ISSN 2189-1621

 

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《巻頭言》 「人文情報学とコンピュータサイエンスのプリンシプル:IPSJ-ONE観覧記」

◇《巻頭言》
「人文情報学とコンピュータサイエンスのプリンシプル:IPSJ-ONE観覧記」
 (大向一輝:国立情報学研究所)

 2015年3月17日、京都大学にて情報処理学会第77回全国大会の併設イベント
「IPSJ-ONE」が開催された。IPSJ-ONEは、若手研究者が1名あたり5分の持ち時間で
一般向けに自身の研究のエッセンスを紹介するという形式で、同学会傘下の研究会
の中から推薦・審査を経て選ばれた19名が登壇した。当日の模様はニコニコ生放送
を通じてインターネット配信され、数万人がリアルタイムで視聴し、多数のコメン
トが寄せられた。現在はニコニコ動画にてアーカイブを見ることができる[1]。

 情報処理学会は1960年に設立された、情報科学ならびに情報工学に従事する専門
家のコミュニティである。39ある研究会の名称を見ると、データベースシステムや
ソフトウェア工学、アルゴリズムといったコンピュータそのものを対象とした研究
領域や、自然言語処理、高度交通システムなどの応用的な領域があることがわかる。
いずれにせよ情報処理学会が扱うのはいわゆる「理系」の学問であると自他ともに
認識されており、IPSJ-ONEにおける講演タイトルも「時系列ビッグデータのための
非線形解析とその応用」「IPv4/IPv6ネットワーク上のシームレス通信」などコンピ
ュータのスペシャリストとしての立場が強く打ち出されている。

 このような組織の中にあって、人文科学一般を研究対象とする「人文科学とコン
ピュータ研究会」はかなり異質な存在である。そして、本研究会を代表して
IPSJ-ONEの登壇者となった山田太造氏(東京大学史料編纂所)の講演もまた参加者・
視聴者から驚きあるいは戸惑いの目を持って受け止められたのではないか。正直な
ところ、筆者としては聴衆からどのような反応があるのかが全く未知数であり、我
が事のように緊張感をもって視聴していた(ちなみに山田氏と筆者は大学院時代の
同級生である)。

 山田氏は「歴史学の情報?」と題して、歴史史料にまつわる情報の関連づけやデ
ータベース化、本文データの構築支援システムといった基盤整備について述べると
ともに、史料群に出現する人名の関係ネットワークの可視化、人名に内在する意味
的な関連性を共起関係の分析を通じて自動的に抽出する研究を紹介した。

 これらの事例はまさに人文科学と情報技術の連携によって得られた成果であり、
情報処理学会コミュニティの(有望な)応用先としての人文科学の存在を知らしめ
るにあたって十分な効果のあるプレゼンテーションであった。氏によれば同様のア
プローチの研究がこと歴史学には少なく、未開拓ゆえの面白さと意義があるとのメ
ッセージは広く伝わったと思われる。

 とはいえ、こういった議論は人文情報学に関わる方々であればすでに了解してい
るところであろう。山田氏は、これに続けて歴史における情報学の目的はデータベ
ースの整備そのものにあるのではなく、当時の様子の一片を示す史料や歴史情報か
ら誰も知ることのできない「本当の歴史」に漸近していきたい、言い換えれば「歴
史情報から最も確からしい歴史モデルを推定する問題」として捉えたいと語った。

 筆者はこの最後の定式化に大きな感銘を受けた。決して網羅的には手に入ること
のない観測情報から、その情報を生み出し得るモデルを構築し、その尤もらしさを
検証するという手順は、コンピュータサイエンスの研究手法と極めて類似している。
とくに最近注目されているビッグデータ処理や機械学習、人工知能研究と比較する
と、観測される情報が史料なのかセンサーからのデータなのかという差でしかなく、
質的には同類の問題に帰着しうる。このことは、なぜ情報処理学会の中に(異質に
見える)人文科学とコンピュータ研究会が存在しているのかという素朴な疑問の回
答にもなっている。それは単にコンピュータを利用しているからではなく、同じ問
いと格闘する同志であるからだ。

 山田氏の学生時代の専門は典型的な「理系」のデータベースシステムであり、筆
者もまたウェブ情報学から学術情報流通を経て人文情報学に足を踏み入れるに至っ
た。その点でアウトサイダーの人間であると自ら任じてきたが、本質的に内と外の
区別が存在しないという指摘には目を見開かされる思いである。今後も人文情報学
にはさまざまなバックグラウンドを持つ人々が関わりを持つことになるだろう。そ
の際には同じプリンシプルを共有する同志として快く受け入れる学問であり続けて
ほしいと願っている。

[1]前半: http://www.nicovideo.jp/watch/1429091375
 後半: http://www.nicovideo.jp/watch/1429091190
 山田氏の講演: http://www.nicovideo.jp/watch/1429091375?from=3460

執筆者プロフィール
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大向一輝(おおむかい・いっき)1977年京都生まれ。2005年総合研究大学院大学博
士課程修了。博士(情報学)。2005年国立情報学研究所助手、2007年同助教、2009
年同准教授。セマンティックウェブやソーシャルメディア、オープンデータの研究
とともに、学術情報サービスCiNiiの開発に携わる。株式会社グルコース取締役。著
書に『ウェブがわかる本』(岩波書店)、『ウェブらしさを考える本』(丸善出版)
がある。

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