ISSN 2189-1621

 

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特別レポート「ロシアにおける電子図書館と著作権」

◇特別レポート「ロシアにおける電子図書館と著作権」
 (松下聖:筑波大学大学院人文社会科学研究科)

 中国に次ぐ「コピー天国」と称されるロシア。実際ロシアの都市では、あきらか
に海賊版のDVDやCDが露店で堂々と売られている。近年は取り締まりも強化されたよ
うだが、ネットを探せば多くのMP3等のデータファイルが無料でダウンロードできて
しまう。
 電子書籍についても例外ではなく、電子図書館(Электронная 
библиотека:elektronnaya biblioteka)や電子図書
(Электронная книга:elektronnaya kniga)と検索すると、無
料で古典から現代の文芸作品等を読めるサイトが星の数ほどヒットする。もちろん
有料販売や著作者の承諾を得て配信しているサイトもあるのだが、違法な配信が約
8割を占めるというから驚きだ。
 その一方で、ロシア連邦政府は近年、著作権法や図書館法を改正し、ネット上で
電子資料を扱う枠組みの構築や、公的な電子図書館の整備に向けて本格的に動き出
している。
 本稿ではそんなロシアにおける、電子図書館および著作権にまつわる歴史や最新
事情を紹介する。

1. ロシアの著作権事情
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 ロシアの著作権事情は、ソ連時代から主に法学研究者によって日本にも紹介され
てきたほか、現在は知的財産との関連でジェトロ(日本貿易振興機構)等も最新情
報を伝えている。このほかロシア語ソースも参考にし、ロシアにおける著作権法の
変遷をたどってみよう。

・ソ連時代
 まず、ロシア連邦の前身であるソヴィエト連邦では、1928年に著作権基本法が制
定され、次いで1961年にソヴィエト民事基本法が制定された。1961年以降はこの基
本法をもとに、ソ連を構成する15の各共和国はそれぞれの民法典で著作権について
の規定を設けたが、基本理念は1928年からソ連崩壊の直前まで変わることはなかっ
た。それは、何よりも優先されるのは著作者ではなく、公共(=国家)と社会主義
社会の利益である、という点である。よって、著作権の国家管理は当然であり、検
閲によって国家・共産党の意に沿わない著作物の発行は制限された。

・93年法~2004年の「著作権スキャンダル」
 しかしペレストロイカ末期の1991年に民事基本法は全面改定され、西側諸国と同
様の文言を入れた、著作権と著作隣接権に関する諸規定が置かれた。結局、この基
本法が発効される前にソ連は崩壊してしまったが、翌年から暫定的にロシア連邦法
として機能した。そして1993年には、同基本法の内容を受け継いだ「著作権及び隣
接権に関するロシア連邦法」(以下、「93年法」と記す)が発効された。1995年に
は著作権に関わる国際条約「ベルヌ条約」も批准し、ひとまずの法体系は整った。
 次に著作権法の大きな改訂が行われたのは、2004年である。
 1990年代後半からインターネットが普及し始めたことで、インターネット上での
著作権という新たな問題も現れた。特に書籍をスキャンし、OCRを施して文書化し無
料で公開する「電子図書館」の登場は、作家らの権利意識を刺激し、法廷闘争にも
発展した。2004年、電子書籍の有料販売を手掛ける「KMオンライン」と著作権契約
をしていた人気作家数名が、無料の電子図書館「マクシム・モシュコフ図書館
http://lib.ru/ )」の創設者らを著作権侵害のかどで告訴した。KMオンライン
が独占権を持つはずなのに、モシュコフ図書館で無料公開されていたからだ。結局、
モシュコフ図書館側が和解金を払って問題は解決されたが、同図書館の活動は低調
になっていった(ちなみに、KMオンラインも翌々年に著作権侵害で告訴されている)。
 こういった問題がクローズアップされている最中、著作権法の改訂が行われた。
この改訂においては、インターネット上での著作物の利用を作者が制限できる権利
と並び、図書館による電子化に関する規定が盛り込まれた。著者の許諾・使用料の
支払い無しの利用を定めた93年法の第19条2項では、図書館が一時的・無償で電子版
の書籍を提供する場合は「電子コピーの作成が不可能という条件において、図書館
内でのみ提供される」とされ、制約はあるものの図書館における書籍の電子化につ
いて、初めて法的な枠組みが提供されたのである。

・2008年‐著作権法の「格上げ」
 それから4年後の2008年には、さらなる改革が行われた。ロシアの法体系の中で基
幹となる「ロシア連邦民法典」の第4部に、著作権と隣接権に関する規定が置かれた
のである。これは、それまでの「連邦法」という地位からの「格上げ」を意味する。
 同法でも、図書館による電子化に関する規定が「情報提供、科学、教育、文化目
的における著作物の自由な使用」を定めた1274条2項に設けられた。なお、この規定
は同時期に改訂された政府の図書館振興計画と表裏一体の関係にあり、図書館法に
「国立図書館は古典資料、貴重資料、科学・教育関連資料の電子化を実行できる」
とした条項(18条)が追加され、さらに2009年にはロシア第二の都サンクト・ペテ
ルブルクに「エリツィン記念大統領図書館」という、電子資料中心の図書館が開設
された。
 
このように、ロシアにおける著作権法は、ソ連時代からの大変革と、ここ数年のめ
まぐるしい変化を経験している。著作権法は年々厳格化していく一方で、それと矛
盾しない範囲で、公的な電子化事業も進めたいというロシア政府の意思が、著作権
法の変遷によく表れている。
それでは最後に、そういった政策を受けて発展を続けている、2つのロシア国立図書
館を紹介しよう。

2.ロシアの国立「電子図書館」
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◇エリツィン記念大統領図書館( http://www.prlib.ru/
 エリツィン元大統領の名を冠したこの図書館は、2009年5月27日(図書館の日)、
サンクト・ペテルブルクに開設された。ロシア初の「電子図書館」であり、「読書
室」のコンピュータで所蔵資料約85,000点すべてを閲覧することができる。所蔵さ
れているのは古代から現代までのロシアに関する歴史資料など人文学系が中心だが、
農業、科学分野の資料も揃えられている。
 すでに著作権が切れている、または著者と合意ができている一部の資料は、外部
からブラウザ上のビュワーで閲覧することができる。例えば、日本
(Яония:Yaponiya)と検索すると、1924年に出版された「日本の地震」に関
する本や、日本に関する外交文書がヒットし、画像で見ることができる。またテー
マごとに分けられた72の「コレクション」があり、ロシア連邦内各州の歴史や、フィ
ンランド、イタリア、中央アジアなど近隣諸国についての資料をまとめて閲覧する
ことができる(中国と韓国のコレクションはあって日本のものはないが、いずれコ
レクションに加わることを期待しよう)。
 このように、歴史好き、ロシア好きには垂涎ものの資料が堪能できる。英語版ペ
ージも整備されているので、興味のある方はぜひ訪れてみていただきたい。

◇国立図書館( http://elibrary.rsl.ru/
 140年以上の歴史を誇り、モスクワに本館があるロシア国立図書館(蔵書数4,300
万点)も「電子図書館」を持っている。「論文」(約400,000点)、「一般書籍」
(79,457点)、「古文書」(8,401点)、「楽譜」(13,329点)の四部門があり、大
統領図書館と同様に一部資料は外部からの閲覧もできる。閲覧できる形式は、
DifviewとDVSという電子書籍に特化したファイル形式に加え、オンライン上に公開
されている資料の場合はPDFとブラウザ(オンラインビュワー)でも見ることができ
る。
 同図書館は特に学術書や教科書の電子化に積極的である。楽譜コレクションの公
開も、教育を目的としたものである。また権利問題にも敏感であり、ページ内の目に
つくところに「権利情報」として民法典の引用を載せている。
 ちなみに、国立図書館総裁のヴィクトル・フョードロフ氏と館長のアレクサンド
ル・ヴィースリー氏はメディアへの露出も多く、雑誌インタビューやカンファレン
スなどでたびたび電子化と権利の問題に言及している。今後とも、彼らと、国会図
書館および大統領図書館がロシアにおける公的な電子図書館の発展を牽引していく
ことだろう。

 以上、ロシアにおける著作権および電子図書館の状況を紹介してきたが、いかが
だろうか。冒頭でロシアを「コピー天国」と称してしまったが、法的には著作権の
扱いは非常に厳格であり、公的機関と権利所有者における意識も相当高まっている
ことがうかがえた。そして国立図書館など公的機関は、電子化への要望と現実の権
利問題の間で板挟みになりながらも、着実に歩を進めている。
 日本も図書資料の電子化に積極的に取り組む一方で著作権の問題が足かせとなる
という同様の課題を抱えている以上、お互いに学ぶ点は多いのではないだろうか。
内閣府の世論調査によると、「ロシアに親しみを感じない」人の割合は82.9%(平成
23年度)であるそうだが、著作権問題や電子図書館構築などでは、意外と良きパート
ナーとしてやっていけるかもしれない。政治や経済だけではなく、この分野におい
ても今後のロシアの動向は要注目である。

日本で紹介されているロシアの著作権・図書館事情(年代順)

石川惣太郎. 著作権法の変遷 : ソビエトからロシアへ. 成城法学(48),
p. 293-310, 1995-03
桂木小由美. ロシア国立図書館のIT化. カレントアウェアネス. 2002,(269),
p.3-4. http://current.ndl.go.jp/ca1447
石田三郎. ロシア ネット図書館告訴と著作権法の改定. 出版ニュース(2005),
p. 28,2004-05
兎内勇津流. ロシアの公共図書館の現状とその発展構想. カレントアウェアネス.
2010,(303), CA1710, p. 14-16. http://current.ndl.go.jp/ca1710
服部玲. 海外出版レポート ロシア 書籍のデジタル化と著作権. 出版ニュース.
出版ニュース(2232), p. 30, 2011-01
日本貿易振興機構(ジェトロ)ウェブサイト「ロシア 知的財産に関する情報」
http://www.jetro.go.jp/world/russia_cis/ru/ip/

ロシア語および英語の主な情報源

Copyright.ru:著作権に関する情報ポータルサイト
http://www.copyright.ru/
ロシア電子図書館協会:電子図書館に関する最新情報や、識者による様々な意見を
読むことができる
http://www.aselibrary.ru/

執筆者プロフィール
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松下聖(まつした・せい)筑波大学大学院人文社会科学研究科/人文情報学研究所
インターン
研究領域は、ロシア語、中央アジアの言語・文学

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