ISSN 2189-1621

 

現在地

DHM 037 【前編】

【件名】[DHM037]人文情報学月報【前編】

2011-08-27創刊

人文情報学月報
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Digital Humanities Monthly

             2014-08-26発行 No.037 第37号【前編】 504部発行

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 ◇ 目次 ◇
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【前編】
◇《巻頭言》「技術音痴の人文情報学」
 (久木田水生:名古屋大学大学院情報科学研究科 准教授)

◇《連載》「Digital Humanities/Digital Historyの動向
      ~2014年7月中旬から8月中旬まで~」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

◇《特集》「デジタル学術資料の現況から」第6回
 「集合知で読む歴史史料-SMART-GSが実現するグループリーディング」
 (橋本雄太:京都大学大学院文学研究科 博士後期課程)

【後編】
◆発表・論文募集◆第20回公開シンポジウム「人文科学とデータベース」ほか

◇人文情報学イベントカレンダー

◇イベントレポート(1)
Digital Humanities 2014
 (橋本雄太:京都大学大学院文学研究科 博士後期課程)

◇イベントレポート(2)
第103回 人文科学とコンピュータ研究会発表会
 (永崎研宣:人文情報学研究所)

◇イベントレポート(3)
「漢デジ2014:デジタル翻刻の未来」
 (岡田一祐:北海道大学大学院 博士後期課程)

◇イベントレポート(4)
「国際仏教学会学術大会IABS2014:デジタル仏教学関連セッション」
 (永崎研宣:人文情報学研究所)

◇編集後記

◇奥付

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【人文情報学/Digital Humanitiesに関する様々な話題をお届けします。】
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◇《巻頭言》「技術音痴の人文情報学」
(久木田水生:名古屋大学大学院情報科学研究科 准教授)

 糸井重里の「萬流コピー塾」[1]で「ちくわぶ」がお題の回に寄せられたキャッ
チコピーの中に「申し訳ありませんが、私、所詮ちくわぶですし、メカニックな事
はよくわかりません」という作品があった。これに因んで我が家では機械が苦手な
人間を「ちくわぶ」と呼ぶ習慣ができた。そして機械が得意な兄に対して私は常に
「ちくわぶ」だった。いまだにそれは変わっていない。PCの設定にはいつも苦労す
るし、機械どころか組立家具ですらうっかりすると失敗するので妻に頼っている。
そんな自分がどういうわけか今、人文情報学の国際会議、Digital Humanities 2014
でポスター発表をするために、スイスのローザンヌに来ている(この原稿を書いて
いる今は発表が終わったところである)。

 今回の発表は京都大学文学研究科の林晋先生、橋本雄太さん、大浦真さん、国立
情報学研究所の相原健郎先生との共同発表で、第一著者は院生の橋本さんである。
林先生が主導して開発しているSMART-GSというソフトウェアの紹介をするために橋
本さんと私がローザンヌにやって来た。発表のタイトルは“The SMART-GS Project:
An Approach to Image-based Digital Humanities”である。

 SMART-GSは文献研究(特に手書きの文書の翻刻)を支援するためのソフトウェア
であり、研究対象となる文献の画像を表示する機能と、その画像に関連付けられた
テキストを編集する機能を持つ。画像とテキストには様々なマークアップを付ける
ことができ、紙の資料に対してマーカーで印をつけたり、付箋やメモを付けたりす
るのと同じようなことができる。画像やテキストに付けたマークアップ同士にリン
クを付けることもできる。これは紙にはない強みである。また文字列の形の類似性
に基づいて手書きの文字列を検索することも可能である。SMART-GSは特に複数の人
間が協力して翻刻することをサポートするように設計されている。例えばSMART-GS
はWindowsでもMacでもLinuxでも動かすことができる。マークアップにはそれを付け
たユーザーのIDが記録されるようになっている。またSMART-GSの画面をスクリーン
に映して複数の人間がディスカッションを行うときに、作業がスムーズに進むため
の様々な工夫がしてある。今後はウェブ上でリソースの共有やヴァージョン管理が
できるようにし、さらにはTEIにも対応させる予定である[2]。

 今回のポスター発表ではたくさんの人が説明を聞きに来てくれて、デモを見ると
「オー、クール」とか言ってくれたので嬉しかった。ある人は画像に焦点を当てた
研究は珍しい、自分の研究にも役立つかもしれない、と言ってくれた。その人は台
湾で墓石に刻まれた碑文の翻刻をしているそうである。文字だけではなく色々なタ
イプの画像を用いた研究にも使えるかもしれないと示唆してくれた人もいた。色々
と質問を受ける間に幾つか改善するべき点にも気付かされた。多くの人にSMART-GS
を知ってもらえたし、これからの開発の励みになったという点でも有意義だった。

 SMART-GSの開発に関して特徴的なのは、主要な開発メンバーが一番のヘビーユー
ザーだという点である。そもそもSMART-GSは林先生が数学者ヒルベルトの手稿研究
をするために開発を始めたものである。現在では林先生を中心とした田辺元の手稿
研究にも用いられている。SMART-GS開発ミーティング、田辺元史料研究会、各自に
よるコード書きと田辺の手稿の翻刻というサイクルを一週間の単位で回している。
そのため歴史研究の現場のニーズが直接に反映され、本当に役に立つ機能がすぐに
実装されるのである。このことは、開発中心にいるのが人文学者(林先生と橋本さ
んは歴史、大浦さんは言語学、私は哲学が専門である)であり、かつ(私以外は)
プログラミングとソフトウェア開発に関して高度な知識と技術とセンスを持ってい
るために可能になっている。林先生は歴史家に転身する前はソフトウェア工学の権
威であったし、橋本さんはIT企業の技術者として働いた経験がある。大浦さんは
Debianプロジェクトの一員でもある。

 技術音痴の自分がこのチームに混ざってやっていくことは実に大変なことである
が、しかしそれゆえの報いもある。上述のように私の本業は哲学であり、近年は技
術哲学・技術倫理という分野に携わっている。特に私が関心をもっているのは情報
技術と人間、社会の間の相互作用である。これを考える際に、具体的な情報技術の
開発現場に参加していることは大きな利点である。私はテクノフォビア的傾向を持
つ一部の哲学者ほどテクノロジーに対して悲観的ではない。一方で私はテクノフィ
リア的傾向を持つ人々ほど楽観的でもない。私の情報技術に対するスタンスは、技
術音痴としての素地と、情報技術の開発に参加して技術者のエートスに触れてきた
経験によって作られたものなのだろう。それはなかなか得がたいものなのではない
かと思う。というのも私ほど技術音痴でありながら情報技術の開発に参加している
哲学者も珍しいだろうから。

[1]『週刊文春』で連載されていた企画で、糸井重里が出したお題に対して読者が
 キャッチコピーを投稿し、糸井重里がそれを評価するというもの。
[2]SMART-GSの機能や使い方について詳しくは下記のウェブページを参照してくだ
 さい。 http://sourceforge.jp/projects/smart-gs/

執筆者プロフィール
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久木田水生(くきた・みなお) 専門は哲学、倫理学。2005年に京都大学で文学博士
号を取得。2010年よりSMART-GSプロジェクトに参加している。近年は特に人工知能
やロボット工学に関する哲学的倫理的問題について考察している。主な論文に「ロ
ボット倫理学の可能性」(『PROSPECTUS』、2008年)など。ウェブページは
http://www.info.human.nagoya-u.ac.jp/lab/phil/kukita/

Copyright(C)KUKITA, Minao 2014- All Rights Reserved.
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《連載》「Digital Humanities/Digital Historyの動向
      ~2014年7月中旬から8月中旬まで~」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

 前号に引き続き、2014年7月中旬から8月中旬までのDigital Humanities/Digital
Historyに関する動向をまとめた。

●新聞・ブログ記事
 7月14日付のHistory News Networkに、Twitterのフォロワーの多い歴史研究者を
紹介する記事が掲載されている。ニュースコメンテータを務めるMichael Beschloss
やBBCの歴史番組のプレゼンターであるDan Snow等が挙げられているのは、やはりと
いうべきか。
http://hnn.us/article/156247

 7月14日、The Chronicle of Higher EducationにHow E-Reading Threatens
Learning in the Humanitiesと題した投稿記事が掲載された。著者はAmerican
UniversityのNaomi S. Baron。紙から電子へと読書環境が変化する中で、人文学専
攻の学生の本を読む量が減ってきているのではないかとの危惧を表明して問題提起
を行い、人文系の深い読みを実践するのに電子デバイスが不向きなのではないかと
指摘している。
http://chronicle.com/article/How-E-Reading-Threatens/147661/

 イギリスInstitute of Historical Researchの提供する歴史書書評サイトReview
in Historyに、Steven E. Jonesによる“The Emergence of the Digital
Humanities”(2013年刊)の書評が掲載された。評者は英国図書館でデジタルキュ
レータを務めるJames Baker。
http://www.history.ac.uk/reviews/review/1634

 7月31日、Natureに“Humanity's cultural history captured in 5-minute film”
という記事が掲載された。記事では、Freebaseに登録されている紀元600年から
2012年までの12万人の著名人について、生まれた場所と亡くなった場所のデータを
解析した結果を動画で紹介している。作成者は、テキサス大学ダラス校の美術史家
Maximilian Schichらとのこと。
http://www.nature.com/news/humanity-s-cultural-history-captured-in-5-min...
http://blogs.getty.edu/iris/new-report-visualizes-cultural-history-throu...
http://gigazine.net/news/20140805-visualize-humanity-culture-spread-the-...

 ヘロドトスの『歴史』に関するDHプロジェクトHestiaのブログに、8月4日、
“Topographic Unconsciousness”という記事が掲載された。筆者は長崎大学の鈴木
章能で、内容は村上春樹の『アンダーグラウンド』や『世界の終りとハードボイル
ド・ワンダーランド』等の世界をマッピングするというもの。なお、同内容を扱っ
た論文が、IAFOR Journal of Literature and Librarianship誌の2巻1号に掲載され
ている模様。
http://hestia.open.ac.uk/topographic-unconsciousness-2/
http://iafor.org/iafor/journal-of-literature-and-librarianship-volume-2-...

 同じく8月4日付で、米国議会図書館(LC)のブログSignalに、“Making Scanned
Content Accessible Using Full-text Search and OCR”という記事が掲載されてい
る。執筆者はLCのChris Adamsで、ユネスコのWorld Digital Libraryのテクニカル
リーダーを務めている。記事では、そのWorld Digital Libraryのスキャニングデー
タのOCRと、検索結果のハイライトの仕組みについて解説している。
http://blogs.loc.gov/digitalpreservation/2014/08/making-scanned-content-...

 8月14日、教育とテクノロジーをテーマにしたオンラインジャーナルHybrid
PedagogyにAdeline Kohによる“Introducing Digital Humanities Work to
Undergraduates: An Overview”という記事が掲載されている。記事では、DHツール
を使用した学部生向けの教育手法(マッピング、テキストアナリシス、オンライン
展示等)を解説している。
http://www.hybridpedagogy.com/journal/introducing-digital-humanities-wor...

●イベント・出来事
 7月21日、恒例の全米人文学基金(NEH)の助成採択結果が発表された。DH関連と
しては、Digital Humanities Implementation Grantsで7件、Institutes for
Advanced Topics in the Digital Humanitiesで5件。Digital Humanities
Implementation Grantsでは、イリノイ大学アーバナシャンペーン校がHathiTrustの
データをBookwormで解析する連携プロジェクトで助成金を獲得している。
http://www.neh.gov/divisions/odh/grant-news/announcing-seven-digital-hum...
http://www.neh.gov/divisions/odh/grant-news/announcing-five-institutes-a...

 7月8日から18日にかけて、ジョージメイソン大学のロイ・ローゼンツヴァイク歴
史とニューメディアセンター(RRCHNM)の主催によるデジタルアートヒストリーの
ための研修イベント“Rebuilding the Portfolio: DH for Art Historians”が開催
された。ゲティ財団の助成を受けて行われるこのイベントでは、美術史家向けにDH
の手法やツールの解説を行い、それらを自身の研究に直結させる方法について学ぶ
内容となっていた。なお、7月28日から8月6日にかけては、UCLAで同様のイベント“
Beyond the Digitized Slide Library”が開催された。
http://arthistory2014.doingdh.org/
http://chnm.gmu.edu/news/art-historians-rebuilding-the-portfolio/
http://www.humanities.ucla.edu/getty/
また、DHの研修イベントでは、RRCHNMの博士課程の学生2人によるDH Bridgeという
プロジェクトが立ち上げられている。これは、人文学の文脈の中で、コンピューテ
ィングの思考法とデジタルスキルを学ぶというもの。
http://dhbridge.org/

 7月25日、Alliance of Digital Humanities Organizations(ADHO)は、DH2014大
会のPaul Fortier賞の結果を発表した。同賞は若手研究者に贈られるもので、受賞
者はUCLA博士課程学生Marie Saldanaであった。受賞理由となったSaldanaの報告“
An Integrated Approach to the Procedural Modeling of Ancient Cities and
Buildings”は、古代ローマ・ギリシアの建造物の3Dモデル化の手法について論じた
もの。その内容は、Saldanaの個人ブログで紹介されている。
http://www.adho.org/announcements/2014/adho-announces-winner-fortier-prize
http://www.mariesaldana.com/dh2014/

 9月27日、國學院大學渋谷キャンパス学術メディアセンターにおいて、日本文化研
究所国際研究フォーラム「ミュージアムで学ぶ宗教文化-デジタル時代のチャレン
ジ-」が開催される。なお、参加にあたっては事前の申込が必要。
http://www.kokugakuin.ac.jp/oard/IJCC2014forum.html

 国立国会図書館データベースフォーラムが東京本館と関西館で開催される。この
うち、10月30日に開催される東京本館では、永崎研宣氏による講演「デジタル人文
学と図書館」が予定されている。参加にあたっては事前の申込が必要。
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/dbf2014.html

●プロジェクト・ツール・リソース
 7月22日、WikipediaへのコンテンツアップロードのためのGLAM向けツール“
GLAMwiki Toolset”が公開された。このツールは、Wikimedia Nederland、
Wikimedia UK、Wikimedia France、Wikimedia CH、そしてEuropeanaの協力で開発さ
れたもので、GLAMの画像や動画、音声などのコンテンツをWikimedia Commonsにアッ
プロードするためのシステムの提供とGLAMのコンテンツの利用と再利用の統計レポ
ートの提供を目的として作成されたとのこと。
http://pro.europeana.eu/pro-blog/-/blogs/2247110
http://current.ndl.go.jp/node/26625
https://commons.wikimedia.org/wiki/Commons:GLAMwiki_Toolset_Project

 7月24日、ヴァージニア大学のScholars' LabがCodespeak KitのページをGitHubで
公開した。これは2013年11月に開催されたDHソフトウェア開発者サミット“
Speaking in Code”を誰でも/どの機関でも開催できるようにするためにまとめら
れた情報リストで、開催にあたり読むべき文献リストや企画立案に役立つ情報等が
まとめられている。
http://www.scholarslab.org/announcements/codespeak-kit/
https://github.com/scholarslab/codespeakkit
また、Scholars' Labは、7月28日にOmekaのプラグインNeatlineのver.2.3をリリー
スしている。
http://www.scholarslab.org/announcements/neatline-2-3/

 ドイツ政府が、連邦公文書館による第一次世界大戦ポータルを公開し、70万点の
史料をオンライン公開した。
http://ersterweltkrieg.bundesarchiv.de/
http://www.infodocket.com/2014/07/23/german-government-puts-700000-wwi-d...
http://current.ndl.go.jp/node/26644
また、第一次世界大戦関連では、8月1日にGoogle Cultural Instituteが歴史アーカ
イブでEuropeanaの第一次世界大戦のコンテンツを公開した。
http://www.google.com/culturalinstitute/collection/stichting-europeana
http://current.ndl.go.jp/node/26714

 8月1日、データベース戦後日本外交史が公開された。防衛大学の高橋和宏ら3名に
よる。同サイトは、日本外交史に関する各種データを公開することで、研究者やジ
ャーナリストの情報共有の促進を目的としており、情報公開法に基づく開示請求等
で研究者が収集した外務省文書のウェブ掲載等を実施するとのこと。
http://j-diplo.sakura.ne.jp/index.html

 8月12日、アメリカのFolger Shakespeare Libraryが、同館のDigital Image
Collection収録の約8万点の高精細画像について、クリエイティブコモンズライセン
スCC-BY-SAで提供を開始した。
http://collation.folger.edu/2014/08/free-cultural-works-come-get-your-fr...
http://luna.folger.edu/luna/servlet/FOLGERCM1~6~6
http://publicdomainreview.org/collections/highlights-from-folger-shakesp...

●論文・学術雑誌・研究書
 “D-Lib Magazine”の20(7/8)、2014年7-8月号が刊行され、この中に“
Realizing Lessons of the Last 20 Years: A Manifesto for Data Provisioning
& Aggregation Services for the Digital Humanities (A Position Paper)”が掲
載されている。
http://www.dlib.org/dlib/july14/oldman/07oldman.html
http://www.dlib.org/dlib/july14/07contents.html

 “Digital Philology: A Journal of Medieval Cultures”の2014年春期号である
3巻1号が刊行された。特集テーマは、中世イベリア研究におけるデジタルアーカイ
ブ。
http://muse.jhu.edu/journals/digital_philology/toc/dph.3.1.html

 Digital Humanities Quarterlyの8巻2号が刊行された。
http://www.digitalhumanities.org/dhq/vol/8/2/index.html

 スペイン及び中南米の歴史文書コーパスネットワークCHARTAが、プロジェクトで
採用しているTEIのマークアップ方法を解説した資料を公開した。
http://www.charta.es/investigacion/charta-tei/

 ポルトガルの図書館・ミュージアム・アーカイブス協会によるオープンアクセス
誌が創刊され、その中で欧米圏のDHの概況を広く論じた論文“Humanidades
Digitais: Novos desafios e oportunidades”が掲載されている。
http://www.bad.pt/publicacoes/index.php/cadernos/article/view/1060/pdf

 歴史研究者向けのリソースを紹介するアルゼンチンのオープンアクセス誌
Red-historiaが、現在史(La historia reciente)に関するオンラインリソース特
集を組む第5号を刊行した。
http://historiapolitica.com/redhistoria/

 College English Associationの機関誌“The CEA Critic”の最新号76巻2号(
2014年7月号)が、“Digital Humanities Pedagogy”と題した特集号を刊行してい
る。
https://muse.jhu.edu/journals/cea_critic/toc/cea.76.2.html

 8月7日、ミシガン大学出版局のdigitalculturebooksから、DHシリーズ第5冊目と
して、“Interdisciplining Digital Humanities: Boundary Work in an Emerging
Field”が刊行された。アープンアクセスとして提供されている。
http://www.digitalculture.org/2014/08/07/announcing-interdisciplining-di...
http://www.digitalculture.org/books/interdisciplining-digital-humanities/

 勉誠出版より『DHjp No.4 オープンアクセスの時代』が8月に刊行された。
http://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=100344

Copyright(C)KIKUCHI, Nobuhiko 2013- All Rights Reserved.
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◇《特集》「デジタル学術資料の現況から」第6回
「集合知で読む歴史史料-SMART-GSが実現するグループリーディング」
(橋本雄太:京都大学大学院文学研究科 博士後期課程)

※本原稿は、画像を組み込んだHTML版でも読むことができます。以下のURLからご覧
ください。 http://www.dhii.jp/DHM/DHM37_smartgs

 史学研究の現場では、個人では手に負えない規模の歴史史料に対してチームベー
スで研究を行う事例が増えつつあります。本稿ではそうした史料研究をサポートす
るデジタルツールとして、歴史文献研究支援ソフトウェアであるSMART-GSを紹介し
ます。

●歴史史料のグループリーディング
 人文学研究者にとって「書物を読む」行為は、もっとも基礎的かつ重要な活動で
あるということに異論を唱える人は少ないのではないでしょうか。文学研究者であ
れば文芸作品を、歴史研究者であれば歴史史料を読むことなしに研究は成立しませ
ん。

 今日、書物を読むという行為は他者の介在しない個人的作業として考えられてい
ます。しかし読書史・書物史を紐解くと、私達の現在の読書形態、つまり黙読が一
般に普及したのは中世以降のことであったと言われています[1]。古代ヨーロッパ
においては読書とは、公共の空間で文章を朗々と読み上げ、その内容を周囲の人々
と共有するために行われた、コミュニケーション的性質の強い営みであったようで
す。黙読を実践する人々の例も紀元前後から確認することができますが、それは多
くの場合特別な目的を持って行われる、例外的な行動として捉えられていました。
たとえば4~5世紀に生きた聖アウグスティヌスは、有名な『告白』の中で、読書家
であった聖アンブロシウスが黙読する姿に接した際の驚きを次のように記していま
す:

  かれが書を読んでいたとき、その眼は紙面の上を馳せ、心は意味をさぐっ
  ていたが、声も立てず、舌も動かさなかった。しばしば、わたしたちがか
  れのもとにいたとき--だれでもはいって差し支えなく、来客を取り次ぐ
  習わしではなかったので--かれはいつもそのように黙読していて、そう
  していないのを見たことは一度もなかった[2]。

 無言で書物の世界に没入するアンブロシウスの姿は私達にとっては当たり前のも
のですが、アウグスティヌスにとっては相当に異様な光景として映ったようです。

 音読が読書の一般形態であったのは西洋に限られた話ではなく、日本国内におい
ても明治期に至るまでは読書といえば音読のことを意味していました。明治維新後
に設置された日本初の官立図書館では、利用者が皆書物の内容を声に出して読み上
げたために、静粛を保つのに大変な苦労をしたという逸話が残されています[3]。

 現代では公共の空間で書物を音読する機会はそう多くはありません。しかしなが
ら、書物の内容を複数人で同時に共有する活動、たとえば、テキストの講読や輪読
といった活動は、人文学研究の現場で日常的に実践されています。グループによっ
て書物を共有する読書活動には一種の集合知的な効用があり、複数の人間がテキス
トの解釈に参与することで致命的な誤読の発生を防ぐとともに、テキスト内容に関
する議論を通じて個人の読書行為では得られなかった知見を参加者にもたらすこと
ができます。

 同様のことは、歴史史料の読解や翻刻についてもいうことができます。とりわけ
歴史史料は、読み手と書き手の間にある時代的隔たりのために、あるいは史料自体
の経年劣化や破損のために、訓練を積んだ専門家でも読解が困難なものが少なくあ
りません。そうした史料の読解・翻刻にあたっては、複数人のコミュニケーション
を通じて読解内容の妥当性を担保するグループリーディングが有効です。

 ただし、グループで行う歴史史料の読解・翻刻はそう簡単な作業ではありません。
従来、こうしたグループリーディングは紙に印刷した史料を参加者に配布する方法
で行われてきましたが、この方法では各参加者が史料に施した注釈やコメントを一
箇所に集約し、共有することが困難です。また、史料の翻刻文を作成する場合には、
翻刻文の共有と保存の方法も問題になります。これらの課題を克服し、チームベー
スの史料読解をスムーズに進行するためには、何らかのデジタルツールの補助が必
要になります。

 本稿で紹介する“SMART-GS”というソフトウェアは、そうした歴史史料をグルー
プで読解する作業を支援するツールとして、数年にわたり史学研究の場で活用され
てきました。以下にその詳細を述べたいと思います。

●歴史文献研究支援ソフトウェアSMART-GS
 SMART-GSは、主としてデジタル化された手書き歴史史料の読解をサポートするた
め、2006年に私の指導教官である京都大学の林晋教授によって設計・開発されまし
た。以来、林教授を中心として数名のプログラマーと史学研究者によって継続的に
開発が行われています。SMART-GSはプログラミング言語のJavaで構築されており、
Windows、OS X、Linuxなどの主要プラットフォーム上で動作します。現在はオープ
ンソース・プロジェクト化され、SourceForge.jp上でソースコードと実行用ファイ
ルを自由にダウンロードすることができます[4]。

 SMART-GSの開発が始まって今年で8年になりますが、歴史文献の翻刻・分析用ツー
ルとして、これまで以下に挙げる6件の歴史研究プロジェクトに採用されてきました
(括弧内はプロジェクトの主導者):

 ・数学者ダーフィト・ヒルベルトの手稿研究(京都大学・林教授)
 ・哲学者田邊元の手稿研究(京都大学・林教授)
 ・倉富勇三郎日記翻刻プロジェクト(京都大学・永井和教授)
 ・内海忠司日記翻刻プロジェクト(近畿大学・近藤正巳教授)
 ・テルグ語インド古典文献研究(京都大学・志田泰盛助教)
 ・ガリレオ手稿研究(京都大学・伊藤和行教授)

 上記プロジェクトの他に、国立科学博物館に収蔵されている物理学者・長岡半太
郎の遺稿や、同じく物理学者のヴィルヘルム・オストヴァルトの書簡の分析に
SMART-GSを使用する計画が現在進んでいます。

●SMART-GSの諸機能
 SMART-GSは、デジタル化した史料画像についての研究をサポートするために、種
々の機能をサポートしています。以下ではそのうちの代表的な機能を紹介します。

(1)画像とテキストのマークアップ機能
 SMART-GSはデジタル化された史料画像を取り込み、史料画像中の任意箇所にコメ
ントや強調などの付加情報(マークアップ)を付加することができます。図1は、イ
ンド古典学研究者の志田泰盛氏が、8-10世紀に成立した『プラカラナ・パンチカー』
(Prakaranapan~cika_)というテキストの分析にSMART-GSを使用している模様のス
ナップショットです。画面上部に史料画像が、その下に史料の翻刻テキストが表示
されています。史料画像上に表示されている青色の枠線や黄緑の矩形に囲まれたコ
メント文は、志田氏が史料読解の補助のために付加したマークアップです。

 また、SMART-GSはHTMLエディターを内蔵しており、史料画像の翻刻テキストを
HTMLデータとして保存することができます。このため、リストやテーブルなどHTML
要素を利用して画像と同様に翻刻データをマークアップすることが可能です。

 画像マークアップ情報と翻刻テキストは、史料画像とは独立に軽量なXMLデータと
して保存されます。したがって、このXMLファイルを共有すれば複数人で史料画像に
対するコメントや解釈を共有することができます。

http://www.dhii.jp/DHM/imgs/smgs/ImageMarkup.jpg
図1:SMART-GSでマークアップされたインド古典『プラカラナ・パンチカー』

(2)マークアップ間のリンク作成
 前項で述べたマークアップの間に何らかの関係性がある場合は、その間にリンク
を作成することができます。リンクは任意のマークアップ間に作成することができ
るため、図2のように、史料画像の特定箇所と翻刻文の間にリンクを張って両者を対
応付けることも可能です。HTMLとは異なり、SMART-GSは単一のマークアップから複
数のマークアップにリンクを作成する一対多型のリンクをサポートしています。さ
らに、マークアップ間のリンクの関係をグラフィカルに表現する俯瞰図を作成する
機能もSMART-GSには付属しています。図3はこの俯瞰図を史料中のテキストの執筆年
代の推定に使用したものです。この機能はリンクで紡がれたウェブによって史料に
関する推論を支援するという意味で、Reasoning Webと呼ばれています。

http://www.dhii.jp/DHM/imgs/smgs/Links.png
図 2:史料画像と翻刻文の間に張られたリンク

http://www.dhii.jp/DHM/imgs/smgs/ReasoningWeb.jpg
図 3:Reasoning Webによるテキストの執筆年代推定

(3)手書き文字サーチ
 SMART-GSは、画像の類似度に基づいた手書き文字の検索機能をサポートしており、
史料画像中の任意の文字列を指定すると、それと似た形状の文字列を史料画像中か
ら検出することができます。図3は、京都学派の哲学者・田邊元の手稿から「
Scheler」というドイツ人哲学者の名前を検索した結果です。検索結果の上位4件に
「Scheler」という文字列が表示されています。

 SMART-GSの手書き文字サーチ(図4)は、画像処理研究者の寺沢憲吾准教授(公立
はこだて未来大学)が開発したサーチエンジンを利用したもので、画像の類似度に
基づいて検索を行うため、検索対象の史料が書かれた言語に関わらずに検索を実行
することができます[5]。史料中に出現する特定のキーワードを列挙する際や、判
読不能な文字列の意味を文脈から推測する際には非常に強力です。

 また、検索結果一覧から正解画像のみを人間が選択し、それらを再び検索クエリ
として使用することで、再帰的に検索の精度を高めていくことができます。

http://www.dhii.jp/DHM/imgs/smgs/ImageSearch.jpg
図 4:SMART-GSの手書き文字サーチ機能

●SMART-GSを利用した集合知による史料読解
 長々とSMART-GSの解説を述べてきましたが、冒頭で述べた「集合知を駆使した史
料読解」をSMART-GSがいかに実現するのかについて話題を進めます。といっても、
実はSMART-GSは林教授個人の数学史研究を支援するためのツールとして設計された
もので、本来複数の人間で利用されることは意図されていませんでした。SMART-GS
をグループで利用する方法を発案したのは、近現代史の研究者である京都大学の永
井和教授です。

 永井教授は、明治~昭和初期の高級官僚である倉富勇三郎の日記翻刻プロジェク
トにSMART-GSを採用しました。倉富日記は「日記魔」とも呼ばれた倉富勇三郎によ
り、9年間にわたって304冊の日記帳に綴られた世界的にも類を見ないほど長大な日
記です。個人の作業容量を遥かに超える倉富の日記集に対して、永井教授は全体の
作業を分割し11人のメンバーの協働で翻刻にあたる体制で挑みました。実際の翻刻
にあたっては、次のような作業フローがとられました。まず、翻刻担当のメンバー
が、倉富日記のスキャン画像をSMART-GSにインポートし、SMART-GS上で翻刻文の作
成を行います。その際、SMART-GSのプロジェクトファイルをWebDAVサーバー上に格
納することで、メンバー間で翻刻データを共有します。また、翻刻担当メンバーと
は別に配置されている校閲担当メンバーが、翻刻担当メンバーが作成した翻刻文を
チェック・訂正して、翻刻文を確定させます。さらに出来上がった完成翻刻文に対
して注釈を施し、最終的な出版用稿本を作成します[6]。

 倉富日記翻刻プロジェクトにおけるSMART-GSの利用方法は、個人用ツールとして
開発されたSMART-GSの設計意とはまったく異なるものでしたが、複数人で史料画像
データを共有し、翻刻や解釈の妥当性をチームで検証する体制が、歴史史料の研究
に非常に有効であることを示唆してくれました。倉富日記の翻刻プロジェクト以降、
SMART-GSを利用した歴史研究プロジェクトの多くはこの方法を踏襲しています。

 例えば、京大文学部で行われている田邊元研究会では、昭和9年に田邊元が行った
講義の準備原稿の翻刻にSMART-GSを使用しています。具体的な方式としては、まず
持ち回りの担当者がベースとなる翻刻文を使って作成した上で、図5のように研究会
の席上にてSMART-GS上の翻刻文と史料画像をスクリーンに投影します。このように
して史料画像と翻刻文を参加者間で共有し、翻刻文のチェック・訂正や、史料内容
についての議論を行います。田邊の手稿はドイツ語、ギリシャ語、ラテン語が入り
交じる難易度の高い文章で、加えて極めつけの悪筆で書かれているため、個人の手
で完璧な翻刻文が完成することはほとんどありません。しかしながら、異なるバッ
クグラウンドを有する複数の参加者が、お互いに知恵を出しあい、史料解釈を共有
することで、多くの場合は問題無く翻刻文を完成させることができます。田邊の手
稿のように判読困難な史料の場合、ひとりの専門家の力よりも、複数の人間のコミ
ュニケーションを通じて得られる集合知の方が強力であるということが、研究会を
通して経験的に確かめられつつあります。

 同じように、近畿大学の近藤教授が主導する「内海忠司日記研究会」においても、
SMART-GSを使用したチームによる翻刻内容の共有とチェックが行われています(図6
)[7]。

http://www.dhii.jp/DHM/imgs/smgs/TanabeGroup.png
図 5:田邊元研究会にてSMART-GSを使用する模様

http://www.dhii.jp/DHM/imgs/smgs/UtsumiGroup.jpg
図 6:内海忠司日記研究会にてSMART-GSを使用する模様

●SMART-GSのこれから
 SMART-GSは現在も進行中のプロジェクトであり、私も含めた数名の開発者が新規
機能の導入にあたっています。現在開発チームが取り組んでいる主要な課題は、TEI
(Text Encoding Initiative)への対応と、ネットワークベースのプロジェクト支
援機能強化の2点です。

 先述した通りSMART-GSはJava製のHTMLエディターを内蔵しており、翻刻文をHTML
でマークアップすることができるのですが、HTMLでは翻刻テキストの構造的・意味
論的な表現能力に限界があります。たとえばHTMLでは「人物」や「地名」といった
情報を明示的にマークアップすることはできません。そこで、現在は人文学テキス
トのマークアップ方式の世界標準であるTEIに対応したエディターを開発中です。
SMART-GSのTEI対応が完了すれば、史料の翻刻テキストを標準化されたフォーマット
で、精密に構造化して記述することが可能になります。

 また、倉富日記翻刻プロジェクトのようなチームベースの史料研究に使用される
ことを念頭に置いて、SMART-GSで作成されたプロジェクトの共有と履歴管理を行う
ための機能の開発も進められています。この機能はソースコードのバージョン管理
システムであるSubversionを手本に設計されたものです。簡単なグループウェアと
しての機能もサポートしており、遠隔地にいる複数のメンバーがひとつのプロジェ
クトに参加することを意図して設計がなされています。この機能が完成すれば、
Skypeのようなビデオチャットツールやデスクトップ共有ツールと組み合わせて、対
面式の研究会や読書会と同じように、参加者間で同期的にコミュニケーションを取
りながら史料読解を進めることも可能になるはずです。

●おわりに
 最後に、私自身が開発している、もうひとつのソフトウェアについて少しだけ紹
介させてください。国立国会図書館によって運営されている「近代デジタルライブ
ラリー」(近デジ)[8]については、多くの方々がご存知のことだと思います。近
デジのウェブサイトでは、国会図書館の蔵書のうち、著作権処理の終了した35万件
以上の書籍の画像データが提供されています。近現代史研究者にとっては宝の山の
ような存在ですが、一方で、近デジのユーザーインターフェイスはPC上での閲覧を
想定して設計されており、電子書籍のように持ち運び可能な媒体で歴史史料を読む
ことはできません。そこで、今年2月にスマートフォンやタブレット上で近デジ資料
を閲覧するためのiOSアプリケーションを開発し、『近デジブラウザ』という名前で
公開しました[9]。

 『近デジブラウザ』は試験的に3日間でコードを書き上げた至極単純なアプリなの
ですが、公開後にTwitter上で宣伝したところ予想以上に大きな反響がありました。
近デジがいかに多くの人々に愛用されているか、身をもって知ったように思います。

 これに味をしめた訳ではありませんが、現在はこの『近デジブラウザ』を拡張し、
近デジ資料に対してユーザーがコメントやアノテーションを追加することを可能に
するアプリケーションを開発しています。動画サイトの「ニコニコ動画」の歴史史
料版と考えて頂ければ、イメージしやすいかもしれません(ただしコメントは流れ
ませんが)。

 近年の電子書籍の普及とともに、インターネットを介して読書体験を読者間で共
有する、いわゆる「ソーシャルリーディング」と呼ばれる仕組みが注目を集めてい
ます。例えば、書籍のレビューやリスト、お気に入りの引用文といったコンテンツ
をユーザー間で共有するGoodreads[10]というソーシャルサービスは、2013年7月
の時点で2000万人のユーザーを獲得したと発表しました。また、読書史・出版史の
観点からソーシャルリーディングの興隆を分析したメディア論研究も最近出版され
ています[11]。私が現在開発しているアプリは、こうしたソーシャルリーディン
グの仕組みを近デジ上の公開資料に適用しようとするものです。

 ただし、ユーザーがどのようにシステムを利用することになるのか、開発者の私
自身にも予測がつきません。アプリを公開しても、ほとんど誰もコメントを書き込
まないのでは、という不安もありますし、ひょっとしたら史学研究者間の交流を促
進し、共同研究の成立に一役買うことになるかもしれない、という期待も一方であ
ります。

 私個人の試みがどういう結果を生むかはさておき、ブログやWikiといった新しい
メディアやKindleに代表される電子書籍リーダー、またソーシャルリーディングな
どの新しい読書スタイルの普及によって、「書物を読む」行為の意味は着実に拡張
されつつあります。これまで研究者の個人的営為として把握されることの多かった
「歴史史料の読解」も、古代に実践されていた読書方式のように、一種のコミュニ
ケーションとして捉え直される日が来るかもしれません。本稿で紹介したSMART-GS
のようなツールは、このような史料読解の社会化に少なからず貢献するはずだと私
は考えています。

[1]アルベルト・マングェル『読書の歴史-あるいは読者の歴史』(原田範行訳、
 柏書房、1999年)
[2]アウグスティヌス『告白 上』(服部英次郎訳、岩波文庫、1976年)、168頁
[3]永嶺重敏『〈読書国民〉の誕生:明治30年代の活字メディアと読書文化』(日
 本エディタースクール出版部、2004年)
[4] http://sourceforge.jp/projects/smart-gs/
[5]寺沢憲吾、長崎健、川嶋稔夫、“固有空間法とDTWによる古文書ワードスポッ
 ティング”、電子情報通信学会論文誌、vol.J89-D、no.8、pp.1829-1839(Aug.
 2006)
[6]永井教授らによる倉富日記の翻刻文は、現在第二巻までが国書刊行会から出版
 されています。『倉富勇三郎日記』(倉富勇三郎日記研究会編、国書刊行会、
 2010-2012年)
[7]内海日記は、植民地時代の台湾で台北州警務部長などを務めた地方官僚である
 内海忠司による日記です。現在約10年分の日記が近藤教授らによって出版されて
 います。『内海忠司日記1928-1939』(近藤正己・北村嘉恵・駒込武編、京都大学
 学術出版会、2012年)
[8] http://kindai.ndl.go.jp/
[9] https://itunes.apple.com/app/id799259241
[10] https://www.goodreads.com/
[11]Cordo’n-Garci’a, Jose’-Antonio, et al. Social Reading: Platforms,
 applications, clouds and tags. Elsevier, 2013.

特殊文字は次の通り変換しています。
チルド付きN: n~
マクロン付きA: a_
アキュートアクセント付きO: o'
アキュートアクセント付きI: i'
アキュートアクセント付きE: e'

Copyright(C)HASHIMOTO, Yuta 2014- All Rights Reserved.
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 続きは【後編】をご覧ください。

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                        からどうぞ。

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