ISSN 2189-1621

 

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《連載》「西洋史DHの動向とレビュー ~外国(史)研究者としてDHの情報にどのように触れるのか~」

《連載》「西洋史DHの動向とレビュー
      ~外国(史)研究者としてDHの情報にどのように触れるのか~」
 (菊池信彦:国立国会図書館関西館)

 図書館員の集まりでDHという単語が飛び交い、それをテーマにした企画セッショ
ンまで開かれていたことに驚いた。日本のことではない。3月末に雪のまだ残るシカ
ゴで参加した、東亜図書館協会(CEAL)および北米日本研究資料調整協議(NCC)の
大会のことである。

 筆者が本誌でDHの動向記事を書いていた際に感じていた難しさの一つは、「日本」
の情報の入手のしにくさであった。日本でどのようなDHの研究者がおり、どのよう
な研究が行われて、そしてどのような浸透を見せているのかあるいはいないのか。
日本の学界は海外ほど情報発信が盛んでない上に、DHという言葉を使っていない研
究者も多いと考えられることから、とかく日本の動向は把握しづらかった。日本国
内にいて積極的に情報収集しようとしている立場の自分でさえそうなのだから、ま
してや国外にいてはなおさらであろう。だが、それは逆のことも言えるのかもしれ
ない。海外の、あるいはアメリカでの、日本研究DHの情報収集ができていなかった
ことを、この3月の会合では思い知らされたように思う。

 帰国後、国内外の日本研究とDHの情報共有を目的として、Digital Humanities
in JapanなるFacebookグループを作成したのは[1]、以上のような経緯からである。
関心のある読者諸兄はあまり構える必要はなく気軽に参加していただき、国内外の
研究者や図書館員等と、日本研究DHに関わる情報交換を積極的に行っていただけれ
ば幸いである。

 さて、ここから本題に移る。前段までは日本研究の立場から見たが、反対に、日
本にいて外国史・外国学を研究する立場から、DHの情報にどのように触れるのかを
考えてみたい。

 外国、それも西洋史が対象にするような国々でのDH研究の情報は、日本研究に比
べれば比較的容易に入手できる。DHの情報を精力的に発信しているものといえば、
例えば、英語圏であればDigital Humanities Now[2]、フランス語圏ではDH研究メ
ーリングリストdh@groupes.renater.fr[3]、ドイツは歴史学の仮想研究環境
H-Soz-Kult[4]、スペインでは放送大学(Universidad Nacional de Educacio'n
a Distancia)のDH研究センターLINHDのサイト[5]等が挙げられる。もちろん、上
に挙げたウェブサイト等が網羅的に各国のDHを紹介しているというわけでもないが、
それでも日本に比較すれば現地の研究動向について把握がしやすいと言える。

 ただ、前段に挙げたのは外国のDHの「最新情報」の入手に役立つものである。す
でにDHの研究を進めている西洋史の研究者には有益かもしれないが、自身の経験か
らいっても、西洋史を学び始めた初学者にとってはかえって道に迷うことにもなり
かねないだろう。体系的にDHの情報に触れるといえば、やはり大学教育においてほ
かにない。

 では、大学教育においてDHはどのように教えられているか。ちょうど大学では履
修登録時期でもあるので、ここではシラバスから考えてみたい。とはいえ、日本の
大学の悉皆調査は困難であるため、「研究及びこれを通じた高度な人材の育成に重
点を置き、世界で激しい学術の競争を続けてきている大学による国立私立の設置形
態を超えたコンソーシアム」であるRU11の加盟大学[6]の2015年度のシラバスを調
べた結果を紹介したい。

 検索は以下のようなルールで行った。(1)検索対象は、各大学の全学規模のシラ
バスとした。それがない場合には、西洋史を学ぶ学部生が所属していると想定され
る文学部あるいはそれに類する学部のシラバスのみを対象とした[7]。(2)検索
語は、DHの訳語として主に考えられる次の4つ――「人文情報学」「デジタル人文学」
「デジタルヒューマニティーズ」「文化情報学」――を採用した。(3)検索範囲は
なるべく広範囲を旨としたが、課程の絞込みが必要な場合には学士課程の検索を優
先した[8]。

 結果は次表のとおりである。完全一致検索ができない東京大学の検索結果がおか
しなことになっているので補足しておくと、東京大学の学部後期課程版の各検索結
果を目視で確認した結果、「人文情報学概論(1)(2)」「人文情報学特殊講義」
「人文情報学特殊講義(2)」といった科目が複数ヒットしているが、あくまで数件
に留まるものであった[9]。もちろんここでの調査はごく簡単なものであるので検
索漏れもあるだろうし、まただからといって、単に上記の4つの単語を使っていない
だけで、その他の大学がDH教育を行っていないというわけでもない。だがそれでも、
表から分かるのは、RU11においてDHの訳語を掲げた講義があるのはごく一部の大学
に留まるものであり、欧米の大学で浸透しているDHという言葉が日本国内の大学で
はそうではないということぐらいは結論できるだろう。それを、世界の時流に乗り
遅れているというべきか、あるいはDH以前からの日本独自の潮流があるというべき
かは、これだけでは判断できない。

http://www.dhii.jp/DHM/imgs/kikuchi/hyo1.png
<表 RU11の2015年度シラバス検索結果>

では、検索でヒットした講義では、具体的にどのようなことが教えられているのだ
ろうか。

 筑波大学では「日本語学特講IIb」(和氣愛仁)で次のような授業目標が掲げられ
ている。「担当者は、DHにおける研究成果として、古代エジプト神官文字のパピル
ス資料、楔形文字粘土板資料、近代日本語文典資料の画像=テキスト連携データベー
スシステムを構築している。これらは、各資料の高解像度画像を自由に拡大・縮小・
スクロール可能とするとともに、資料上の任意の位置に多角形領域を定義し、その
領域に文字情報や単語情報を関連づけ、これらを検索可能とする、WWW上のシステム
である。本授業では、これらのシステムを構築するにあたって必要となる知識・技
術を、言語学的側面、情報工学的側面の両方から詳説する。これらの知識・技術の
概略を理解し、今後の人文科学の研究のあり方のひとつについて考えを深めること
を目標とする。」

 次に、慶應義塾大学では、「デジタル書物学IとII」(アーマー,アンドルー J、
佐々木 孝浩、松田 隆美、樫村雅章)と「美術史特殊IG/芸術学研究V」(本間友)
の2つがある。前者では、書物史・書誌学からウェブ上での情報発信の実習、貴重書
のデジタル化とデジタルアーカイブを経て、最後に「デジタル書物学、デジタル・
ヒューマニティーズの事例検証」と題し、「担当教員や関連の研究者がこれまでに
かかわってきたデジタル書物学やデジタル・ヒューマニティーズの研究事例を紹介
し、その意義や将来像について考える」とされている。後者では、「本講義では、
美術史の専門課程で学び、研究を行う際に必要とされる基礎的な情報通信技術を実
習形式で身につけます。まず、情報通信技術と人文学の関わりについて、アート・
ドキュメンテーションやデジタル・ヒューマニティーズの最近の動向を紹介し検討
を行います。そして、ケース・スタディなどを通じて、研究の過程において『情報
を整理する』『情報を伝える』場面で発生する作業を確認したうえで、それぞれの
作業に必要な基本的技術を習得することを目指します」とある。

 筑波大学の講義と慶應義塾大学の「デジタル書物学」では、教員のこれまでの研
究プロジェクトに密着した内容になっており、また、「美術史特殊IG/芸術学研究V」
も含めた3つの講義全体で言えることは、言語学や書物史・書誌学、美術史といった
個々の専門領域に即したDHを学ぶことになるということである。

 これに対し、東京大学ではやや様子が異なる。東京大学の「人文情報学概論(1)」
(下田正弘、Muller Albert Charles、永崎研宣)では、「…人文情報学の中心的課
題である、デジタル媒体時代における人文学にとっての情報に関する問題系の理解
を深めるとともに、国内外で取り組まれつつある種々の具体的事例を通して人文情
報学の現状を把握し、デジタル媒体に適切に向き合う構えを自律的に形成できる人
文学研究者としての素地を涵養する」との目標が掲げられているが、シラバスを読
む限り、人文学の中に位置づけられるある特定の専門領域に即したものにはなって
いないようである。もっとも、「人文社会系諸学における人文情報学的なアプロー
チの展開、そこでの課題や展望を、複数の専門分野の教員によるリレー形式で考え
る。本年度は、国文学、社会学、日本史学の3分野を取り上げる」という「人文情報
学特殊講義」もあるので、まったく個々の専門領域を無視しているわけでもないよ
うではあるが、東京大学のDHの講義は間口を広く設定している、と評することがで
きるだろう。

 話が拡散してきたので、そろそろまとめに入りたい。

 以上のような状況に対し、西洋史を学び始めた初学者はどのようにDHの情報に触
れることになるだろうか。西洋史に直接に関わる講義といえば、慶應義塾大学での
「デジタル書物学」のみが挙げられ、あるいは東京大学の西洋史の学生が上に挙げ
た講義を履修することで、DHに触れるということも考えられる。西洋中世書誌学・
書物史か、あるいは間口の広い講義を受けて自分で西洋史にあてはめるか――あま
りにDHに触れる機会が少ないように見える。だが既に述べたように、単に上記の4つ
の単語――「人文情報学」「デジタル人文学」「デジタルヒューマニティーズ」
「文化情報学」――を使っていないだけで、講義で事実上DH教育が行われていない
とも限らない。したがって、西洋史学の講義でDHの訳語が表れずとも、例えば史学
概論のような講義で、DHとそれに類するテーマがどのように取り上げられているの
だろうかといった疑問が生じることになる。シラバスからは確認できないこの問題
については、稿を改めて考えてみたい。

[1]Digital Humanities in Japan.
https://www.facebook.com/groups/758758500904522/ (access 2015-04-20).
なお、ウェブサイト確認日は以下全て2015年4月20日である。
[2]Digital Humanities Now. http://digitalhumanitiesnow.org/
http://publichistorycommons.org/the-aha-on-the-path-to-public-history/
[3]dh@groupes.renater.fr. https://groupes.renater.fr/sympa/arc/dh/
[4]H-Soz-Kult. http://www.hsozkult.de/
 齋藤正樹. 「ドイツにおけるデジタル化と歴史学――仮想研究環境H-Soz-Kultに
ついて――」『現代史研究』2014, (60), pp.41-54.
[5]LINHD. http://linhd.uned.es/noticias-y-eventos/
[6]RU11. http://www.ru11.jp/
[7]したがって、情報学部や図書館情報学の専攻を特に注目したわけではない。
[8]東京大学は学士課程のうち前期と後期に分かれているため、後期を対象に選択
した。
[9]その他に「情報人文社会科学I」といった講義科目もあるが、検索語そのまま
ではないため、ここでは特に言及しない。
 なお、東京大学には大学院横断型教育プログラムとして「デジタル・ヒューマニ
ティーズ」が設けられている。
http://dh.iii.u-tokyo.ac.jp/

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