ISSN 2189-1621

 

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DHM 047 【前編】

2011-08-27創刊                       ISSN 2189-1621

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2015-06-30発行 No.047 第47号【前編】 574部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》
「従来のデジタル・アーカイブのその先へ:舞踊・ダンスの定量的分析を通して」
 (鹿内菜穂:日本女子大学)

◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
        DH研究者による人文学アドヴォカシープロジェクト4Humanities」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

◇《連載》「Digital Japanology Studies寸見」第3回
     「丸山眞男文庫草稿類デジタルアーカイブ公開」
 (岡田一祐:北海道大学大学院文学研究科専門研究員)

【後編】
◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)
「『ヴァチカン教皇庁図書館展II 書物がひらくルネサンス』展
               及びオープニング講演・シンポジウム参加報告」
 (柴田みゆき:大谷大学文学部人文情報学科)

◇イベントレポート(2)
「人文学とコンピュータ研究会 第106回研究発表会」参加報告
 (川島隆徳:国立国会図書館)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇◇《巻頭言》
「従来のデジタル・アーカイブのその先へ:舞踊・ダンスの定量的分析を通して」
 (鹿内菜穂:日本女子大学)

 自分の仕事や研究の話をするときに、「モーションキャプチャをやっています」
といっても、驚かれることや珍しがられることがほとんどなくなりました。それは、
理工学・情報学分野の方に限らず、一般の方と話しているときも同様です。以前は、
映画やゲーム、スポーツの話を用いて説明をしていましたが、最近は「あ、知って
る、CGとかのでしょ。」「あぁ、Kinectとか?」と、こちらが説明する前に何かし
らの回答が返ってくることもあります。今これを読まれている方も同じように思わ
れたのではないでしょうか。私は、研究にはKinect[1]を使用しておらず、ある光
学式モーションキャプチャシステムを用いて、主に舞踊やダンス動作のデータを取
得しています。身体の各関節部分につけたマーカの3次元位置座標を記録し、通常は
mm単位でリアルタイムに計測しています。

 ビデオカメラ式、機械式、磁気式、光学式、その他モーションキャプチャの方式
は色々ありますが、1990年代からモーションキャプチャが無形文化財、とりわけ舞
踊・ダンスのデジタル・アーカイブに必要不可欠なものとなりました。デジタル・
アーカイブとは、歴史文化芸術にかかわる各種文化資産をデジタル情報技術によっ
て計測、記録、保存し、さらに、結果のデータを公開し広く多方面での利用と文化
の継承に資すること[2]、と解釈されています。デジタル・アーカイブの対象には
文書、地図、絵画や彫刻など有形文化財だけでなく、音楽や舞踊などの無形文化財
にも広がり、伝統芸能や舞踊に関して述べると、そのアーカイブの試みや研究報告
はこの約20年で散見されるようになりました。

 しかし、伝統芸能や舞踊のデジタル・アーカイブが飛躍を遂げたかというと、個
人的にはそうではないと思っています。かつて私が所属していた研究室では、能楽、
日本舞踊、クラシックバレエ、アジアやアフリカの民族舞踊など舞踊動作のキャプ
チャを数多く行い、記録と保存に取り組んできました。さりとて、前述の「結果の
データを公開し広く多方面での利用と文化の継承に資する」という意味においては、
デジタル・アーカイブが実はまだ始まったばかりではないかと思うほど、多くの課
題が残されています。後継者に意味のあるデータか、学習者に効果のあるデータか、
どのように役立ててもらうのか、本当に現場で利用できるのか、教育的に利用され
ているのか。モーションキャプチャを用いたデジタル・アーカイブに関する研究は、
記録と保存から一歩先へ進むときにきていると感じます。

 モーションキャプチャデータに基づく舞踊動作に関する研究は、実験室環境で計
測を行い、他者による影響を除外した単独動作が中心です。しかし、実際の舞台や
パフォーマンスの場面では、一緒に舞台に立つ役者、表現者、指導者や学習者、師
匠や弟子、そして観客など自分以外の他者が必ずいます。自分と他者との対人同士
の相互作用が存在することは経験的にいわれてきましたが、それらを考慮したデジ
タル・アーカイブはまだなされておらず、その影響や効果を検討されていませんで
した。私は踊りを習っている人や練習している人に役立ててもらうことを目的に、
観客の存在で踊る人の動作や心の状態がどのように変わるのか、どのような影響が
あるのかについて調べ始めました。まだ比較的着手しやすいストリートダンスの分
析だけに留まっていますが、いくつかのことがわかっています[3][4]。モーシ
ョンキャプチャで取得したデータから動作の特徴量を解析したところ、観客がいた
場合といない場合とではまず個人差が大きく、観客がいる方が体を大きく開いて複
雑なリズムを刻む人、一方で観客がいない方が体を大きく開いてリズムを刻む人が
いました。また、踊る人の感情状態は観客がいる方が変化しやすく、「活気のある」
「気合の入った」「わくわくした」などポジティブといわれる感情も、「心配した」
「ぴりぴりした」「恥じた」などネガティブといわれる感情も、どちらも増すこと
が定量的な分析からわかりました。

 一流の舞踊家やダンサーは、観客がいてもいなくても、いつも完璧に踊ること、
平常心を保つこと、もしくはそれをコントロールすることが求められるでしょう。
しかし、実際に人前で踊ったときに自分ですら説明のつかない体や心の状態,また
踊る人と観客の間に生まれるその時その瞬間の相互作用があり、その知見をも現場
に還元し得る努力が今必要と思っています。単に舞踊動作を記録し保管するだけで
は、踊りの習得や学習効果を上げることへの支援とは言い難いように思います。舞
踊動作の定量化と分析から、舞踊家やダンサーが感覚的に表わす動きのニュアンス
や動きの質といったものを指標化したり言語化したりすることによって、指導や振
り付けを行う際には一助になると考えています。(それがよろしくないという文化
もあります。あくまで一助です。)決して容易なことではありませんが、デジタル・
アーカイブを通して、舞踊・ダンスの素晴らしさを未来に伝えるお手伝いができた
らと思っています。

[1]Kinect:Xbox 360 - Kinect http://www.xbox.com/ja-JP/Kinect (2015年6月
16日)
[2]八村広三郎:デジタル・アーカイブ技術の現状と課題.八村広三郎・田中弘美
(編):デジタル・アーカイブの新展開 バイリンガル版.ナカニシヤ出版,2012,
pp. 10-13.
[3]鹿内菜穂・八村広三郎:鑑賞者の有無によるダンス学習者の感情と身体動作の
比較.電子情報通信学会技術研究報告,2013,Vol. 113,No. 283,pp. 85-89.
[4]Nao Shikanai & Kozaburo Hachimura: The Effects of the Presence of an
Audience on the Emotions and Movements of Dancers. Procedia Technology,
2014, Vol. 18, pp. 32-36.

執筆者プロフィール
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鹿内菜穂(しかない・なお)聖心女子大学文学部教育学科心理学専攻卒業。東京工
業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了。立命館大学大学院理工学研究科博士
課程後期課程修了。博士(工学)。日本女子大学家政学部児童学科助教。身体表現
の知覚・認知、舞踊動作の定量化に関心を持ち、現在は舞踊・ダンスにおける表現
者同士のコミュニケーションおよび表現者と観客のコミュニケーションについて研
究を行っている。

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◇《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
        DH研究者による人文学アドヴォカシープロジェクト4Humanities」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

 6月上旬、文科省による国立大学への通知を新聞各紙は一斉に報じた。その内容は、
「文系学部・大学院の積極的な再編を求める」というもので、曰く、「主に文学部
や社会学部など人文社会系の学部と大学院について、社会に必要とされる人材を育
てられていなければ、廃止や分野の転換の検討を求めた」[1]とのことである。筆
者がSNSやネットメディアを見ていたところでは、人文系の研究者の多くが批判的な
コメントを発信しており[2]、読者諸兄の中にもこの通知内容に強い憤りを覚えた
方もおられると思う。

 だが、このような人文学の「危機」はなにも日本に限った話ではない。アメリカ
等の欧米各国でも、人文学の研究助成や教員ポストの削減、はては人文系学部自体
の解体が現実に進行中と聞く。だが、前段の文科省の通知では研究者らが個人レベ
ルで声を挙げているものが多い印象がある一方、欧米では同様の事態に対して個人
としてだけでなく、組織的な抵抗も行っている点に違いがあるように思う。本稿で
は、その組織的な抵抗の一つの事例として、特にデジタルヒューマニティーズ(以
下DH)の研究者らが行っているプロジェクト“4Humanities”[3]を紹介したい。

 4Humanitiesは、Alan Liu (カリフォルニア大学サンタバーバラ校)やGeoffrey
Rockwell(アルバータ大学)らを中心に、アメリカ、カナダ、イギリス、オースト
ラリアのDH研究者らによって、2010年11月に結成された人文学アドヴォカシープロ
ジェクトである。アドヴォカシーとは、「支持や擁護をすること」という意味の言
葉だが、より具体的に政策提言に関わるものも含まれる。そしてこの活動は、ADHO
(Alliance of Digital Humanities Organizations)やcenterNet、HASTAC、そして
CSDH/SCHNといった、DHの各団体の支援を受けて進められている。

 4Humanitiesは、人文学アドヴォカシーのためのプラットフォームとして、また、
リソースサイトとしての役割を自らに任じている。プラットフォームとしての
4Humanitiesは、人文学の擁護・支持を行っている人々の成果を広く一般市民に届け
るべく、人文学アドヴォカシーに関わる様々なキャンペーンの実施を呼びかけ、ま
た、自身のサイトでも発信している。リソースサイトとしては、人文学アドヴォカ
シーに役立つツールやリソースの提供、ベストプラクティス等の共有の場として機
能し、また、場合によってはDHの専門家がそれらリソース類の利用にあたり支援も
行うという。

 では、具体的に4Humanitiesは何をどのように発信しているのだろうか。
4Humanitiesのウェブサイトには大きく4つのカテゴリがあるので、それをもとに話
を進めたい。その4つとは、(1)Voices for the Humanities、(2)4Humanities
Advocacy Projects、(3)4Humanities Local Chapters、(4)Resourcesである。
(1)は、様々な媒体で発表された、人文学の重要性に関する意見を集約したプラッ
トフォームとなっている。ここでは、英語圏の現役の研究者の意見だけでなく、学
生や非英語圏の国々からの意見も収録されている。(2)では、人文学アドヴォカシ
ー活動の立ち上げや活動支援に役立つような情報提供等を行っている。具体的には、
人文学がなぜ重要なのかをシンプルな言葉で表現した“Humanities, Plain &
Simple”や、人文学の重要性を示したインフォグラフィック“The Humanities
Matter!”の作成と提供、人文学の成果がなぜ社会に役立っているのかを様々なサイ
ト事例をもとに示すHumanities Showcase、そして21世紀の労働環境における芸術・
人文学の役割を考察するArts & Humanities in the 21st Century Workplace等があ
る[4]。(3)は、国際的に展開している4Humanitiesのローカルレベルでの活動拠
点(機関)の紹介である。各拠点では、人文学アドヴォカシーのコミュニティを結
成したり、プロジェクト・イベント等をそれぞれで実施したりしている。現在のと
ころ、アメリカのカリフォルニア州立大学ノースブリッジ校やカナダのマギル大学
等の5大学と、ニューヨークのリベラルアーツスクールコンソーシアムであるNY6等
が参加している。最後の(4)では、人文学について考えるうえで、また、人文学ア
ドヴォカシーを進めていくうえで役に立つ研究成果や統計、ツール等のリソースが
公開されている。ここでは特に、人文学アドヴォカシーを論ずるうえで参考になる
議論を集めた“Guide to Issues in Humanities Advocacy”が充実しているので、
一読をお勧めしたい。

 4HumanitiesがDH研究者ならではのものと言えるのが、現在推進中のプロジェクト
“What Everyone Says About the Humanities”[5]である。これは、新聞や雑誌、
ブログ等において人文学がどのように語られているか、その言説を集めたコーパス
を作成し、そのデータをテキスト分析の手法を用いて解析しようというものである。
このように、DHの手法をもとに人文学の意義を組織的に発信するにはどのような方
法がありうるのか、4Humanitiesはそのモデルを提供していると評価できよう。人文
学が重要だと思うならば、その活動から学ぶところは大きいであろうし、また、日
本における4Humanitiesの拠点設置も視野に入れてもよいのかもしれない。

[1]その学部、本当に必要? 全国立大に見直し通知、文科省. 朝日新聞デジタル.
2015年6月8日. http://www.asahi.com/articles/ASH685CJLH68UTIL01W.html ,(参
照 2015-06-17).
他には、国立大文系 「知」を再興する改革急げ. 産経ニュース. 2015年6月12日.
http://www.sankei.com/column/news/150612/clm1506120002-n1.html ,(参照
2015-06-17).
榎木英介. 国立大学の文系見直しとは何なのか. Yahoo!ニュース. 2015年6月17日.
http://bylines.news.yahoo.co.jp/enokieisuke/20150617-00046754/ ,(参照
2015-06-17).などがある。
[2]例えば以下など。
内田樹. 国立大学改革亡国論「文系学部廃止」は天下の愚策. President Online.
http://president.jp/articles/-/15406 ,(参照 2015-06-17).
大学の役割とは何か? 国立大学改革の行方. 朝日新聞デジタル. 2015年6月8日.
http://www.asahi.com/articles/ASH653VNRH65UPQJ001.html ,(参照 2015-06-17).
[3]4Humanities. http://4humanities.org/ ,(accessed 2015-06-17).
[4]Humanities ShowcaseとArts & Humanities in the 21st Century Workplaceは
4Humanitiesとは別サイトとなっている。
Humanities Showcase.
http://humanitiesshowcase.wix.com/4humanities-showcase , (accessed
2015-06-17).
Arts & Humanities in the 21st Century Workplace. http://www.ah21cw.com/ ,
(accessed 2015-06-17).
[5]Alan Liu. Announcement: “What Everyone Says About the Humanities”
Research Project. 4Humanities. 2013-04-25.
http://4humanities.org/2013/04/what-everyone-says-about-the-humanities-r... ,
(accessed 2015-06-17).

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◇《連載》「Digital Japanese Studies寸見」第3回
     「丸山眞男文庫草稿類デジタルアーカイブ公開」
 (岡田一祐:北海道大学大学院文学研究科専門研究員)

 2015年6月1日に、東京女子大学丸山眞男文庫では、「丸山眞男文庫草稿類デジタ
ルアーカイブ」を公開した(以下本アーカイブ)[1]。この文庫は、丸山の没後の
1998年に蔵書がほぼ一括して東京女子大学に寄贈されて設置されたもので、この3月
に寄贈された段階における丸山の書庫の様子がバーチャル書庫として公開されたこ
とは記憶に新しい[2]。文庫では、資料の保護のために利用・閲覧が厳しく制限さ
れている。このアーカイブは、その制限のもと、年々増加する需要にこたえるため
に構築されたものであるという[3]。寄贈された蔵書は幅広く、研究に関する書籍
はもちろんのこと、幼少時代の日記から晩年の草稿、また丸山が熱中していたクラ
シック音楽の楽譜までにおよび、丸山個人を研究するうえで恰好の材料を提供する
ものとなっているようである。

 本アーカイブは、関係者の努力と工夫の甲斐あって、使いやすいものになってい
ると思われる。稿者には、この文庫そのものや草稿ひとつひとつの価値について説
き明かすことは任に堪えないことであるが、一個人の草稿アーカイブというものは、
今後とも種々作られていくことであろうし、またそれには共通する機能というもの
もあろう。本稿はそのような点からこのアーカイブを眺めてみた感想をお伝えした
いと思う。

 検索機能と目録が、本アーカイブでは統合されている。入力画面にあるとおり、
キーワードを入れなければ全件が表示される。分類が見たいときは、詳細検索から
大・中・小項目を確認することができ、同様にキーワードを入れずに検索すれば、
全件を一覧できる。メタデータもくわしく、個々の項目を見れば資料の概要は掴め
るようになっている。なお、詳細な検索仕様へのリンクがあるが、一般の利用を目
的としたものとしては、すこし突慳貪な印象を受けた。とくに詳細検索に関する仕
様はツールチップにしたほうがよかったのではなかろうか。

 個々の検索結果画面では、メタデータと、画像が公開されているばあいは画像閲
覧画面へのリンクを見ることができる。どういう閲歴をたどった資料かなどに関す
る書誌的事項が確認できるほか、関連する資料へのリンクがあって、必要に応じて
確認できる。

 本アーカイブで公開しようとしているものは、単に草稿というにとどまらず、丸
山家から公開の許諾のあった、丸山の書いた物全般にわたるものといえるようであ
る。一般に作家の草稿といえば、著作類の原稿を想起するが、本アーカイブでは丸
山の幼少期の日記や講義ノート、著作に対する書き込みなどまで公開されており、
遺墨集といった趣がある。これは、文庫に対する需要のありかたを反映したものな
のだろう。

 このコレクションで公開されているさまざまな手稿を見ると、一研究者というに
とどまらず、一個人をしのばせる内容ともなっており、丸山研究以外にも活用の道
がありそうである。たとえば、近代の平仮名の研究をしている稿者の研究の視点か
らみれば、年齢ごとに筆跡の変遷を追えることはたいへんありがたいことである。
このようなごく特殊な興味以外でも、大正・昭和初期の東京四谷で育った一少年の
書き残したものは、言語・文化研究にも重要な一材料を投ずるもののごとくに思わ
れる。このような多方面からの研究を可能とするには、本アーカイブの現在の状態
がより明瞭に伝わるものであればよかったと思う。現在のデジタル・アーカイブで
は、どの分類にどれほどの資料があり、かつどれほど画像が提供されているのか簡
単に調べることができない。丸山の個々の草稿に関心があるのではなく、全体のな
かから材料を探してゆく研究には、そのような配慮があるとうれしいのである。ま
た草稿がデジタル化されているとしても、館内閲覧しかできないものもあるとのこ
とであり、これに関してはどれが該当のものか検索によって現在知ることができな
いのは使いにくく感じた。

 本アーカイブにおけるプライバシーや諸権利に関する処理も参考になる点があり、
またよりくわしく知りたいと思う。たとえば、「日記(丸山がつけたタイトルでは
ない)」(資料番号1、[4])には、つぎのごとき解説がある:

  2003年12月5日 丸山家より丸山文庫に移管。仮番号1とした。
  『自己内対話』(みすず書房、1998年)に一部収録。資料の形態、体裁は、
  その凡例を参照。
  刊行に当って削除された部分があり(privacyに関わる)取扱いに注意を有
  (ママ)する。

この資料は画像が全ページ公開されているようである。問題のある箇所を公開して
いない資料もあるようであり[5]、注意を要しながらも公開に踏み切った理由など
が分れば、同様の問題に直面したアーカイブ担当者にも有益なのではなかろうか。

 操作をしていて、いくつか不親切な点に気付いた。たとえば、個々の草稿の検索
結果画面に分類が示されているが、そこから同じ分類のほかの資料をすぐに検索す
ることはできない。詳細検索からすぐに同様の結果は得られるが、技術的には不要
な手間を強いるもので、解決されたらと思う。関係する事柄として、個々の草稿の
検索結果画面に対するpermalinkが提供されていればよかったと思う。デジタル・ア
ーカイブを使った研究には個々の資料へのアクセス方法(できれば検索結果一覧へ
のアクセス方法も)が安定していることが欠かせないからである。また、画像閲覧
画面において、種々のボタンに説明がまったくないのは改善されたらと思う。右端
の全画面表示などは、普及しつつあるアイコンデザインではあろうが、説明なしで
だれもが分るほどではない。マウスのスクロール等でボタンは代替できるので、大
きな問題ではないが、コピーなどを防ぐために独自フォーマット・独自画面でデー
タを提供するうえは、使いやすさを心がけてほしいと強く願う。

 本アーカイブは、閲覧者の需めによって構築されたということや、私立大学戦略
的研究基盤形成支援事業などを受けていて提供者にそれに応える余裕があることな
どの事情により、非常に優れたものが生まれたのであろう。最後に失礼なお願いを
申し上げたが、このようなアーカイブのお手本となるよい例であろうと考える。

[1] http://maruyamabunko.twcu.ac.jp/archives/
[2] http://maruyamabunko.twcu.ac.jp/shoko/
[3] http://office.twcu.ac.jp/facilities/maruyama/pr_maruyamadegital.pdf
[4] http://maruyamabunko.twcu.ac.jp/archives/search/bibliography/0001000000?...
[5] http://maruyamabunko.twcu.ac.jp/archives/search/bibliography/0000000000?...

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 続きは【後編】をご覧ください。

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人文情報学月報 [DHM047]【前編】 2015年06月30日(月刊)
【発行者】"人文情報学月報"編集室
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