、それとは対照的に本シンポジウムはほとんどの回が関西での開
催となっている(2000年開催の第6回だけが静岡大学)。協議会のメンバーも関西の
大学・研究機関に所属する者が多く、私も末席に座らせていただいている。
 研究分野の性格上、関西を中心に開催する積極的な理由はないし、「研究者の交
流拡大」という上記の目標を考えるならば、むしろ関西にとどまるべきではないの
かもしれない。しかしながら、個人的には、情報処理学会の方が全国展開を意識し
てしているのであれば、こちらは関西開催にこだわってもよいのかもしれない、と
思ったりもする。

 さて、そろそろ本題に入ろう。当日のプログラムは以下のとおりである。
□一般講演I
(1)横山友也、宝珍輝尚、野宮浩揮(京都工芸繊維大学)「文末表現を考慮した文
章の特徴量を用いた質問回答文の因子得点の推定」
(2)赤井俊介、宝珍輝尚、野宮浩揮(京都工芸繊維大学)「感性のあいまい性を考
慮した評価に向けて」
(3)荻野晃大(京都産業大学)「個人の好みに関する感性のモデル化に関する研究」

□特別講演
(4)森本一成(京都工芸繊維大学)「聴覚障がい者の受療時コミュニケーション支
援用手話アニメーションの開発」

□一般講演II
(5)竹内和広(大阪電気通信大学)「介護場面の日本語学習に向けた例文データベ
ースの構築支援技術」
(6)渡邊俊祐(同志社大学)「文化遺産のバーチャルアーカイブのデジタルコンテ
ンツ化に関する研究」
(7)森本 晋(奈良文化財研究所)「奈良文化財研究所におけるデータベース」

□一般講演III
(8)山口雄治(同志社大学)「西日本縄文・弥生時代集落のGISデータベース化と
時空間動態評価」
(9)小沢一雅(大阪電気通信大学)「箸墓古墳実測図に関する一考察」

 全体は時間割等もあって以上のような4セッション構成(一般講演×3+特別講演)
になったのだと思うが、筆者の印象では、(1)~(3)の感性情報学分野、(4)~
(5)の社会福祉的な関心にもとづいた自然言語処理分野、(6)~(9)の考古学を
中心とした文化遺産研究分野、という3分野に大きく分かれていたように思う。以下、
この区分に従って、簡単に報告と感想を述べてみたい。

 まず、(1)~(3)の感性情報学分野について。人間の主観や時々の状況に依存
し、多義的で曖昧である感性を扱おうとする感性情報学の発表を聞くたびに、「私
たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」というポランニーの言葉
を思い出さずにはいられない(『暗黙知の次元』)。乱暴にまとめれば、各発表は
(1)がYahoo!知恵袋でベストアンサーに選ばれる回答がどのような要素によって選
ばれているのか、という分析、(2)がSD法などの従来のアンケート手法の問題点を
克服できるような新たな手法の提案、(3)が複雑なモデルではなく単純なモデルで
ユーザの好みを判断する方法の提案、という具合になるだろうが、特に(3)の発表
において、感性をいかに言語化するか、という桎梏がはっきりと意識されていて興
味深かった。

 次に(4)、(5)の社会福祉的な関心にもとづいた自然言語処理分野について。
(4)は、長年聴覚障害者向けの手話アニメーションの開発を手がけてこられた森本
一成氏による特別講演である。手話はよく知られているように日本語や英語などと
並ぶ独立した自然言語のひとつと考えられており、手話を基礎としたろう者の文化
も、ろう文化(Deaf Culture)とよばれる独自の文化を構成している。したがって
手話アニメーションの研究も、障害者福祉的な問題だけではなく、広く言語研究、
文化研究としての面も持っているのではないか、と個人的には思っており、この講
演も示唆に富むものであった。現況として紹介された、言語が壁となって聴覚障害
者が医療サービスをほとんど受けていない(受けることができない)現状や、NHKの
手話ニュースでの手話が実際には6割程度しか理解されていない、という実態などは、
もっと広く知られてもよいのではないかと思う。

 (5)は、介護福祉という特定の領域(ドメイン)における自然言語処理の問題を
扱ったものである。背景には、この分野において外国人労働者を積極的に受け入れ
ており、そのための日本語教育支援が必要とされている、という社会情勢がある。
介護現場でよく使われる例文を分析してオントロジを作る際は、名詞だけで作るよ
り、名詞+動詞(風呂-入る)や、名詞+動詞+評価(風呂-入る-あたたかくな
る)という報告がされた。

 最後に、(6)~(9)の考古学を中心とした文化遺産研究分野について。本シン
ポジウムの前身であるデータベース研究グループの代表者であった小沢一雅氏(大
阪電気通信大学)が長らく協議会の議長を努めておられた(現在は出田和久氏(奈
良女子大学))ことを考えると、この分野がある意味このシンポジウムの「本丸」
と言えるかもしれない。

 (6)では、文化遺産のデジタルアーカイブに関する方法論的な問題が議論されて
いたように思うが、残念ながらまだ実際の研究とのリンクができていないように感
じられた。(7)は奈文研の公開・非公開データベースについての紹介。(8)は、
西日本縄文・弥生時代集落について網羅的にGISデータベース化し、時空間動態評価
を行う、というもので、今後大きな成果をあげるのではないかと期待される。(9)
は、卑弥呼の墓として話題となった箸墓古墳について、小沢氏がこれまで積み重ね
てこられた方法論による分析を行うための序論的な発表で、こちらも今後の展開に
注目したい。

 以上、たいへん雑駁な報告になってしまったが、ご寛恕いただきたい。なお、次
回(第18回)の開催校は大阪電気通信大学とのことである。20回にむけて何か企画
したらよいのではないか、という話も出ているので、読者諸氏がより多くご参加い
ただければ幸いである。

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◇イベントレポート(3)
第1回「知識・芸術・文化情報学研究会」
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/lib/GCOE/info/2012/01/1-1.html
(小野原彩香:同志社大学大学院文化情報学研究科)

 2012年1月21日、立命館大学大阪キャンパスにて、第1回「知識・芸術・文化情報
学研究会」が、主催:知識・芸術・文化情報学研究会、共催:情報知識学会関西部
会、アート・ドキュテーション学会関西地区部会、協力:立命館大学グローバルCO
E「日本文化デジタル・ヒューマニティーズ」拠点により開催された。
 本研究会は、「人文学」と「情報」をキーワードとした分野横断型の研究を行っ
ている若手の研究者に発表・交流の場を提供する目的で発足した。とりわけ、芸術・
文化、およびその他の関連する分野の情報・知識研究に興味のある若手研究者を対
象として意識している。
 本研究会発足の背景には、昨今のデジタル・情報環境の急速な進展に伴う分野横
断型の研究活動の増加がある。現在、分野横断型研究の増加に伴い、大学の教育・
研究活動において、これに関連する教育プログラムやコース、学部が設置され、若
手の研究者を輩出し始めている。このため、それらの分野横断型教育を受けた院生
や若手研究者が学術的な交流を深める場が必要とされるようになってきている。
 そのような背景の中で、本研究会は異分野の人的交流を主な目的に、参加者相互
が新たな研究テーマや方法を発見できる場として発足し、通常の学会発表とはひと
味違う萌芽的・冒険的な発表の場という役割を担う研究会として組織されるに至っ
た。
 以上のような経緯と目的を持って第1回目を迎えた本研究会は、予想を上回る発表
応募者が集まったので、当初は午後からの開催予定であったものを午前から繰り上
げて実施することになった。本稿では、筆者の見解を適宜交えつつ、研究会の模様
について簡単に報告したい。
 午前中のセッションでは、データサイエンスの観点から文化現象について解析を
施した発表が行われた。人文学が扱ってきた現象をデータサイエンスでアプローチ
するこれらの研究は方法論および研究事例の蓄積という観点から見ると、萌芽的研
究分野であると言える。本研究会においても人文学研究で行われてきた方法論のあ
り方との整合性が議論された。これらの研究においては、データサイエンスの強み
である分析手法が持つ客観的プロセスをいかにうまく人文学研究の文脈の一部とし
て盛り込めるかが、今後のこの分野の発展に大きく関与すると考えられる。
 続いて午後のセッション第1部では、人文学が扱うデータを蓄積、公開するための
データベースの設計構築およびウェブアプリケーションの開発運用に関する研究発
表が行われた。データベースは個別の情報に特化した実用的な開発・運用が求めら
れる一方で、それらの普及、継続性という問題も同時にクリアする必要がある。発
表および議論では、利用者のニーズにいかに応えるかということそのものを選定す
るツールや公開に際する障壁を取り除くためのツールも開発が行われている現状が
あり、それらのツールを使うことでいかに諸処の課題をバランスよく解決できるよ
うになるかが話題の中心となった。
 午後のセッション第2部では、データベースを用いた事例研究ならびに情報技術と
ユーザーをどのように繋ぐべきかについて、それを利用する側からの視点に基づい
た研究報告がなされた。データベースは、利用者の目的に依存すべきであることは、
誰もが認めうる事実であるが、分析までのどの段階でデータ構造を利用目的に依存
させるべきかについては、議論の余地がある。それは、何を目的としてデータベー
スのあり方を捉えるのかということについて、それぞれの研究者が持つ問題認識が
異なることが主たる原因であると考えられる。
 午後の最終セッション第3部では、人文学と情報を繋ぐ研究の背景、人文学と情報
という横断分野を取り巻く現状といった俯瞰的視点からの研究報告がなされた。こ
れらの研究報告がなされるに至った背景にあるのは、ネットワーク型社会に移行し
た現代社会が今までの社会と違った理想を持つようになりつつあるということが原
因の一端なのではないかと考える。例えば、データの取り扱いという観点に絞るな
ら、現代社会は既存のデータを取り巻く方法とは異なるやり方で、データを蓄積、
公開、参照できる仕組みを強く求めるようになって来ており、そのための仕組み作
りが今後、急速に発展するのではないかと思われる。
 以上のように本研究会では、人文学と情報分野における融合を実現するための研
究報告が、理念レベルから実際の利用、分析レベルまで幅広く行われた。なかでも
両分野の土台を固めるための議論が多数見受けられたことは、各研究者、特に若手
研究者が自らの研究目的を再度認識し、その方向性を確認するための良い評価材料
になったと思われる。理念、方法論、そして個々の文化情報が持つ情報の特性は、
互いを刺激し、それぞれの事象は、収束と分散を繰り返しつつも、新しい社会を豊
かに形作る方向へと展開すべきである。この研究会が今後、新しい時代を担うため
の「人文学」&「情報」横断・融合分野の議論を発信する場として発展・成熟する
ことを期待したい。

Copyright (C) ONOHARA, Ayaka 2012- All Rights Reserved.
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 配信の解除・送信先の変更は、
    http://www.mag2.com/m/0001316391.html
                        からどうぞ。

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◆編集後記(編集室:ふじたまさえ)
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今月も充実のボリュームです。人文情報学の幅の広さと、奥深さが寄稿文に発揮さ
れているように感じます。特に第1回知識・芸術・文化情報学研究会は若手のための
研究会ということで今後に期待がかかりますね。また、初の連載となった特別レポ
ートですが、まったくの初心者にもわかりやすく、ロシアの魅力を感じることがで
きるものだったと思います。ご寄稿いただいた皆さま、ありがとうございました。
ご挨拶が遅くなりましたが、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

◆人文情報学月報編集室では、国内外を問わず各分野からの情報提供をお待ちして
います。
情報提供は人文情報学編集グループまで...
       DigitalHumanitiesMonthly[&]googlegroups.com
                  [&]を@に置き換えてください。

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人文情報学月報 [DHM006] 2012年1月27日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
【編集者】人文情報学研究所&ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
【E-mail】info[&]arg-corp.jp [&]を@に置き換えてください。
【サイト】 http://www.dhii.jp/

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