ISSN 2189-1621

 

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《連載》「西洋史DHの動向とレビュー ~デジタルヒストリー×パブリックヒストリー~」

《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
      ~デジタルヒストリー×パブリックヒストリー~」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

●はじめに
 先日、通勤電車の中でいつものようにKindleを開いたところ、見慣れない本が表
示されていた。ずいぶん前に予約注文をしたまま買ったことすら忘れていたもので、
タイトルは“Public History: A Practical Guide”、イギリスのManchester
Metropolitan UniversityのFaye Sayerによるものである。欧米のDHにおいて
Public History (PH)は、研究成果の一つのあり方として小さくない位置を占めてい
る[1]。PHの定義は様々だが、ここでは、歴史学と一般社会との関係をテーマとし、
歴史学の成果をどのように広めるかについて理論と実践を通じた研究領域としてお
く。もちろん、その担い手は歴史研究者だけに限られるものではなく、各種文化機
関のスタッフあるいは市民自身の手によるものもある。上述の本の他にも、この1か
月ほどの間にいくつかPHに関する記事が登場しているので、本稿ではそれらをまと
めて紹介したい。

●The AHA on the path to public history
 アメリカのPH組織National Council on Public HistoryのブログPublic History
Commonsに、The AHA on the path to public historyと題した記事が掲載された[2]
。著者Rob Townsendは、アメリカ歴史学協会(AHA)に24年間務め副事務局長となっ
たあと、現在はAmerican Academy of Arts and Sciencesのワシントンオフィスで
Humanities Indicatorsという人文学の統計的情報の分析等を行っている人物である。
このエッセイ風の記事では、1910年以前は一流大学の著名な教授らがAHAのPH関連の
委員会を率いたが、1920年代以降はそれら教授陣が姿を消し、PHの専門家が占める
ことになったというその事情と背景についての記事である。ここではその背景とし
て、職業の細分化とその結果としての歴史学のタコ壷化、いわゆる「科学的な歴史
学」として求められるものの変化、インデックスカードやタイプライターの浸透に
伴う研究サイクルのスピードアップ等が指摘されている。

●The Power of Public History
 そのAHAの月刊誌Perspectives on History 2015年2月号に、“The Power of
Public History”[3]という記事が掲載されている。これは、AHA会長Vicki L.
Ruiz(カリフォルニア大学アーヴァイン校、20世紀アメリカ史・ジェンダー史)が
過去20年にわたって関わってきたPHの実体験を基に、PH実践におけるガイドライン
を示したもの。その内容は、自分の課されている役割を正確に把握しておくこと、
インタビューの際は流れを作るほどに準備を仕込むこと、受け手のことをしっかり
と考えておくこと、等である。

 以上の2つは、DHという文脈に必ずしも交差するものではないが、AHAという巨大
な組織のこれまでのPHへの関わりの振幅を示すようで興味深い。一方で、DHという
文脈に関わるものに、以下の2つがあった。

●Public History: A Practical Guide
 これは冒頭で紹介した、PH実践の手引きである。同書第8章Digital Mediaでは、
PHにおけるデジタル技術活用について歴史的な経緯をたどりつつ、PHにおけるDHの
タイプが実例とともに紹介されている。具体的には、9.11デジタルアーカイブを例
にクラウドソースでの歴史的記憶の収集やTwitterやFacebook等の使い方がまとめら
れている。やや内容的に物足りなく感じるのは、1章分のみという短さのほかに、同
書も言うように「PHや歴史学におけるデジタルメディア活用が未だ揺籃期にある」
からともいえるだろう。

●Crowdsourcing Digital Public History
 この記事は、Organization of American Historians (OAH)のThe American
Historianに掲載されたもので、著者はJason A. Heppler(スタンフォード大学歴史
学部のアカデミックテクノロジースペシャリスト・ネブラスカ大学リンカーン校の
博士課程院生)らである[4]。その内容は、曖昧なままに使われているDHにおける
「クラウドソーシング」の定義とDH・PHの実例を踏まえ、クラウドソーシングの成
功のためには次が必要だと結論する。すなわち、クラウドソーシングは単にデータ
を集めるものではない、プロジェクトと始める前にその「クラウド」自身について
リサーチをする必要がある、と。

[1]日本の西洋史学界におけるパブリックヒストリー研究に関しては、例えば2012
年度からの科研費プロジェクトに剣持久木らによる「歴史認識の越境化とヨーロッ
パ公共圏の形成―学術交流、教科書対話、博物館、メディア」がある。
https://kaken.nii.ac.jp/d/p/24320149.ja.html
ちなみに、Faye Sayerの専門は考古学寄りであり、その点では日本の考古学界には
既に『入門パブリック・アーケオロジー』(松田陽・岡村勝行著、同成社、2012)
等の成果がある。
[2]Rob Townsend. “The AHA on the path to public history”. Public
History Commons. 2015-03-08.
http://publichistorycommons.org/the-aha-on-the-path-to-public-history/
[3]Vicki L. Ruiz. “The Power of Public History”. Perspectives on
History.
http://historians.org/publications-and-directories/perspectives-on-histo...
[4]Jason A. Heppler. Gabriel K. Wolfenstein. “Crowdsourcing Digital
Public History”. The American Historian.
http://tah.oah.org/content/crowdsourcing-digital-public-history/

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